平行線の交り お前と俺、俺とお前、 めぐり逢ひの秘密、戀の反律。―中略― 不思議ぢゃないか平行線の交り、 これが偶然性、―後略― (九鬼周造著「巴里心景」より) この「不思議ぢゃないか平行線の交り」というのが、まさしく「晨」の性質ではないかと、大峯あきら代表がかつて引用された詩の一節である。「晨」は大方が結社に所属する人々が集まり、結社でない一つの組織になっているもの、つまり同人誌である。 「晨」の創刊は、昭和五十九年五月のことである。創刊号は、梅原猛氏と大峯あきら氏の濃密な対談に頁を費やしている。詩と哲学について世界的規模で論じながら、ついには「俳句は自我の詩ではなく、存在の詩である」という大峯あきら氏の発言に至ると、梅原猛氏が「これはすばらしい第二芸術論以来の大理論やで」、と驚嘆されるところで終っている。この対談そのものが創刊にあたっての言挙げといえるのだろう。 爾来、俳句を俳句の世界だけでなく、短歌、詩、西洋、東洋、古代、近世の詩歌などを多角的かつ包容的に見わたして、俳句を見つめ直すという姿勢を通している。 今年二十一年を迎えた「晨」の同人数は一七七名、創刊時の二・五倍に増えている。 さて、「晨」に所属している私自身にとって、大きな魅力は次の三点に要約できる。 第一に、雑詠選があること。俳句の冥利は、尊敬する師、尊敬する作家に選を仰ぐことに尽きるのではないだろうか。もちろん、選を受けるのは任意である。雑詠選があれば、同人誌と見なさないという意見もあるが、「晨」の雑詠選は結社のそれと趣を異にしている。 「晨」の雑詠選は創刊時より共選である。当時、同人誌の発足自体がユニークであったが、雑詠欄を持つ同人誌は初めてで、すぐれた作家三氏による共選が、何より俳壇の大きな話題となり、高い評価を得ている。現在もそのスタイルは変わらない。共選は、主宰という一人の絶対的な権威につくものではなく、選者の責任をより明確にする面もある。 選者の一人、大峯あきら氏はこう語られたことがある。 「『晨』は結社を横断するというか、結社とは別の原理を作りたいというものであった。タテとヨコとがうまく調和して働くなら、作家としての向上にプラスするところがあるのではないか。俳句入門の頃は、結社の先生が一番偉いと思って勉強する、しかし、それだけでは吸収され尽くせないところがある。それは先生との関係ではなくて、美の女神との関係。美の女神の前では先生であろうが弟子であろうがまったく平等、今俳句をつくっている人達は、美の女神の法廷で裁かれるのだという気持ちを持ちたい」、と。 第二に、同人相互の選句、鑑賞、批評、論評が活発であること。さきの同人総会では、選者二名を選び交替制で題詠選をする、代表もまた選を受けるという提案が決議された。俳句という詩型は、ことさら鑑賞があって実作が成り立つ。誰かがこれよしとしなければ俳句は残らない、俳句がいきいきとしない。誰がなんと言おうと私は私、私はこれでいくのよ、という姿勢は俳句的ではない。俳句に自負は欠かせないが、同時に謙虚でなければならない。その上で俳句は自得の文芸であると言いきれるもの。評論もまた観念でなく作品を正しく評価するところから出発するものであろう。単なる俳句の発表機関でないことを同人誌は身をもって体験させてくれる。 第三に、交流の気持ちよさである。ピラミッド型の権威に従うものでなく、義理人情の親睦でもない。円陣を組む、円座にいるという感覚が清々しい。誰からも平等に見える同じ地平に、代表も編集長も淡々と存在しておられる。「俳句は存在の詩」であるという信念に裏打ちされたリーダーシップはおのずから強力である。 歴史ある同人誌を紹介したが、ふりかえって「ににん」もまた、同人誌の理念にそって、小人数ならではの試みに満ち、着実に号を重ねている。 俳句の実作と鑑賞、この二本の柱にもっと真剣にもっと能動的に拘わっていくことによって、はるかな道のりも地道に燃え続けることができるに違いない。同人誌とは何かを問いながら、私自身への解答が出た思いである。そう、同人誌とは「燃え尽きたら終り」、なのである。 「ににん」は今年五周年を迎えた。「五年にして一語を得たり、曰く『誠』なり」の感ひとしおである。これは、過日繙いた中国名言録ででくわした箴言であるが、つくづく、この名言どおりであったと思わせる「ににん」の戦うリーダー、戦う連衆に感謝の念を禁じ得ない。 (2005年10月1日発行・「ににん」第20号p32所収)
by masakokusa
| 2006-12-11 10:33
| 俳論・鑑賞(1)
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