<   2016年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧
秀句月旦・平成28年11月

f0118324_23225113.jpg


  玉の如き小春日和を授かりし     松本たかし


 このような小春日和の名句に出会うと、これ以上の小春日和はないように思われる。
 崇高にしてつつましやかに、しかもきっぱりと言い放ってありながら、読者もまた本当にそうだなというあたたかい思いに包み込まれていくのである。

 「玉の如き」は作者の教養なくしては出てこない措辞ではあるが、同時に、ある日あるとき作者自身が理屈抜きに正直にそう感じなければ言えないものでもあろう。
 松本たかしは、明治39年能役者の長男として東京猿楽町に生まれた。病弱のため能役者にはならず、17歳より俳句をはじめ高濱虚子に師事した。
 「授かる」という敬虔さもまた松本たかしその人のようである。

 かつて、結社の主宰が「俳句は生き方です」と折にふれて言われたことが思い出される。
 初学時代、所属の句会には、一流企業を定年で終えらた方など、ご立派な紳士が多く参加されていて「まったく、それ言われるとやってられねえよ、俺たちは雑学で楽しんでるんだからさ」なんて、さんざんこぼされるのを飲み会でよく聞かされていた。
 主宰は、孤独であられたに違いない。
 松本たかしの句を読むと、今さらに主宰の言葉がよくわかる。

 ところで、虚子のホトトギス雑詠選には次のような句がある。

   踊の手さらひつつ行く街小春     小川辰弥     

 こちらは又、楽しい小春日和である。
 床の間にまつりあげた小春でなく、その辺の町筋に我知らず浮かれ出たような小春、日差しが人々の身に染み入っているところがおもしろい。

 思えば、「小春日和」というものは、人生的にみて、晩年のよき一時期のようでもある。
 かの紳士方は、30年も前のこととて多くの方々は亡くなられてしまったが、ぼやいておられたご本人こそよき生き方をされていたのだったと今頃気付かされている。
 若蔵の私に、これ読めあれ読めと次々と本を貸して下さり、貴重な古本を惜しみなく分けて下さった。どれほど恩恵をこうむったかしれない。
 「俳句の道は、さらい(復習)ながら、さらいながらどこまで遠く続いていくのでしょうか」とお伺いしたいものである。
by masakokusa | 2016-11-30 23:59 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
『カルチャー』『青草』選後に・平成28年10月       草深昌子選
「セブンカルチャー」並びに「青草」各会の〈今月の秀句〉をあげます。

f0118324_78827.jpg



   鶺鴒やじっくり話聞いとくれ    菊池後輪

 「じっくり話聞いとくれ」には驚かされた。なんと楽しいフレーズであろうか。
 フレーズが面白いから特選というわけではない。
 「鶺鴒」という季題が見事に決まっているところに唸らされる。
 鶺鴒は、石叩きとも呼ばれるように、絶えず尾を上下に動かしているかと思えば、畦道などを、ツツツツと素早く走り去ってしまう。
 こんな鶺鴒に、作者は親しく向き合って、ただ真っ正直に「じっくり話聞いとくれ」とつぶやいたまでのこと、何の外連味もない。
 後輪さんならではの無頼がうかがわれる句である。


   公園に鋏の音や冬隣     栗田白雲
 
 丹沢山塊の麓にある七沢森林公園に吟行した。
 集合した公園事務所のあたりには、職人が盛んに木々の枝を落としていた。
 その音はきっぱりとして辺りのしじまを破っていたのだった。
 木を伐っているという状況を言わず、「鋏の音」と言い切った感覚が冴えている。
 それに、「秋深む」や「冬近し」ではまだるっこい。
 「冬隣」にしてはじめて鋏の音がよく響くのである。


   七沢の右に左に残る虫       柴田博祥
 
 掲句もまた七沢森林公園のもの。
 「七沢」は固有名詞でありながら、七つの沢のあるところというイメージを一句に広げて、川の流れをそこはか感じさせるものとなっている。
 そんな七沢に、「虫の声」が聞こえたというだけでは常套だが、「残る虫」であるところに、秋も深まって、水の冷たさも伝わってくるような臨場感をもたらした。   
 か細くも衰えの感じられる声ではあるが「右に左に」と言われてみると、それなりに命を謳歌しているような逞しさも思われるものである。

f0118324_79082.jpg


    秋晴や蜂の来てゐる蜂蜜屋     佐藤昌緒

 一読、きらめくような秋晴がひろがって何とも気持ちがいい。
 ところで「蜂の来てゐる蜂蜜屋」なんて、こんな光景があるものだろうか。
 作者に伺えば果たして外国で目にしたものだという。その場所も詳しく聞いたがすっかり忘れた、もうどこであってもいい。
 夢のような美しい秋晴に静かに浸っていたいと思うばかりである。


   バス一台乗り損ねたる夜寒かな     石堂光子

 秋晴の一日をたっぷり遊んで帰ってきた最寄りの駅、ちょっとまごついているうちに、乗るべきバスに乗り遅れてしまった。
 また次のバスまで、小半時は待たねばならない、にわかにうすら寒さが身にしみる。
 秋も深まったころ、日中はあたたかくあっても、夜になると肌寒い。こんな「夜寒」の感じを、日常の一コマでもって、さりげなく詠いあげた。
 何でもないようだが、これほど読者に実感をもたらしてくれるものはない。


   玄関にどんと置かるる今年米     末澤みわ

 今年新しく収穫した米、それが今年米である。
 農家と契約して直接届けてもらったものであろうか、米どころの故郷から届いたものであろうか、ともかく「どんと」の重量感が頼もしい。
 何よりも「玄関に」がいい、新米を炊きあげたあの艶やかを、早くも期待するような喜びが、そこに響いているのである。

f0118324_794326.jpg


   小鳥来る小さき庭の小さき池     松尾まつを

 「小鳥来る」は「渡り鳥」のことであるが、渡り鳥は大群の鳥が空を渡ってゆく感じを想像させるのに対し、「小鳥来る」というと、庭木など、すぐそこに可憐に鳴き渡ってきたようなイメージをもたらす。
 掲句はまさに、「小鳥来る」景を詠いあげている。
 「小さき池の小さき池」という畳みかけは、作者の弾み心であると同時に小鳥の愛らしさを伝えてやまない。
 本当の出会いがあればこその、明るさにあふれている。


   雲多しそれでも空は高くあり    上田知代子

 厚木市も北の方に位置する鳶尾山から荻野川周辺を吟行した。
 その日は秋晴でありながら、真っ白な雲、時にはうす暗い雲が、大空狭しと広がっていた。
 あちらこちらの木に柿が熟れ、刈り取った稲が干されていた。
 色々の季題を目にしながら、作者は一人静かに自身に言い聞かせるように、
 「雲多しそれでも空は高くあり」と詠ったのである。
 川べりを歩く速度そのままに、右顧左眄しない「天高し」が爽やかである。


   秋晴や古き館の屋敷林      眞野晃大郎

 秋晴には真っ青な空のイメージがあるが、ただ晴れ晴れと青いばかりでは平板である。
 掲句の秋晴には、その陰影がくっきりと感じられ、なんだかしみじみとなつかしい。
 「古き館」のそれも「屋敷林」ともなると、鳥の声も風のさやぎや聞こえるような、奥行きをもたらしているからである。 

f0118324_7104548.jpg



   秋晴や雲居に白き光あり      森川三花

 こちらの秋晴もまた、青いばかりのものではない。
 晴れ渡った秋の空に、ただ一片の雲であろうか、その雲のあるところから、眩しくも白い光が放たれているというのである。
 「秋晴」そのものに迫って、宇宙の不思議に触れるような一句である。


   腕貫で林檎こすってから渡す     二村結季
   虫喰ひの菜っ葉ばかりや芋嵐     狗飼乾恵
   稲光ゴーヤカーテン震はしぬ     東小園まさ一
   年寄の犬に引かれて秋うらら     菊竹典祥

f0118324_7113052.jpg


   甘柿か渋柿かやと堤ゆく     間草蛙
   紅葉して碓氷峠のひなくもり     伊藤翠
   釈迦堂に龍の目光る秋の声     滝澤宜子
   前をゆく人の背丈の花芒     山森小径
   怒らせぬやうに払ふや放屁虫     坂田金太郎
   座りたきベンチに朝の露しとど     中原マー坊
   先のことつらつら思ひ柿を剥く     小幡月子

f0118324_7123396.jpg


   栗剥いて米寿の人の手に渡す     河野きな子
   薯蔓を食らへば戦後七十年     石原虹子
   うかうかと過ごして夜の寒きこと     上野春香
   草臥れて麓の蔵の新酒酌む     鈴木一父
   秋雲や鴉の鳴いて日向川     黒田珠水
   待合の椅子の堅さや秋時雨     新井芙美
   秋晴のどこを描くか写生の子     藤田若婆
   丹沢や刈田にかけて二重虹     齋藤坐禅草
by masakokusa | 2016-11-30 23:54 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
昌子365日(自平成28年10月1日~至10月31日)
      
       10月31日(月)     くさぐさの古切れ冬の用意など

 
f0118324_21231070.jpg


       10月30日(日)      木に取つて付けたるやうな茸かな

       10月29日(土)      寸胴の幹がどこにも秋の蝶

       10月28日(金)      ばつたりと会うて鵙鳴く深空かな

       10月27日(木)      鳴くほどは飛ばぬ鴉や秋深む

       10月26日(水)      夜寒さの物書く音の走りけり

f0118324_2244420.jpg
 

       10月25日(火)      いささかに重き土瓶を蒸しにけり

       10月24日(月)      生温きビール燈火の親しけれ

       10月23日(日)      登高や松のみどりが水の色

       10月22日(土)      胡麻干してここらは直に暗くなる

       10月21日(金)      蝶々の見えて遠しや藤袴

f0118324_15393526.jpg


       10月20日(木)      ローソンに会うて力士や初紅葉

       10月19日(水)      箱庭に倒けてあるものさはやかに

       10月18日(火)      この頃の命やしなふ新生姜

       10月17日(月)      榧の実の落つる館は大理石

       10月16日(日)      秋晴の鯊に当たりのなかりけり

f0118324_2265814.jpg


       10月15日(土)      朝顔のすがれそめたる簾かな

       10月14日(金)      無花果の匂ひの風に遅れたる

       10月13日(木)      秋晴や佃に小橋二つある

       10月12日(水)      詫状のことこまかくて蚯蚓鳴く

       10月11日(火)      柿熟るるどこかしらには蝶飛んで

f0118324_16493885.jpg


       10月10日(月)      川筋のどこも日当たる雁の秋

       10月9日(日)       潮風に飛ぶ大根を蒔きにけり

       10月8日(土)       人の背を抜いて芒は穂となりぬ

       10月7日(金)       鳥渡る古江はここにまた曲り

       10月6日(木)       島人の夕日に種を採つてをり

f0118324_1975376.jpg


       10月5日(水)       無花果に柵して柵に鍵をかけ

       10月4日(火)       秋風に蟻の走らぬ杭ぜなき

       10月3日(月)       稲掛けて雨降りさうな晴れさうな

       10月2日(日)       柿にまだ色のまはらぬ赤い羽根

       10月1日(土)       何やかや為止しに月を仰ぎけり
by masakokusa | 2016-11-01 23:16 | 昌子365日 new! | Comments(0)