『俳句研究』・新刊句集渉猟  2003年11月号

 草深昌子『邂逅』・平成15年6月ふらんす堂

 作者は昭和18年、大阪生まれです。「雲母」「鹿火屋」を経て、現在は「晨」「ににん」の同人です。平成3年から14年まで、12年間の句を収めた第二句集です。
俳句に対するまじめさと才気を感じさせます。ことばで作る句もあり、実景を見ようとされている句もあり、いろいろなやり方を試されています。一つだけ言えば、まじめさが裏目に出てユーモラスな句は少なかったということがあったかと思いました。
 この方の姿勢にはものすごく真剣なものを感じます。
 ですから、実直に直球でという感じです。いちばんいい句だと思ったのが、
  青田風とは絶えまなく入れ替はる
  青田風が入れ替わって、つねに新しいということがよくわかります。
 いままで「青田風」の例句でなかなかいいのがみつからなかったのですが、これはいい句です。
 素直にものを見ているのが、
  一本の棹を頼りの蓮見かな
蓮見船の情景でしょう。<一本の棹を頼りの>という切り取り方をする。それでいながら情景は素直に伝わってくる。うまい人です。
  鮟鱇のだんだん平べったくなりぬ
 大胆な言い方もできる人です。
  こんこんと水湧く春の水の中
 長谷川擢さんの<春の水とは濡れてみるみづのこと>を思い出させます。水の中で水が湧いているという、かなり言いにくいことをさらっと句にしておられます。
  往診の医師に道問ふ桐一葉
 複雑な内容なのに、これだけのことばから旅先の古い町並みが見えるような句です。
 ユーモラスな句もあります。
  花散るや何遍見ても蔵王堂
 でも、企んだユーモアではない。花を見られなかったという気持ちがあって、それが読み手にはユーモアに感じられるのでしょう。
 共感がもてます。名所旧跡に行くと、何遍見ても、これが本当にそうなんだよなというふうに見る。そういうところはとらえていますね。ちょっとユーモアを感じたのは、
  茅屋を緊緊(ひしひし)鳴らす更衣
妙に真実味があって、<緊緊鳴らす>がおもしろく感じました。
  猪喰うてさっさと別れゆきにける
 それほどユーモラスな句ではないけれど、よくわかります。俳句らしい表現だと思いました。でも、こういう言い口は他にもあるかもしれません。一つの系統の俳句としてこういう言い方はいつも出てくるなという感じがしました。
 わかりづらかったのが、
  流灯のまっすぐゆける血筋とは
 下五の言い方が変わっています。ご先祖のことを思ったのでしょうか。
 <まっすぐゆける>で切れて、す一つと遠ざかって行くのが見えて、そのときに<血筋>という思いが浮かぶ。
 作者の最後の呟きでしょう。この言い方はあまり見たことがないので心に残りました。
 栞で岸本尚毅さんが挙げていらした、
  おしなべて秋草あかきあはれかな
 「あ・あ・あ」でつなげた、しらべがいい句です。<あはれ>ということばを使っていて、この人の抒情をよく表しています。抒情を抑えたところによさがあると岸本さんが栞に書いておられたので、よけい印象的でした。
 全体にうまいですね。
 俳句らしい俳句といえば、
  ぼうたんに非のうちどころ無くはなし
 好きだった句は、
  たれよりも靴を汚してあたたかき
 やや、平凡でしょうか。でもここに一俳人の、泥に踏み込んだりする姿も浮かんで来ます。それを外しても鑑賞でぎます。この方のよさがいちばん表れていると思います。
 作者らしさを感じます。私は好きな句でした。
 俳句らしい俳句を突き詰めていくと無個性になっていく危険があるのですが、この句集はそうではなくて、この人の個性を感じるので、とても親しみを覚えました。
 うまいし共感もできますが、うまいで止まってほしくないですね。うまいけれど心に響かないところに行きそうな句もありました。
  篝火の衰ふ鵜縄はづしつつ
きれいに景がまとまっていて、これ以上先へ行けないのではないか。
 下手をすると類型に陥ってしまう危険があります。そのぎりぎりのところをやっていってほしいです。
 今後を期待しましょう。

 この連載の対談者は岩田由美氏石田郷子氏

 
『俳句研究』・新刊句集渉猟  2003年11月号_f0118324_13442570.jpg
 

(2003年11月1日富士見書房発行、「俳句研究」2003年11月号(通巻第70台巻第12号)p226~228所収)
   
by masakokusa | 2007-06-14 17:08 | 『邂逅』書評抄録1
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