WEP俳句通信110号

ウエップ俳句通信 110号

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作品16句


象潟         草深昌子


   沖船の近づく地虫穴を出づ

   初蝶の菜の花をゆき葱をゆき

   あたたかに手狭に神馬ゐたるかな

   べた塗りの明神さまの長閑なり

   横山を鶯餅に見てゐたり

   永き日の消え入りさうな鳶のこゑ 

   山笑ふ鳶の一つがまた真上 

   踏青の拾へば鹿の骨とかや

   はばからず揺れて鴉の巣でありぬ

   日輪の下ゆく雲や半仙戯

   白鳥の明日は引かむか尾花沢

   暮れおそき仙山線の汽笛かな

   雨を来て春の障子に落ちつきぬ

   まのあたり滝の落ちくる出湯の春

   刻刻の金の振子の春惜しむ

   春潮に西施が裾を曳きにけり

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          くさふか・まさこ

昭和18年2月17日・大阪府生まれ

飯田龍太・原裕・大峯あきらに師事

平成29年「青草」創刊主宰・「晨」同人

句集に『青葡萄』『邂逅』『金剛』


# by masakokusa | 2019-07-03 22:43 | 昌子作品抄 | Comments(0)
受贈書誌より感銘句(令和元年7月) 草深昌子抄出

「帆」(主宰 浅井民子)№326

   雑踏に父を探せりパナマ帽        浅井民子

   病室に初夏の日射しやけふは風呂     土屋義昭


「運河」(主宰 茨木和生)№792

   山からの風早苗田を走りけり     茨木和生

   一鴉ゐて梅雨の渚をけぶらする    谷口智行


「河内野」(主宰 山下美典)№621

   田植ゑ終へ人影見えぬ村となる     山下美典

   よく歩き京の真昼の麦酒かな      立村霜衣


『山口青邨の百句』岸本尚毅(ふらんす堂)


   わが前に垂れて花あり枝垂梅   青邨(『雑草園』昭和9年)

     取り合わせのない一元的な描写(いわゆる「一物」)の句。そもそも「わが前」にあるからこそ句に詠むのであり、

     枝垂梅だから「垂れて花あり」も当たり前である。にもかかわらず「わが前に垂れて花あり」と言われると、

     読者は作者とともに枝垂梅をしげしげと眺めているような心持ちになる。このような句を見ると、

     青邨が俳句の写生の何たるかを体得してことがわかる。写生とは説明ではない。

     言葉を通じて読者の想像を喚起することなのだ。



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『釣り糸』大崎紀夫第十句集(ウエップ)

   三四歩先の日向に冬の蠅

   タクシーの出払つてゐる目借時

   金網に人抜ける穴オキザリス

   草虱つけて新宿駅にゐる

   水出でしばかりの河馬に銀杏散る


『眠たい羊』ふけとしこ第五句集(ふらんす堂)

   消印の地をまだ知らず青葉騒

   水光る腹を細めてくる蛭に

   秋燕や大きくものを焚きし跡

   雪の日を眠たい羊眠い山羊

   梟を泊めて樹影の重くなる


『金魚』矢島康吉第二句集(文學の森)

   縛られしままの古本多喜二の忌

   海搖るる山搖るるなか卒業す

   戦死者の名を洗ひたる花の雨

   ボロ市の端に吹かるる長襦袢

   掬はるることに慣れたる金魚かな


『葷酒庵』瀬島酒望第三句集(ウエップ)

   氷旗ぐるりと風に裏返り

   江戸屋敷跡の小緋寒桜咲く

   丹沢も秩父も見えて凧

   冬の夜の渋谷の空を飛行船

   凭るると傾ぐ板塀次郎柿


『日向ぼつこ』廣瀬雅男第二句集(ウエップ)

   酒を酌む江戸風鈴の音近く

   打ち水の消し行く昼の匂ひかな

   屋久島の杉の洞より袋角

   目鼻無き案山子笑うてゐるやうな

   鶯や伊豆の家並は川沿ひに





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「ランブル」(主宰 上田日差子)№257

   大広間すなはち鏡の間涼し     上田日差子

   雲居より種蒔くやうに燕来る    杉原冴栄


「子午線PARTⅡ」(代表 岩津厚子)№6

   銀紙の音の春めくチョコレート    岩津厚子

   そこここに防犯カメラ走り梅雨    後藤恵子


「舞」(主宰 山西雅子)№96

   かへるでの枝にもぐりて雀の子     山西雅子

   白花をところどころに草青む      中村草馬


「松の花」(主宰 松尾隆信)№259

   尾からすぐおたまじゃくしの首ねつこ     松尾隆信

   喘息の胸ひようとなる躑躅かな        横山節子


「梓」(代表 上野一考)№35

   春雨にみるみる濡るる南洲像     上野一考

   日時計のすこし狂へる花あしび    出口紀子


「ハンザキ」(主宰 橋本石火)№47

   一畝を立つる八十八夜かな     橋本石火

   巣燕にまぶしき月の上がりけり   渡辺みえ子



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「星雲」(主宰 鳥居保和)№50

   洗磯畑ひねもす吹かる豆の花     鳥居保和

   桜咲く瑞穂の国の今が好き      竹内正興


「阿夫利嶺」(主宰 山本つぼみ)№268

   古簾土着といふも仮の世の     山本つぼみ

   間引菜の土洗ひをり今朝の夏    大塚和光


『たてがみの掴み方』俳人・武藤紀子に迫る(ふらんす堂)

   武藤紀子。俳句結社「円座」主宰。

   主宰というにはざっくばらん過ぎ、

   おばちゃんというには親分肌過ぎ、

   元・文学少女というには熱血過ぎ、

   そして話がめっぽうおもしろい。

   そんな「先生の話」がまるでしやぼん玉みたいに

   その場かぎりで消えてなくなるのはもったいない。

   弟子一同を勝手に代表して、

   私が先生にインタビューすることにしました。

   

   初心のころのこと、師匠や俳友との関わりのこと、

   三冊の句集のこと、俳句の作り方、その他。 

インタビュアー 橋本小たか


「ににん」(代表 岩淵喜代子)№75

   和敬塾榊の花をこぼしけり     岩淵喜代子

   国東に峰渡りするヨハネ祭     木津直人


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「玉梓」(主宰 名村早智子)№82

   紙風船突きをれば母唄ひだす     名村早智子

   御所南小学校の飛花落花       名村柚香


「秋草」(主宰 山口昭男)№115

   一悶着ありてげんげ田に入る     山口昭男

   虚子の忌の丈の短きズボンかな    常原 拓


「獅林」(主宰 的場秀恭)№982

   のどかなり独り頬ばる握り飯     的場秀恭

   上賀茂やいづれの社家も夏に入る   井上幸郎


# by masakokusa | 2019-07-02 22:34 | 受贈書誌より | Comments(0)
『青草』・『カルチャーセンター』選後に・令和元年5月    草深昌子選

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新緑や山は二色になりにけり     菊地後輪

スカッと「二色となりにけり」と言い切ったところ、みるからに新緑の濃淡が浮き出るように清々しく感じられる。

作者の心中まで染まったような感慨がそのまま率直に表出されたものであろう。

さまざまを細叙せず、大胆に言い放ったからこその新緑がいっそう鮮やかである。


 

道産子のたてがみ分かつ若葉風     米林ひろ

 道産子は北海道産の馬のこと。そこにどんな特徴があるのかはさておき、ドサンコと聞くだけで頑健にして愛らしいさまが思われる。

この「道産子の」という打ち出しがあって、一句の臨場感はぐっと盛り上がった。

 単なる馬のたてがみなら常套的になるところだが、道産子のたてがみの揺らぎには艶やかな若葉を吹き渡る風の感触が実感できる。



見下して茂りの底に赤き屋根     古舘千世

 初夏の新緑はやがて夏の深まりとともにあたり一面を覆いつくすような濃き緑に変わってゆく。

 丘の上からであろうか、ちょっと高いところから眼下をみると、茂りのなかにあってよく見えないものの、

 じっと目を凝らしてみるとその奥の方には赤い屋根が見えたというもの。

 ぽつねんとある赤い屋根が、むしろ鮮明に欝蒼たる茂りを認識させてくれるものである。

 「底」が巧い。



  万緑や君とキスした丘の上     松尾まつを

 「万緑」という言葉は、「万緑叢中紅一点」なる漢詩から引かれたという。

 これを季題に定着したのは、〈万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男〉からであった。

 以来、万緑は種々詠われてきたが、私には草田男の一句の右に出るものがないように思われて、とうにギブアップしている。

 そこへ、この一句。迷わず特選にいただいた。

 何という熱のこもった、生命力満点の句であろうか、いや面白い句と言ったほうがいいかもしれない。

 「キス」というような平俗な言葉すら万緑に潔斎されて美しく感じられる。

 ちなみに、高濱虚子の次男、池内友次郎俳人に次の一句がある。

   くちづけの動かぬ男女おぼろ月  友次郎

 かねてより愛誦句であるが、おぼろ月ならばこその「くちづけ」であって、掲句の万緑には「キス」の方が断然いい。

 「キスした」という現代語、また過去形も悪くはないが、

 これを古語に、あるいは現在只今に置き換えてもいいのではないだろうか。

 お任せします(笑)

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   じゃがいもの畝を短く花咲けり     山森小径

 ジャガイモの畝に花が咲いていたというだけである。

 ただそれだけという俳句は理解されにくいところがあるが、

 この句は「短く」という眼目をさりげなく提示していて、好感がもたれる。

俳句は言い回しが大事で、「じゃがいもの畝を」という「を」の助詞の巧みさがあって、

じゃがいもの花が味わい深く立ち上がってくるものである。

やがて馬鈴薯を実らせるであろう、花の一つ一つを大切に思われ、美しいと見ているのである。



くちなはのぬつと出でくる顔の前     石堂光子

この句もただ蛇に出会ったというだけの句だと思われるかもしれない。

 だが選者に思はず二重丸がつくのは、作者の本当がそのまま句の勢いとなって、

 こちらまでびっくりするからである。

 蛇の不気味な存在感が文字通り目の当りに出ている。

 蛇にあらずして「くちなは」と言ったあたりに無技巧の技巧が光っている。



雪渓の縞の汚れの模様かな     志田花梨

 夏になっても溶けきらないで渓谷に残っている雪、万年雪が雪渓である。

 雪渓が魅力の夏山登山の体験もなく、雪渓イコール真っ白なんて思いこんでいる私には新鮮な一句であった。

もちろん、登山でなくても観光客として近々とまみえることもあろうが、

このようにさりげなく詠われてみると、むしろ雪渓の雄々しさがまざまざと見えてくるものである。



農大生いらふ蕃茄の苗を手に     伊藤欣次

 「青草」の吟行で、東京農業大学にお邪魔した折のもの。

 蕃茄とはトマトのことである。

 トマトの苗のことを「蕃茄の苗」とあえて古風に、難しく言い放ったところ、

 上五の「農大生」あればこその真実として嫌味なく有効に作用している。

 「いらふ」も漢字で書けば「答ふ」であるが、農業を学ぶ学生のある種の純粋さが垣間見えるものになっている。

  吟行という通りがかりの見方でなく、我が内面に照らし合わせてもう一度咀嚼した上での一句。

  つまり、吟行先である東京農業大学へのねんごろなる挨拶になっている。

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白き蝶蜜柑の花に消えにけり     森川三花

 白い蝶々が蜜柑の花咲くあたりに飛んでいたのが、あっとう間にいなくなった。

 「あら、いないワ」残念という気持ち、作者の見たままである。

 だが読者には、蝶々という小さな命の動きが甘い香りを否応なく引き出してくれるし、

 その蝶よりももっと真っ白な蜜柑の花を見せてくれるのである。



クリムトの金の夕日の代田かな     佐藤昌緒

作者はクリムトがお好きなのであろう。上野で開催中のクリムト展にも足を運ばれたことだろう。

作者の眼の前に広がった夕日燦燦たる代田の静けさに、

ずっと心にあたためてあったクリムトの金箔の印象がかさなるように浮かびあがってきたのだろう。

類想などありようのない作者独自の把握が光っている。

ちなみに私も、絵も映画もよく観るが、行き当りばったりである。

先日は明治神宮の花菖蒲を見たあと、ふと光琳の燕子花図を見たくなって根津美術館へまわったが、

あいにく公開はなくて、ポストカードを買っただけ。

光琳の金は、クリムトのそれとどこか通うものがあるのだろうかなどと眺めている。

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     筍の茹でて売らるる港市       日下しょう子

   五月雨や傘をはみ出すランドセル   末澤みわ

   夏つばめ静かな朝でありにけり    湯川桂香

   振舞ひの筍づくし外竈        加藤かづ乃

   薫風や寺の石段あと二百       小幡月子

   坂道に柏若葉の門のあり       松井あき子

   彼と我漉餡をとる柏餅        菊竹典祥

   青梅や片方のみに赤味さし      鈴木一父

   祠ある三角点にケルン積む      新井芙美

   白靴の動く歩道に地下道に      石本りょうこ

   引潮の貝の光りの夏に入る      奥山きよ子

   遠蛙鳴き合はせては鎮もりぬ     平野翠

   新緑や孔雀は羽根を閉じしまま    石原由起子

   どくだみに進入禁止札の立つ     上野春香

   庭のものみなふくらみて夏来る    関野瑛子

   俯ける首の細さよ美人草       泉いづ

   大瑠璃の高き梢の名乗りかな     佐藤健成

   薫風や太極拳の足捌き        森田ちとせ

   孔雀の尾ばさりと払ふ薄暑かな    宮前ゆき

   丹沢にホルン響くや山開き      高井杏

   熊ん蜂遊べや遊べぼたん園      渡邊清枝

   葉桜や木登りの子の降りて来ぬ    芳賀秀弥


# by masakokusa | 2019-06-29 14:23 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
受贈書誌より感銘句(令和元年6月) 草深昌子抄出

『永遠の星座』熊瀬川貴晶(ふらんす堂)

   「白茅」「晨」に所属の熊瀬川貴晶俳人による評論集。

   松瀬青々論―その現代的意義

   飯山實論―『花浴び』試論

   飯田龍太論―『遅速』試論

   文芸の哲学的基礎―大峯顯『フィフテ研究』を読む

   大峯あきら論―その哲学的系譜


『鵙猛る』澤 禎宣句集(角川書店)

   裂帛の気合ぶつかる寒稽古

   うららかや郵便ポストに番地あり

   鵙猛る無人駅舎の手配書

   鯛焼の鱗数へてゐたりけり 

   六道の辻に迷へる道をしへ


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「都市」(主宰 中西夕紀)№69

   台に布ひろげて店やいぬふぐり     中西夕紀

   世捨人たらんと拾ふ落椿        森 有也


「ランブル」(主宰 上田日差子)№256

   洛北の風の迅さや木の芽和     上田日差子

   蒲公英や月の色して日のにほひ   川島ちえり


「鳳」(主宰 浅井陽子)№30

   目印はくれなゐの紐茶摘籠     浅井陽子  

   おもてより裏明るくて朴落葉    貞許泰治


「群星」(代表 藤埜まさ志)№180

   風に鳴る合歓の枯莢西施像     藤埜まさ志

   軒下の古巣繕ふ燕二羽       藤山 隆


「ハンザキ」(主宰 橋本石火)№46

   花の濠鯉のみならず鯰もゐ      橋本石火

   あこがれのうさぎ当番進級す     平井瑞枝



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「松の花」(主宰 松尾隆信)№258

   鳥のこゑ浦島草に降りにけり     松尾隆信

   右府の忌の大路を走る若き車夫    中丸しげこ


「俳句饗宴」(主宰 鈴木八洲彦)№769

   又もふと笑まふ家路の卒業子     鈴木八洲彦

   早春や栗駒山に雲一つ        加藤ひさ子


「阿夫利嶺」(主宰 山本つぼみ)№267

   測量士空地をほしいままの東風     山本つぼみ

   野遊びや遥かなものに畝傍山      鈴木香穂里


「秋草」(主宰 山口昭男)№114

   かたまつてゐてもばらばら彼岸婆     山口昭男

   山型に味噌盛られをり桃の花       橋本小たか


# by masakokusa | 2019-06-02 19:55 | 受贈書誌より | Comments(0)
昌子作品の論評・山本洋子

山本洋子鑑賞

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   春寒の汀のここは松林     草深昌子


 汀に沿う長い長い松林。
 おだやかに寄せる白波に縁どられつつ北へ北へと伸びる松林は、
 いよいよ緑を深めて春なお寒しの趣がひろがる。

 〈あれは鷹いやあれは鳶耕せり〉
 春先の躍動感に溢れる。



(令和元年5月号「晨」第211号所収・巻頭)


# by masakokusa | 2019-05-20 22:11 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
晨集散策

晨集散策(第210号より)       天野桃花

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   その幹に脂噴く八ツ手咲きにけり      草深昌子


 八ツ手は年中つやつやの大きな葉を拡げて存在感があり、

 花は白い小さな丸い塊で、葉と花は対照的である。

 幹からの脂は、傷を癒すためのものだ。

 脂を噴き出すほどの強い生命力を持って、けなげに咲く八ツ手の花。



(令和元年5月号「晨」第211号所収)


# by masakokusa | 2019-05-19 23:28 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
新刊書評・田邉富子句集『埴馬』

田邉富子句集『埴馬』        鑑賞  草深昌子

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      日々新たなり

        

  初漁の船の時計を正しけり

なまくらな編みやうなれど藁盒子

鯛飯の吹きこぼれくる庭竈


先ず劈頭から、新年のめでたさにあふれている。

初漁の心意気、藁盒子の素朴さ、庭竈のかぐわしさ、どれもこれも瑞々しい。


恋人はちやんとゐますと馬洗ふ

初午や年寄こんなにゐようとは

焼鮑もう一つとは言ひにくし

顔上げてごらん桐の実櫟の実


思わず相好を崩してしまう面白さ。

まるでここに立ち会っているかのように実感させられるのは、季題の核心を衝いているからにほかならない。

鮑一つをとっても、鮑海士の苦しみが手に取るように感じられるのではなかろうか。

季語の現場に立つことの百戦錬磨、その果に到りついた柔和なる表情がどの句にも行き渡っている。

「顔上げて」、そこには茨木和生主宰のお声が聞こえるようである、何ともやさしい。


海見えてきて草いきれ気にならず

またたびの実の無臭とは物足らず


 「気にならず」、「物足らず」、独得の言い回しが、心憎いばかりである。

 この句の世界は絵画にはならない、俳句でしか描けない、俳句ならではの持ち味であろう。


木の国の山のたをりの山桜

天王寺蕪とあれば買ひにけり

鉾材に記す方位に艮も

蝤蛑汁被曝の海の試し漁


対象そのものをズバリと提示するだけにとどめて、あとは読者の想像力にお任せという切れ味の鋭さが、

むしろ余韻を引き出している。読者を信頼していなければ、こうはいかないだろう。

総じて、作家の度量の大きさが声調に明らかに表れているようである。

時には、辞書や大歳時記をひもとかせていただき、なるほどと合点するひとときは楽しくてならなかった。


竹の実や黄金と唄ひ継がれきて

蛇穴に入りて湖輝ける

梅雨の月夜離といへる古語をふと


一句目、「笹に黄金がエーまたなり下がる」という唄であろうか。

竹に纏わる古人の知恵がまさに黄金のように思われる。

二句目、冬眠の準備を整えた多くの蛇の輝きは今や大湖のさざ波に成り代わっているかのように美しい。

ほぼ一集も終盤に差し掛かってきたころに、はっとひらめいたのは清少納言。

私のイメージにある清少納言の才気煥発、美意識のなつかしさが、いつしか俳人田邉富子のそれにかぶさっているのであった。

かにかく読み終わって、茫洋たる気分に襲われた。

古きよき伝統の上にある、今という世の幸せに気付かせていただいたのである。


日々新たなり夕刊の花だより


「日々新たなり」は作家の本懐であろう。



(令和元年5月号「晨」第211号所収)



# by masakokusa | 2019-05-19 11:34 | 俳論・鑑賞(2) | Comments(0)
受贈書誌より感銘句(令和元年5月)    草深昌子抄出

「鳳」(主宰 浅井陽子)№30

   男山の竹と答へて垣繕ふ      浅井陽子

   おもてより裏明るくて朴落葉    貞許泰治


「獅林」(主宰 的場秀恭)№981

   見えてなほ遙けし道や陽炎へる     的場秀恭

   ひとひらにはじまる落花きりのなく   東 徹


「雲取」(主宰 鈴木太郎)№258

   土筆食ひ平成の世のあと十日      鈴木太郎

   今生の終章にして土筆煮る       下條杜志子


「八千草」(主宰 山本志津香)№90

   貌鳥に遺文の束をあづけよか     山本志津香

   冬館ラブラドールの名はピアノ    横川博行




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句集『和顔』矢野景一

   星一つ足りぬと梟鳴きにけり

   彗星の尾の涼しさの山住まひ

   蛍見にゆかむと白き髪洗ふ

   呼んだかと妻の問ひ来る夜長かな

   とり分けて箸もその香の桜餅

   

「棒」(代表 青山丈)№3

   天井を見てゐる春の昼ごろは       大崎紀夫

   いま巴里にアイスクリーム二段盛り    西池冬扇


句集『にんげんに』 竹村半掃

   うらうらや縄文人の耳飾り

   にんげんにすればいいやつ蝸牛

   九月来るスクランブルの交差点

   蒸し芋を頬張る朝や外は雨

   大山の風湧くごとく初鳶



「ランブル」(主宰 上田日差子)№255

   行く雲と同じ色なる春帽子      上田日差子

   店蔵の梁をあらはに雛飾る      芦立多美子


「朴の花」(主宰 長島衣伊子)№106

   綿虫の夕日の綿を鎧ひけり     長島衣伊子

   煮魚の大きな目玉初しぐれ     八木次郎


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「はるもにあ」(主宰 満田春日)№74

   沈丁花植物園を出て匂ふ       満田春日

   二つ三つ重ねてかろき絵凧かな    山口蜜柑


「松の花」(主宰 松尾隆信)№257

   日脚伸ぶ机上の小さき窓に富士     松尾隆信

   目刺焼く二連八尾や二人なり      岸 さなえ


「詩あきんど」(主宰 二上貴夫)№35

   風吹かぬ焼芋日和でありにけり    二上貴夫

   父の忌や空を真青に山眠る      佐野典比古


「俳句の風」(代表 西池冬扇)№26

   鳥の声やみたる午後の夏木立     白石正躬

   降り出して値の折り合へる植木市   椎名 彰


「大阪俳人クラブ」(会長 茨木和生)№161

   山霊に石を供へて春祭         木塚真人

   席詰めて呼び入れらるる日向ぼこ    尾崎晶子

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「里」(代表 島田牙城)№190

   裸木の幹をさするはさびしいか      島田牙城

   遠ければ霞みて冬のうららかに      堀下 翔

   

「星雲」(主宰 鳥井保和)№49

   寒鯉の錦の美しき底ひかな      鳥井保和

   面頬をとれば湯気立つ寒稽古     澤 禎宣


「阿夫利嶺」(主宰 山本つぼみ)№266

   畳紙にたたみこみたる花疲れ     山本つぼみ

   繁盛の列や栄螺を焼く匂       吉里良夫


「晶」(代表 長嶺千晶)№28

   読初やデッキチエアーに海展け     長嶺千晶

   飛び石をそろそろ渡り柳の芽      金崎雅野


「ハンザキ」(主宰 橋本石火)№45

   剪定の跡あらはなる枝垂梅    橋本石火

   トンネルの小さき出口春日差   河本裕子


「鳳」(主宰 浅井陽子)№29

   小袱紗を畳に拡ぐ余寒かな        浅井陽子

   破れざるままに障子の黄ばみけり     貞許泰治


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『名村早智子集』自註現代俳句シリーズ

    浮御堂七夕竹の流れ着く

    この声は罠に掛かりし鹿のこゑ

    足が出て手が出て蝌蚪に別れの日

    表情を決めかねてゐる祭姫

    夫に来る手紙少なし金魚玉

   

「玉梓」(主宰 名村早智子)№81

   白木蓮の全部の花が咲いてゐる      名村早智子

   生き生きと生きるひとりや実千両     藤野美奈子


「獅林」(主宰 的場秀恭)№980

   盆梅や追伸をまた書き足して     的場秀恭

   さびしらの空に道あり鳥雲に     あめ・みちを


「秋草」(主宰 山口昭男)№113

   まんさくにゴム手袋の男かな     山口昭男

   蒲公英や踏切ひらくとき静か     水上ゆめ


# by masakokusa | 2019-05-18 13:38 | 受贈書誌より | Comments(0)
『俳壇年鑑』2019版


 諸家自選作品集

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     雲去れば雲来る望の夜なりけり     (青草)草深昌子


 


(『俳壇年鑑』2019令和元年版・令和元年5月1日発行 本阿弥書店 所収)


# by masakokusa | 2019-05-10 11:15 | 昌子作品抄 | Comments(0)
昌子俳句の近作(平成31年~令和元年)

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   春寒の汀のここは松林

   あれは鷹いやあれは鳶耕せり

   一寸の廂つけたる巣箱かな

   古家の(すさ)をあらはに冴返る

   山の名は山本山よ初諸子


   町の名の池田といふはあたたかし

   下萌に郵便受けの大いなる  

   うすらひやとぎれとぎれに一面に 

   草焼いてげんこつ飴をいただきぬ

   古き雛ふとよきこゑをもらしけり


   どの舟も古りて湊や福寿草

   冬座敷鷗は脚を見せて飛ぶ

   裸木につぎの雲来て細長き   

   この椅子はこころ覚えの日向ぼこ

   餓鬼の身を春一番にもたげたる

   白無垢の霜月に生る赤子かな


# by masakokusa | 2019-05-05 11:58 | 昌子俳句の近作 | Comments(0)