俳句結社「青草」のホームページ
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# by masakokusa | 2019-04-01 21:35 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
「俳句&あるふあ」・2019春号

「俳句&あるふあ」春号・新作7句


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  漱石          草深昌子


                       

            くさふか・まさこ

                  昭和18年(1943)大阪府生まれ

           「青草」主宰 「晨」同人

            句集『青葡萄』『邂逅』『金剛』



   漱石の顔の四角や梅探る

   寒林やさつき鵯いま鴉

   毛皮着て空のきれいな日なりけり

   磐座をそびらに日向ぼこりかな

   しやぼん玉地べたに下りて弾けざる

   雪降るや一つ部屋めく一車輌

   雪の解けぐあひを隣近所かな


 

漱石山房記念館に立ち寄った。

菫程な小さき人に生れたし 漱石

若き日の漱石は、同年の親友正岡子規に俳句の批評を求め、作句に熱中していた。 

子規没後、「吾輩ハ猫デアル」をデビュー作に、渾身の名作を次々と世に送り出したのは、十一年という短い歳月のことであった。

ブックカフエで出された珈琲の紙コップには、猫が描かれている。夏目家の猫は長生きである。


# by masakokusa | 2019-03-31 23:02 | 昌子作品抄 | Comments(0)
特別作品 ・ 草深昌子


読初           

            草深昌子


赤門に会うて青邨忌なりけり

    膝ついて笹に分け入る落葉掻   

    熱燗や豊洲市場のはづれなる

    魚偏のどれがどの魚燗熱う

    せきれいのひらひらゆける冬の川

    いちどきに木の葉散つたるあとを蝶

    大根干す小学校の庭つづき

    観音をあふぐならひの年忘

    一瀑に落葉の径は了はりけり

    読初の大峯あきら百句かな

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  正月七日、ジムには、琴の音色が終始めでたく流れていた。

思えば、去年の一月三十日、このジムの高階に仰ぎ見たのはあまりにも美しい寒の満月であった。

人の眼差しにも似た皎々たる明るさに、思わず南無阿弥陀仏と声に出てしまったのだった。

大峯あきら先生の訃がもたらされたのはその夜のこと。

早一年・・・虚無感のまま打ち過ぎてしまった。

今年は、心して大峯あきら句集を読みたいと願っている。



(平成31年3月号「晨」所収)


# by masakokusa | 2019-03-31 22:31 | 昌子作品抄 | Comments(0)
「晨」創刊35周年記念特集・創刊代表同人の思い出        草深昌子

    創刊代表同人  大峯あきらの思い出


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大峯あきら先生の「顔」          草深昌子


この二十年、大峯あきら先生には方々の吟行にご一緒させていただいた。

愛情に徹したご指導は、心から納得したつもりであったが、

今この原稿を書くに及んで、何も解っていなかったことに気付かされている。

「自我を出してはいけない」ことと、「自分の俳句はこれだというものを出すところまでいかなければ」ということは、

矛盾するものではなかったのだった。

最後となった吉野句会で、真正面に向き合うと

「句会は一回一回が勝負やで。そのうち上手になるというような気持ちではアカンよ」とかっと目を見開かれた。

「俳句は無心の境地などという綺麗事から生まれない。実作者には、悪戦苦闘の修羅場があるだけ、

その修羅場の中に時として自分を忘れた瞬間が訪れる」という口吻が今さらに身に迫ってくる思いである。


 芭蕉の「見る処花にあらずといふ事なし。思ふ所月にあらずといふ事なし」、

つまりは虚子の「花鳥諷詠」がポエジーの原点であった。

月とか花とかいうのは景色ではなく、個体を超えた大きな命、命そのもののリズムである、

全ての生き物はこの根源的なリズムから逃れることはできないと説かれた。

乾坤の変、つまりは宇宙的変化に驚くのが詩であるというのである。

先生の宇宙は、そのまま阿弥陀さまであった。

哲学者池田晶子との共著『君自身に還れ』では、この不思議な宇宙に生まれて死ぬとはどういうことなのか、

宗教と哲学を渾然一体にして、真理という謎を明瞭なる言葉で心ゆくまで語り尽くされた。
 

 七年前、夫の死に際しては

「人は死なない。これを信じられないようでは伝統文芸に繋がっている資格はない」と檄を飛ばされた。

「南無阿弥陀仏」は即ち、亡き夫の還相回向の声であることは、何十年と拝聴し続けたご法話でもって疑わなかった。

だが私が、悲しみの中で最も救われたのは若松英輔著の『魂にふれる』であった。そのことを大峯先生に率直にお伝えした。 

その後、若松英輔氏は『池田晶子不滅の哲学』を刊行され、ついには専立寺において対談が実現したのであった。

本当の人は本当を知る、先生は本当の話ができたことに感激されたのであろう、楽しかった出会いを何遍も話して下さった。

おまけに「若松英輔を教えてくれたのは草深さんや」と吹聴しては喜ばれるのであった。

こんな時のまるで子供のような満面の笑みを忘れることはできない。

我が生涯の宝である。

ご人格同様、強靭なるものを一筋に通しながら、読む者をほのぼのと幸せに包み込んでくれるのが大峯あきら俳句である。

若松英輔氏は、こう追悼された。

詩人として宗教者として哲学者として

――三つの「顔(ペルソナ)」を一つにすること、そこに八十八年の大峯の不断の試みがあった­―—



(平成31年3月号「晨」第210号 創刊35周年記念特集 所収)


# by masakokusa | 2019-03-31 10:51 | 俳論・鑑賞(2)NEW! | Comments(0)
「青草」・「カルチャー」選後に 平成31年2月  草深昌子選

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   寒明や芝高輪の町工場     河野きなこ


「寒明」と「芝高輪の町工場」は一見表向きには何の関係もないが、一読はっと感じ入ったのは、

こんなところにも寒明という季節が来ているのかという安堵である。

 芝高輪と言えば即ち高級という語が浮かんでくるのであるが、実はここには、ただ何の変哲もない町工場があるのである。

なるほどイメージとは違った庶民感覚のものがそこに存在しているのだという、

その事実だけで、「寒明」の明かるさも喜びもぐっと身近に感じられる。

 「そんなのわからないよ」という人もいるだろう。それはそれでいい。

 俳句はわかる人にはわかるが、わからない人にはわからないものである。

 今は分からなくても、いつかまた分かることもあるものでもある。



銘仙を裁たんと広げ寒の明け      新井芙美


 「銘仙」という言葉がすでに懐かしい響きをもっているが、私も子供の頃はよく銘仙の着物をきせられた。

銘仙は絹織物であって、子供ながらにその独特の手触りや、模様などが大好きであった。

作者は、箪笥の奥から銘仙を取り出して、現代風の洋装に仕立て直そうとされるのであろうか。

折しも、寒明である。長い寒さに耐えてきた気分もほっと一息つくところ、

そこで畳に広げた銘仙の光沢は日差しをいっそう明るくしたことだろう。

 銘仙の一語が寒明に見事に呼応している一句である。



芭蕉丸てふ焼き牡蠣の船に乗る      平野翠


 松島の旅吟であろうか。

 いかにも美味しそうな牡蠣の匂いが潮風にのってやってくる。

 作者もたらふく美味を堪能されたことであろう。

何より嬉しいのは「芭蕉丸」という、かの俳聖の名を持っている船に揺られていることである。

 「俳句を作るのは楽しく仕方ない」という作者にとって、ここでまた芭蕉をぐっと引き寄せられたのではないだろうか。

 垂涎の句である。

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   紅梅のこれより赤くならぬ色       澤井みな子


 「これより赤くならぬ色」というのは最高の赤色である。

 つまり赤を極めた色というのは、他の花の赤さにも該当することはあるにはあるであろう。

だが、一読して私には紛れもなく、あたたかな紅梅がまのあたりに開いたのである。

 あたりの空気がまだ冷たくしんかんたる中に咲いてこその真っ赤である、

 作者の身に染入るような赤であったことに読者もまた素直に感応できるものである。

 私は常日頃から、予定調和の上手にとれた句、観念でもって気の利いた言葉を使った句、つまり作為の目立った句を良しとしない。

 そういう観点から言えば掲句も手練ではあるが、私には作者の率直なものの見方が反映されたものと感じ入っている。 




無人駅また無人駅山笑ふ      佐藤健成


 無人駅というのは駅員が居ない駅。

 もとより駅舎もなく閑散たる田舎の駅であろう。そこにはただ短いホームがあるばかり。

 この句の面白さは、無人駅の次も無人駅であるというところである。

 山野の風景が大きくひらけ、遠くには青みがかった山並が連なっているのだろう。

 同時に、無人駅という言葉からは、切符を買うとか買わないとか、検札あるとかないとか、

 そういう人の世のしがらみが何もないことを思わせる。

作者は、この光景ってなかなかいいものだと感じ入っている。

つまり、「春山淡冶にして笑ふが如く」という印象を感受したのである。

「春の山」と言わずして、「山笑ふ」という置き方が絶妙である。



鶴首の瓶や真白き梅一枝      小幡月子


 鶴首の瓶とは、文字通り鶴の首のように細長い花瓶のことである。

 この花瓶に何の花が挿してあってもいいようなものだが、白梅の一と枝ほど瓶にかなったものはないのではないだろうか。

 梅の花の、しかも白梅の、清楚なる感じが鶴首の瓶と一体となって気品を醸し出しているのである。

 私には、鶴首(かくしゅ)という語をイメージして、春を待ちわびる気持ちがしのばれてくるものである。



戸を叩く午前零時や春一番      中澤翔風


 2月の17日であったか18日であったか、まさに真夜中にすさまじい音をたてて春一番と思われる疾風がやってきた。

 身のすくむような激しさで家中の戸障子がみなガタガタ鳴りだしたものである。

 誰しもが実感した春の荒々しき風の到来であった。

 これをまことまっとうに一句に仕上げられた。

 戸を叩いたのは春一番という南風そのものであるが、中七「や」で切れを作ったことで、味わい深くなった。

 ところで後日、春一番の発表があったのは3月9日であった。

 だが、気象庁の判断の仕方を別にして、私には、今年の春一番はこの句をもって記憶に残るであろう。

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   蔵出しの鍬また鎌や下萌ゆる      末澤みわ


 長い冬の間、蔵に収納していた鍬や鎌を、春の兆しに取り出したのである。

 ようやく草が萌え出したことを、鍬や鎌という農作業になくてはならぬものできっちりと押さえて、

 まさに地べたに密着した生活感の明るさを引き出している。

  星野立子の句に、

     下萌えぬ人間それに従ひぬ

 があるが、言い得て妙なる真理である。

掲句の「蔵出し」からも、人は天地の運行に逆らわずに、季節の中に生きていることに気付かされる。



日脚伸ぶボールは高く蹴り上げて      上野春香


 何のはからいもない一句の気持ちよさ。

 ボールを高く蹴り上げた、その瞬間の日差しに、ああ眩しいと思う。

春遠からずという実感である。

 ボールならずとも自然を、とりわけ季節をキャッチすることの自然体が俳句のよろしさである。



その他、注目句をあげます。

   真夜中に返すメールや恋の猫     柴田博祥

   路地裏の土の温もり猫の恋      冨沢詠司

   お元日五升の米を研ぎ上げし     東小薗まさ一

   能登瓦黒く光るや藪椿        松井あき子

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    麦を踏む足はこまめに手は腰に    菊竹典祥

   猫カフエにうかれ猫ゐる日曜日    黒田珠水

   春寒のX線に首さらす        湯川桂香

   春風の白鷺城を眩しめり       石原由起子

   ふと見上ぐ通りすがりの濃紅梅    藤田トミ

   嘴に青菜引っかけ残る鴨       坂田金太郎

   どの木かと振り向く朝の初音かな   田渕ゆり

   立春や長き貨車行く寺の町      伊藤波

   映画館の暗がりにゐる女正月     山森小径

   初午の根株燻る焚火かな       川井さとみ

   うららかや千本松にとんびの輪    森田ちとせ


# by masakokusa | 2019-03-29 21:58 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
俳句誌『青草』 2019年春季(第5号)




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青草往来             草深昌子




   いさおしは多い

   だが、人はこの地上に

   詩人として住む


ドイツの詩人、ヘルダーリンの詩句です。

「いさおし」は、「勲・功」、つまり名誉、手柄、勲功ということです。

人は、政治家であれ、実業家であれ、作家であれ、主婦であれ、誰しも功績を認めてもらうべく、

名誉を得るべく研鑽を積みます、

そういう喧噪が世には溢れています。


だがそれだけでは人間存在の真の目的にはならない、人間は詩人としてこの世に生を得ているというのです。

もとより、詩を職業としているという意味ではありません。

詩というものはいかなる実用でもなく、純粋なことばのいとなみであり、

詩という世界はおよそ人間の「いさおし」、能力や功績や有効性といったものを忘れたところに開かれる、

というのがこの詩句の魂です。

このことは、俳人大峯あきらに教えられました。


そして、このヘルダーリンの詩句は、

松尾芭蕉の「乾坤の変は風雅の種なり」という俳句論に通じるものであることも、

考えさせられてきました。

「乾坤の変」には、日月の運行、花の開落など、すべての自然現象はもとより、

人の生死、出会いや別れも含まれます。 

人間はこの世に花や鳥と同じ命を生きているのです、

それらの移り変わりを写しとめるのが俳諧だというのです。


  人は死に竹は皮脱ぐまひるかな   あきら


大峯あきらの俳句はまさにこの通り、

人間の存在そのものが宇宙の根源的なリズム、四季の推移に免れがたくあることに気付かされます。

これほどの無常はありません。


つまるところ、本当の俳句は自己意識からは生まれないことを痛感しています。

つまり詩の言葉というものは、私の心が捉えるのではなく、逆に、

何かしら天地の光芒に照らし出されて、ふと心が捉われたときに生まれるのだという事実を、

まさに稀なる体験から知らされているのです。


言葉が下りてくるという、そんな幸せな一瞬はなかなかやってきませんが、

「詩人として」生きているかぎり、誰にでも、きっと巡り合えるものでしょう、

そう信じています。



(平成31年2月20日発行 俳句誌「青草」2019年春季 第5号所収)



# by masakokusa | 2019-03-27 14:35 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
受贈書誌より感銘句(平成31年3月)                  草深昌子抄出

「カバトまんだら通信」(代表 木割大雄)№41

   広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み    赤尾兜子

   病む人に花の下より長電話        木割大雄


「静かな場所」(代表 対中いずみ)№22

   林檎赤し何たづねても首傾げ     満田春日

   水吸ひて新聞あをし花八手      森賀まり




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「なんぢや」(代表 榎本享)№44

   とりあへず岩に置く藻や池普請     榎本享

   風光るはなびらに糸通しては      西野文代


「雲取」(主宰 鈴木太郎)№257

   平成の世の鱗たつ桜鯛        鈴木太郎

   薺打つ日差しの窓を少し開け     下條杜志子


「群星」(代表 藤埜まさ志)№179

   常念岳や草田男句碑も雪冠り     藤埜まさ志

   水鳥の蕾解くかに目覚めけり     小林迪子

 

「ランブル」(主宰 上田日差子)№253

   前山に日の没るころを牡丹鍋      上田日差子

   湯豆腐や貶すより人讃むるべし     大庭星樹


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『奉る』荒井八雪第三句集

   凍てゆるみけり腹帯を貰ひ受け

   鉄臭き人手拾ふや白日傘

   威銃鳴るや野の宮まで遠し

   かまつかの色にふくらみ雨雫

   北塞ぐとげぬき様の札呑んで



『竿満月』吉江潤二 第一句集(平成312月刊行ふらんす堂)

   春鮒を竿満月に釣り上ぐる

   父の日の酒教頭になりし子と

   一徹に世話役十年秋気澄む

   日本オオカミ消えしままなる青嶺かな

   紅葉鮒顔立ち褒めて放しやる



「阿夫利嶺」(主宰 山本つぼみ)№264

   初凪や布哇も巴里も知らず老ゆ     山本つぼみ

   予後といふ日を賜りし福寿草      朝倉洋子



「星雲」(主宰 鳥井保和)№48

   一舟の水脈に嵐山しぐれかな     鳥井保和

   森閑と熊野百峰冬銀河        前田長徳   



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「ハンザキ」(主宰 橋本石火)№43

   冬ざれの大地にほろと鹿の糞     橋本石火

   制服の予約受付冬さうび       中田 凛



「玉梓」(主宰 名村早智子)№80

   日だまりのやうな母なり冬たんぽぽ     名村早智子

   綿虫を掬へば綿の潤みをり         黒田淑子



「棒」(代表 青山丈)№2

   芭蕉忌の茸を焼いてうす煙       青山丈

   鉄板に焼きそばの渦三の酉       柳生正名

   寺の玻璃うつつの冬をよく映す     水野晶子



「松の花」(主宰 松尾隆信)№255

   十二月遠くほのかに昼の富士      松尾隆信

   冬将軍踏切下りて来たりけり      森 よしこ



# by masakokusa | 2019-03-27 12:14 | 受贈書誌より | Comments(0)
昌子作品の鑑賞・山本洋子

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   袴着の何か遠くを見据ゑたる        草深昌子



 袴着、陰暦1115日、五歳になった男子が袴をはく祝儀である。

 幼心にも将来への気負いに満ちた気概は、その眼にもみなぎっているようだ。


# by masakokusa | 2019-03-27 11:33 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
俳句誌「青草」第5号・青山抄(5)              草深昌子

青山抄(5)       草深昌子


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   蜻蛉や影の大きなプラタナス  

   かみごたへありたる飯や獺祭忌

   秋晴の東西線といふに乗り

   夕顔の実や潮鳴りのかすかにも

   なかなかに食の細らぬ秋思かな


   門に干す肌着その他や渡り鳥

   秋分の路地はとことん掃かれけり

   夜長人モーツアルトのほか聞かぬ

   秋風のとんびのこゑが好きになり  

   稲掛けてそこゆく子らの捕虫網  

 

   横移りしつつ蝗の糞りにけり

   秋晴の注連をいただく大欅    

   落鮎やここらの家の壁白き

   秋寂びて駅に下りたつ鴉かな

   山の子の大きなこゑや十日夜


   大根干す小学校の庭つづき

   ペコちゃんの舌の出てゐる七五三

   袴着の何か遠くを見据ゑたる

   山と海あらば空ある新酒かな   

       悼・吉田良銈氏

   芋食うて「御主」と呼んでくれたまへ




(平成31年2月20日発行 俳句誌「青草」2019年春季 5号所収)



# by masakokusa | 2019-03-27 10:53 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
俳句誌「青草」第5号・大峯あきらのコスモロジー①     草深昌子


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   炎天の富士となりつつありしかな    大峯あきら

                      『紺碧の鐘』



大峯あきらが初めて俳句を作ったのは、十四才のとき、

  肋膜炎になって休学中に奥吉野に住む若い僧侶に手ほどきを受けたという。

 〈ひよどりの来ぬ日さびしや実南天〉は、その頃のもの。


やがて戦争も終わり、京都大学に入学。

ホトトギス同人であった波多野爽波の「春菜会」に誘われ、

そこから虚子庵での「稽古会」に参加する特権が与えられた。


虚子はすでに八十歳近く、近寄りがたい雲上人であった。

虚子に、「本当に自分が感じたことを正直に言うのが俳句です。言葉だけでこさえあげてもダメです」

と言われた。

虚子の教えは、哲学を専攻する大峯あきらにとっては、

年老いて耄碌しているのではないかというぐらいで、その真意がなかなか掴めなかった。


虚子の言う通りだという事が分かるまで五十年かかったと言うが、それは謙虚に過ぎるとしても、

長ずるに及んでこの言葉こそが一番大事な詩の原点であることを確信し、

その教えに従って生涯ゆるがない俳句人生を全うされた。


掲句は作者二十二歳、昭和二十六年夏、山中湖畔の富士山麓の虚子山荘の稽古会に入選したもの。

静かにも、炎天の光体そのもののなろうとする富士山が動かしがたく存在している。

それにもかかわらず、

私にはまるでその大きな富士山がこちらの方へじわじわと進んでくるような錯覚に陥ってしまうものである。 

一句の迫力というものであろう、まことダイナミックである。


大峯あきらの基盤というか、俳句の主題なるものがすでにここに出来上がっているような気がする。  

私は、二十数年前、初めてこの句に出会った。

それまで、俳句というものは、たとえば大幹をすぱっと一刀両断するもの、その切り口を言い切る、

その断面のみを見せるものだと信じていた私には、

この句の「なりつつありしかな」という時間の移行が不思議であり驚きであった。


思えば、休むことなく動いているのがこの世の現象である。

その動きの真っ只中を手掴みして見せるということは、何ということだろう。

私の錯覚は、そのあたりからもたらされたものであり、

富士を動かす熱きエネルギーこそが作家のエネルギーであると感じ入った。





   帰り来て吉野の雷に座りをり      大峯あきら

                       『紺碧の鐘』



  作者は、昭和四十六年、ドイツのハイデルベルグに留学した。

 〈黄落やいつも短きドイツの雨〉はその折の句。

その留学から帰って、直ぐのこと、吉野の自宅、つまり浄土真宗西本願寺派の専立寺の座敷にあって、

猛烈なる雷雨に襲われた、いや歓迎されたのであろう。

雷鳴のとどろく中にあって、作者は帰国の実感を噛みしめたのである。


自句自解では、「私の作風の転機になった句だ、と評されたことがある」と書いている。

上五の「帰り来て」について、

後年作者は「ちょっとその辺から帰ってきたような感じがあるね、

帰国してなんて言ってないところがいいね」とつぶやいて下さった。

確かにそう思う。本来の言葉そのもの、平明なる言葉がいかにも身に寄り添うに落ち着いている。




 

   茶畑の風に押されて春の人       大峯あきら

                        『鳥道』



 茶畑の風に背中を押されて、私は春の人になった、

 そう詠いあげて、何より「春風」を詠っている、

 春風そのものの臨場感を打ち出している。

 やがて新茶が摘まれるであろう、ゆるやかな斜面なども想像されて明るい。

優しさと同時に文字通り背骨の通った感覚である。


 平成六年、飯島晴子がこの句をこう鑑賞している。

  ―「風に押されて」というが私には強い風は感じられない。

 広々とした茶畑を渡るあるかなきかの微風である。

 それでも「押されて」というくらい、この句の時空は繊細で感度がよい。

 いずれにしても「押されて」と言う語がポイントとなって、

 現実のように見えての虚、すなわち作品世界を成立させている。



(平成31年2月20日発行 俳句誌「青草」第5号所収)


# by masakokusa | 2019-03-27 10:11 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)