草深昌子句集『青葡萄』


      六、かいつぶり

     日の顔の曼荼羅となり初電車

     超高僧ビルの下ゆく淑気かな

     青年の韋駄天走り初山河

     まづ雫のせて俎板始めかな

     天照らす俎開きの刃先かな

     寒雲の飛ぶかたちして動かざる

     はろばろと来たる雪片藁の上

     蛇行してのぼる急坂春めけり

     丹頂の白無垢ことに凍てにけり

     双鶴のおもひあふれし羽根ひろぐ

     恋へばかく啼けばよしやと鶴の舞ふ

     天空にあをみさしたり鶴のこゑ

     雪嶺や神の一刀鋭かり

     雪雫乳呑児抱きし日は遠く

     淡雪や子持杉また夫婦杉

     春雪に絹目の雨をとほしけり

     「考えるヒント」机上に日脚伸ぶ

     笑むに似て憤怒の像や下萌ゆる

     あんばいのよろしき日和薄紅葉

     恋猫のさらりと朝日かはしけり

     きざはしを児が這ひのぼり春の寺

     赤坂にうなじ吹かるる雛の日

     紙雛や金の盃銀の琵琶

     のぞかせてもらふ袂や紙雛

     木ぶし咲くこころに風をたたしめて

     満点の日和授かり卒業す

     まうしろに真紅の一樹卒業す

     校舎より高き梢や暮れかぬる

     桜咲くかまへに幹ののけぞれる

     寸分の乱れもあらず花の散る

     梅若忌あはれを謡ふ男ごゑ

     子雀の跳んで一粒万倍日

     水色の空までつづく茶山かな

     はればれと一日茶摘女となりぬ

     手の甲のほのあからみし茶摘籠

     茶摘女の手際に影も摘まれたる

     青葉寺二つ据えたる力石

     桑の実や子離れできぬてのひらに

     十薬に日暮れ遅れてきたりけり

     青葉潮雲の清濁いとはざる

     鴉声には鴉声応へて梅雨に入る

     瑠璃殿にしばらくありし梅雨の人

     黒南風や重ね置かるる小鳥籠

     頭の中が火薬庫となる梅雨夕焼

     文字摺草きのふの翳りけふの照り

     口笛を吹きたくなりぬ植田べり

     人の背の闇を見てゐる蛍狩

     凸凹のなき山連ね朝ぐもり

     神将の踊り給へる暑さかな

     炎帝のいろに乾けり国栖の紙

     碑を一帆として涼しかり

     鮎宿にバスかたむきてとどまれり

     夏座敷上座下座もなかりけり

     宿の湯のうすきみどりや夕河鹿

     すすり泣く弦より硬く髪洗ふ

     人肌のぬくみ樹にあり蝉の殻

     わが影のもっとも小さくして灼くる

     湯のやうな日がさしきたり青葡萄

     草木は揺れてもの言ふ終戦日

     大樹下に入りて秋意のはじめかな

     橋渡る人を見てゐる閻魔の日

     来迎会色なき風をとほしけり

     片々の散華の中のあきつかな

     一陣の風のなかなる一遍忌

     子規庵に屯して涼新たなり

     秋海棠耳にやさしき声残る

     秋風や子規も八雲も横向ける

     ぬかるみの径ゆくことも子規忌なる

     馬肥ゆる少女は胸を反らしつつ

     水族館の大円球やいわし雲

     ナポレオンフイッシュめぐらす秋の水

     秋水にさからふ魚の青さかな

     うそ寒や渚の海月うらがへし

     船下りて少女像まで秋の道

     秋の街マドロス人形一つ買ひ

     秋雨のつひと過ぎたる港町

     白菊の白あたらしき蕪村の碑

     身に入むや京に来て訪ふ芭蕉庵

     蒸し麺麭のやうな月上げ能舞台

     月のぼるシテの白足袋そくそくと

     山の木にシテとワキある良夜かな

     金剛の月をはるかに能果つる

     団栗に屈みて負ひ目なかりけり

     黄落や鴉も子とろ遊びして

     黄落に油絵具のにほひけり

     木の実落つぴしりとおのが身を打ちて

     秋うらら何はさておき浮御堂

     色変へぬ松に据ゑたる月の句碑

     高枝より若き声落つ松手入

     秋光や淡海の鴎飛び上手

     身に入むや夜も佇ち給ふ観世音

     遠見して紙舟かともかいつぶり

     船下りて秋の遍路のまぎれたり

     一島に一社一寺やいわし雲

     入舟も出船も白し秋夕べ

     諸子焼く炎の色赤し秋の暮

     浦島の亀に会いさう小春凪

     残菊や僧のこゑしてみあたらず

     鳴き竜のびよろんと鳴く寒さかな

     三の酉欅の雨をふりかぶり

     熊手買ふめったやたらと空掻きて

     三の酉おかめいよいよ細目なる

     枯れのなか刃よりも疼くことば過ぐ

     羽子板市それてがさつな風に会ふ

     歳晩の寺より見たる観覧車

     馬道をとろとろ行きて年惜しむ

     胸の辺に湯気寄りやすしぼたん鍋

     ほろ苦き菜のまじりたる牡丹鍋

     猪鍋にこゑのかすれてしまひたる

     木の葉散りつくすまで日の無伴奏

     山据ゑて空の動かぬ石鼎忌


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by masakokusa | 2006-12-23 11:37 | 第1句集『青葡萄』 | Comments(0)
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