カテゴリ:昌子作品の論評( 92 )
昌子作品の論評・山本洋子

山本洋子鑑賞

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   春寒の汀のここは松林     草深昌子


 汀に沿う長い長い松林。
 おだやかに寄せる白波に縁どられつつ北へ北へと伸びる松林は、
 いよいよ緑を深めて春なお寒しの趣がひろがる。

 〈あれは鷹いやあれは鳶耕せり〉
 春先の躍動感に溢れる。



(令和元年5月号「晨」第211号所収・巻頭)


by masakokusa | 2019-05-20 22:11 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
晨集散策

晨集散策(第210号より)       天野桃花

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   その幹に脂噴く八ツ手咲きにけり      草深昌子


 八ツ手は年中つやつやの大きな葉を拡げて存在感があり、

 花は白い小さな丸い塊で、葉と花は対照的である。

 幹からの脂は、傷を癒すためのものだ。

 脂を噴き出すほどの強い生命力を持って、けなげに咲く八ツ手の花。



(令和元年5月号「晨」第211号所収)


by masakokusa | 2019-05-19 23:28 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子作品の鑑賞・山本洋子

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   袴着の何か遠くを見据ゑたる        草深昌子



 袴着、陰暦1115日、五歳になった男子が袴をはく祝儀である。

 幼心にも将来への気負いに満ちた気概は、その眼にもみなぎっているようだ。


by masakokusa | 2019-03-27 11:33 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子作品の鑑賞   山本洋子

 

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   何鳥か二羽の連れ立つ十三夜      草深昌子



    二羽連れ立ってやってきた鳥。

    それも十三夜のたたずまいの中。

    豊かな空間がある。


by masakokusa | 2019-01-02 23:28 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子作品の論評・下條杜志子


  現代俳句管見         下條杜志子



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   そこらぢゆう煤けて兜飾りけり     草深昌子

                      (「青草」秋号)



 この句の重心は中七の「煤けて」にある。

 例えば合掌造りの旧家、どっしりとした柱や家具が煤けて長い歴史を物語る。

 そしてそこに飾られる端午の兜は間違いなく次の世代の健在を示しているだろう。

 電化の世に、この煤けた家屋に見る生きた暮しの証を大事にしたいものである。

 ちなみに我が身辺に「煤ける」を知らない人も増えた。



(「雲取」201812月号所収)


by masakokusa | 2018-11-30 23:33 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子作品の論評・鈴木五鈴

  現代俳句評

                        鈴木五鈴


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   小諸なる古城のほとりサングラス      草深昌子



    上五中七は島崎藤村の冒頭部分をそのまま拝借したもの。

    次には「雲白く遊子悲しむ」と続くはず。

    しかし、そんな素振りはどこ吹く風。

    いきなりの「サングラス」である。 

    小諸城址の界隈をサングラスをして散策しただけだ、とでも言うかのごとくである。

    しかし、藤村詩の世界と今という虚実のあわいに存在させた「サングラス」はとても面白い。



    WEP俳句通信106号所収)


by masakokusa | 2018-10-30 23:06 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子作品の鑑賞 ・ 山本洋子(「晨」代表)


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   八瀬の橋来たれる君がパナマ帽       草深昌子




見慣れたあのパナマ帽の彼の人がやってくる。

〈八瀬の橋〉という名にし負う橋にさしかかった事で、遠景をふいに近寄せる感がある。

それは「パナマ帽」によって読み手の目にはっきりと映ってくるからだろう。


〈 蛍火は大峯あきらかと思ふ  昌子〉は、はっきりとした直喩が情感をさそう。




(平成30年9月号「晨」第207号所収)



by masakokusa | 2018-09-02 23:31 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
愛媛新聞     ~ 季のうた ~

愛媛新聞(2018年7月23日 月曜日 朝刊)


      季のうた        土肥あき子



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大暑けふ鳴くだけ鳴いて相思鳥    草深昌子



相思鳥(そうしちょう)はオリーブ色の体色に胸と羽先が鮮やかな黄色、

くちばしは赤という美しい鳥。

元々日本には生息していなかったが、飼い鳥として江戸時代から輸入され、

現在では特定外来生物に指定される。

想(おも)い合う二羽を離すと鳴き交わすことからロマンティックな名が付いた。

本日大暑。

年々記録更新する最高気温にあてられて、相思鳥という気恥しい名がすがすがしくさえ思われる。



 「青草(あおくさ)」主宰。





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by masakokusa | 2018-08-31 23:57 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
現代俳句展望           太田かほり 

  

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   とめどなき落葉の中にローマあり      大峯あきら

   涼風のとめどもなくて淋しけれ         〃     

   亡きあとを日はまたのぼり草萌ゆる     山本洋子

   寒月のあまり大きく満ちにけり       草深昌子



 「晨」5月号「大峯あきら」追悼特集より。

 一句目。

「ローマ」とはどれほどの情報を我々にもたらすことか。

この重い固有名詞と上五中七が拮抗し合って世界のローマらしい大きな句柄を形成している。

はらはらと散りずんずんと積もっていく落葉が古代都市ローマを埋めてゆく。

人間の歴史の大舞台となったローマ、

たくさんの英雄たちが登場しては消えていった果てしないローマの物語を落葉がことごとく埋めていく。

片や悠久の自然の営み、片や一瞬の栄枯盛衰である。

極小の俳句に用いられた固有名詞「ローマ」が読者に働きかけるものは大きい。


 二句目。

「涼風」は歓迎すべきものであり、「淋し」はそれほど喜ばしいものでもなく、

断固排斥したいというほどの悪しき感情でもなく、この矛盾が「とめどもなくて」によって相殺される。

上五と下五の捩れというほどではない捩れが微妙な感情を思わせる。

涼風は誰にも有難いが「とめどもなくて」の状況に置かれるとかえって落ち着かなさを感じる。

賑やかな場面は考え難く、境遇によっては孤独へと向わせられる。


 三句目。

追悼句である。

日が昇ること、草が萌えることは宇宙の真理である。

大峯あきらは宇宙を語ることを通しこの世の真理、人間の真実を語った。

俳句は絶えず移りゆく宇宙から生まれると考えていた。

季節が巡ることは宇宙の変化の一つであり、過ぎ去った季節はまた回帰すると述べている。

作者は、それらの言葉をその「亡きあと」に思い出し、反芻し、励まされている。

大きな喪失感のうちに日は過ぎていくが、その言葉通り、

「また」朝が来て、「また」春が来るという宇宙の真理に深く肯き、かつ、師を追慕する。


四句目。

追悼句である。

大峯あきら氏の逝去は去る130日であった。

折から満月の頃であった。

「大きく」「満ち」は実景だったかもしれないが、作者の故人観を重ねたものと考える。

訃報に驚き、衝撃のまま目を見張る。

茫然自失の体である。

感情はすぐには湧いて来ず、何を言いたいのか、言うべきなのか分からない。

その存在の偉大さにおののくような思いに襲われ、

そのままの情景を言葉にしたかのような、それしか言えないような一句である。

そこが飾らない気持の吐露となった。

寒月は亡き人に他ならない。

冷たくなっていくにもかかわらず、命が満ちるように光を増してゆく。

「満ちにけり」の詠嘆は亡き人が亡き後にも見せる姿への作者の感動である。

「あまり」に言葉にならない讃仰がある。



(「浮野」平成308月号所収)



by masakokusa | 2018-08-31 17:53 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子作品の鑑賞    山本洋子・井村隆信


 永き日の丸太担いで来たりけり    草深昌子


 「永き日」が利いている。

 丸太を担いで山道をのぼってくる。

 ゆったりとした歩調で、春の日差しの燦燦とふる道を来る人の姿が、

 素直に丁寧に述べられていて「永き日」が身にそくして感じられる。

                           鑑賞 山本洋子 (「晨」代表)




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 深吉野や足焙りして懐炉して     草深昌子


 大峯あきら先生のご法話の日を思い出されての句ではないでしょうか。

 着ぶくれて先生のお話を聞いておられる作者の姿が見えてきます。

                           鑑賞 井村隆信(「晨」同人) 


by masakokusa | 2018-07-04 10:27 | 昌子作品の論評