大峯あきら追悼・「晨集」最後の大峯あきら俳句鑑賞

 

                  

大きく、高く、深沈と           草深昌子


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大峯先生の作品をもう拝見できないとは・・・何ということであろうか。

最後になってしまった、山本洋子編集長へ送られた原稿を見せていただいた。

そこには、かの独特のまろやかにも力強いご筆跡があって、今にも語りかけてくださりそうな笑顔が充満していた。

大峯先生は終始、詩の生まれる不易の源泉は「自分が感じたことを正直に言う」ことだと、

実作からも鑑賞からも示して下さった。


はっきりと御降り音をなしにけり


さっきから降っていたお正月の雨が、今まさに雨の音として身の内に染み入るように目出度く感じられたのである。


 ひとり居る時の時雨のよく聞こゆ

大雪や音立ててゐる筧水

短夜の雨音にとり巻かれたる


蛇笏賞受賞句集『短夜』にある句々。

先生は耳がよかった、いや耳が敏いでは済まされない、詩人の沈思黙考。

大雪の句は菅浦の吟行であった、あの寒さを行きながら、どうして筧の水の音などを聞き止め得るのであろうか、

テーマを逸らさない感覚の鋭さに驚いたことを忘れない。

いずれも、絵画ならぬ、俳句表現ならではのもの。

この世の音のなつかしさに、ただしみじみとするばかりである。


千股から飯貝に来て木の実植う

木の実植う粉雪どつさり降りにけり


吉野町飯貝は、芭蕉も訪れたことがあり、〈飯貝や雨に泊まりて田螺きく〉の一句を遺している。

ここには大峯先生の専立寺と同じ、蓮如ゆかりの浄土真宗本願寺派の本善寺もある。

千股とは聞き慣れない地名であるが、地図を見ると千股と飯貝は吉野川を挟んでいる。

風変りな地名がふとした不思議を誘って、ダイナミックである。

「木の実植う」という悠久の思いに、「どっさり」は痛快。

貯木場もあるこの地の樹々は世々に根付いてやまないもののようである。

 

高く行く大鳥ばかり春隣

 大鳥のよぎりしのみの春隣


鳶と言わずして大鳥という、その心持ちがすでに大らかである。

今しがた、鳶がよぎった、ただそれだけで時の移りに寄り添われるのである。

嗚呼、大鳥はどこへ行くのだろう。

生きとし生けるものの切なさを感受された、その心映えは、鳥となり花となり、

等しく季節の中にあるいのちを慈しまれるものであったに違いない。


松風の毎日高き二月かな

冬川に大とどろきや吉野線


 大きく、高く、深沈と、最後まで精神の張りは失せなかった。


「芭蕉の俳句が三百年間生きて、今日の我々を感動させるとしたら、作品のみならず、

それを作った芭蕉その人が生き返っている。我々は流れる時間の中に生きているが、

その中で時間を超えたものと関係している」というお説は、

今後、大峯あきら作品を読み返すたびに、真理として実感されることになるだろう。

先生は見えなくなったけれども、先生はそこに居られる。


(平成30年5月号「晨」第205号所収・大峯あきら代表追悼特集)


by masakokusa | 2018-05-31 19:51 | 俳論・鑑賞(2)NEW! | Comments(0)
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