カテゴリ:俳句結社『青草』( 13 )
俳句結社「青草」のホームページ
下掲URL画像のどこででも左クリックして「青草」のホームページをご覧ください。





by masakokusa | 2019-04-01 21:35 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
俳句誌『青草』 2019年春季(第5号)




f0118324_14393084.jpg



青草往来             草深昌子




   いさおしは多い

   だが、人はこの地上に

   詩人として住む


ドイツの詩人、ヘルダーリンの詩句です。

「いさおし」は、「勲・功」、つまり名誉、手柄、勲功ということです。

人は、政治家であれ、実業家であれ、作家であれ、主婦であれ、誰しも功績を認めてもらうべく、

名誉を得るべく研鑽を積みます、

そういう喧噪が世には溢れています。


だがそれだけでは人間存在の真の目的にはならない、人間は詩人としてこの世に生を得ているというのです。

もとより、詩を職業としているという意味ではありません。

詩というものはいかなる実用でもなく、純粋なことばのいとなみであり、

詩という世界はおよそ人間の「いさおし」、能力や功績や有効性といったものを忘れたところに開かれる、

というのがこの詩句の魂です。

このことは、俳人大峯あきらに教えられました。


そして、このヘルダーリンの詩句は、

松尾芭蕉の「乾坤の変は風雅の種なり」という俳句論に通じるものであることも、

考えさせられてきました。

「乾坤の変」には、日月の運行、花の開落など、すべての自然現象はもとより、

人の生死、出会いや別れも含まれます。 

人間はこの世に花や鳥と同じ命を生きているのです、

それらの移り変わりを写しとめるのが俳諧だというのです。


  人は死に竹は皮脱ぐまひるかな   あきら


大峯あきらの俳句はまさにこの通り、

人間の存在そのものが宇宙の根源的なリズム、四季の推移に免れがたくあることに気付かされます。

これほどの無常はありません。


つまるところ、本当の俳句は自己意識からは生まれないことを痛感しています。

つまり詩の言葉というものは、私の心が捉えるのではなく、逆に、

何かしら天地の光芒に照らし出されて、ふと心が捉われたときに生まれるのだという事実を、

まさに稀なる体験から知らされているのです。


言葉が下りてくるという、そんな幸せな一瞬はなかなかやってきませんが、

「詩人として」生きているかぎり、誰にでも、きっと巡り合えるものでしょう、

そう信じています。



(平成31年2月20日発行 俳句誌「青草」2019年春季 第5号所収)



by masakokusa | 2019-03-27 14:35 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
俳句誌「青草」第5号・青山抄(5)              草深昌子

青山抄(5)       草深昌子


f0118324_15071306.jpg

   


   蜻蛉や影の大きなプラタナス  

   かみごたへありたる飯や獺祭忌

   秋晴の東西線といふに乗り

   夕顔の実や潮鳴りのかすかにも

   なかなかに食の細らぬ秋思かな


   門に干す肌着その他や渡り鳥

   秋分の路地はとことん掃かれけり

   夜長人モーツアルトのほか聞かぬ

   秋風のとんびのこゑが好きになり  

   稲掛けてそこゆく子らの捕虫網  

 

   横移りしつつ蝗の糞りにけり

   秋晴の注連をいただく大欅    

   落鮎やここらの家の壁白き

   秋寂びて駅に下りたつ鴉かな

   山の子の大きなこゑや十日夜


   大根干す小学校の庭つづき

   ペコちゃんの舌の出てゐる七五三

   袴着の何か遠くを見据ゑたる

   山と海あらば空ある新酒かな   

       悼・吉田良銈氏

   芋食うて「御主」と呼んでくれたまへ




(平成31年2月20日発行 俳句誌「青草」2019年春季 5号所収)



by masakokusa | 2019-03-27 10:53 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
俳句誌「青草」第5号・大峯あきらのコスモロジー①     草深昌子


f0118324_21290460.jpg

   炎天の富士となりつつありしかな    大峯あきら

                      『紺碧の鐘』



大峯あきらが初めて俳句を作ったのは、十四才のとき、

  肋膜炎になって休学中に奥吉野に住む若い僧侶に手ほどきを受けたという。

 〈ひよどりの来ぬ日さびしや実南天〉は、その頃のもの。


やがて戦争も終わり、京都大学に入学。

ホトトギス同人であった波多野爽波の「春菜会」に誘われ、

そこから虚子庵での「稽古会」に参加する特権が与えられた。


虚子はすでに八十歳近く、近寄りがたい雲上人であった。

虚子に、「本当に自分が感じたことを正直に言うのが俳句です。言葉だけでこさえあげてもダメです」

と言われた。

虚子の教えは、哲学を専攻する大峯あきらにとっては、

年老いて耄碌しているのではないかというぐらいで、その真意がなかなか掴めなかった。


虚子の言う通りだという事が分かるまで五十年かかったと言うが、それは謙虚に過ぎるとしても、

長ずるに及んでこの言葉こそが一番大事な詩の原点であることを確信し、

その教えに従って生涯ゆるがない俳句人生を全うされた。


掲句は作者二十二歳、昭和二十六年夏、山中湖畔の富士山麓の虚子山荘の稽古会に入選したもの。

静かにも、炎天の光体そのもののなろうとする富士山が動かしがたく存在している。

それにもかかわらず、

私にはまるでその大きな富士山がこちらの方へじわじわと進んでくるような錯覚に陥ってしまうものである。 

一句の迫力というものであろう、まことダイナミックである。


大峯あきらの基盤というか、俳句の主題なるものがすでにここに出来上がっているような気がする。  

私は、二十数年前、初めてこの句に出会った。

それまで、俳句というものは、たとえば大幹をすぱっと一刀両断するもの、その切り口を言い切る、

その断面のみを見せるものだと信じていた私には、

この句の「なりつつありしかな」という時間の移行が不思議であり驚きであった。


思えば、休むことなく動いているのがこの世の現象である。

その動きの真っ只中を手掴みして見せるということは、何ということだろう。

私の錯覚は、そのあたりからもたらされたものであり、

富士を動かす熱きエネルギーこそが作家のエネルギーであると感じ入った。





   帰り来て吉野の雷に座りをり      大峯あきら

                       『紺碧の鐘』



  作者は、昭和四十六年、ドイツのハイデルベルグに留学した。

 〈黄落やいつも短きドイツの雨〉はその折の句。

その留学から帰って、直ぐのこと、吉野の自宅、つまり浄土真宗西本願寺派の専立寺の座敷にあって、

猛烈なる雷雨に襲われた、いや歓迎されたのであろう。

雷鳴のとどろく中にあって、作者は帰国の実感を噛みしめたのである。


自句自解では、「私の作風の転機になった句だ、と評されたことがある」と書いている。

上五の「帰り来て」について、

後年作者は「ちょっとその辺から帰ってきたような感じがあるね、

帰国してなんて言ってないところがいいね」とつぶやいて下さった。

確かにそう思う。本来の言葉そのもの、平明なる言葉がいかにも身に寄り添うに落ち着いている。




 

   茶畑の風に押されて春の人       大峯あきら

                        『鳥道』



 茶畑の風に背中を押されて、私は春の人になった、

 そう詠いあげて、何より「春風」を詠っている、

 春風そのものの臨場感を打ち出している。

 やがて新茶が摘まれるであろう、ゆるやかな斜面なども想像されて明るい。

優しさと同時に文字通り背骨の通った感覚である。


 平成六年、飯島晴子がこの句をこう鑑賞している。

  ―「風に押されて」というが私には強い風は感じられない。

 広々とした茶畑を渡るあるかなきかの微風である。

 それでも「押されて」というくらい、この句の時空は繊細で感度がよい。

 いずれにしても「押されて」と言う語がポイントとなって、

 現実のように見えての虚、すなわち作品世界を成立させている。



(平成31年2月20日発行 俳句誌「青草」第5号所収)


by masakokusa | 2019-03-27 10:11 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
毎日俳句出版『平成のいのちの俳句』 第22回毎日俳句大賞2018作品集 「俳句あるふあ」増刊号

毎日新聞出版 第22回毎日俳句大賞2018作品集

『平成のいのちの俳句』



青草       創刊 2017年

         主宰  草深昌子

f0118324_22120748.jpg

        


 狂ふかもしれぬ手を挙げ踊るなり    草深昌子

 靖国を奉じて遺族息白し        松尾まつを

 いい風と妻の声する網戸かな      栗田白雲

 夏座敷三点倒立してをりぬ       間草蛙

 雛あられ墓前に盛りて帰りけり     中澤翔風

 萍を杖つく老父見つめをり       鈴木一父

 抱卵の鴨は動かず草いきれ       狗飼乾恵

 鴨一羽群より離れ空に鳴く       伊藤波

 病癒ゆるごとく日脚伸びにけり     森田ちとせ

 ののののとこごみは芽吹く太古から   泉いづ




     私の選ぶ「いのちの俳句」



    朝顔や仕事はかどる古机      大峯あきら



   清新なる朝顔に、命は蘇ります。

   人は古机をいよいよ慈しみ、一心に書き続けます。

   机は艶めきを発します。

   朝顔も人も机も、森羅万象の命を見せて、今ここに生きて一つなのです。

                               (草深昌子) 

  



(「平成のいのちの俳句」 俳句あるふあ 増刊号 2019年2月14日発行 所収)    


by masakokusa | 2019-03-01 22:03 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
角川『俳句年鑑』 2019年版


  角川『俳句年鑑』  2019年版

            「全国結社・俳誌  一年の動向」



f0118324_18422839.jpg



  青草   主宰=草深昌子  

              「同」間 草蛙

              「編」松尾まつを


○平成二九年二月、草深昌子が創刊。大峯あきらの宇宙性俳句を標榜。

 自然の中で自然と共に生きる、季節を感受する歓び。「年二回刊」


○二十九年一二月、松尾まつを「松尾芭蕉の俳句と文学」の講演、ハープ演奏会。

 三十年二月、総会・新春句会開催。四月、相模川吟行。



   朽木とも枯木ともなく巨いなる      草深昌子

   葉桜の影差しかかる大屋敷       松尾まつを

   夏座敷三点倒立してをりぬ        間 草蛙

   寒晴や嘴たたくフラミンゴ       坂田金太郎

   くちなはの門扉を渡る真昼かな      二村結季

   雲切れてユングフラウに夏の月      佐藤昌緒

   大声で何か指さす磯遊び         山森小径

   和布干す浜のそこだけ日の射して     柴田博祥

   病窓の一つ一つに今日の月        佐藤健成


by masakokusa | 2019-01-30 23:50 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
わたしの歳時記・『俳句四季』9月号


   わたしの歳時記


f0118324_20542808.jpg


            桜          草深昌子 『青草』




   吉野山こずゑの花を見し日より

   心は身にもそはずなりにき


西行ならずとも、桜は古代より人々の憧れてやまない花である。

思えば若かりし頃、私は桜のオッカケをしていた。

その散り際の見事さに圧倒されて、今の内に見なければ損とでもいうような気持に焦るのだった。


ところが十数年前、神代桜に出会って、はじめて静かにまみえることの幸せに気付かされた。

日本武尊のお手植えという樹齢二千年の古木には支柱が二十数本、

中には石の支柱に食い込む幹もあって、捩れに捩れたありようはあまりにも哀れな姿であった。

それでも美しい雪を被った八ケ岳を向かうに、誇らず、卑下せず、

ただ花を咲かせたい一心に踏ん張っているさまは、いとおしくてならなかった。

この花の生涯は七転八倒のものではなかったろうか。

老いて無惨であればこそ、ぽってりと咲いた桜色はいっそう初々しく思われた。

 

人生は過ぎ去って二度と還らないけれど、桜の咲く春は繰り返しやってくる。

私たちの一回きりの人生と、永遠に巡ってくる季節の循環性、

その交点に満開の花を咲かせるのである。

何というなつかしさであろうか。


   さまざまの事おもひ出す桜かな   芭蕉




f0118324_21381014.jpg


   赤子はやべつぴんさんや山桜        草深昌子

   哲学の道ゆく落花肩に浴び         間 草蛙

   白壁の眩しきしだれ桜かな         石堂光子

   病む友も独りのわれも花の中        古舘千世

   花の雨駆け込み寺の小さきこと       山森小径

   千年の静けさにゐて滝桜          上野春香

   花散るや我が唄へば母踊り         鈴木一父

   ドルフインにベンツ二台や花の昼      川井さとみ

   手鏡に父の見てゐる初桜          末澤みわ

   花冷の京の新居を訪ねけり         二村結季

   一村は丸ごと桜吹雪かな          佐藤健成

   ぼんぼりの消えて社の花惜しむ       中澤翔風

   桜咲く小さき駅に小座布団         新井芙美

   花散るや日はとろとろと雲を追ひ      森田ちとせ

   全山に桜の満ちて今日一日         湯川桂香

   旅人の足湯してをり花の雲         菊竹典祥

   花の雲ゆつたりとゆく乳母車        芳賀秀弥

   咲き揃ふ終の棲家の桜かな         熊倉和茶

   花に吹かれて千鳥足となり        栗田白雲

   花屑の星座の中を駆けにけり        泉 いづ

   この岸も向うの岸も花万朶         日下しょう子

   花の中ダルメシアンの立ち上がる      佐藤昌緒

   花屑を鯉のゆったり潜りけり        中 園子

   花散るやランドセルの子みな駆けて     狗飼乾恵

   夕桜吹雪きてけふを惜しみけり       石原虹子

   書を開き目を閉づ羅漢花の散る       平野 翠

   男坂駆け抜けてゆく山桜          柴田博祥

   憂ひごと晴らして山に桜満つ        東小薗まさ一

   人知れず羚羊の句碑嶺桜          坂田金太郎

   花吹雪両親祖父母一年生          松尾まつを





(㈱東京四季出版「俳句四季」・2018年9月号所収)




by masakokusa | 2018-09-30 23:22 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
俳句結社誌『青草』  2018年秋季・第4号


f0118324_21383755.jpg

 

 青草往来               草深昌子 


                  

大峯あきら先生が急逝され、四月の吉野吟行は淋しかった。

桜は早くも散って、全山緑の中を、水分神社まで下っていくと、ふっと冷たい夕風がよぎった。

その時、透き通った一羽の鳥の声が森閑と鳴り響いた。

ヒ―ツキホシ、ヒーツキホシ・・鵤(いかる)であった。

「日、月、星」とは宇宙そのものではないか。

「宇宙はあそこでなく、ここである」、そう語られた通り、

独自の宇宙性俳句を確立された大峯先生のお声ではないか。


鵤鳴くほどに大峯あきら恋ふ    昌子


茫然自失の日々の中にも、「青草」の句会は、いよいよ熱を帯び、笑いの渦に包まれていった。

うかうかしてはおれない、いつの間にか気を引き締めなおしている私を発見して嬉しかった。

今更に、俳句という文芸は、心身を鍛えてもらえるものだと気付かされている。


ふと、ひと昔も前のことを思い出した。

プロ野球の王貞治氏は、奥様に先立たれ、重病を体験されながら、

監督となって尚、ユニホームを脱がずに着続けられていた。

その理由を問われたとき、「ときめきかな。グランドという勝負の場にいるとき感じるときめき。

この齢になっても一投一打にドキドキする。生きている証みたいなものを強く感じるのです」

と答えられていた。

野球のグランドを「句会」に置き換えると、そのときめきがよくわかる。

一句一句にドキドキするのも俳句によく似ている。

俳句を通して人に会い、物に会い、言葉に出会う、そのさまざまの何と有難いことだろう。


大峯先生は、「死ぬ」という言葉すら超えた「存在」というものを

思想的にも宗教的にも文学的にも教えてくださった。

それらを、これから先、老いるという新しい体験のなかで、

私自身の言葉としてどう表現してゆけるだろうか。

とにもかくにも俳人は、最後の最後まで真剣に、

真っ正直に生きよと身をもって示してくださったのであった。





f0118324_22570460.jpg

青山抄(4)     草深昌子




   雲去れば雲来る望の夜なりけり

   口に出て南無阿弥陀仏けふの月

   常磐木の丈高ければ枯木また

   凩やあはれむとなく人の杖

   夜もすがら書きつづきたる霜の文


   絨毯を踏んでグランドピアノまで

   朽木とも枯木ともなく巨いなる

   往き来して雪の廊下やただ一人

   ひんがしに傾く木々の芽吹きかな

   踏青のいつしか野毛といふあたり 

 

   ふと寒くふとあたたかや遅ざくら

   大仏の肩に耳つく春の雷

   一軒に遠き一軒ミモザ咲く

   墓地のある景色かはらぬ紫木蓮   

   永き日の丸太担いで来たりけり 


   その木ごとゆらりゆらりと剪定す  

   前に川うしろに線路柏餅

   引戸ひく音の八十八夜かな

   津に住んで津守といへる棕櫚の花

   そこらぢゆう煤けて兜飾りけり



(俳句結社誌『青草』2018年秋季・第4号 発行日平成30年8月10日所収)



by masakokusa | 2018-08-31 23:58 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
俳句結社『青草』 第3号 2018年春季号


f0118324_18375433.jpg
   青草往来                   草深昌子


 厚木市生涯学習の「俳句入門講座」を担当して以来、足掛け十年の歳月が流れました。
 ある年、〈夏座敷大きな闇の中にあり 虹子〉という句に出会って驚かされました。
 このたび、虹子さんの「巻頭に寄せて」を読んで、その時の共鳴が昨日のことのように思い出されます。
 まさに大きな闇の中で、子供なりに物を感じる心を培っておられたということでしょう。
 その心はすでに宇宙の自然の中にどっぷり浸かっておられたのでした。
 作者自身もそれと知らずに詠いあげてはじめて、嘘偽りのない私が出ていることにはっとされたに違いありません。

私の初学の先生が、「俳句は根生いを一生引きずりますね」とつぶやかれたことをよく覚えています。

生まれ育ったところを離れても、いつしか懐かしい地に還っていくような温もり、天性の包み隠せぬことを、自身の俳句か  

らも実感するようになってきました。


「去来抄」に、「句においては、身上を出づべからず」という言葉があります。

つまり、俳句においては身の上を偽ってはならない、あくまで自分の本当のこと、自分の体験に基づくべきだというので 

す。まこと、真実ほど強いものはありません。


「青草」の俳句は、初めて俳句を作る喜びに端を発したものです。

これからも飾らない私、子供のこころを持った私の句でありたいと願っています。

そうは言っても、ありのままに詠うということは、至難の業です。

日々呻吟するばかりですが、ある時ふと、どこからか言葉が下りてきてピタッと決まることがあります。

無心になったとき、大自然から言葉を賜るのです。

そんな幸せの瞬間は誰にでもやってきます、ただただ一心に作り続けるほかありません。

その苦労こそが、俳句の醍醐味ではないでしょうか。



f0118324_23042413.jpg




  青山抄(3)          草深昌子


   秋風や長寿まんぢゆう二た色に  


   紅葉して仏の貌の我のやう


   錠前に錆をつくしてつづれさせ   


   墓打つて弾んで苔に木の実落つ  


   主亡き襖の桜模様かな


   めいめいのことして一家爽やかに


   今朝冬の水無川の水綺麗


   神発ちて吊橋高くなほ長く


   引つ掛かるところかまはず木の葉かな


   雨を来て石鼎庵の白障子


   ここに柚子向かうに蜜柑人の庭


   町を行くやうに墓地行く冬うらら


   一茶忌のもの食ふ列につきにけり


   踏みごたへあるは櫟の落葉かな


   マスクしてかしこさうまたやさしさう


   冬麗の女は背中見せにけり


   栓抜いて木の葉時雨にビールかな


   大山の晴れてマントの黒きこと


   はっきりと見えて遠くに山眠る


   晴れがましすぎはしないか干蒲団



(「青草」第3号・発行2018年2月10日 所収)










by masakokusa | 2018-03-30 14:30 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
『青草』第二号・2017年秋季号
f0118324_21304659.jpg


 結社誌「青草」は船出したばかり。
 その第二号に、図らずも草深昌子自らの句集『金剛』の特集が組まれることに、いささか躊躇った。
 でも、今はこれでよかったと感謝しています。
 皆さまから寄せていただいた鑑賞文の数々、これは私への激励だけではなく、我らが「青草」会員の一人一人にとりましても、得難く学ばせてもらえるものであることを、確信したからです。
 先日ふと、三木清「人生論ノート」を再読しました。
 「死者が蘇りまた生きながらえることを信じないで、伝統を信じることができるであろうか」は、もとより、
 「人生は運命であるように、人生は希望である。運命的な存在である人間にとって生きていることは希望を持っていることである」に、はっとさせられました。
 だからこそ、俳句という芭蕉の文学を一生懸命に学ぶ価値と喜びがあるということでしょう。
 希望をもって生きる者はいつだって若い、その心意気で、静かにも明るく歩んでいきたいと願っています。
                                   
                草深昌子

f0118324_2210207.jpg





草深昌子句集『金剛』特集


  草深昌子句集『金剛』書評       岩淵喜代子

      文体を獲得した作家          

 
 俳句の未来はどうなるのかという話題は、絶えず浮上する。しかし、云いつくした論を漉し器に流し込んでみれば、最後に残るのは写生しかないのである。
 芭蕉の「即刻打座」も、虚子の「客観写生」・「花鳥諷詠」にしても、この写生ということばを下敷きにしなければ成り立たない。俳句だけではない。文芸のすべては、この手堅い写生を駆使することこそが基本なのである。
 草深昌子さんの俳句は、まずはこの写生力という点で際立つ俳人だとかねがね思っている。

   秋風のこの一角は薔薇ばかり
   綿虫に障子外してありしかな
   対岸の椅子に色ある残り鴨
   一束は七八本の苧殻かな
   あめんぼう大きく四角張つてをり

 一句目(秋風の)は、ゆったりと平らな地形が広がる中に突然薔薇園が現れる。秋風の吹く虚の景から薔薇園を焙り出したような巧さがある。
 二句目(綿虫に)は誰でも知っているように小さな虫である。
人がそれに目を止めるのは、純白の綿を纏ってふわふわ飛んでいる様子が詩情を誘うからだ。
(綿虫)に続く(障子外してありしかな)によって、真白な綿虫がより真白く、小さな綿虫が大きく見えてきて、不思議さを誘うのである。
 三句目(対岸の)もまた淡々と視覚が捉えた景である。対岸という漠とした景に椅子を置いて、さらにその椅子に色がある、と叙述したときに風景の焦点がきちんと定まったのである。
そうして椅子と残り鴨に、有るか無きかの響き合いが生まれはじめて景が語り始めるのである。
 四句目(苧殻)は盆の迎え火や送り火のために用意されたもの。
買い求めてきた苧殻を眺めながら、これが彼岸のはらからたちの迎え火になるのかと思いながら眺めていたのが感じられる。
その想いが、一束が七八本だという極めて沈静な、そして極めて即物的な叙述に置き変わった。
 五句目も視覚が捉えた発見である。四角張っているのはその輪郭ではないのである。
身体から伸ばした長い四本の足が押さえた足先を点として結んだ空間なのである。
句集にはこの作者独特の視覚の発見が随所にある。

   七夕の傘を真つ赤にひらきけり
   蝶々の飛んでその辺みどりなる
   いつかうに日の衰えぬ梨を剥く

 さりげなく読み進んでいく中で、ふと意表を突かれて立ち止まるのが一句目である。
 普通に言えば赤い傘を開いたという叙述なのだが、その赤いという形容詞を動詞的な使い方をしているのだ。
 そうしてこの作者が詠むと(傘を真つ赤にひらきけり)となる。
 まるで開くたびに様々な色に変化させられるかの如く。この巧みさは、七夕の季語斡旋からはじまっている。
 この季語によって、いよいよ傘の赤さが際立つのである。
 作者の文体と言える表現方法である。
 二句目の蝶々の飛ぶ先々がみどりだとする断定、三句目の梨を剥くにいたる叙述、ことさら変わっているようにも見えないのに独特な文体である。

   一枚の朴の落葉を預かつて
   秋の蟻手のおもてから手のうらへ

 朴の句は、思わず口元が緩んでくるような面白さがある。
 冬になると大きな朴の葉が根元に散乱していることがある。
 そんな朴の一枚が、誰かの手から作者の手に預けられた。
 ただそれだけのことなのだが、預かった手にある大きな朴の葉がさらにクローズアップされて、置くことも仕舞うことも出来ない戸惑いが(預かつて)に発揮されている。
 その、対象物を拡大して提示させているのは、二句目の蟻にも言える。
 句集を開きながら、しばしば巧みな作り手だなーと感心するのである。

   蝌蚪の来て蝌蚪の隙間を埋めにけり

 最後になってしまったが、私の愛唱してやまない一句である。
 小さな生き物を覗き込んで、その生き物の動きを追う。
 静寂な視線で見据える無心な作者がいる。その無心さが見事である。


f0118324_06361.jpg

by masakokusa | 2017-09-30 23:59 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)