特別作品評             草深昌子

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       鈴鹿へ         田島和生


  
   武骨さの鈴鹿連嶺粧へり

 鈴鹿山脈は今まさに「秋山明浄にして粧ふが如く」である。
 鈴鹿山脈と言わずして「鈴鹿連嶺」という言葉が、「武骨」という措辞に呼応して、さもごつごつと立ち現れてくる。 
 さらりと詠ったように見えて、ふと読者を立ち止まらせる言葉の力が、俳句の風姿のよろしさとなって、それこそ峙っている。

   餌を吸へば鯉の口鳴り秋まひる

 餌を喰えばではなく、「吸へば」だからこそ鯉の口が鳴るのだということが納得させられる。
 もとより、水も大気も透明度満点である。
 秋の真昼は、静かにも情景を包み込んで燦然と横たわっている。

   山の日は林檎のあまき匂かな
   熟しては落つる国光ありにけり

 甲賀一体は真っ赤に熟れた林檎に満ちているのだろう。
 一気に読み下した勢いがそのまま林檎の幸せな匂いを漂わせてくれる。
 足運びのテンポが、即ち、詩情のそれとなってまこと爽快である。
  
   ひやひやと双手失ふ観世音

 「平安の秘仏」展にまみえた古仏。
 仏と自身が一体にならなければ「双手失ふ」とは言えない。
 深秋の冷気が、作者はもとより観音の身の芯にまで染み入ってくるのである。  

   豆引のうしろの滲み落日す

 「鈴鹿へ」十句は、秘仏の心象を曳いて、見るところどこも赤く染まったような甲賀の旅懐を鮮やかに浮き立たせている。

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     木曽路       中山世一



   凩に迎へられたる木曽の宿
   霜晴や色うすれゆく朝の月


 馬籠ならぬ奈良井宿はまだ見ぬところだが、おのずから、「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十軒の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた」(島崎藤村)に導かれる。
 俳人の愛してやまない木曽路は凩さえも覚えあるものであって、何とも懐かしい気分が滲み出ている。
 霜もまた天地一体となって真白くもうっすらと広がっている。 

   冬支度水中の藻に色きたる

 水草の紅葉が、いっそう奈良井の水を透き通らせて美しい。しんとした余韻は、この村の姿を偲ばせてくれるに十分である。
 この時期、決まったように、村人は漬物の仕込みに精を出されるのであろう。

   木曽馬の明るき尻や里時雨
   馬小屋の壁に樏夕日差す

 〈木曾馬の黒眼みひらく二月かな あきら〉が印象に残っているからであろうか、木曽馬といえば「眼」であったが、さらに「尻」までもが明快であることの頼もしさ。
 折からの時雨に、一振りした尻尾もまた風土の重みを思わせるものであったに違いない。
 吹雪の到来を予感しながら、馬小屋もろとも夕日に暮れてゆく木曽である。
 「木曽路」一連の声調もまた静謐そのもの。

(「晨」平成29年3月号 第198号所収)
by masakokusa | 2017-03-30 14:28 | 俳論・鑑賞(2)NEW! | Comments(0)
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