草深昌子句集『青葡萄』


      四、回転扉

     七草の一つ一つのみどりかな

     肩垂れてゐるボロ市の皮ジャンパー

     冬日輪子の立ち睡り支へをり

     鉄骨のはざまの空や成人祭

     成人の日の娘を隔つ回転扉

     オブラートひらと掌に立つ寒暮かな

     梅真白風が開けたる玉手箱

     雫して紅梅のいろ白梅に

     いぬふぐりガリバーの足ふりかぶる

     過ぎてより濃くなる思ひ桃の花

     若布干す人のてのひら若布めく

     どの子にも影ついてゐる春の庭

     宝蔵の扉の幾重にも花ぐもり

     花冷えや呼び止むるかに佛の手

     春陰の地べたに花の絵の売られ

     夕桜手をつながねば恋離る

     夕刊のけものくささよ花ぐもり

     彩消えてぬくみいつまで春の夢

     春愁わが名の活字角張れり

     少年の荒息過ぐる椎の花

     今年竹届かぬ天を指してをり

     母の日の花束に寄る核家族

     草笛のやうに鹿の子鳴き交はす

      原コウ子先生を悼みて四句
     涙ごゑ声支へてゐたる梅雨大地

     薔薇散ってあまたの棘をむなしうす

     全うすることのしづけさ蟻の道

     真向へば遺影はにかむ夏座敷

     えご咲くと知らで過ぎたるきのふかな

     鉄工に鉄の胸板大南風

     四万六千日の顔獅子鼻も鷲鼻も

     澄みわたる百の眼や夏座敷

     真つすぐに滝一身をつらぬけり

     あぢさゐの白にひた寄る初心かな

     校庭の四隅の暗さ広島忌

     夏痩せてソクラテスとも言ふべかり

     父と娘のまろび寝したる西鶴忌

     こまやかに闇分け入りし踊りの手

     空晴れて道濡れてゐる終戦日

     初秋の松葉ずまうに勝ちにけり

     爽やかや鳥の胸しろ胸くろも

     葛踏みてレンズの中の鳥逃がす

     新涼やなんじゃもんじゃの実の緑

     白靴の踏めば踏むほど霧生る

     千代紙の水色秋の寒さかな

     部屋かへて秋の灯のいろ違へたり

     香ばしき匂ひがしたり月の道

     虫の夜は卓の上なる耳飾り

     秋の夢花抱くやうに人を抱き

     末枯を真間手古奈として行けり

     初鴨の胸もて水を押し来たる

     病む母に相寄る姉妹木の葉髪

     病棟のにほひ濃くなる時雨かな

     なみだよりうすきにほひの冬の水

     母校冬わが鈍足の跡もなし


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by masakokusa | 2006-12-23 11:39 | 第1句集『青葡萄』
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