二組の金婚式や竹の春 石本りょうこ
結婚50周年を迎えるとは、何と目出度い事であろうか。しかも二組同時とは珍しい。 りょう子さんにうかがえば、妹さまご夫妻ともども揃って金婚式を迎えられたのだという、これほどのお幸せはないであろう。 しみじみと来し方を噛みしめるような目出度さが季題「竹の春」に言い尽くされている。 竹は地下茎によって繁殖する植物である、春には竹の子を地上に出して急成長させるため子どもに精力を注ぎつくして、 親竹はすっかり弱ってしまうので「竹の秋」と呼ばれ、やがて秋になると葉が青々と茂るようになる、 この状態が「竹の春」である。 ものすべてが淋しく枯れていく状況の中にあって、竹ばかりは春のように生気盛んであるというのである。 名詞だけの完結明晰なる一句のありようからも、この二組のカップルの強固にもうるわしいありようが想像されて、 心から祝福の念が湧き上がってくるものである。
凩の芥の山を崩しけり 濱松さくら
「凩」は「木枯」とも書くように、木の葉を落しきって、枯木にしてしまうような強い風のことである。 〈凩の果はありけり海の音 言水〉、〈海に出て木枯帰るところなし 誓子〉、〈木がらしや目刺にのこる海の色 龍之介〉 など、凩の名句はさまざまある。 だが、さくらさんは目前のゴミの山を崩して去っていった風をおどろきをもって、率直詠いあげられた。 凩という強風の実感ここにありと言う感じである。 寒い北風ではあるが、庶民生活の汚れを一掃してくれるものなら、それもまた喜ばしいものかもしれない。 ことさらのことを詠わなくても、日常に感受する季節のありようは、それこそ山とありそうだ。
立冬やきつちり括る古雑誌 宮前ゆき
立冬は二十四節気の一つ、11月7日か8日である。 凩が本格的に吹き出すのもこの頃であり、俄かに日の暮れが早くなって侘しさを覚えるのもこの頃である。 ゆきさんは、この日、いつの間にか溜まった古い雑誌を捨てることを決心されたのだろう、 おのずから括り紐にもゆるぎなく力がこもるのである。 「きっちり括る古雑誌」は「立冬」と言う節気の一つの象徴のような捉え方である。 自然と共に、自然のありように身を委ねて生きる感覚は長い俳句生活を通じて養なわれたものではないだろうか。 こういう一句に、季語が付き過ぎとか付かないとかいう批評は当てはまらない。
かまきりのかまへくづさず枯れにけり 澤井みな子
先日わが居間にかまきりが侵入してきて、もう枯色になっているのであるが、 我が目を睨みつけるその眼の鋭さには恐れ入った。 蟷螂(かまきり)は秋の季題であるが、冬にも「枯蟷螂」という季題となって生きている。 生き残った雌の蟷螂が、緑色から枯葉色に変って、最後に枯れるのは目玉だという。 枯蟷螂が、それなりの威厳をかこちながら、まさに枯死するのであるが、 その様子をさりげなく詠いあげて哀れをさそうものである。
山頂に白きもの見ゆ神の留守 松尾まつを
陰暦10月は神無月、つまり神のすべてが出雲へ旅立たれ、神さまがいなくなると信じられてきた。 神を擬人化して「神の留守」ともいう。 春になって、山から里に降りてきた田の神様が、作物の豊穣をもたらしたあと、 また秋には山へ還ってゆくという一つの信仰の現われのように解釈するとき、 掲句の「山頂に白きもの」は旅の途にある神さまそのもの、神さまの白装束の象徴のようである。 又、作者在住の厚木市からは、大山を間近に、また富士山を遠く望むことができることを思えば、 山頂に見えるものは、降り積もった雪の白さであるかもしれない。 いずれとも断定せぬ「白きもの」が、「神の留守」というつかみどころのない季題に一種のリアリティーをもたらしている。
紋服の紋の白さや神の留守 川井さとみ
先の「神の留守」同様、「紋付の紋の白さ」が文字通り際立っている。 神様不在とはいえこの時期は七五三もあれば宮参りもあって、宮は大いににぎわうものである。 紋付という正装、しかも紋の白さに目をとどめたところ、小春日和なども想像されてなかなかゆかしい句である。
風邪ごゑや丸薬五個に貼り薬 田野草子
風邪ごゑになってしまった作者にとって、丸薬五個も貼り薬も立派な風邪薬、頼りになる風邪薬である。 糖衣錠であろうか「丸薬」という形態の丸さも、五個と言う数の多さも、 肩辺りに貼るのであろうか貼り薬なども、この上なく喉に効きそう。 風邪を、こういう観点から詠いあげる余裕が俳諧味となって、 深刻なる風邪症状はよせつけないようなゆとり、面白さを醸し出している。
木の葉散る星井戸といふ空井戸よ 福山玉蓮
厚木市金田にある、日蓮ゆかりの明星山妙純寺に吟行の折の一句。 ここには、星井戸が遺されている。 明星天子が釈尊の名代として、梅の木に降臨され、その明星天子はこの星井戸に姿を消されたという。 そのあたり一面は落葉して、中には榠樝の実もまだ形をとどめて転がっていたが、 枯れ急ぐように木の葉が降りしきっていた。 「木の葉」と「星」の呼応が美しい。 また遠く日蓮に思いをはせた作者の感嘆が、最後の「よ」という一字にこもっている。
軒下に千振父の在るごとし 坂田金太郎
「千振」とはなつかしい薬草の名である。 近年、このような季題の俳句を作ることも見かけることも少なくなった。 軒下に陰干しにされている千振であろう。千回煎じても苦いという煎じ薬を飲みながら、 よく働く頑固な父上であられたのではないだろうか。 この作者にとっての「父」の存在感はそのまま普遍性を帯びて、誰の「父」としても納得させられるように思われる。 当たり前のような「軒下」からは、古きよき時代の父たる家長というもののありようが、 ふと千振の苦みや匂いとなって漂ってくるのである。
ヘルメット脱いで昼餉や鰯雲 中澤翔風
鰯雲の大らかさ、気分のよさが一句に行き渡っている。 道路工事であろうか、何の工事であろうか。いや、バイクに乗ってきた人であってもいいだろう。 いずれにしても、この地上に汗して働く、汗して生きる人の昼餉である。 一日の真ん中の一服、ささやかなる飲食が、いとも安らかに、清々しいものに感じられる。 鰯雲はしろじろと、さざ波のように空じゅうにひろがってやまないもののようである。
土器の米艶やかに神の留守 米林ひろ 寒禽や肌捲れたる大欅 石堂光子 小春日や角を曲れば風頬に 芳賀秀弥 頭から飛蝗食らふや枯蟷螂 湯川桂香 堅き葉の帽子に落つる留守詣 日下しょう子 下校の子ポプラ落葉を駆けて来る 石原虹子 かまきりの卵茶の木の花の中 上野春香 頭巾のせ大山道の道祖神 鈴木一父 木の葉雨箒片手に見惚れをり 栗田白雲 会釈して静かに去りぬ菊花展 佐藤健成 冬菊に纏はる蜂の羽音なく 奥山きよ子 友見舞ふ十一月の日差しかな 柴田博祥 糠漬けの大根うまき冬初め 東小薗まさ一 碑を遺し冬田となりぬ船着場 末澤みわ 大太鼓森にひびくや冬桜 新井芙美 秋晴や何処へともなく歩きたき 木下野風 小春日の地獄巡りや杖たたむ 森川三花 救急車徐々に近づくそぞろ寒 狗飼乾恵 山茶花や風にひたすら八重に咲き 市川わこ 枯葉散るお日様映る水の上 菊竹典祥
by masakokusa
| 2018-11-26 19:47
| 『青草』・『カルチャー』選後に
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