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近ごろ気になる一句・「なんぢや」2017夏37号
   草深昌子句集『金剛』より

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    峰雲や蠅の頭の臙脂色      草深昌子


 入道雲の白、夏空の青。
 「峰雲」という背景は書割のようだ。
 舞台に蠅がいて、暑い日ざしを受けている。その蠅の臙脂色の大きな眼に注目した。
 頭という表現は一瞬の印象を大事にしたのだろう。
 季重なりにこだわっていたらこうした句は生まれない。
 この時期、嫌われそうな蠅、虻、蜂、蚊など、夏は人と共に息づく虫でいっぱいだ。

(鈴木不意)

(平成29年6月1日 季刊 なんぢや「夏」37号 発行人榎本享 所収)
by masakokusa | 2017-06-30 23:52 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』・書評抄録(その1)
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『自鳴鐘』 平成29年4月 第823号 (寺井谷子主宰)

  書架逍遥(35)     青木栄子

  草深昌子句集『金剛』(ふらんす堂 2016年11月刊)

  1943年生まれ。「晨」同人。「青草」主宰。第三句集。

   金剛をいまし日は落つ花衣

 「金剛」とは奈良県と大阪府に接する金剛山地の主峰。奈良県吉野からの景であろうか。
 吉野の桜を思わせる花衣と遠景の日没の金剛山を、格調高く捉えた見事な写生句。
 作者は伝統俳句の叙情と繊細な詩情を踏まえた「雲母」「鹿火屋」を経て、
 俳句を日本文化の広い 視野からとらえ、あらゆる分野からの吸収と向上をめざすところの同人誌「晨」に参加。
 吟行句に日常句にと選び抜いた言葉、地名、季語から醸し出される情感の深い端正な一集である。

   初時雨駆けて鞍馬の子どもかな
   湯気のものもとよりうまし冬紅葉
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   数へ日や路地に会うたり別れたり
   どこにでも日輪一つあたたかし
   土筆摘むリボン真つ赤や吉野の子



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☆ 『紫』 2017April No.875(山崎十生主宰)

  句集紹介
  『金剛』 草深昌子 ふらんす堂

   声はおろか顔も知らざる墓洗ふ
   龍天に登る鴉は鳴かぬなり
   サングラスかけて命のことを言ふ
   おもひきり遺影の笑ふビールかな
   花びらに蕊の勝ちたる梅の花
   たましひのいま真つ白にある障子
   赤子はやべつぴんさんや山桜
   水澄みて甲斐は夕日の沁みる国

  ◇1943年大阪市生まれ。1987年飯田龍太主宰「雲母」入会。
  1985年原裕主宰「鹿火屋」入会。1988年鹿火屋新人賞受賞。
  1989年近松顕彰全国俳句大会文部大臣賞受賞。
  1993年第一句集「青葡萄」刊行。「平成俳句大全集」共著。1995年鹿火屋奨励賞受賞。
  1998年深吉野賞佳作受賞。
  2000年大峯あきら代表「晨」同人参加。岩淵喜代子代表「ににん」同人参加。
  2003年第二句集「邂逅」刊行。
  現在「晨」同人・俳人協会会員
  「青草」主宰・カルチャーセンター講師

  ◇「金剛」は奈良県と大阪府の境に立つ主峰です。
  生まれ育った所で、なつかしさが重なり、句集名とされたようです。
  「晨」の皆さまとの楽しい思い出、元気に活躍されている現在、
  遺影のご主人も、エールを送っていると思います。

                       (木村 成美)



『星雲』 2017年4月1日発行 第38号(鳥井保和主宰)

『金剛』草深昌子 第三句集
  大岩に注連渡したる石蓴かな
  赤子はやべつぴんさんや山桜
  涼しさの丸太ん棒に座りけり
  坂本は午下をかがやく帰燕かな
  大いなる亭午の鐘や花の山

                (園部知宏抽出)


☆ 『円座』 2017年4月号 第37号(武藤紀子主宰)
受贈句集より(23)

   子規の顔生きて一つや望の月    草深昌子『金剛』
                 (白石喜久子記)



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☆ 『雲取』 2017年4月号№・235号(鈴木太郎主宰)
 百花風声・鈴木太郎

   子規思ふたびに草餅さくら餅     草深昌子

      子規の健啖ぶりは短い生涯を生きる衝動でもあった。
      子規のエネルギッシュを思い、草餅桜餅を身におさめる。

                             句集『金剛』


☆ 『俳句饗宴』 2017・3(第746号)(鈴木八洲彦主宰)
 俳誌燦燦
 句集『金剛』(ふらんす堂)

   雲は日の裏へまはりてあたたかし     草深昌子
                  (抄出・鈴木八洲彦)



☆ 『八千草』 平成29年如月(山元志津香主宰)
 受贈俳書紹介  (横川博行)

『金剛』 草深昌子 句集

「晨」同人・「青草」主宰の第三句集
金地に桜吹雪をあしらった装丁の美しい句集。
金剛は吉野のある奈良県と作者の故郷の大阪府の境にある金剛山とのこと。
骨格のしっかりした格調の高い句が収録されている。

   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   綿虫に障子外してありしかな
   金剛をいまし日は落つ花衣
   夏座敷白無垢掛けてありにけり
   白南風や土蔵一つが生家跡



☆ 『都市』 2月号(中西夕紀主宰)
受贈句集より一句 中西夕紀抄出

   金剛をいまし日は落つ花衣   草深昌子「金剛」

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☆ 『燦』 12月号(山内利男主宰)
   赤子はやべつぴんさんや山桜


☆ 『雲の峰』 1月号(朝妻力主宰)
草深昌子著 句集 「金剛」
 著者は1943年大阪市生まれ。77年飯田龍太主宰「雲母」に入会。85年原裕主宰「鹿火屋」入会。2000年大峯あきら代表「晨」及び岩淵喜代子代表「ににん」に同人参加。
現在「晨」同人、俳人協会会員。「青草」主宰、カルチャーセンター講師。
「鹿火屋」新人賞、奨励賞など受賞多数。既刊の句集二篇がある。
あとがきに「『金剛』は私の第三句集になります・・第三句集をと心準備をはじめた矢先に、夫を亡くしました」とあり、その時の心情を〈人は死に竹は皮脱ぐまひるかな 大峯あきら〉に託して述べている。
また、集名について、「吉野桜吟行はかけがえのない濃密な句会でありました。美しい山桜の宿で・・「晨」の十名ほどの皆様と共に、ただ黙って金剛山に沈んでゆく夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう」と記す。
 俳句に献身し俳句を享受する筆者の一つの到達点である。
以下、所収句より
   赤子はやべっぴんさんや山桜
   さへづりやたうたう落ちし蔵の壁
   踏青の二度まで柵を跨ぎたる
(西田洋)


☆ 『空』 1月号(柴田佐知子主宰)
現代の俳句(柴田佐知子 抽出)
   奥つ城のほかは春田でありにけり 句集『金剛』


☆ 『沖』 2月号(能村研三主宰)
沖の沖(能村研三 抽出)
   またたきをもつてこたふる梅の花 句集『金剛』


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☆ 『春嶺』 2月号(小倉英男主宰)
句集拝見
 『句集 金剛』草深昌子
 平成16年から平成28年までの340余句を収録。第三句集。
 句集名は大峯あきら氏の住む吉野と自身の住むふるさと大阪の境に立つ主峰金剛山を懐かしむことに拠る。
   うぐひすは上千本にひびくかな
   御正忌やをりをり通る吉野線
   大晴の報恩講に出くはしぬ
   赤子はやべっぴんさんや山桜
吉野の山なみと桜が自ずと迫る。骨格が大きく、焦点が明瞭であり、かつ平易な表現に力がある。
   涼しさの丸太ん棒に座りけり
   神の留守蘇鉄は高くなりにけり
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   大綿の飛んでそこなる専立寺(吉野の寺)
思い切った気風の良い句。
   赤を着て黒を履きたる初山河
   寒晴やことに港区線路ぎは
   あめんぼう大きく四角張ってをり
抒情的な表現による自然詠
   水澄みて甲斐は夕日の沁みる国

草深昌子(くさふか・まさこ)大阪生れ。
昭和52年雲母入会、同60年「鹿火屋」入会、平成12年大峯あきら「晨」同人参加、
「青草」主宰、俳人協会会員。
(山中 綾)


☆ 『きたごち』 2月号(柏原眠雨主宰)
 草深昌子句集『金剛』
   無花果の見ゆる蕎麦屋の二階かな


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☆ 『氷室』 二月号(金久美智子主宰)
新著紹介『金剛』草深昌子
   風の鳴るやうに虫鳴くところかな
   沈むべくありたるものも浮いて来い


☆ 『雪天』 二月号(新谷ひろし主宰)
一書一誌観賞
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く 草深昌子『金剛』  


☆ 『門』 二月号(鈴木節子主宰)
 風韻抄 鳥居真理子 抽出
   ぬかるんであれば梅散りかかりけり 草深昌子句集『金剛』


☆ 『阿夫利嶺』 2月号(山本つぼみ主宰)
受贈句集紹介
『金剛』草深昌子第三句集
   いつまでも沖を見てをり頬被
   梅を干し土器を干し貝を干し
   真間の井の蓋に木の実の数へられ
   伊勢道のここからけはし干大根

☆ 『大楠』 1月号(川崎慶子)
受贈句集 
 草深昌子句集『金剛』ふらんす堂
by masakokusa | 2017-06-30 18:58 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
『青草』・『カルチャー』選後に・平成29年5月    草深昌子選
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   命日やカーネーションを妻の供花     中原マー坊

 カーネーションと言えば先ず母の日が思い出される。そんな、美しくもなつかしいカーネーション を妻の仏前に供えたのである。
 「命日や」と切ったことによって、カーネーションの色彩をいっそう鮮明に浮き出している。
 最愛の妻はまた最愛の母でもあった、家族の日々が感謝とともに偲ばれるのである。
 俳句は誰のためでもない、自分のために作るのである。
 本当の心の言葉は、きっと誰かの胸に届くことを信じたい。



   疲弊して帰る玄関雪の下     菊地後輪

 いきなり「疲弊」などという難しい言葉を使って、どういうことだろうと内心で思いつつ読み下して、「雪の下」とくると、思わず納得させられた。
 疲弊というほかない、弱り切った疲れが、すっと癒されるような清らかさを覚えたのである。
 文字通り真っ白な「雪の下」が、足元のそこに見えてくる。
 ユキノシタは通常「鴨足草」と書くが、「雪の下」の字をあてたところもいい。
 同じ作者に、

   表紙見て焦る店員初夏の風     後輪

 これも一体店員に何があって焦ったのか、想像をめぐらしてみてもよくわからない。
 だが、わからないままに「初夏の風」が何故かしら一抹の出来事に、安堵感をもたらしてくれるような気分がする。
 「初夏の風」は大雑把ではあるが、いい風だなと思う。

 後輪さんの句作りには、損得勘定がない、およそ上手な俳句を作ろうとしない。
 今はそれでいい、その姿勢こそが上達につながっていくのだから。

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   かはほりや宵の満月切る如く     栗田白雲

 白雲さんもまた、独特の情緒を持っておられる。
「蝙蝠」と言わずして「かはほり」としたあたり、感受性のよさではあるが、何より、写生の眼から生み出された情景がすばらしい。
 古色蒼然たる屏風絵を見るような、きらめきと薄暗さが混然一体となっている。



   連休の明けて河原の夏鴉     佐藤健成

 ゴールデンウイーク明けを素材とする俳句は私自身も作ったことがあり、よく見かけもするが、この連休明けはまた何とそっけないものだろう。
 その、そっけなさこそが「夏鴉」そのものとして、臨場感に富んでいる。
 ひとかたまりの暗さのほかは、初夏の陽光に溢れているようである。
 夾雑物のない俳句は、印象が広やかにも鮮明である。
 夏鴉には作者の気持ちがこもっている、私の好きな俳句はこのような俳句である。



   辣韮掘るにほひ裏から表まで     湯川桂香
 
 家庭菜園であろうか、辣韭を実際に掘っている作者の姿がありのまま詠われている。
 それにしても「裏から表まで」と言う表現のうまさはどうだろう。
 思わず、ツンツンと臭ってくるようではないか。
 あの白い鱗茎はよく肥って、土にまみれながら次々と掘りだされるのである。
 さて、その後は、甘酢に漬けようか、それとも塩漬けにしようか、収穫の楽しさに溢れている。

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   楠若葉蔦の緑を垂らしをり     間草蛙

 町田の薬師池公園へ吟行した折の句である。
 日頃から写生をこころがけている作者でなければ、こういう地道なところに眼を凝らすことは出来ないであろう。
 楠若葉のみどりと、その上に垂れ下った一条の蔦のみどりが、濃淡というかある種の陰翳を醸し出して美しい。
 名所旧跡に目を奪われることなく、この時節の自然のありようを的確につかんでいる。



   千鳥草溢るる庭の薄暑かな    潮雪乃

 千鳥草という草がどんな花を付けるのか、くわしく知らなくても、その名称から、千鳥の飛翔が想像されるだろう。
 あるいは小さな鳥がたくさん飛んでいるという印象でもいい。
 そんな花が庭中に咲き溢れていることによって、はっと気づかされた日々の薄暑である。
 見かけは涼やかな花であっても、生来の強さがあってよく増えるのかもしれない。
 初夏は一番過ごしやすい気候ではあるが、ふと汗ばむほどの暑さが俄かにやってくると、心身の状態がついていかない、そんな心象も伺われる。
 ちなみに、千鳥草は、飛燕草ともいう紫の花である。

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   癌告知受くやあまねく青嵐     松尾まつを

 癌と言う病名を告げられたとき、その周辺のすべては「青嵐」という自然に支配されてどうにもならなかった。
 青葉を吹き渡る風は作者の心に深い翳りをもたらしながら、一方でその風の壮快なる力強さに救われてもいる。
 淡々と詠っているように見えながら、病気には負けない強靭なる精神が自ずと「青嵐」という季題を見事にキャッチされているのである。



   万緑の風に向ひて子と語る     関野瑛子

 中村草田男の〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉が、一躍有名になり、以後「万緑」が季題として定着したものである。
 それだけに、「万緑」は安易に使えない難しさがあるが、まだ初心の瑛子さんが、やすやすと万緑ならではの一句をものにされた。
 作者と子の会話、多分ご子息であろうか、その対話が難しい問題であったのか、さりげないものであったのか、多弁を要したのか、短かかったのか、わからない。
 そのどちらであってもいい、血のつながりのある親子の対話である。
 万緑の風がすべてを受け入れてくれたのであろう、爽快なるものであったに違いない。



   どの順路行きても躑躅つつじかな     藤田トミ

 厚木市には「つつじの丘公園」があって、この時期には、さまざまの躑躅の花で埋め尽くされる。 トミさんもその公園をそぞろ一巡されたのであろう。
 厚木ならずとも、躑躅の花というものは、あちらこちらでよく整備された公園に多彩にもびっしりと咲いている花である。
 そんな躑躅の花の特色を、「順路」という言葉でもって、強く印象付けられた。
 漢字の「躑躅」、平仮名書きの「つつじ」を使い分けたことも、順路に従って次々現れる躑躅のそれぞれに違う色彩やボリュームを感じさせて上手い。

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   草の実に触れば爆ぜて薄暑かな    中園子
   青蛙応へるごとく浮き上がり       伊藤波
   岐れ道夏蝶左われ右に          狗飼乾恵
   線香の火はあきらめて青嵐        奥山きよ子
   引く波に捲られもして蟹走る        坂田金太郎
   雛罌粟や隣家は人の影もなし      田野草子
   豆飯や父は頭を刈り上げて        柴田博祥
   水漬かる蓮の巻葉の細きこと      佐藤昌緒
   放牧の遠郭公や阿蘇の山        古舘千世
   筍の刺身旨しや茶碗酒          鈴木一父
   生垣やジャスミンの白溢れ出づ     黒田珠水





  
 
by masakokusa | 2017-06-29 19:36 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)