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昌子作品の論評・鈴木五鈴

  現代俳句評

                        鈴木五鈴


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   小諸なる古城のほとりサングラス      草深昌子



    上五中七は島崎藤村の冒頭部分をそのまま拝借したもの。

    次には「雲白く遊子悲しむ」と続くはず。

    しかし、そんな素振りはどこ吹く風。

    いきなりの「サングラス」である。 

    小諸城址の界隈をサングラスをして散策しただけだ、とでも言うかのごとくである。

    しかし、藤村詩の世界と今という虚実のあわいに存在させた「サングラス」はとても面白い。



    WEP俳句通信106号所収)


by masakokusa | 2018-10-30 23:06 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
『青草』・『カルチャーセンター』選後に・平成30年9月      草深昌子選


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   奉還の広間身に入む雨の音      泉 いづ


 徳川幕府が終焉を遂げた大政奉還から、151年が経つ。大政奉還の舞台となったのは、京都の二条城である。

 その大広間に、作者は見学の身を委ねられたのであろう。今に残る多くの障壁画などにも圧倒されたことであろう。

その場を実際に見たことのない読者にも、「身に入む雨の音」が紛れなく身に入むように感じられるのは、

大政奉還という歴史への思いを共有するからである。

「身に入む」は、秋の冷たさを身にしみとおるように覚えるという季題であるが、自然のあわれに、人の世のあわれを重ね合わせ、

寂寥感がしみじみと感じられるような人事的情趣でもって詠われることが多い。

だが、掲句は、「雨の音」を下五に置いたことで、現実感に引き戻され、古風な情緒にもたれかからない、

感覚的な冷気がよく詠いあげられている。




   八月や上野の山の猿の顔      河野きなこ


 上野動物園に行かれたのであろう。

 動物園とか、猿の檻とか、猿の仕草とか、夾雑なることを何一つ挙げずして、

 ただ簡潔に「上野の山の猿の顔」と的確にまとめ切られたところが素晴らしい。

 さて、そこでどんな季語が付くかであるが、「八月」という時候に総括されたところもまた秀逸。

 八月は、今風に言えばもっとも猛暑の頃であろう、だが、自然のありようの中から、その暑さも含めて、

 もろもろの衰退の匂いを嗅ぎはじめる時節でもある。

八月にあって、猿の顔が果たしてどんな顔つきであったのだろうか、全ては読者に任せてくださった。

読者は自由に一句の中に入り込んで、その世界を楽しめばいいのである、それが余韻である。

私には、古来の歴史を深々と秘めた上野の山を背景に、皺くちゃながらムキムキに赤い猿たちの顔が、

点描のように浮かび立ってくる。




   読みさしに栞挟むや夜半の月      栗田白雲


 作者は本を読むのが大好きである。

 この度の読書は一大軍記物語であろうか。

 ワクワク、ドキドキ、引き込まれてやまない一書ながら、とにもかくにも夜も更けて、

 ここらでケリをつけようと栞を挟んだのである。

折から、皎々たる月の明かりがさし込んでいた。

今閉じられた、物語の余情にまたもや引き戻されそうな趣が静かにも漂っている。



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   歳時記や燈火親しむ天眼鏡      松尾まつを


 こちらは戦記ものならず、恋愛ものならず、ひたすら真面目なる俳人ならではの歳時記である。

「歳時記や」と大きく打って出たところが何より好ましい。

俳人としては、片時も手放せぬ歳時記ではあるが、「小さくて読めない」とこぼさずにおれないシロモノでもある。

あかあかと灯しながらも、ついに天眼鏡を持ち出したというのである。

まさに俳諧味に溢れた一句である。

老眼鏡でなく拡大鏡でなく「天眼鏡」であるところ、一句の焦点がぴたっと決まっている。




   秋黴雨いちばん綺麗な葉を拾ふ      湯川桂香


 秋に降る雨はことさらに冷たく感じられる。

 秋のあわれがかぶさって、心象的な冷たさかもしれないが、事実、この頃の雨は音もなく降り続いて鬱陶しいものである。

 そんな雨の中を歩きながら、桂香さんは、「いちばん綺麗な」葉っぱを拾われた。

 そこにさっと爽快なる感覚が生まれて、一瞬にして、イヤな気分が吹き払われ、明るさをもたらすものがある。

 さて、読者には「いちばん綺麗な葉」とはどんな葉であろうか、何の木の葉であろうか、と思いを巡らすことになる。

そして、その間も、蕭条と降り続く小雨をも目に見えるように感じさせてもらっているのである。




   秋簾風と仲良くしてをりぬ      石原虹子


 「簾」は夏の季語である。したがって俳句で「秋簾」と詠うときにはおのずから、夏のそれとは別趣のものであらねばならない。

 秋になっても掛かったままの簾である。

 吹く風のままにゆらり、ゆらりと動いたり、

 あるいはじっととどまっている簾の様子を「風と仲良くしている」と擬人的に受け止めたのである。

人の世とは離れて、むしろ秋風と親しんでいる簾である。

 こういう上手な言い回しは時に嫌味になることもあるが、この句の場合は、むしろ率直に感じられる。

その時、風と仲良くしていたのは、作者自身であったのではなかろうかと思うほどである。




   秋彼岸花買ふ人の静かなり      木下野風


 前出の「秋簾」と同様、「秋彼岸」と言えば、春の「彼岸」とは一線を画さねばならない。

といったところで、墓参や法要を行うことに違いはないのだが。

掲句は、供花を求めて花屋に立ち寄る人々をそれとなく見ていて、その静かなる佇まいに心打たれたものである。

もとより野風さんも可憐な秋の花々に心染み入るような思いであったのだろう。

ここには、秋の彼岸ならではの、心の動きの違いを見事につかみとられている。

「静かなり」の断定が、淋しくも美しく効いている。



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   燈下親し付箋いつしか増えてをり      日下しょう子


 本厚木の有隣堂には一年中「燈火親しむ」の大きな垂れ幕が掛かっているが、

「燈火親し」は、秋ならではの馴染み深い季題である。

 しょう子さんは、また俳句の勉強であろうか、ここぞと思うところには付箋を貼って、また付箋を貼って、

 一心に読書に打ち込んでおられる様子である。

 ふと我にかえった感慨が、ともし火のあたたかさと共に、よき時間としてさり気なく云いとどめられている。

後日また付箋の箇所を再読するのも秋の夜長の一興である。




   眠る前もいちど仰ぐ今日の月      石堂光子


「今日の月」は、陰暦8月15日の月、仲秋の満月である。

 供え物をしたり、観月会に出かけたり、酒を酌み交わすなど、名月を愛でる人の喜びはさまざまだが、

 光子さんは、どのような月夜を過ごされたのだろうか。

 清明なる夜空に月光の明るさを堪能されたことが言外に匂っている。

 ただ、もう一度、今日の月を惜しまれたのである。

 静かな一人の姿には、もとより月の明りがしみじみと差し込んでいる。




   呼び交はす関門海峡霧笛かな      中原マー坊


空気中に含まれる水蒸気が、気温の低下で凝結し、小さな水の粒となって一面に立ち込めるものが「霧」、秋の季題である。

「霧笛」は、霧が深いときに、船舶や灯台が、その位置を知らせるために鳴らすもので、

霧というものの一つの情趣が示されるものであろう。

どこの霧笛も同じようなものかも知れないが、私には「開門海峡」のそれは、ひとしお印象的なものに感じられる。

歴史的、地理的にはるかな思いを誘うと同時に、「呼び交はす」という、ただそれだけの言葉が、

何とも切なく、心の帳のように濃霧が立ちふさがってくるのであった。

 作者にうかがえば、故郷の友人を亡くされたあと、関門海峡を渡ったときのものであるとのこと。

 まこと一瞬の、理屈なき「呼び交はす」を感受されたのであった、それがそのまま読者に伝わったのである。

 たった17音がこれだけの振幅をもたらすことに驚かされている。



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   名月や能の面の如くあり        菊竹典祥

   ふと片手淋しくなりぬ蓼の花      奥山きよ子

   身の丈の着物借りるや月の宿      米林ひろ

   相模線駅舎の裏の桔梗かな       石本りょうこ

   団栗を何するでなく拾ひけり      濱松さくら

   白雲のゆるき流れや秋の虹       藤田トミ


   ビルの前かくものっぽの棗の実     菊地後輪

   釣人や川辺にひとり秋の雨       矢島静

   トラックに子豚の搖るる秋の暮     新井芙美

   雨雲は噴煙のごと秋深む        堀川一枝

   風騒ぐ梢は鵙の初音かな        間草蛙

   側溝の水に弾けて木の実かな      二村結季


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   名月や動くものなき路地の奥      佐藤昌緒

   西遊記読み聞かせゐる夜長かな     中園子

   待合の椅子に鎮座す榠樝二個      森田ちとせ

   ことごとくひしやげてゐたり銀杏の実  山森小径

   水澄んで鯉の背鰭の縞目なる      中澤翔風



by masakokusa | 2018-10-29 21:09 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
受贈書誌より感銘句(平成30年10月)                  草深昌子抄出


『寒紅梅』山本洋子第七句集(角川俳句叢書)

   山道に潮鳴りをきく翁の忌      山本洋子

   おくれきし人のまとひし落花かな

   雛壇の端に眼鏡を置きにけり

   お祝を言ふ囀の木の下で

   木槿咲くところを家のうらといふ

   八朔や住吉に来て潮匂ふ



「雲取」(主宰 鈴木太郎)№254

   棉の桃囃してわれらただよへる      鈴木太郎

   八朔や真潮の島へ墓訪ひに        下條杜志子



「都市」(主宰 中西夕紀)通巻65

   演能もきのふとなりし蛾を掃けり     中西夕紀

   ころもがへ袖から風がぬけてゆく     城中 良



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「群星」(代表 藤埜まさ志)№177

   蝉声のなかのひぐらし草田男忌    藤埜まさ志

   急ぐ毛虫一本の毛も休むなく     博沼清子



「ランブル」(主宰 上田日差子)№248

   大花野仰ぐはちぎれ雲ばかり     上田日差子

   追はれても追はれても稲雀かな    大庭星樹



「朴の花」(主宰 長島衣伊子)第104

   平らかな岩の瀬音や鳳蝶      長島衣伊子

   乙女らに囲まれてゐる夏期講座   矢島康吉



「里」(主宰 島田牙城)№187

   秋爽の入江深きに白き浜       島田牙城

   大型テレビ動かすことも盆支度    仲寒蝉


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『「型」で学ぶはじめての俳句ドリル』岸本尚毅・夏井いつき


  はじめに      夏井いつき


 岸本尚毅さんは、私より数歳年下にもかかわらず、古今東西の俳句が立ちどころに出てくる恐るべき記憶力、

 評論・論評における鋭く深い分析力に舌を巻くばかり。

 作品は勿論のこと、彼が書いたものはとにかく手に入れて、読んで、己の勉強とすることを繰り返してきました。

 キシモト博士が俳句界をリードしてきたこの30年間、私自身は「俳句の種まき」運動を続けてきました。

俳句にちょっと興味を持ち始めているいる人たちを勝手に「チーム裾野」と名付け、コツコツ俳句の種をまき続けてきました。

 本書では、私は徹底して「チーム裾野」の代弁者となって、キシモト博士に疑問をぶつけました。

 キシモト博士との「講師問答」は、実に興味深く、学ぶって楽しい!を満喫した時間でした。



  この本の読み方・使い方   

 

 岸本尚毅

  ―俳句に精神論は無用。徹底的に「型」を学び、「発想法」を練習する


 おしまいに―

  キシモト博士が肝に銘じている三つのこと


 (平成30年9月10日初版第一刷発行  祥伝社





「松の花」(主宰 松尾隆信)250号記念号

   七月一日雨垂れへあるきだす     松尾隆信

   俎板に明石の章魚の足二本      渡辺絹江




「古志青年部作品集」2018  第七号 (石塚直子編集)

   ほのぼのと田舎の春やボーリング     西村麒麟

   我もまたいぶされてゐる蚊遣かな     辻奈央子



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「里」(代表 島田牙城)№18

   寝つかざる子を負ふ一人橋涼み      中村与謝男

   戦争で逝きたる人へ秋立ちぬ       島田牙城



「梓」(代表 上野一孝)第32

   凌霄花をりをり見てやもの書ける     上野一孝

   こころづく空にあをすぢあげはかな    堀本裕樹



「ににん」(代表 岩淵喜代子)№72

   流されてゆく形代の袖ひらく      岩淵喜代子

   霧を生み霧の模様の延暦寺       川村研治



 ふたり句集

 『守宮&燕の子』 えのもとゆみ・榎本享


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    おたまじゃくし既に蛙の目でありぬ    えのもとゆみ

   ころころと蜷のゐてまだ道のなし

   挿木する頭の中は釣りのこと

   ゑのころや火星左で土星右

   黒ずみしバナナ一本火恋し



   青虫が大きすぎるよ雀の子         榎本 享

   牡蠣の殻こする束子はそれぢやない

   目の前に偏平足の素足かな

   男厨房に天麩羅の藷つまむ

   おんぶしてもらへぬはうの飛蝗かな



 岸本の選にもとづいて編まれた句集。

 しかも「特選句」のみ。否応なく岸本の選が試される。

 爽波なら、裕明ならどんな句を採っただろうかと自問しても詮方ない。

 享さんと孝行嫁のゆみさんと、

岸本選の合計二名プラスαの俳力で出来た句集である。

どうか読んでください。 ―――岸本尚毅




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「ハンザキ」(主宰 橋本石火)№38

   滝壺の滝の余勢をなだめけり      橋本石火

   朝のパン真黒こげや初嵐        三谷史子



「秋草」(主宰 山口昭男)№106

   秋の蝶脚やはらかくからみあふ       山口昭男

   草むしる幹の向うへ手を回し        木村定生


   

「阿夫利嶺」(主宰 山本つぼみ)№259

   夭折の戦八月の海を悼む        山本つぼみ

   署名簿にハングル文字や広島夏     小沢真弓


by masakokusa | 2018-10-13 23:55 | 受贈書誌より | Comments(0)