手を当てて懐炉の効き目確かむる 日下しょう子
今どきの懐炉は「ホカロン」などいわゆる使い捨て懐炉であり、この句ももとより紙懐炉とは思うが、 それにしてもこの句の面白さはどうだろう。 寒がりの私などは、こういう仕草をよくするものの、一句に仕上げるとは思ってもみなかった。 昔、祖母の愛用していた懐炉灰を入れたブリキ製の懐炉をよく覚えているが、 そういう懐炉のありようが彷彿としてよみがえるものでもある。 「手を当てて」という、出だしのうまさ。 懐炉の効き目が悪いと思うほどの寒気が身に迫っているのである。
寒柝の三つ目いつも鈍きかな しょう子
寒柝もまた、なつかしい響きをしっかり聞かせてくれる。 高齢者が役割を担っての町内会の「火の用心」だろう、その人々に労わりの気持ちを寄せながら、 作者の心持の静けさが捉えた音である。
熱燗を交はすかりそめカウンター 冨沢武司
冷え込んだ夜であろうか。 カウンターで酌み交わす熱燗は、何とも洒落ていて、お座敷よりもぐっと味わい深い。 しかも「かりそめ」である。 「かりそめの恋」等という言葉もあるが、つまりはその場限りの、ちょっとした出会いのことである。 こんな時、こんな処であればこその酒の熱さがたまらないのである。 「か」音のたたみかけも心地いい。
昇る日に手のひら炙る霜だたみ 栗田白雲
しんしんと冷え込んだ夜が明けると、真っ白な霜はあたり一面に置かれている。 これが「霜だたみ」である。 昇る朝日のまた何と眩しいことであろうか。 手のひらをかざすとは言わないで、「手のひら炙る」とは白雲さんならではの、自然観照の冴えが窺われる言葉である。 「炙る」は「霜だたみ」によく呼応している。
口論に勝つて寝付けぬ年の暮 佐藤健成
こういう年の暮もあるのかと驚かされた一句。 作者が、まこと穏やかな紳士で、まさか口論などに陥るようなお人柄ではないのを知っているだけに、 たまたまの口論となった、その心の動きに正直なる言葉でもって表現されたことに、つくづくと感銘させられる。 「自分の俳句」ではあるが、他の誰彼のものでもありうる、「年の暮」の実感であろう。 実万両羅漢の袖にかかりけり 二村結季
神奈川県清川村にある禅寺の境内には、さも古びた羅漢像が据えられていた。 ここに限らず方々の寺には、十六羅漢や五百羅漢などその彫像や図絵は多くあって、 俳句に詠われた羅漢の句もごまんとある。 そこで羅漢を一句にするのは敬遠しがちだが、この句は堂々として美しい。 「羅漢の袖」という実万両と同じ立ち位置に目線を据ゑて、真っ赤な実を鮮やかに見せるものである。
ブロッコリその葉日向に勇ましき 奥山きよ子
この句も清川村の吟行句である。 畑にあるブロッコリは葉っぱが大きくて、その真ん中に実がなっているというところであろうか。 有り難くもあたたかな冬日を浴びながら、いよいよ結実していくのだろう。 「勇ましき」はブロッコリ好きのきよ子さんにして思わず出てきた言葉に違いない。 こういう句に会うと読者も元気をいただく思いがする。
冬木立単車一台通りけり 中澤翔風
人口も3千人足らずという過疎の清川村には、すっかり葉を落とした木々がひそやかに立ち並んでいた。 そこを一台の単車が通り抜けた、その瞬間に作者は冬木立を認識したのである。 まさに詩人の感受性である。 冬木立は寒々しいという概念が、ふと吹き払われるような明るい力が差し込まれたのである。 そうしてまた元通りの静けさに立ち返るのである。
竿売のこゑ追ひかける師走かな 田渕ゆり 招かれて水仙匂ふ広間かな 末澤みわ 冬紅葉菩薩は小指少し曲げ 山森小径 村一つ光りの先の山眠る 伊藤 波 吊革に掴まりて年惜しみけり 石堂光子 鯖みりんふつくらと焼けクリスマス 川井さとみ 水撥ねてダルマストーブ音を出す 長谷川美知江 冬田行くリュックに一本クラブ立て 鈴木一父 冬の夜の使はぬ部屋を灯しけり 中原初雪 軒高く薪積まれけり村の冬 堀川一枝 里山に居据りてをり冬の霧 中野はつ江 木の椀の二つを買うて十二月 潮 雪乃 空低く波紋の端や鴨一羽 河野きなこ 蜜の濃き林檎届くや年の暮 矢島 静 柚子百個玄関先に置いてある 大本華女 道凍る気い付けてなと人の言ふ 菊地後輪 短日や干し物少し湿りをる 関野瑛子 天井に当たる音して冬の蠅 米林ひろ すぐ急かす器械のこゑや年詰まる 宮前ゆき エンドロールコート手にして涙かな 古舘千世
by masakokusa
| 2019-01-31 23:06
| 『青草』・『カルチャー』選後に
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