三人や老いを語りて茶碗むし 田上さき子 三人寄ればかしましいと言われた遠き日、今や足腰が痛いの忘れ易いのと嘆き合うばかり。 だが茶碗むしをいただく三人はいかにも上品。銀杏をふふんで、いよいよ老いの才覚を発揮しましょうよと意気投合。 三人に救いがある。 浪曲は天野屋利兵衛十二月 水野征男 十二月、何はともあれ忠臣蔵にほれ込む。 討入りに使用する武器を調達したのではないかと、厳しい拷問にかけられても、「天野屋利兵衛は男でござる」と金輪際口を割らなかった、その人。 権力に立ち向かう切々たる節回しに男の理想像を重ねて、年を惜しまれるのだろう。 胸のすくような図太い句はすでに天野屋利兵衛的である。 流れつつ薄くなりゆく秋の雲 藤江駿吉 何気なく現しながら、これほど言い得て妙なる秋の雲の句を他に知らない。まこと「雲を掴むような」雲である。 この句をしばし仰ぎ見るうちに、すっかり秋の雲気分になってしまった。 これを秋思というのかもしれない。 銀杏の葉散るや市電の敷石に 井上久枝 市電は市民にとって親しくも機能的であり、旅人とっては旅情なぐさめられるものである。 ある日、こんな黄金の輝きに出会ったら、思わず足取りが軽くなりそうである。 枯蟷螂ぎざぎざの鎌かき抱き 井上智子 生きんがために、鎌状の前肢をむき出しに闘争する蟷螂。だが枯れてしまった今は、ぎざぎざであることがいっそ空しい。 即物具象の裏に伏せた作者の思いが滲み出ている。 芙蓉咲く独歩旧居は坂の上 田丸富子 国木田独歩のものをよく読んだわけでもないのに、涼しげな芙蓉の花はまるで天の配合のようにかなっている。 緩急のある韻律が効いているのだろう。 月下美人白き花弁のぬれゐたり 岩切貞子 去る日、わが家でも初めて月下美人が開花した。純白の美しさは、今更にこの句の通りであったと共鳴してやまない。生まれたばかりの花びらはすでに月の雫を浴びていた。 無患子を転がせば音堅かりき 山崎吉哉 深大寺の無患子は何度も仰ぎ見ているが、ついぞ「転がせば音堅かりき」であることを知らなかった。 無患子は羽子の玉や数珠になることを認識しつつ、尚且つ誰のものでもない私の無患子の発見である。 空は真っ青に澄んでいる。 きちかうの綻ぶ口や蜂もぐる 井上千恵子 桔梗の蕾の角が今にも綻びそうなところを、まるで蜂が抉じ開けでもするように生き生きと詠いあげている。「もぐる」という的確なる描写が命を吹き込んでいるのである。 虫鳴くや律の薪割りせしあたり 小林美成子 〈薪をわる妹一人冬籠〉は、まだ子規の病臥する前の句であるが、その後子規は妹律の看病にどれほど救われたであろうか。 虫を聞くと、子規はすぐそこに居るようである。 鵜は水に鴉は岩に秋澄めり 伊藤芳子 鵜と鴉は、それぞれにその鳥ならではの処を得て、澄みきった悠久の流れに黒々と翼を光らせている。 点在するものを季語に集約されたところ看過できない。 新牛蒡しやきしやき削げり外厨 小室登美子 新牛蒡は先ず笹掻きにして、さあキンピラに、サラダに、そのレシピを想像するだけで手元は愉しい。 「外厨」であることが、野趣ある香りをどこまでもまき散らすのである。 巡礼に雲一つなき伊予の秋 田中忠夫 「雲一つなき」という身近なる言葉は、巡礼の人々に強くよりそっているからこその措辞である。 伊予聖地の空は、どこまでも歩きたくなるような労りに充ちている。 冬瓜をリュックに島の友来る 佐藤静香 冬瓜一個でもってリュックはちょうど満タンであろうか。その重量感が、そのまま飾り気のない友情を物語っている。 「人生そはよきかな」と励まされるような一句である。 風のままころがつてゐる芋の露 町田美智子 飯田蛇笏の〈芋の露連山影を正しうす〉は、大粒の静止の露が思われるが、この句は流動の露である。 肩に力のはいっていないところがむしろ風雅である。 掛稲のあかがね色や浦日和 塩田佐喜子 海光の降り注ぐ掛稲は照り翳りつつ光彩を放っている。 浦人の絆の深さが豊作に結実したことを祝福するかのようなあかがね色である。 迫真にして穏やか。 十月や海女来て神の鈴鳴らす 芦田一枝 爽やかな十月、その十月を一直線に詠いあげたところに屈託のない海女の笑顔が見えるようである。 〈穂芒や万葉の浜藻塩焚く〉、瀬戸内ならでは風光明媚が羨しい。 きりぎりす壁にとびつき髭振りぬ 浜田千代美 一瞬の驚きが詩になった。俳句は発見、眼で作るのが第一義であることを思い直される。 「髭振りぬ」は徒事ではない、きりぎりすと作者の哀感が通いあっているのである。 秋麗や硝子の部屋の白鳳佛 森 恒之 「硝子の部屋の」には、まさに魂の宿った仏さまがそこに腰かけておられるような温もりが感じられてくる。シュウレイのよき響きも、流れるような衣紋を浮き立たせる。 露けしや牧場に放つ裸馬 宮さと志 鞍を置かない馬たちが露びっしりの草々を自由に駆け巡る。 晴れやかさとともにある露けき情感は絵には描けない。ここには裸馬同然にある作者の命がこもっている。 光りゐて車窓をよぎる蜻蛉かな 佐保光俊 不思議な感覚の起きる句である。そのままを叙しただけのようで、一瞬の光となった蜻蛉の出会いと別れがいつまでも心に残る。 スピード感が詩情を濃くするのであろう。 (『雉』平成24年2月号所収)
by masakokusa
| 2012-02-05 20:34
| 俳論・鑑賞(2)NEW!
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