「俳句四季」2017年7月号 ・ 忙中閑談
 
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   生きている子規               草深昌子


 
横浜に初桜の咲いた日、「生誕百五十年正岡子規展―病牀六尺の宇宙」を観た。
 会場入口のビデオには子規庵の二十坪の庭が映し出されていた。
 亡くなる五日前のこと、「余は病気になって以来今朝ほど安らかな頭を持て静かにこの庭を眺めた事はない」というくだりに早くも涙ぐんでしまった。
 そうかと思えば、「ごてごてと草花植ゑし小庭かな  子規」に、たまたま居合わせた女性と顔を見合わせて笑ってしまった。
 「ごてごてと」こそが子規の本領である。
 私は大好きな子規にまたここに会えたことを喜んだ。

   初桜一字一句に子規は生き       昌子

 私が俳句を始めたのは四十年昔、同時にこの頃のギックリ腰がきっかけで、私の俳句の日々はいつも腰痛をひっさげている。
 子規はこう言う。
 「ガラス玉に金魚を十ばかり入れて机の上に置いてある。余は痛みをこらへながら病床からつくづくと見て居る。痛い事も痛いが綺麗な事も綺麗ぢや」、この声にどれだけ叱咤激励されたかしれい。
 子規の凄惨なる痛みを思えば我が痛みなど、何ほどのことがあろうかと、子規をおろがむような気持ちで、俳句にはまっていったものである。

   名月やどちらを見ても松ばかり       子規
   名月や小磯は砂のよい処

 明治二十二年、子規は大磯に保養中の大谷是空を訪ね、滞在先の旅館・松林館で大尽扱いをされ、大いにもてなされたという。
 早速、この所在を知りたく、大磯に出向いた。
 郷土資料館に訊ねると、松林館は、文字通り松林の中にあったものの、その後に建った長生館も消失して、今は跡形も無いことがわかった。
 それでも、東海道線「大磯駅」に近く、大磯丘陵が線路に迫ってくるあたりは古びに古びながらも頑丈そうな石垣が残っていて、旅館はここだろうと直感した。
 沿線には古木の桜が、ひときわ美しく満開であった。
 子規は、月光の松林を抜けて、海水浴場として名高い照ケ崎あたりを歩いたのであろう。

 もう十年も前になるが、松山市を再訪したときも、
 子規の「故郷はいとこの多し桃の花」、「鳩麦や昔通ひし叔父が家」などの出処を尋ねて歩いた。
 たどり着いたのは余戸中四丁目、昔町長をしていたという家の前に立つと、「森」の表札がかかっているではないか。
 思い切ってインターホンを押すと、「森円月は遠縁にあたると聞いていますが、今は父も亡くなりまして」という物静かな婦人の声が返ってきた。
 この時も、子規の幼なじみ森円月の生家はここだと独り合点したのだった。
 「ともかく紙に何かを書くのが好きな子でした。一日中でも書いてなさった。子供の頃から半紙はたくさんいる子でした」と母八重は語っている。
 そんな幼い子規が仲良しの森円月と往き来したであろう土を踏みしめているなんて、懐かしくてならなかった。 
 今ここ大磯では、青春真っ盛りの二十二歳の子規が、湘南の風に吹かれている。
 そう思うだけで、春の日差しがいよいよあたたかくなってくるのだった。

 子規は、いつの時も、すぐそこに居て、親しくも明晰なる眼を向けてくれる存在であった。
 子規がいなかったら、三日坊主の私が、俳句を続けることは出来なかったであろう。 
 正岡子規は、今もって静かにも力強く生きているのである。


(2017年7月号「俳句四季」所収)
# by masakokusa | 2017-07-30 23:58 | 俳論・鑑賞(2)NEW! | Comments(0)
昌子365日(自平成29年6月1日~至6月30日)
 
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      6月30日(金)       南風の山手の坂をのぼりきる 

      6月29日(木)       雨だれのはたして蟻地獄だまり

      6月28日(水)       でで虫をろくに知らずに老いにけり

      6月27日(火)       人の立つやうに木の立つ安居かな
  
      6月26日(月)       鎌倉の梅雨の鴉は笑ひけり

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      6月25日(日)       真間の井に遠からずして真菰刈

      6月24日(土)       松をまへ楓をよこの花あやめ

      6月23日(金)       ひもすがら現の証拠に釣つてをり

      6月22日(木)       単衣着て遠きものほどよく見ゆる 

      6月21日(水)       夏至の日の山羊に小さく鳴かれたり

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      6月20日(火)       枇杷の実の少し酸つぱき峠口

      6月19日(月)       涼しさの松の高さとなりにけり

      6月18日(日)       薔薇園を飛んで蝶々の白くなる

      6月17日(土)       滝見えて聞こえて柵の向かうかな

      6月16日(金)       いふほどもなけれど坂や枇杷熟るる
 
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      6月15日(木)       梅雨茸の脂のやうなるもの吐ける

      6月14日(水)       粗壁に当たるは雨の小判草

      6月13日(火)       風去つてなほ捲れたる花菖蒲

      6月12日(月)       南風のビルの立て込む港かな

      6月11日(日)       スカーフを巻きなほしたり花菖蒲

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      6月10日(土)       羽抜鶏昼を大きく鳴きにけり

       6月9日(金)       紙魚となく黴となくある一書かな

       6月8日(木)       サングラスどこにどう眼を合はさんか
    
       6月7日(水)       税関の裏手に浮きて海月かな

       6月6日(火)       額咲ける小高きところなつかしく

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       6月5日(月)       朝日より西日が好きで黴にけり

       6月4日(日)       よこはまは風に涼しく日に暑く  

       6月3日(土)       白秋を浜昼顔に淋しめり    

       6月2日(金)       水底を見せて水行く海芋かな

       6月1日(木)       緑蔭や人のはだへのやうな幹 
# by masakokusa | 2017-07-30 23:57 | 昌子365日 new! | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』・書評抄録(その2)
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☆『玉梓』 平成29年7・8月号 (名村早智子主宰)
  句集の窓

 『金剛』 草深昌子

  赤子はやべつぴんさんや山桜

美しい山桜の宿で、庭下駄に下り立って、先生はじめ「晨」の皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう」と、帯紙に記されている。
 金剛山は草深氏の故郷の山でもある。
『金剛』は『青葡萄』『邂逅』に次ぐ第三句集。

  消えなんとしてなほ左大文字

筆者は左大文字を毎日見上げる。まるで仏前に手を合わせるように。

  初時雨駆けて鞍馬の子どもかな
  菅浦の子供に出づる地虫かな

 歴史ある村の子供たち。共に幸あれ。

  冬暖か地図のどこにも寺があり
  奥つ城のほかは春田でありにけり
  風の鳴るやうに虫鳴くところかな
  門入ると襖外してゐるところ

昭和18年大阪市生まれ。52年飯田龍太主宰「雲母」入会
60年原裕主宰「鹿火屋」入会 平成10年深吉野佳作賞受賞
12年大峯あきら代表「晨」同人参加 岩淵喜代子代表「ににん」同人参加
「青草」主宰 俳人協会会員。 神奈川県在住。


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☆ 『伊吹嶺』 2017年6月号 通巻228号(栗田やすし主宰)
    俳書紹介

   
 草深昌子句集『金剛』(2016年11月ふらんす堂 2700円)
   「「金剛」こと金剛山は、吉野のある奈良県と、私が生まれ育った大阪府の境に立つ主峰です。なつかしさが重なり、句集名といたしました。」(「あとがき」より)

    赤子はやべつぴんさんや山桜
    奥つ城のほかは春田でありにけり
    耕して大日寺の裏に住む
    あめんぼう大きく四角張つてをり
    網戸より沖の一線濃く見たり

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☆『きたごち』 2017年6月号 第339号(柏原眠雨主宰)
   句集紹介    石川千代子

   草深昌子『金剛』
    
句集『金剛』は著者の第三句集である。
    342句を収録。ふらんす堂刊。
    美しい山桜の宿で、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは生涯忘れることはない。
    金剛山は、奈良県と大阪府の境に立つ主峰である。
    なつかしさが重なり句集名としたと、あとがきに記す。

   稲は穂に人は半袖半ズボン
   赤子はやべつぴんさんや山桜
   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   どこにでも日輪一つあたたかし
   耕して大日寺の裏に住む
   あめんぼう大きく四角張つてをり

   など、感性豊かな写生句が並び、ていねいに物に向き合った表現が明快で、俳味もあり
   深い味わいが伝わってくる一集である。

   1943年大阪市生まれ。
   1989年近松顕彰全国俳句大会文部大臣賞受賞。
   「晨」同人、俳人協会会員。


 ☆『栴檀』 2017年6月号第176号(辻惠美子主宰)
   句集紹介

   『金剛』    草深昌子

   金剛をいまし日は落つ花衣
   椋鳥にうち交じりては青き踏む
   耕して大日寺の裏に住む

    
師や句友と眺めた金剛山、その沈みゆく夕日は生涯忘れないと作者。
    静謐なる世界。

    第三句集、ふらんす堂。
    1943年生、神奈川県在住。
   「晨」同人、『青草』主宰。


 
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 ☆『谺』 平成29年5月号 (山本一歩主宰)
  受贈句集御礼   山本一歩

     『金剛』  草深昌子(青草・晨)

   七夕の傘を真っ赤にひらきけり
   木は朽ちて鉄は錆びたる薄かな
   電球に笠あることの露けしや
   寒晴や鼈甲飴は立てて売る
   着ぶくれて一騎当千とはいかぬ

    
 (平成28年11月21日・ふらんす堂・2700円+税)




 ☆『雪天』 2017年5月号 (新谷ひろし主宰)
   現代の俳句       岡部文子

   赤子はやべっぴんさんや山桜     草深昌子

 
句集『金剛』から。
 あとがきには「美しい山桜の宿で、庭下駄に下り立って、先生はじめ「晨」の皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう」とある。
 掲句は山桜の宿での出来事かもしれない。赤子はどんな子でも愛らしいもの。
 だが、この子は早くもすでに別嬪さんだという。単に「美人」と言わず、「別嬪さん」としたことで「山桜」という季語と調和している。



 
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 ☆ 『雲取』 平成29年5月号No・236 (鈴木太郎主宰)
   百花風声 ・  鈴木太郎

   松蝉や宗祇法師の墓どころ     草深昌子
 
 
連歌師宗祇法師の墓は、箱根・早雲寺にあるが、その傍の森に松蝉(春蝉)が鳴くという。
初夏の木々の気配が思われる挨拶句。
                     句集『金剛』



 ☆ 『大楠』 平成29年4月号 (川崎慶子主宰)
 『句集 金剛』 草深昌子

1943年大阪市生れ。1977年飯田龍太主宰「雲母」入会。1985年原裕主宰「鹿火屋」入会。
2000年大峯あきら代表「晨」同人参加。岩淵喜代子「ににん」同人参加。
「青草」主宰。俳人協会会員。

   どきにでも日輪一つあたたかし
   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   踏青の二度まで柵を跨ぎたる
   耕して大日寺の裏に住む
   奥つ城のほかは春田でありにけり
   門入ると襖外してゐるところ
   あめんぼう大きく四角張つてをり
   網戸より沖の一線濃く見たり
   子規の顔生きて一つや望の月
   風の鳴るやうに虫鳴くところかな
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   大晴の報恩講に出くはしぬ

  「金剛」は、「青葡萄」「邂逅」につづく第三句集。
                     発行所 ふらんす堂
                         (森 弘子)


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  ☆ 『たかんな』 平成29年4月号 (藤木倶子主宰)

  俳書紹介
  草深昌子句集『金剛』

 『青葡萄』『邂逅』に次ぐ第三句集。
 句集名とされた『金剛』は、著者の生まれ育った大阪府と奈良県境に立つ主峰、金剛山から名付けたとあとががきに。
 雄大な山塊に抱かれ、育まれ、磨き上げた詩心は、豊かに美しい旋律を持つ抒情句となり、読者を引きつける。ますますのご清吟を!

   声はおろか顔も知らざる墓洗ふ
   さかしまに絵本見る子や枯野星
   風光る廃校にして掃かれあり
   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   金剛をいまし日は落つ花衣
   どこにでも日輪一つあたたかし
   大いなる亭午の鐘や花の山

 1943年大阪市生まれ。77年「雲母」入会。85年「鹿火屋」入会。
 93年第一句集『青葡萄』刊行。2000年「晨」「ににん」いずれも同人参加。
 03年第二句集『邂逅』刊行。現在「晨」同人。俳人協会会員。
 「青草」主宰。カルチャーセンター講師。鹿火屋新人賞外受賞。
  神奈川県在住。
                                 (小野寺和子)

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 ☆ 『篠』 2017 Vol・180 (岡田史乃主宰)
  草深昌子句集『金剛』を読んで

 作者は「青草」主宰。本書は平成5年『青葡萄』、平成15年『邂逅』に続く第三句集である。
   金剛をいまし日は落つ花衣
 句集名『金剛』は大阪、奈良の境、金剛山、作者のふるさとの山から名付けた。
   江ノ電の飛ばしどころや白木槿
 巻頭の句、秋のただ中、鮮やかな水彩スケッチの様である。
   かりそめに寝たるやうなる寝釈迦かな
   傾がざる杭なかりけり涅槃西風
   奥つ城のほかは春田でありにけり
   波際にほどなき若布干場かな

 時節柄、拙稿では主に作者の春の句を鑑賞させていただいた。
 本書を持つと春景をすばやく鉛筆スケッチし、水彩絵の具をうすく乗せたA4ほどの画帳を開くよ うな気がする。
 遠景と近景がマッチし春の風物が溶け込んでおり、写生句として秀逸と思う。

   銀蠅を風にはなさぬ若葉かな
   蝶々の飛んでその辺みどりなる
   雲は日の裏へまはりてあたたかし
   寒禽の空にはづみをつけてをり
   大鳥の遠くをよぎる暮春かな

 自然の中の風物、動植物、気象と季語との取り合せ、俳句の考え方を教えられる。
 意表をつく物事の見方が絶妙であると思う。
 銀蠅と若葉、蝶々とみどり、雲と日、寒禽と空、大鳥と暮春、俳句の中における関係性、
 作者の様に写生から俳句にするには年月長い努力と真摯な気持ちが要るだろう。

   赤ん坊を下ろして梅の咲くところ
   赤子はやべつぴんさんや山桜
   赤ん坊も犬も引っ掻く網戸かな
   ちゃんちゃんこ何かにつけて笑ひけり
   入園の子や靴脱いで靴置いて

 小さな子供へのやさしい眼差しが感じられる。
 あとがきに書名の『金剛』について書かれている。
「恒例の吉野の桜吟行はかけがえのない濃密な句会でありました。美しい山桜の宿で、庭下駄に下り 立って、先生はじめ「晨」の十名ほどの皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕 日を眺めたことは生涯忘れることはないでしょう。」
 赤子はや、の句もその折に生まれた。

   早春やニコライ堂のうすみどり

 今句集の出版記念会において「これが私の初めての俳句」と紹介されていた。
 この頃から今に至るまで、みずみずしい写生の魅力は更に増しながら続いている。

                                     (関島敦司)
# by masakokusa | 2017-07-30 22:54 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
近ごろ気になる一句・「なんぢや」2017夏37号
   草深昌子句集『金剛』より

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    峰雲や蠅の頭の臙脂色      草深昌子


 入道雲の白、夏空の青。
 「峰雲」という背景は書割のようだ。
 舞台に蠅がいて、暑い日ざしを受けている。その蠅の臙脂色の大きな眼に注目した。
 頭という表現は一瞬の印象を大事にしたのだろう。
 季重なりにこだわっていたらこうした句は生まれない。
 この時期、嫌われそうな蠅、虻、蜂、蚊など、夏は人と共に息づく虫でいっぱいだ。

(鈴木不意)

(平成29年6月1日 季刊 なんぢや「夏」37号 発行人榎本享 所収)
# by masakokusa | 2017-06-30 23:52 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』・書評抄録(その1)
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『自鳴鐘』 平成29年4月 第823号 (寺井谷子主宰)

  書架逍遥(35)     青木栄子

  草深昌子句集『金剛』(ふらんす堂 2016年11月刊)

  1943年生まれ。「晨」同人。「青草」主宰。第三句集。

   金剛をいまし日は落つ花衣

 「金剛」とは奈良県と大阪府に接する金剛山地の主峰。奈良県吉野からの景であろうか。
 吉野の桜を思わせる花衣と遠景の日没の金剛山を、格調高く捉えた見事な写生句。
 作者は伝統俳句の叙情と繊細な詩情を踏まえた「雲母」「鹿火屋」を経て、
 俳句を日本文化の広い 視野からとらえ、あらゆる分野からの吸収と向上をめざすところの同人誌「晨」に参加。
 吟行句に日常句にと選び抜いた言葉、地名、季語から醸し出される情感の深い端正な一集である。

   初時雨駆けて鞍馬の子どもかな
   湯気のものもとよりうまし冬紅葉
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   数へ日や路地に会うたり別れたり
   どこにでも日輪一つあたたかし
   土筆摘むリボン真つ赤や吉野の子



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☆ 『紫』 2017April No.875(山崎十生主宰)

  句集紹介
  『金剛』 草深昌子 ふらんす堂

   声はおろか顔も知らざる墓洗ふ
   龍天に登る鴉は鳴かぬなり
   サングラスかけて命のことを言ふ
   おもひきり遺影の笑ふビールかな
   花びらに蕊の勝ちたる梅の花
   たましひのいま真つ白にある障子
   赤子はやべつぴんさんや山桜
   水澄みて甲斐は夕日の沁みる国

  ◇1943年大阪市生まれ。1987年飯田龍太主宰「雲母」入会。
  1985年原裕主宰「鹿火屋」入会。1988年鹿火屋新人賞受賞。
  1989年近松顕彰全国俳句大会文部大臣賞受賞。
  1993年第一句集「青葡萄」刊行。「平成俳句大全集」共著。1995年鹿火屋奨励賞受賞。
  1998年深吉野賞佳作受賞。
  2000年大峯あきら代表「晨」同人参加。岩淵喜代子代表「ににん」同人参加。
  2003年第二句集「邂逅」刊行。
  現在「晨」同人・俳人協会会員
  「青草」主宰・カルチャーセンター講師

  ◇「金剛」は奈良県と大阪府の境に立つ主峰です。
  生まれ育った所で、なつかしさが重なり、句集名とされたようです。
  「晨」の皆さまとの楽しい思い出、元気に活躍されている現在、
  遺影のご主人も、エールを送っていると思います。

                       (木村 成美)



『星雲』 2017年4月1日発行 第38号(鳥井保和主宰)

『金剛』草深昌子 第三句集
  大岩に注連渡したる石蓴かな
  赤子はやべつぴんさんや山桜
  涼しさの丸太ん棒に座りけり
  坂本は午下をかがやく帰燕かな
  大いなる亭午の鐘や花の山

                (園部知宏抽出)


☆ 『円座』 2017年4月号 第37号(武藤紀子主宰)
受贈句集より(23)

   子規の顔生きて一つや望の月    草深昌子『金剛』
                 (白石喜久子記)



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☆ 『雲取』 2017年4月号№・235号(鈴木太郎主宰)
 百花風声・鈴木太郎

   子規思ふたびに草餅さくら餅     草深昌子

      子規の健啖ぶりは短い生涯を生きる衝動でもあった。
      子規のエネルギッシュを思い、草餅桜餅を身におさめる。

                             句集『金剛』


☆ 『俳句饗宴』 2017・3(第746号)(鈴木八洲彦主宰)
 俳誌燦燦
 句集『金剛』(ふらんす堂)

   雲は日の裏へまはりてあたたかし     草深昌子
                  (抄出・鈴木八洲彦)



☆ 『八千草』 平成29年如月(山元志津香主宰)
 受贈俳書紹介  (横川博行)

『金剛』 草深昌子 句集

「晨」同人・「青草」主宰の第三句集
金地に桜吹雪をあしらった装丁の美しい句集。
金剛は吉野のある奈良県と作者の故郷の大阪府の境にある金剛山とのこと。
骨格のしっかりした格調の高い句が収録されている。

   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   綿虫に障子外してありしかな
   金剛をいまし日は落つ花衣
   夏座敷白無垢掛けてありにけり
   白南風や土蔵一つが生家跡



☆ 『都市』 2月号(中西夕紀主宰)
受贈句集より一句 中西夕紀抄出

   金剛をいまし日は落つ花衣   草深昌子「金剛」

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☆ 『燦』 12月号(山内利男主宰)
   赤子はやべつぴんさんや山桜


☆ 『雲の峰』 1月号(朝妻力主宰)
草深昌子著 句集 「金剛」
 著者は1943年大阪市生まれ。77年飯田龍太主宰「雲母」に入会。85年原裕主宰「鹿火屋」入会。2000年大峯あきら代表「晨」及び岩淵喜代子代表「ににん」に同人参加。
現在「晨」同人、俳人協会会員。「青草」主宰、カルチャーセンター講師。
「鹿火屋」新人賞、奨励賞など受賞多数。既刊の句集二篇がある。
あとがきに「『金剛』は私の第三句集になります・・第三句集をと心準備をはじめた矢先に、夫を亡くしました」とあり、その時の心情を〈人は死に竹は皮脱ぐまひるかな 大峯あきら〉に託して述べている。
また、集名について、「吉野桜吟行はかけがえのない濃密な句会でありました。美しい山桜の宿で・・「晨」の十名ほどの皆様と共に、ただ黙って金剛山に沈んでゆく夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう」と記す。
 俳句に献身し俳句を享受する筆者の一つの到達点である。
以下、所収句より
   赤子はやべっぴんさんや山桜
   さへづりやたうたう落ちし蔵の壁
   踏青の二度まで柵を跨ぎたる
(西田洋)


☆ 『空』 1月号(柴田佐知子主宰)
現代の俳句(柴田佐知子 抽出)
   奥つ城のほかは春田でありにけり 句集『金剛』


☆ 『沖』 2月号(能村研三主宰)
沖の沖(能村研三 抽出)
   またたきをもつてこたふる梅の花 句集『金剛』


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☆ 『春嶺』 2月号(小倉英男主宰)
句集拝見
 『句集 金剛』草深昌子
 平成16年から平成28年までの340余句を収録。第三句集。
 句集名は大峯あきら氏の住む吉野と自身の住むふるさと大阪の境に立つ主峰金剛山を懐かしむことに拠る。
   うぐひすは上千本にひびくかな
   御正忌やをりをり通る吉野線
   大晴の報恩講に出くはしぬ
   赤子はやべっぴんさんや山桜
吉野の山なみと桜が自ずと迫る。骨格が大きく、焦点が明瞭であり、かつ平易な表現に力がある。
   涼しさの丸太ん棒に座りけり
   神の留守蘇鉄は高くなりにけり
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   大綿の飛んでそこなる専立寺(吉野の寺)
思い切った気風の良い句。
   赤を着て黒を履きたる初山河
   寒晴やことに港区線路ぎは
   あめんぼう大きく四角張ってをり
抒情的な表現による自然詠
   水澄みて甲斐は夕日の沁みる国

草深昌子(くさふか・まさこ)大阪生れ。
昭和52年雲母入会、同60年「鹿火屋」入会、平成12年大峯あきら「晨」同人参加、
「青草」主宰、俳人協会会員。
(山中 綾)


☆ 『きたごち』 2月号(柏原眠雨主宰)
 草深昌子句集『金剛』
   無花果の見ゆる蕎麦屋の二階かな


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☆ 『氷室』 二月号(金久美智子主宰)
新著紹介『金剛』草深昌子
   風の鳴るやうに虫鳴くところかな
   沈むべくありたるものも浮いて来い


☆ 『雪天』 二月号(新谷ひろし主宰)
一書一誌観賞
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く 草深昌子『金剛』  


☆ 『門』 二月号(鈴木節子主宰)
 風韻抄 鳥居真理子 抽出
   ぬかるんであれば梅散りかかりけり 草深昌子句集『金剛』


☆ 『阿夫利嶺』 2月号(山本つぼみ主宰)
受贈句集紹介
『金剛』草深昌子第三句集
   いつまでも沖を見てをり頬被
   梅を干し土器を干し貝を干し
   真間の井の蓋に木の実の数へられ
   伊勢道のここからけはし干大根

☆ 『大楠』 1月号(川崎慶子)
受贈句集 
 草深昌子句集『金剛』ふらんす堂
# by masakokusa | 2017-06-30 18:58 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
『青草』・『カルチャー』選後に・平成29年5月    草深昌子選
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   命日やカーネーションを妻の供花     中原マー坊

 カーネーションと言えば先ず母の日が思い出される。そんな、美しくもなつかしいカーネーション を妻の仏前に供えたのである。
 「命日や」と切ったことによって、カーネーションの色彩をいっそう鮮明に浮き出している。
 最愛の妻はまた最愛の母でもあった、家族の日々が感謝とともに偲ばれるのである。
 俳句は誰のためでもない、自分のために作るのである。
 本当の心の言葉は、きっと誰かの胸に届くことを信じたい。



   疲弊して帰る玄関雪の下     菊地後輪

 いきなり「疲弊」などという難しい言葉を使って、どういうことだろうと内心で思いつつ読み下して、「雪の下」とくると、思わず納得させられた。
 疲弊というほかない、弱り切った疲れが、すっと癒されるような清らかさを覚えたのである。
 文字通り真っ白な「雪の下」が、足元のそこに見えてくる。
 ユキノシタは通常「鴨足草」と書くが、「雪の下」の字をあてたところもいい。
 同じ作者に、

   表紙見て焦る店員初夏の風     後輪

 これも一体店員に何があって焦ったのか、想像をめぐらしてみてもよくわからない。
 だが、わからないままに「初夏の風」が何故かしら一抹の出来事に、安堵感をもたらしてくれるような気分がする。
 「初夏の風」は大雑把ではあるが、いい風だなと思う。

 後輪さんの句作りには、損得勘定がない、およそ上手な俳句を作ろうとしない。
 今はそれでいい、その姿勢こそが上達につながっていくのだから。

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   かはほりや宵の満月切る如く     栗田白雲

 白雲さんもまた、独特の情緒を持っておられる。
「蝙蝠」と言わずして「かはほり」としたあたり、感受性のよさではあるが、何より、写生の眼から生み出された情景がすばらしい。
 古色蒼然たる屏風絵を見るような、きらめきと薄暗さが混然一体となっている。



   連休の明けて河原の夏鴉     佐藤健成

 ゴールデンウイーク明けを素材とする俳句は私自身も作ったことがあり、よく見かけもするが、この連休明けはまた何とそっけないものだろう。
 その、そっけなさこそが「夏鴉」そのものとして、臨場感に富んでいる。
 ひとかたまりの暗さのほかは、初夏の陽光に溢れているようである。
 夾雑物のない俳句は、印象が広やかにも鮮明である。
 夏鴉には作者の気持ちがこもっている、私の好きな俳句はこのような俳句である。



   辣韮掘るにほひ裏から表まで     湯川桂香
 
 家庭菜園であろうか、辣韭を実際に掘っている作者の姿がありのまま詠われている。
 それにしても「裏から表まで」と言う表現のうまさはどうだろう。
 思わず、ツンツンと臭ってくるようではないか。
 あの白い鱗茎はよく肥って、土にまみれながら次々と掘りだされるのである。
 さて、その後は、甘酢に漬けようか、それとも塩漬けにしようか、収穫の楽しさに溢れている。

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   楠若葉蔦の緑を垂らしをり     間草蛙

 町田の薬師池公園へ吟行した折の句である。
 日頃から写生をこころがけている作者でなければ、こういう地道なところに眼を凝らすことは出来ないであろう。
 楠若葉のみどりと、その上に垂れ下った一条の蔦のみどりが、濃淡というかある種の陰翳を醸し出して美しい。
 名所旧跡に目を奪われることなく、この時節の自然のありようを的確につかんでいる。



   千鳥草溢るる庭の薄暑かな    潮雪乃

 千鳥草という草がどんな花を付けるのか、くわしく知らなくても、その名称から、千鳥の飛翔が想像されるだろう。
 あるいは小さな鳥がたくさん飛んでいるという印象でもいい。
 そんな花が庭中に咲き溢れていることによって、はっと気づかされた日々の薄暑である。
 見かけは涼やかな花であっても、生来の強さがあってよく増えるのかもしれない。
 初夏は一番過ごしやすい気候ではあるが、ふと汗ばむほどの暑さが俄かにやってくると、心身の状態がついていかない、そんな心象も伺われる。
 ちなみに、千鳥草は、飛燕草ともいう紫の花である。

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   癌告知受くやあまねく青嵐     松尾まつを

 癌と言う病名を告げられたとき、その周辺のすべては「青嵐」という自然に支配されてどうにもならなかった。
 青葉を吹き渡る風は作者の心に深い翳りをもたらしながら、一方でその風の壮快なる力強さに救われてもいる。
 淡々と詠っているように見えながら、病気には負けない強靭なる精神が自ずと「青嵐」という季題を見事にキャッチされているのである。



   万緑の風に向ひて子と語る     関野瑛子

 中村草田男の〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉が、一躍有名になり、以後「万緑」が季題として定着したものである。
 それだけに、「万緑」は安易に使えない難しさがあるが、まだ初心の瑛子さんが、やすやすと万緑ならではの一句をものにされた。
 作者と子の会話、多分ご子息であろうか、その対話が難しい問題であったのか、さりげないものであったのか、多弁を要したのか、短かかったのか、わからない。
 そのどちらであってもいい、血のつながりのある親子の対話である。
 万緑の風がすべてを受け入れてくれたのであろう、爽快なるものであったに違いない。



   どの順路行きても躑躅つつじかな     藤田トミ

 厚木市には「つつじの丘公園」があって、この時期には、さまざまの躑躅の花で埋め尽くされる。 トミさんもその公園をそぞろ一巡されたのであろう。
 厚木ならずとも、躑躅の花というものは、あちらこちらでよく整備された公園に多彩にもびっしりと咲いている花である。
 そんな躑躅の花の特色を、「順路」という言葉でもって、強く印象付けられた。
 漢字の「躑躅」、平仮名書きの「つつじ」を使い分けたことも、順路に従って次々現れる躑躅のそれぞれに違う色彩やボリュームを感じさせて上手い。

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   草の実に触れば爆ぜて薄暑かな    中園子
   青蛙応へるごとく浮き上がり       伊藤波
   岐れ道夏蝶左われ右に          狗飼乾恵
   線香の火はあきらめて青嵐        奥山きよ子
   引く波に捲られもして蟹走る        坂田金太郎
   雛罌粟や隣家は人の影もなし      田野草子
   豆飯や父は頭を刈り上げて        柴田博祥
   水漬かる蓮の巻葉の細きこと      佐藤昌緒
   放牧の遠郭公や阿蘇の山        古舘千世
   筍の刺身旨しや茶碗酒          鈴木一父
   生垣やジャスミンの白溢れ出づ     黒田珠水





  
 
# by masakokusa | 2017-06-29 19:36 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
昌子365日(自平成29年5月1日~至5月31日)
    
     5月31日(水)       蓮池に会うて伊予から来たる人

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     5月30日(火)       我に来て我に構はぬ夏鴉

     5月29日(月)       白日傘たたむと金槌のかたち

     5月28日(日)       てのひらにのせて豆食ふビール飲む

     5月27日(土)       ふと太宰治をおもふ青葉冷
 
     5月26日(金)       鳥どちの笛のするどきビールかな
    
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     5月25日(木)       南風に雀の啣へなほしたる

     5月24日(水)       泉殿石の大きく横たはり

     5月23日(火)       初夏の影を落として大樹かな

     5月22日(月)       サイダーの泡に半券濡らしたる

     5月21日(日)       ほんたうの私は桐の花らしく
     
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     5月20日(土)       夫の忌の風の薫りて限りなき

     5月19日(金)       赤ん坊の茅花流しを泣きにけり

     5月18日(木)       神田川その源の浮巣かな

     5月17日(水)       岩に見て苔のやうなる虫の夏

     5月16日(火)       かの人とかの時ここに滝落つる

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     5月15日(月)       蛇を見てその血らしきを見て過ぐる

     5月14日(日)       音聞いて鐘としもなくさみだるる

     5月13日(土)       桐の花あまりしづかに落ちにけり

     5月12日(金)       画眉鳥のこゑのかぎりに青嵐 

     5月11日(木)       さつき降り今降り夏の雨細か

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     5月10日(水)      松の木のかたぶきそろふながしかな

     5月9日(火)       短くて太き毛虫を嫌ひけり
    
     5月8日(月)       羊蹄の丈を高くし青嵐

     5月7日(日)       夏鴨の鳴いて日中を飛びにけり
      
     5月6日(土)       くちぐちに山羊を呼びたる立夏かな

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     5月5日(金)       夏に入る厩を遠く見てゐたり

     5月4日(木)       パレードの果たる南吹きにけり

     5月3日(水)       富士を見ぬ富士見通りの新樹かな

     5月2日(火)       いろいろの風吹くことに余花の風

     5月1日(月)       見るところどこも大樹や更衣 


    

     
    


     
# by masakokusa | 2017-05-31 21:56 | 昌子365日 new! | Comments(0)
『俳壇年鑑』 2017年版  (2016.1~2016.12)
   
    2016年の句集から
               70代作家の句集

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       草深昌子『金剛』(ふらんす堂)
                       

      「青草」主宰の第三句集。
      「雲母」「鹿火屋」を経て現在「晨」同人。
      骨格の凛とした句が並ぶ。
      平明に見えるが、さりげない切れから覗かせる世界は深い。
      遠景の叙景も美しい。

        三つ四つ棗齧つてから笑ふ
        真つ青なところ双六の上がり
        遠く行く人のうしろの茂りかな

                              評・秋尾 敏



 (「俳壇年鑑2017年版 2017年5月1日発行 所収)
# by masakokusa | 2017-05-31 10:18 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
課題詠 兼題=更衣           中杉隆世選

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   特選  
   その人に会はんと衣更へにけり      草深昌子


 特別な思いを抱く人への心情の濃さが伺える。
 「衣更へにけり」というさらりとした表現が余情を強くしている。



(「晨」平成29年5月号第199号所収)
# by masakokusa | 2017-05-30 21:37 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
晨集散策          大槻一郎
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   よき人と知れたる日向ぼこりかな     草深昌子


 冬の昼、風のない時に日向でくつろいで居ると着衣はふくれ、身も心ものどかに暖まる。
 面識のないお互いが、最初はいぶかしみながらも話を交すうちに心を許し打ち解けてゆく。
 昔から日向ぼこりには、人間の善し悪しを判断するのに効果があるのであろう。
 この句、日向ぼこりの効用に焦点を当てた面白さがある。
 晨作品ではあまり見られない作品である。



(「晨」平成29年5月号第199号所収)
# by masakokusa | 2017-05-30 21:34 | 昌子作品の論評 | Comments(0)