たびらこの花ぞここなる抹香町
物書きのほつつき歩き霾ぐもり
まうしろのそれとありける座禅草
駒返る草がどこにもかつをぶし
するすると波の引きゆく菜飯かな
食パンに味噌塗りたさん囀れり
こでまりの花や干物屋活け魚屋
行くほどに城下はさびし桜草
船頭の手首のかへり鳥雲に
戦場のごとき巌や石蓴掻く
船賃はただなる春を惜しみけり
猫に道あけたる猫や花なづな
暮れかぬる猫に猫背のなかりけり
色町のうしろ寺町あらせいとう
お干菓子の匂へる春の愁ひかな
さくら草一日筆をはこびけり
裏口のやうな巣箱の表口
色町やはなはだ高き春の潮
富士壷を増やして鴨の引きゆけり
行く春や鰹節屋の濃きにほひ
荒布屑拾ひもしたり私娼窟
おぼろ夜の蝋燭の火のつつたちて
年寄は手に手をとつて花惜しむ
螢烏賊明滅川崎長太郎
(2007年10月5日発行「ににん」秋号№28所収)