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『火星』(山尾玉藻主宰)・俳壇月評      大山文子
 
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   冬や実の草にまつくろ木にまつか     草深昌子
                               (『俳壇』3月号「毛衣」より)


 上五の「冬や実の」の出だしにまず惹かれた。
 見たままを詠むのが写生ではない、それを通して後ろにあるものを見よ。
 と、よく言われるが、見た儘を詠んでその真実をまっすぐついた作者の洞察力に驚いた。
 足元には黒々とした竜の玉、その上には千両や万両の実、頭上には南天の実が冬の無聊を慰めてくれる。
 つくづく見ていて見ていないことを気付かされた。


『火星』第928号所収
☆山尾玉藻主宰 句集『人の香』により第56回俳人協会賞を受賞

 
by masakokusa | 2017-04-30 20:20 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
『阿夫利嶺』・他誌燦燦        
 他誌燦燦   山本つぼみ主宰抄出

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   枯れにけりもののかたちをそこなはず    草深昌子(青草)




『阿夫利嶺』平成29年5月号所収
by masakokusa | 2017-04-30 18:15 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子365日(自平成29年4月1日~至4月30日)
 
      4月30日(日)       正門を春の夕日に出でにけり

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      4月29日(土)       行春やあけぼの杉を見通しに

      4月28日(金)       春の夜のしろじろとある衣装蔵

      4月27日(木)       門といふ門は開きて暮春かな

      4月26日(水)       負んぶして春のコートに包み込み

      4月25日(火)       高下駄に槍持つ春の祭かな

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      4月24日(月)       蝶々の春の暑さに隠れがち
  
      4月23日(日)       片栗の花にただ立つ男かな

      4月22日(土)       大仏の肩に耳付く春の雷

      4月21日(金)       一と鉢に千の蝌蚪の尾振りにけり  
    
      4月20日(木)       惜春の地べたに影の長きこと

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      4月19日(水)       棒切れを振り蝶々のあとゆく子

      4月18日(火)       高木よりなほ旗高し春祭

      4月17日(月)       鳥ぐもり道は四方に岐れけり

      4月16日(日)       そこ踏むな今し春笋出るところ

      4月15日(土)       一木に枝のたくさん虻の春

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      4月14日(金)       あたたかに葉と花と蘂こぼれけり

      4月13日(木)       蝶々に似て飛ぶ春の落葉かな

      4月12日(水)       杏咲く寺のうしろの静けさに 

      4月11日(火)       芳草をぐるりにしたるぬた場かな

      4月10日(月)       花冷の御廟に廊下ついてゐる

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       4月9日(日)      灌仏の人に離れて木に寄りぬ

       4月8日(土)      豪邸の締めきつてあり濃山吹

       4月7日(金)      繕うて垣を束子に磨きけり
     
       4月6日(木)      松原に松のほかなき日永かな

       4月5日(水)      物の芽の雨にぎざぎざ立てにけり

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       4月4日(火)      春雨に会うて瞳の黒きこと

       4月3日(月)      花冷を鳴いてその鳥緑濃き

       4月2日(日)      世田谷は花の雨にも犬連れて

       4月1日(土)      春雨を来たりて虚子の墓に着く  

  
by masakokusa | 2017-04-30 10:59 | 昌子365日 new! | Comments(0)
『カルチャー』『青草』選後に・平成29年3月       草深昌子選
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   鶏鳴くや大根一列茎立てり     石堂光子

 「茎立」とは「薹(とう)が立つ」ことである。
 茎がのびはじめると葉はかたくなり、大根などは鬆(す)が出来て急に味が落ちる。
 年頃が過ぎ、さかりが過ぎることを「とうがたつ」というように、「茎立」には、どこかしらわびしく感じられるものがあるようである。
 作者もきっとそんな思いで眺めているのであろう。同時にふと、とぼけたようなおかしみを感じられたかもしれない。
 上五の「鶏鳴くや」が、その気持ちを如実に物語っている。

   水嵩の増したる川や木五倍子咲く     光子

 木五倍子の花穂が川面にどっと垂れ下った感じが目に見えるようである。



   焙じ茶と田舎饅頭長閑なり     黒田珠水

 「長閑」は春の日のもたらす風情であるが、この句を読むとつくづくとあたたかなおだやかな人情が感じられる。
 つまり「長閑」はそのまま人々の「のんびり」に通じているのである。
 何も説明していないが、「焙じ茶」の「焙じ」、「田舎饅頭」の「田舎」が絶妙に効いていることは言うまでもない。

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   一歩づつ踏み入る山の芽吹きかな     石原虹子

 山の芽吹きが気持ちよく臨場感たっぷりに実感されてくる。
 何気なく詠われているようだが「一歩づつ踏み入る」とは、なかなか言えそうで言えないものである。
「一歩づつ」の一歩一歩からは、一個一個の芽吹きが感じられ、「踏み入る」からは、それぞれの木々の生命力が盛んに吹き出ている様子が思われる。
 「俳句は頭で作るものでなく足で作るもの」だということをよく実践されている作者ならではのものである。



   長閑しや炭焼き小屋に煙立つ     米林ひろ

 炭は、昔の寒い冬の日々に燃料として使い続けたものであるが、今はもう一部の愛用者に限られるようになった。
 作者は、山里も奥の方を歩いていて、ふと炭焼小屋を見つけられたのである。
 少し離れたところから、ほーっとばかり、さもなつかしく眺めている感じである。
 雑木を蒸焼にして作られる、その煙はあたりの空気に溶け込んでしろじとろ上がっているのであろう。
 駘蕩たる情景に作者の心理が映し出された長閑さである。



   珍しき人来て蓬摘みにけり     坂田金太郎

 普段は訪れることのない人が、とある日に思いもかけずやってきたのである。
 近くにある小川の土手に揃って出かけられたのであろう。
 摘草は春の野遊びであるが、わけても「蓬摘み」にはうらうらとした喜びが漂うものである。
 「珍しき人」という上五の措辞からは、蓬独特の、郷愁をさそう香りがほのぼのと立ちのぼってくるようである。

   蕗の薹そばを流るる酒匂川     金太郎

 この句も、ただ「酒匂川」という固有名詞に語らせて、曰く言い難く「蕗の薹」の味わいを醸し出されている。
 酒匂川(さかわがわ)は丹沢山地から足柄平野を南下する川であるが、この固有名詞を知らなくても、字面の、「酒」「匂う」から、そこはかとなく感受するものがある筈である。
 こんな蕗の薹で、一杯飲んだら至福であろう。

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   紅梅の散って赤子のいやいやす     長谷川美知江

 紅梅の散るさなか、乳母車の中か、あるいは抱っこ赤ちゃんであろうか、ご機嫌ななめのようで、しきりに首を振っているのである。
 「赤子のいやいやす」という正直な表現が何とも愛らしい。
 紅い梅の花びらが散りかかるのは、まるで生命の讃歌のようである。
 無意識に呼応するかのような赤子の仕草が、春の明るい空間を大きく押し広げている。


   春蘭や茎嫋やかに葉は剣        河野きな子
   うらうらと風出できたり坐禅草      森田ちとせ
   また来るかこれが最後か帰る雁     吉田良銈
   姉妹しておさげ髪なり柳の芽       中園子
   マラケシュの二月の朝の小糠雨     山森小径
   鮊子に白き飯炊く夕べかな        神崎ひで子
   美容院の鏡の前の沈丁花        芳賀秀弥
   鳥の恋一声あげてまつしぐら       田淵ゆり
   初蝶の止まらんとして吹かれたる     二村結季

by masakokusa | 2017-04-08 21:32 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』・新刊書評     
   

   斬新かつ柔軟       黛 執


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   金剛をいまし日は落つ花衣

 句集名の出自をなす一句である。
 〈あとがき〉によれば、大峯あきら氏など十名ほどの晨の仲間と吉野の桜吟行の折の作。
「皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう。」と書く。
 同時に、「晨」への全幅の信頼を示す言葉でもあろう。
 
 まず感嘆させられるのは、その作品の斬新さと把握の柔軟さである。
 
   やはらかになつてきたりし踊の手
   水澄んで流るる鯉となりにけり
   さも遠くあるかに秋の雲を見る
   水鳥は水の広きに睡りけり
   釣竿に東風の当たりのありにけり

 一句目「やはらかになつて」、二句目「流るる鯉」、三句目「さも遠くあるかに」、四句目「水の広き」、五句目「東風の当たり」など、平明に徹しながら、しかも誰もができるわけではない独自性に貫かれ、詩情も豊かである。
 風景、日常身辺、心境など、作品領域も広く多岐にわたっていて、この句集の間口、奥行きを広げているが、その基本をなしているのは、写生の確かさであろう。

   船降りてすぐの大樹や秋の風
   遠足の子に手を振ってゐる子かな
   男の手ひらくや一個青胡桃
   眼が合うて笑ふ三日の見知らぬ子

 など、景の核心をずばりと抉る鋭さは、写生鍛錬を積み重ねた成果を示していよう。

   水澄みて甲斐は夕日の沁みる国

 「国民文化祭やまなし俳句大会」の前書がある。
 作者は初学期の七年ほどを「雲母」で学んでいるから、一句は、

   水澄みて四方に関ある甲斐の国   飯田龍太

 に呼応する。
 師の国「やまなし」への国褒めと、鎮魂の思いも重ねられているようだ。
 ちなみに、この作者の風景詠になべて見られる“風景抒情”とでもいうべき透明感と外光性に富んだ詩情は、この「雲母」で培われたものにちがいない。

   鎌倉の路を知りたる薄ごろも

 鎌倉の入り組んだ小路で「薄ごろも」を纏った臈たけた夫人に出会った。俗にいう、鎌倉夫人であろう。
 いかにも鎌倉らしい景を肩の力を抜いた日常的な視点で捉えていて、却って新鮮である。

   夕月にはくれんひらきかかりたる

 幻想的な美しさに溢れた一句。中七以下がひらがな表記なのも効果をあげている。

   ランプ吊るところ木の実を置くところ
   赤い目の白い兎や南風

 のメルヘン。

   笑ふたび歯の抜けてゐる真菰売
   声はおろか顔も知らざる墓洗ふ
   赤ん坊に足袋はかせたる祭かな

 などの諧謔味も捨てがたい。


(「晨」平成29年3月号 第198号所収)

☆黛執(まゆずみ・しゅう)
     平成5年「春野」創刊主宰・創刊20周年を経て現在「春野」名誉主宰
     句集「野面積」により俳人協会賞受賞 
     俳人協会名誉会員  俳人黛まどかの父
by masakokusa | 2017-04-02 23:32 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
近ごろ気になる一句 ・ 「なんぢや」2017春36号
 
    句集『金剛』より
  星屑のやうなるこれも雛の菓子      草深昌子(晨・青草)


   さくら餅、菱餅、雛あられ。雛の菓子はどれも愛らしい。
   子供の頃は雛段に飾られた菓子を見るだけでわくわくしたものだ。
   「星屑のやう」で浮かんだのは雛あられ。
   だが「やうなるこれも」といいうのだから意外性のあるものなのだろう。
   小さく繊細で美しいもの。
   金平糖や砂糖菓子、食べたことのない珍しいお菓子なのかも。
   想像するも楽しい一句。
                         (遠藤千鶴羽)

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    句集『金剛』より
 薪小屋に薪のぎゃうさん花の昼      草深昌子(晨・青草)


   「薪の沢山」でも「薪のぎっしり」でもなく、「薪のぎゃうさん」だからこそ、
   下五の「花の昼」に、読み手がふんわり包まれるのだ。
   作者は深い呼吸で捉え、ゆったりと言葉に置き変える。
   詰め込まないのは勿論、削った努力の跡も見えない。
   最初から17文字で生れ出たような自然体。
   がんばらない俳句って魅力的。
   生き方も悠々自適なのだろう、きっと。
                            (榎本享)


(平成29年3月10日 榎本享発行人 なんぢや春36号所収)
by masakokusa | 2017-04-02 21:37 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』 出版記念祝賀会
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平成29年1月29日(日)
 草深昌子句集『金剛』 出版記念祝賀会を、
 霞が関ビル35階・東海大学校友会館「望星の間」にて開いていただきました。
            
 岸本尚毅さま、岩淵喜代子さま、木村定生さま、荒井八雪さま、長島衣伊子さま、
 藤埜まさ志さま、鈴木不意さま、山岡有以子さま、ご来賓の皆様、「青草」会員の皆様、
 43名で大いに盛り上がりました。


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俳人 岸本尚毅さまにご来賓代表ご祝辞を賜りました。

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アルピスタ 塩満友紀さまの演奏は夢のように美しいひとときでした。


―この度は第三句集「金剛」のご出版心よりお祝い申しあげます。
金剛山にあたる輝かしい朝日の力を思いますー
何より嬉しいお祝電を、山本洋子先生よりいただきました。


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乾杯の音頭は木村定生さま
                          「青草」の皆さま
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  ~ ふらんす堂代表山岡喜美子様による「ふらんす堂編集日記」より~

         師への思いをこめて 

               

 昨日は、ふらんす堂より昨年第3句集『金剛』を上梓された草深昌子さんの出版記念会が霞ヶ関ビル「東海大学校友会館」にて行われた。
 担当スタッフであったPさんが出席。

 草深昌子さんが主宰をされている「青草」の会員の方々が発起人となり、草深さんとご縁の深い方々が集まって、楽しいお祝いの会が催されたのだった。
 俳人の岩淵喜代子さん、岸本尚毅さん、木村定生さんなどわたしもよく存じ上げている方々は、草深さんとは句座を共にする俳句仲間である。

(すこし長いが猛烈にして面白いご挨拶なのでそのままご紹介します)

 皆様本日はご列席頂きまして本当にありがとうございます。この霞が関35階、誠に高いところからではありますが、心より御礼を申し上げます。
 今日ご列席頂きました俳人の皆さま、句友の皆さまを前に致しまし、私って何てここまで多くの俳句の先生、俳句の皆様に恵まれて来ましたことかとつくづく幸せに思いました。それでちょっとその 一端を語らせて頂いてもいいですか、語るほどのこともないんですけれども(笑)

 私が初めて句会に参加いたしましたのはもう40年前のことです。このように春も間近な頃のことでございました。先生は飯田蛇笏の高弟で植村通草先生です。先生はいつも美しくお着物をお召しでございましたけれども、私にとりましてはとても何ていいますか、「おばあちゃん」という印象が強くありましたね。いつもおばあちゃんと思っておりました。よく思えば私の今の年齢だったんですね。
 ところが私は厚かましいことでございますけれども、自分のことを少しもおばあちゃんとは思ってないんですね。本当にあっという間に日が経ちました。十年一日の如しといいますけれど、私にとりましてはまさに四十年一日の如しというところでございます。

  早春やニコライ堂のうすみどり

 これが私の初めての俳句でございます。これを出しましたとき先生が「参った参った、もう私にはこんな俳句はできないわ」とすごくほめてくださったんですね。それですっかり俳句にはまってしまいました。でもその喜びもつかの間で、すぐその後からは出句するたびに「それがどうしたの」って言われてとても厳しくて、それで何回も泣きましたね。まだ30ぐらいの若さでしたから。とことん「それがどうしたのよ」って責めてくるんです。でも今はその厳しさを懐しく思い出されます。

 この初めて入りました「雲母」という結社は何千人も会員がいまして、飯田龍太先生が遠くはなれてお住いでしたから郵送で作品を送るだけなんですね。そうしますと、自分で「今回はうまくいった」って、すごくいいのができたと思うのは全部アウトでしたね。それでふっと見たまま感じたままを書き付けたような句がどういうわけか入選するんですね。自分のほんとうに正直なことをふっともらしたような句が。それが私は遠く離れているのにどうして飯田龍太先生は私のことがわかるんだろうってずっと何かこう、目をつけてくださっているような気がして、それが私の初学時代の飯田龍太選というものが非常に不思議でしたね。

 それから、私は「鹿火屋」に入会いたしました。「鹿火屋」は原裕先生の結社です。そこで出会いましたのが本日ご列席の岩渕喜代子先生です。岩渕喜代子先生は当時の「鹿火屋」のトップの俳人でございましたけれど、恐れ多くも、毎日毎日俳句の交換を葉書でいたしましたね。今だったらiPhoneとかでやるんでしょうけれども(笑)毎日毎日一句を葉書に書きつけて投函することもやりましたし、テーマも出して何十句何百句と競泳するというのもやりましたし、全国津々浦々吟行にいきまして、本当に切磋琢磨ということをさせていただいたんですね。俳句っていうのはただ黙ってつくるしかない、そういうことを教えて頂いたんです。黙ってつくるしかないという純粋無垢の精神を養って頂いたんですね。今以てそれを徹底して教えられています。

 それから出会いましたのが、「晨」の大峯あきら先生、山本洋子先生に出会いました。この幸せな出会いを機会に、私は俳句を一から勉強し直すことにしたんです。
 その大きな力になっていただいたのが、先ほどご挨拶をされた岸本尚毅先生でございます。私は普段「尚毅さん、尚毅さん」と呼ばせて頂いていますが、いつも心の中では最大の尊敬の念をもって「岸本尚毅先生」でございます。先生なくして今の私はございません。こういうことを初めて申し上げますけれども、尚毅さん、本当にありがたく思っております。

 岸本尚毅先生はもう20代の頃から俳壇屈指の俳人として高名の先生でいらっしゃいましたから、私が初めて句会に参加するときはドキドキしましたね。それからもう20年近く経ちますけれど、未だにドキドキというか緊張の連続ですね。慣れ合うということがないです。その割にはビールを飲んでふてぶてしいんですけれども(笑)気持ちの中では非常にドキドキしてるんですね。いつまで経っても慣れることがないです。ですから句会で先生の作品に触れるたびに驚かされますし、選者の御選があるたびに驚かされますし、俳句の醍醐味ということをそこで味わっています。

 考えてみましたら先生は長身でスマートな方ですから、「俳句の実作」というのが右足にあたるんでしょうかね。それから「俳句の鑑賞」というものが左足にあたるのでしょうか。その自然な歩き姿が俳句の鑑賞と実作というになるとおもいます。その俳句の鑑賞と実作が不可分の関係で繋がっていてああなるほどと頷かされますね。
 そこで私は、初めに申し上げました飯田龍太先生の「俳句の選の不思議」がだんだん解けてきまして、今頃になって選のありかたがようやくわかってきたように思います。これはすべて岸本尚毅先生の句会に出させて頂いておかげで、今更ながらありがたく思っております。

 それで申し遅れましたけれども、本日このような会をお作り頂いた松尾まつをさま、松尾さまは松尾家の子孫だと私は勝手に思っておりますので、松尾まつを様は、先生をしながらなおかつ私の句会「青草」に入って来て下さった方なんですね、
 そういう方を含めまして、ここにお集まりの、青草の私の教室にずっといらしてくださっている皆様に一番心から御礼を申し上げたいと思います。今になって通草先生の気持ちがわかるんですね。私は皆様の元気いっぱいの俳句に対して、「参った参った」の連続です。本当に老いている暇もなくて歳をとってる暇もなくって、いつも清新な気持ちで立ち向かわなければなりませんでした。青草の皆様にお会いすることもなければ、今日このように「金剛」という俳句出版にはいたらなかったと思います。生まれなかったとおもいます。

 「金剛」というタイトルは、金剛山のことではありますけれども、金剛石という極めて硬い石を連想するとおもいます。これも参加してくださっている方に伺っている「金剛石も磨かねば玉の光も添はざらん」というような昔の歌もあったそうです。金剛石も磨かねば光ることがないでしょう、という意味でしょうね。
 
 これからも俳句は一人ではできませんので、皆様のお力を借りまして、俳句という堅牢なるものをひたすら磨いてまいりたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

 最後にはなりますけれども、私の青草の中で、最高齢の吉田良銈様という90歳の方がいらっしゃいます。その方の年賀の1句をもってご挨拶に代えさせていただきたいと思います。
 
 青草や青いやまして草深く   良銈

 本日はどうもありがとうございました。


 会場の方々を笑わせながらもいかに俳句と真剣に取り組んできたか、溢れる情熱を以てご挨拶をされた草深昌子さんであった。

 草深昌子さま、句集『金剛』のご上梓おめでとうございます。
 心よりお祝いを申し上げます。

 鷹よりもはるけく鷹のこゑ来たる    草深昌子 『金剛』より


      (ふらんす堂代表・山岡喜美子  平成29年1月30日ふらんす堂編集日記所収)

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by masakokusa | 2017-04-02 20:23 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
昌子365日(自平成29年3月1日~至3月31日)
 
      3月31日(金)      てのひらを炭団にかへす初音かな

      3月30日(木)      長靴を履いて女の春帽子

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      3月29日(水)      大木の路地にあまりて椿かな
 
      3月28日(火)      壺焼にその一と節のよかりけり

      3月27日(月)      初音して観音開きなる戸かな
 
      3月26日(日)      永き日や曳きゆくものの音上げて

      3月25日(土)      鳶去れば鴉来たるや巣がそこに

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      3月24日(金)      長閑さに富士の裾曳きやまぬなり

      3月23日(木)      鴉鳴くほどに遠足遠退ける
                     
      3月22日(水)      春禽の鳴き止みやすく鳴きやすく

      3月21日(火)      春風の鳶を大きく見せにけり 

      3月20日(月)      尼寺の奥のどこまで竹の秋

 
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      3月19日(日)      木を伐ってはたから春の焚火かな

      3月18日(土)      一杓を立子の墓にあたたかし   
      
      3月17日(金)      人来ては甕を覗ける彼岸かな

      3月16日(木)      じやがいもか石か転がる春の芝
      
      3月15日(水)      朝寝していすゞ生家に近くゐる

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      3月14日(火)      あたたかに眼の行くところみな白き 
    
      3月13日(月)      薔薇の芽をいたるところに山手かな 
        
      3月12日(日)      おしろいをはたきもしたり青き踏む

      3月11日(土)      卒業の港を丘に見てゐたり

      3月10日(金)      何鳥か貌をみどりにかげろへる


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      3月9日(木)      マリアの眼伏せて地虫の出でにけり

      3月8日(水)      霾や文士の消えて文士村

      3月7日(火)      啓蟄の古木は苔を噴きにけり

      3月6日(月)      梅に色だるまに色や市の立つ

      3月5日(日)      春寒く金のだるまを釣られ買ひ

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      3月4日(土)      大仏の猫背を雁の帰りけり

      3月3日(金)      外套を脱いで小川を遡る    

      3月2日(木)      朝寝して一つポパイのやうな雲

      3月1日(水)      茎立の硝子に透けて書斎かな
by masakokusa | 2017-04-01 21:57 | 昌子365日 new! | Comments(0)
俳句結社「青草」のホームページ
下記URLをクリックして「青草」のホームページをご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/aokusa2017/c/5866a1c963d63753bc1fdd898ec0b750

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by masakokusa | 2017-04-01 21:35 | 俳句結社『青草』NEW! | Comments(0)
全国の秀句コレクション
 
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   炭爆ぜて初筍の焼かれけり     二村結季『青草』


 晩春、いち早く掘りあげた早生の筍である。
「炭爆ぜて」、ただそれだけで、歯当たりのよき筍の美味がいやがうえにも伝わってくる。
 ガスの火でなく、炭火であるところが原初のなつかしさ。
 「爆ぜて」のハ音、「初」のハ音もよく呼応している。まさに垂涎の初物である。
                                    (評・草深昌子)

(月刊『俳句界』2017年4月号所収・発行所 株式会社文學の森 編集人 林誠司)
by masakokusa | 2017-04-01 20:30 | 俳句結社『青草』NEW! | Comments(0)