小鳥くるこくりこくりと母の昼 柳堀悦子
何と心地よいひびきであろうか。 小鳥のコ、こくりこくりのコの連鎖、小刻みのリズムは思わずこちらまでこくりこくりとなってしまうようである。 それも「母」にあらずして「母の昼」という、これまた何とうるわしい座五の据え方であろうか。 こくりこくりの母の姿を大きく包み込んだ、昼という時間の鷹揚たるさまがたっぷりと描かれている。 フレーズのよろしさに先に触れてしまったが、これこそは「小鳥くる」という季題のさりげなさ、 ゆるぎなさがもたらす明るさの詩情そのものに違いない。 初学の頃、富安風生の〈小鳥来て午後の紅茶のほしきころ〉や飯島晴子の〈白髪の乾く早さよ小鳥来る〉など、 俳句の楽しさに惹かれて、「小鳥来る」なら何でも来いとばかりに嵌まってしまった。 やがて手練というものに嫌気がさして、ついにもっとも敬遠すべき季題になり果てていた。 そんな小鳥がいま私に、生き生きとささやきかけてくれるとはなつかしくてならない。 思えば日常の一瞬をとらえたという点では風生や晴子と何ら変わりはない、 だが掲句には他の誰にも真似のしようのない真実が籠っている。 愛らしい小鳥を描きながら、柳堀悦子俳人その人を描いているというほかないのではなかろうか。 (「晨」令和6年1月号 第239号所収) #
by masakokusa
| 2023-12-29 13:45
| 俳論・鑑賞(2)
安藤眞理子句集『蜷の道』(ふらんす堂) 空梅雨の夜空を白き雲流れ 安藤眞理子 柊の匂ふ吉野のまくらがり 斑鳩は蜷の道より暮れゆけり うすうすと棚田の跡や葛嵐 耳病んで音なき雨の濃紫陽花
「里」(代表 島田牙城) ふりしきる木屑木の香や剪定す 島田牙城 まづ角が見え冬の鹿登りくる 村上佳乃 「棒」(代表 青山丈) 昨日ゐて今日もまだゐる冬の蠅 菅野孝夫 ふくろふがゐさうで安田講堂で 柳生正名
「雲取」(主宰 鈴木太郎) 海彦も山彦もきて若井汲む 鈴木太郎 乳牛に乳房が四つ夕花野 鈴木多江子 「鳳」(主宰 浅井陽子) 俎板に納まりきらぬ葱きざむ 浅井陽子 知恵の輪を縦横ななめ手套の子 堀 瞳子 「ランブル」(主宰 ランブル) 龍の背の乗り心地よし夢はじめ 上田日差子 破蓮に騒がしき雨来りけり 篠原新治
「舞」(主宰 山西雅子) ゆつくりと化粧する母萩は実に 山西雅子 芋きんとん絞る三角巾のみんな 小川楓子 「松の花」(主宰 松尾隆信) 出来秋の闇進みゆく寝台車 松尾隆信 妻と分く二本目のやせ秋刀魚かな 荒井寿一
「梓」(代表 上野一孝) 白木槿咲くや早起きうれしくて 上野一孝 登高や江の島泛ぶ相模湾 菅 美緒 「カバトまんだら通信」(代表 木割大雄) 木割大雄が師・赤尾兜子の多様な作品の謎を考えつつ、その人となりを語り伝えるために平成8年から始めた。 本号、第44号をもって終刊。 広場に裂けた木 塩のまわりに塩軋み 赤尾兜子 音楽漂う岸浸しゆく蛇の飢 俳句思へば泪わき出づ朝の李花 大雷雨鬱王と會うあさの夢 ゆめ二つ全く違う蕗のたう
鬱王の残党吾れに十二月 木割大雄 「澤」(主宰 小澤 實) かんぱちといさき刺身の魚名問へば 小澤 實 茶碗と杓文字持てる田の神草の花 石橋志野 「ににん」(代表 新井大介) 夕刊の折り目正しく冬が来る 岩淵喜代子 歯を抜いた話で笑ふ息白し 新井大介 「晨」(代表 中村雅樹) 餅花は木槿の枝と昔より 中村雅樹 掛物は子規の柿の句初あかり 田島和生
「帆」(主宰 浅井民子) 夕星を置きて聖樹の出来上がる 浅井民子 新海苔は一番摘みよ三番瀬 大木 舜 「秋草」(主宰 山口昭男) シロップの白きが澱む草の花 山口昭男 子規に律賢治にとし子烏瓜 対中いずみ
「天頂」(波戸岡旭) 吊橋の板の隙間や露時雨 波戸岡旭 汗拭ひ夕やけだんだん折り返す 中島邦秋
「枻」(代表 雨宮きぬよ・橋本榮治) 壮大な橋を架けたる冬景色 雨宮きぬよ 煤逃や探偵事務所より電話 橋本榮治 「玉梓」(主宰 名村早智子)
叡山は麓の一宇障子貼る 名村早智子 写経せる今日は勤労感謝の日 長石啓子
「ハンザキ」(主宰 橋本石火) 父の空母の空あるなづな粥 橋本石火 女郎蜘蛛寒露の虫を咬んでをり 新家真実
「獅林」(主宰 梶谷予人) ふくら雀風に負けるな転がるな 梶谷予人 翁忌や御堂の前の花屋跡 森 一心 #
by masakokusa
| 2023-12-27 20:50
| 受贈書誌他より
誌名 青 草 (あおくさ) 主宰 草深昌子 ★平成二九年二月、草深昌子が創刊。師系・大峯あきら。自然と共に生き、季節の移り変りを感受する歓び。[年二回刊] ★「青草」誌表紙を刷新。令和五二月青草新春句会を厚木レンブラントホテルで開催。愛川町「山十邸」、大和市「泉の森」吟行。
あたたかに座つて墓石かもしれぬ 草深昌子 山小屋の長押に干さる山女かな 河野きなこ 先生はいつも真ん中チューリップ 佐藤健成 降りつもる雪に顔出す雪達磨 佐藤昌緒 枯葦に絡みし蝌蚪の紐長し 間 草蛙 ひもすがら日は土にあり鶯菜 二村結季 茶の花の垣根たどれば蔵のあり 松井あき子 ひよつこりと僧の来訪梅の花 松尾まつを 妹と加賀の地酒を年忘れ 山森小径 諸家自選五句
くさふかまさこ 草深昌子(青草・晨)
手の甲に来たる揚羽の翅ひらく 炉塞いで松の高きに雨の降る 蜂の巣を掻き落としたる木槿かな 風にうちたたく小判や小判草 これやこの行くも帰るも頭巾かな
年代別 二〇二三年の収穫 [八十代前半] さらなる高みへ、新しみへ 相子智恵 「澤」昭和五十一年生
年代ゆえ、来し方を振り返る句が多くなるのは当然ながらも、 積み重ねた日々を糧に、さらなる高みへ、新しみへと句境を切り開いていく情熱がある。 その姿に学びたい。
草深昌子(昭和18年生/青草・晨) あたたかに座つて墓石かもしれぬ セロリ嚙むひとりのときの音ぞこれ
丸っこい石はいにしえの墓石かも。〈あたたか〉が大らかだ。 二句目、案外大きな音に驚く。悠々と一人を楽しむ。 (2024年版角川『俳句年鑑」所収)
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by masakokusa
| 2023-12-09 20:37
| 俳句総合誌『俳句』ほか
鳶職は金具じやらじやら冬はじめ 間 草蛙 「じゃらじゃら」というオノマトペに新味はないが、この何気なくありながら的確なる措辞があってこそ、 よき情景がはっきりと感知されるものとなった。 冷やかにも生き生きと働く金具というものの存在が「冬はじめ」を印象するのである。
冬紅葉散るや常磐木吹かれつつ 草蛙 紅葉をはじめさまざまの落葉樹が風に散りゆく冬の光景はまことに美しい。 一方で、常磐木という松や杉など一年中みどりの木々もまた風に吹かれていることに気付きがある。 この対比をもって、冬紅葉はいっそう鮮やかである。
初霜や罅の入りたる焼芋器 漆谷たから 焼芋器というものがあるのを知らなかったが、一句の「初霜」には、ビビッときて感心した。 「罅の入りたる」と具体的に詠われている以上、そういう優れものが間違いなくあるのだろう。 寒さの日々にあって、とても残念なこと、そこを一句にとどめたのは、 折しも今年初めてこの地に霜が降りたという実際が自ずからもたらしたものである。 「初霜」を詠おうと構えてもなかなか詠えないが、ふとした身辺のただごとが、初霜を捉えたのである。 人の世は季節と共に生かされていることを喜びたい。
高みより贄を見張るや冬の鵙 湯川桂香 「鵙の贄」(秋の季題)は冬の保存食だという説があったが、実はオスがメスにもてるため、 早口に囀るための栄養食であったとか。そんな鵙の恋のバトルには凄まじいものがあるのをテレビで知ったばかり。 そこへ掲句が提出されて、なるほどと納得させられた。 桂香さんはテレビではなくご自身が観察された、証拠の写真も見せてくださった。 今突き刺したばかりのなまなましい贄を見張っている鵙はまるで冬の象徴のようではなかろうか。
林道を越せば半原冬の霧 泉 いづ 霧と言えば秋の季題であるが、この句は「冬の霧」、そこに味わいがある。 上十二をもって、いかにも勇壮なる冬の霧が思われる。 いや、勇壮というよりは重々しい、いや、重々しいというよりは美しいといった方がいいだろうか、大いに想像力の働くものである。 掲句は「半」という一字の読みこみで得られたもので、半原は作者の住んでいる地、つまり固有名詞である。 ちなみに、半原は我らが厚木市のさらなる北部にあって養蚕が盛んで、撚糸業の町であった、今も街道筋の家並には趣きが残っているという。 それはさておき、「林道を越せば半原」、とくると半原の字面からある種のイメージが浮かび上がって、普通名詞としての働きが生じてくるものである。 俳句に有無を言わせぬ力があるのは、作者の本当にほかならないからである。
老人の腰の伸びたる秋の虹 平野 翠 虹といえば夏の季語だが、掲句は「秋の虹」である。 秋に立つ虹は夏のそれより概念的には、いっそうはかなく思われるかもしれない。 だが何と「老人の腰の伸びたる」というからには、いかばかり淡々しくも美しい七色であったことだろうか。 「老人」の措辞が見事に効いている。そこには作者の観念が打ち消されて、実景を描写しただけという真実が行き渡っている。 読者もまたは老人になりかわってしみじみと秋の虹を仰がせてもらうのである。 御三時に鳴く鶏や神の留守 奥山きよ子 諸国の神々が出雲に旅立たれる陰暦10月が、「神の留守」である。 この時期、神社にお参りしても何だかさびしいのは、〈この神の留守と聞くだにさびれたり 高浜虚子〉に実感がこもるだろう。 掲句も実際に神社で詠われたのかもしれない。 神鶏を持ち出すまでもなく「鶏鳴暁を催す」で、コケコッコーは早朝がふさわしい。 ところが御三時という、おやつの頃になって鳴いたというのである。 ハンパなるさまを、すかさず神の留守におさめているところが面白い。
蜘蛛の囲に一つの翅や水涸るる 日下しょう子 「蜘蛛の囲」は夏の季語だが、掲句の季題は「水涸る」である。 蜘蛛の囲はねばるので何かの虫が餌食となって無惨にも翅が残っているというのである。 冬は川などの水量が減って、時にはその底が見えていたるするものであるが、そういう季節の在りようが、蜘蛛の囲の一断面でたしかに映し出されている。
釣舟やのつたりのつたり小春凪 川井さとみ 「小春凪」は小春の傍題である。傍題に安易に走ることは勧めていないが、ここは「小春かな」と流すより、 「小春凪」と抑えた方がいい。風がやんで波もことのほか穏やかであるさまには、作者の実感がこもっている。 「のつたりのつたり」は、つまり「のたりのたり」であるからして、 一読、〈春の海ひねもすのたりのたりかな 蕪村〉が思われもするが、それも興趣である。
背広の子和服の父や七五三 松尾まつを 七五三の衣装の光景はさまざまに詠いつがれてきた。 女の子の愛らしさはもとより、男の子の袴着などは神様に詣でるのに最もふさわしいありようではなかろうか。 親もまた華美なる衣装に着飾った時代もあったが、今はそれぞれの考えがあって千差万別である。 そんな七五三にあって、父と子を、和服と背広という具合に、 一見真逆のさまに詠いあげたところが何ともほほえましく、新しいではないか。 実景にほかならないのであるが、ここに眼を留めたのが作者の手柄である。
竹竿の端に日を待つ吊菜かな 末澤みわ 大根に押し上げらるる落し蓋 古舘千世 ぽかぽかの蒲団の中でママあのね 松原白士 小春日や団子頬張る印度人 田中朝子 髪切って靴を買ひけり夕時雨 二村結季 短日や物あるところすぐ暗く 関野瑛子 稜線のみるみる消ゆる冬至かな 冨沢詠司 村中の柿の枝を伐り冬構へ 海内七海 冬晴や中華街なら中華饅 市川わこ 花八ツ手隣の庭を向ひたまま 加藤かづ乃 牡蠣船の窓を開ければ疎林かな 佐藤昌緒 茶の花や絡んだ枝の奥に咲く 石野すみれ 椅子に来て足元に消ゆ冬の蝶 柴田博祥 冬紅葉鹿も出て来るこの社 芳賀秀弥 街灯の届かぬ路地や冬の虫 中澤翔風 トレランの標をちこち笹子鳴く 森田ちとせ 日の落ちて峰黒々と神の留守 葉山ほたる ヴィーナスと言ふ名の土偶山粧ふ 河野きなこ 蜘蛛の囲に回転したる冬紅葉 木下野風 霜月や丘にぐさりと大錨 山森小径 石積みに影の揺れゐる冬紅葉 石堂光子 #
by masakokusa
| 2023-12-08 18:55
| 昌子の句会・選評
十二月の兼題は「薬喰」。 冬の寒い時期、血行を良くするために鹿や猪や熊などの獣肉を食べることが「薬喰」です。 我等が地元、厚木市七沢や飯山の温泉郷では、いのしし鍋は郷土料理として定番です。 東京の俳人を七沢の牡丹鍋によく案内したのもなつかしい思い出ですが、昼間のそれはちょっとムードが足りません。 星仰ぐ皆猪食ひし息吐きて 茨木和生 何と言っても、東吉野の闇の深さにいただく猪鍋は格別でした。星々も恐ろしいほど光っています。 大根が一番うまし牡丹鍋 右城暮石 右城暮石の弟子が茨木和生俳人です。これも、吉野で恒例の牡丹鍋句会の一句のようです。 大根は鉈切りにすると味が沁み込んでおいしいとか、そういう大根であったのでしょう。 遅れ来るものに残せり牡丹肉 右城暮石 師匠は、仕事で遅れてくる弟子のために、宴もたけなわながら、たっぷりの牡丹肉を残してまだかまだかと待っているのでしょう。 猪鍋をたべて女の血を荒す 稲垣きくの 稲垣きくのは厚木市出身の俳人です。 いささか主情の濃い句ですが、近代的な元女優であったことがしのばれます。
言葉にも風土があるようです。 また言葉は自分のものでなく、誰がどこでどう使ってもいいものです、 いわば他人からもらうものです、でもここにあげた句は、誰のものでもない、 真っ正直な自分のことばになっているものではないでしょうか。 散文は理論でつないで人を納得させるものですが、 韻文(俳句)は感動を伝えるものです。感動というのはどこかにはっとするものがあるのです。 そこに、本当の自分、本当のよろこびが出てきます。 ゐのししの鍋のせ炎おさへつけ 阿波野青畝 「おさへつけ」とは、薬喰ならではの迫力が目に見えるようです。 俳句は物に即くことが大事です。 青畝の句からは、「俳句は即物的にやればやるだけ強くなる」ことを、教えられます。
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by masakokusa
| 2023-12-04 23:42
| 昌子の句会・選評
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カテゴリ
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