川崎長太郎『抹香町』を詠む           草深昌子


   たびらこの花ぞここなる抹香町

   物書きのほつつき歩き霾ぐもり

   まうしろのそれとありける座禅草

   駒返る草がどこにもかつをぶし

   するすると波の引きゆく菜飯かな

   食パンに味噌塗りたさん囀れり

   こでまりの花や干物屋活け魚屋

   行くほどに城下はさびし桜草

   船頭の手首のかへり鳥雲に

   戦場のごとき巌や石蓴掻く

   船賃はただなる春を惜しみけり

   猫に道あけたる猫や花なづな

   暮れかぬる猫に猫背のなかりけり

   色町のうしろ寺町あらせいとう

   お干菓子の匂へる春の愁ひかな

   さくら草一日筆をはこびけり

   裏口のやうな巣箱の表口

   色町やはなはだ高き春の潮

   富士壷を増やして鴨の引きゆけり

   行く春や鰹節屋の濃きにほひ

   荒布屑拾ひもしたり私娼窟

   おぼろ夜の蝋燭の火のつつたちて

   年寄は手に手をとつて花惜しむ

   螢烏賊明滅川崎長太郎


      
川崎長太郎『抹香町』を詠む           草深昌子_f0118324_1347526.jpg


(2007年10月5日発行「ににん」秋号№28所収)
by masakokusa | 2007-10-11 19:05 | 昌子作品抄
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