櫂 未知子著 『言葉の歳時記』

【東風(こち)、西風、南風、北風】

 菅原道真の和歌で有名なこともあり、「東風」は早春を告げる風の代表である。暖かさの一歩手前、春の気を含んだ冷たい風の感覚を持つ。ただ、地方によって意味の異なる場合もあり、慎重に用いるべきである。「朝東風」「夕東風」「雨東風」「桜東風」「椿東風」
「雲雀(ひばり)東風」など、とにかく種類が多い。

  東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪   杉田久女

 面白いことに「西風」だけでは季語になりにくい。「涅槃西風(ねはんにし)」「彼岸西風」(共に春季)など、時季をあらわす言葉と結び付いて季語になっている場合がある。
「南風」は夏の代表的な風。どこか華やぎもある。梅雨の初め頃に黒雲の下を吹く南風は「黒南風(くろはえ)」、梅雨明け頃に吹く南風を「白南風(しらはえ)」と呼ぶ。すぐれて視覚的な名でもある。

  白南風のよき友来る日なりけり   草深昌子

  黒南風や沖へ向きみる魔除獅子  高崎武義


 「南風」は、「みなみ」「みなみかぜ」「なんぷう」「はえ」など、読み方がさまざまある。また、冬の「北風」の読み方も「きたかぜ」「きた」「ならい」など多数ある。地方により、呼び方が違うので注意されたい。

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(2007年2月20日、日本放送出版協会発行、櫂未知子著「言葉の歳時記―36のテーマで俳句力アップ」p92所収)

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【老年】…初老 老人 晩年 老いらく 老後 老夫婦 老境 爺(じじ) 婆(ばば) 老婆

 定義するのが難しく、かつ詠みにくい「中年」に比べ、老いの時期を作品にすることは容易に見える。中年期は、若さの残照と老いの序章とを日々繰り返しているのに対して、老年期は、それなりにはっきりと衰退を自覚できるときだから。記憶力の減退や体の機能の著しい低下などを、本人も周囲の者も感じ取ることができる時期、それが老いに突入したときである。

  忘年の少女と婆と向ひ合ふ   草深昌子

  晩年の素顔さらしぬ落椿(おちつばき) 新谷ひろし


 老年期を静かに心を養うときとして生きるのか、もしくは老いを吹き飛ばすようなエネルギーをもって生きるのか、それは個人の選択による。なぜなら、これほどまでの高齢化社会は今までに無かったのだから。手本のない「老い」を生きつつ、俳句作品の中で人生の後半期をどう描くか、これから老いに突入する人々、そして今、老いの真つただ中にいる人達の力量に期待したい。

(2007年2月20日、日本放送出版協会発行、櫂未知子著「言葉の歳時記―36のテーマで俳句力アップ」p70~71所収)
by masakokusa | 2007-04-27 16:40 | 昌子作品の論評
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