わたしの歳時記・『俳句四季』9月号


   わたしの歳時記


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            桜          草深昌子 『青草』




   吉野山こずゑの花を見し日より

   心は身にもそはずなりにき


西行ならずとも、桜は古代より人々の憧れてやまない花である。

思えば若かりし頃、私は桜のオッカケをしていた。

その散り際の見事さに圧倒されて、今の内に見なければ損とでもいうような気持に焦るのだった。


ところが十数年前、神代桜に出会って、はじめて静かにまみえることの幸せに気付かされた。

日本武尊のお手植えという樹齢二千年の古木には支柱が二十数本、

中には石の支柱に食い込む幹もあって、捩れに捩れたありようはあまりにも哀れな姿であった。

それでも美しい雪を被った八ケ岳を向かうに、誇らず、卑下せず、

ただ花を咲かせたい一心に踏ん張っているさまは、いとおしくてならなかった。

この花の生涯は七転八倒のものではなかったろうか。

老いて無惨であればこそ、ぽってりと咲いた桜色はいっそう初々しく思われた。

 

人生は過ぎ去って二度と還らないけれど、桜の咲く春は繰り返しやってくる。

私たちの一回きりの人生と、永遠に巡ってくる季節の循環性、

その交点に満開の花を咲かせるのである。

何というなつかしさであろうか。


   さまざまの事おもひ出す桜かな   芭蕉




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   赤子はやべつぴんさんや山桜        草深昌子

   哲学の道ゆく落花肩に浴び         間 草蛙

   白壁の眩しきしだれ桜かな         石堂光子

   病む友も独りのわれも花の中        古舘千世

   花の雨駆け込み寺の小さきこと       山森小径

   千年の静けさにゐて滝桜          上野春香

   花散るや我が唄へば母踊り         鈴木一父

   ドルフインにベンツ二台や花の昼      川井さとみ

   手鏡に父の見てゐる初桜          末澤みわ

   花冷の京の新居を訪ねけり         二村結季

   一村は丸ごと桜吹雪かな          佐藤健成

   ぼんぼりの消えて社の花惜しむ       中澤翔風

   桜咲く小さき駅に小座布団         新井芙美

   花散るや日はとろとろと雲を追ひ      森田ちとせ

   全山に桜の満ちて今日一日         湯川桂香

   旅人の足湯してをり花の雲         菊竹典祥

   花の雲ゆつたりとゆく乳母車        芳賀秀弥

   咲き揃ふ終の棲家の桜かな         熊倉和茶

   花に吹かれて千鳥足となり        栗田白雲

   花屑の星座の中を駆けにけり        泉 いづ

   この岸も向うの岸も花万朶         日下しょう子

   花の中ダルメシアンの立ち上がる      佐藤昌緒

   花屑を鯉のゆったり潜りけり        中 園子

   花散るやランドセルの子みな駆けて     狗飼乾恵

   夕桜吹雪きてけふを惜しみけり       石原虹子

   書を開き目を閉づ羅漢花の散る       平野 翠

   男坂駆け抜けてゆく山桜          柴田博祥

   憂ひごと晴らして山に桜満つ        東小薗まさ一

   人知れず羚羊の句碑嶺桜          坂田金太郎

   花吹雪両親祖父母一年生          松尾まつを





(㈱東京四季出版「俳句四季」・2018年9月号所収)




by masakokusa | 2018-09-30 23:22 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
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