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『俳壇』3月号 ・ 現代俳句の窓
                          
      毛 衣

                                        草深昌子
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       毛衣や三百年の松を前

       枯芝の青草勝ちに広きこと
 
       耳袋かけてお寺は素通りす

       二つ灯のついてうれしや冬座敷

       山茶花に透き通りたる硝子かな

       冬や実の草にまつくろ木にまつか

  
  (『俳壇』2017年3月号所収)
by masakokusa | 2017-02-28 23:57 | 昌子作品抄 | Comments(0)
結社誌『海程』(金子兜太主宰)より
『海程』2017年2・3月号に、
「俳誌往来」として、藤田敦子氏により、
『晨』(平成28年11月号)が紹介されています。

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『晨』平成28年11月号 第196号
代表  大峯あきら
創刊  昭和59年
発行所 奈良県吉野郡大淀町増口
師系  高濱虚子

「晨」は茨木和生氏、岩城久治氏など多くがそれぞれの結社に属する人の集まりで、
超結社の同人誌である。
哲学者でもあり僧侶でもある俳人、大峯あきら氏の「俳句は自我の詩ではなく、存在の詩である」という信念のもと創刊された。
雑詠は三氏(筆者注釈・現在は大峯あきら氏、山本洋子氏の二氏)による共選である。
また同人相互の選句、鑑賞、批評、論評が行われ、
結社では主宰でもあっても、ここでは、みな同じフイールドで俳句を語る。純粋な「句座」が存在している。

「特別作品」より
日を掬ひ掬ひ一葉の落ちにけり     平田冬か
しろじろと顎ありけり穴まどひ       草深昌子
子が眠る母の夏セーター掴み       佐保光俊
戸も窓も開きたるまま秋灯         杉田菜穂

「晨集」より
今朝秋の机の位置を少し変へ      大峯あきら
火蛾払ひつつ密猟の打合せ       茨木和生
芋の葉の露や命毛噛みくだく      岩城久治
宇治川は黒髪となる夕野分       倉橋みどり

「光芒7句」雑誌等より7句、独自の鑑賞が光る。
「俗語を正す」 山内利男
涼しげに地獄を待てり被爆牛(俳壇8月) 高野ムツオ
麦秋の夕日成人映画館(俳句8月号)   夏井いつき
鯨面にして仏顔蝉生まる(俳句9月号)  宮坂静生 

(『海程』530号2017年2・3月号所収)
by masakokusa | 2017-02-28 23:49 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
信濃毎日新聞
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  けさの一句

   寒晴や鼈甲飴は立てて売る     草深昌子

 縁日の屋台では、作っている過程が見られるものの人気が高い。鼈甲飴もそのひとつ。
 溶けた飴を型に入れてさまざまな形が作られ、鼈甲に似た黄金色の飴が整然と店先に並ぶ。
 できあがった飴を立てることで、互いにきらきらと輝き合う様子も、客の足を引き止める仕掛けと いえよう。
 ひとつひとつのぞき込めば、飴の中にはパリンと割れそうな寒の空が閉じ込められている。
                                      『晨』同人
              
                                    土肥あき子(俳人)

(2017年1月24日付け[信濃毎日新聞]1頁所収)
by masakokusa | 2017-02-24 22:51 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
『カルチャー』『青草』選後に・平成29年1月       草深昌子
「青草」並びに「セブンカルチャー」の〈1月の感銘句〉をあげます。

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   初句会べつぴんさんが揃ひけり     山森小径

 旧臘、発刊した草深昌子句集「金剛」の中の一句、〈赤子はやべつぴんさんや山桜〉を引いてくださったのであろう。
 その、拙句集へのご挨拶はもとより嬉しいが、事実、初句会の誰も彼もが、心優しいべっぴんさんであられたことに共鳴させられた。


 
   初日の出輪廻の中に我もあり     狗飼乾恵

 「輪廻の中に我もあり」なんて大きなことを言って成功するのは、この「初日の出」以外にはないであろう。
 一回きりの一句は、作者の実感にほかならない。
 読者もまたその実感に引き込まれる思いがする。まことに目出度い句である。


   東雲の寒九の水を供へけり     古館千世

 「東雲の」、ここに小休止がある。亡き人への心がほのぼのとこもっている。

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   初鴉鎮守の杜を飛び立ちぬ     石原虹子
 
 鎮守の社の境内にある森を鴉が飛び立った。
 いつも見慣れた何でもない光景であるが、それが元旦であることの目出度さ。
 俳句の心がまた一つ磨かれたような一句である。



   蔓草の通せん坊や探梅行     菊竹典祥

 蔓草は枯木に絡んで、ちょっと道をふさいでいるのであろう。
 ふと「通せん坊」という言葉が浮き出たところに、子供のような心弾みが思われる。
 これこそが、探梅という、日和佳き日の風趣である。



   数十年袖を通さぬコートかな     潮雪乃

 誰にも思い当たることでありながら、誰もこのようには詠えなかった。
 上質で捨てるには惜しいものであるが、時代後れもはなはなだしいものでもある。
 コートのあわれがふと歳月のあわれに重なってくるようである。



   冬薔薇マリアテレジアロワイアル     黒田珠水

 まりあてれじあろわいある、意味不明ながら、なんて素敵な韻律であろうか。
 舌の回らぬような、それでいて何だか高貴なるような名前の羅列。
 この淋しさの美しさこそが冬の薔薇のありようである。

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   小正月モヒカン刈りの袴かな     松尾まつを

 モヒカン刈りとは、頭部の左右を剃って、中央に一直線に髪を残した刈り上げ方をいうらしい。
 そんな若蔵が袴に威儀を正してやってきたのである。
 小正月は、満月の夜を正月として祝った古い時代の名残で、今も田舎などでは餅を搗いて祝う習慣が残っている。
 モヒカン刈りは、一見いかさま風に見えて、いかにも小正月に似つかわしいように思われるではないか。小正月のちょっとした賑わいが楽しい。


   手を振れど背ナの丸まる寒さかな       坂田金太郎
   風呂吹きや昨日のやうな一昔         佐藤昌緒
   結氷に閉ぢ込められて目高かな        石堂光子
   探梅や静まり返る田んぼ道          菊地後輪
   バス停やマスクの人に見つめられ       藤田トミ
   探梅や絹の道てふ石畳            森田ちとせ
   初詣千木より低き宵の月           眞野晃大郎
   門松や朝日のなんとやはらかき        北村たいし
   一椀の粥をいただく初薬師          河野きな子
   でんでんと太鼓の響く寒の入         神崎ひで子
   大年や蒸して煮詰めて薯の餡         二村結季
   かさご煮の小さく甘く初句会         間草蛙
   三代の振って骰子絵双六           芳賀秀弥
   角巻や包まれもして旅にあり         熊倉和茶
   初夢に忘れし人がありありと         吉田良銈
   大凧や百人の足駆り立てて          高橋まさ江
   白梅や坐して目合はす菩薩像         伊藤翠
   男手の雑煮をまづは仏壇へ          中原マー坊
   獅子舞の横断歩道渡り切る          湯川桂香
by masakokusa | 2017-02-17 22:42 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)