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「青草の会」・秀句抄(平成27年5月)        草深昌子選
 
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  ビル街の人の小粋な薄暑かな       藤田若婆


 薄暑は初夏の頃の、ちょっと汗ばむような暑さをいう。
 ところが今年の五月は、真夏のような異常な暑さが続いている。そんな、とある日、若婆さんは久し振りに東京へ出てこられたのであろう。
 ビル街といえばさしずめ新宿か六本木あたりであろうか。オフイスやショッピングビルがひしめいて、行き交う人たちはみな若々しい。足早に過ぎ去る働き盛りの身なりは小ざっぱりとしている、ことに女性陣はやっぱりおしゃれだなあと思はず見惚れてしまわれたのであろう。
 むろん、街路樹の新緑は燦燦と輝いていたに違いない。
 何とも新鮮な薄暑の把握に驚かされた。雑踏にあって、すがすがしい一句に仕上げることができるとは、若婆さんこそ「小粋」そのものである。
(草句の会)


   シャーロット八十八夜のお姫様       齋藤坐禅草

 これは又とびきり垢ぬけした句である。
 およそ八十八夜の句として未だ例を見ない。
 それもそのはず、シャーロットは去る5月2日、英国のウイリアム王子とキャサリン妃の間に生まれたばかりの王女さまである。日本ではまさに八十八夜のその日であった。
   夏も近づく八十八夜
   野にも山にも若葉が茂る
   あれに見えるは茶摘みぢやないか
   あかねだすきに菅の笠
 そんな、すがすがしい季節である。
 そしてこの日に摘んだお茶を飲むと長生きすると言い伝えられている。
 はるかなる国の王女誕生を祝って、我が国のことのように「お姫様」と詠いあげたあたたかさが意表をついて光っている。
(草句の会)

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   青葦の勢ひに今日の日の暑し     間正一

 今までの吟行はすべて厚木市内であったが、今回初めて電車に乗って行こうと意気込んで、座間市の谷戸山公園へ繰り出した。
 五月一日のことである。そのリーダーが正一さん。いささかの緊張の中にあっても、平常心を失わず写生した。
 この句を読めば、コートから一気に半袖になってしまった、急激なる暑さの到来に驚かされたあの日を誰もが思い起こすことだろう。
 季重なりウンヌンは不要、青葦のもっとも青々とある日の暑さが、その日の精神の昂揚を物語っている。
(木の実)


   喉ふくれ湧水池の蛙かな     熊倉和茶

 谷戸山公園は、里山の風情に自然を満喫できる公園である。
 水鳥の池もあるが、ここは湧水が小さな池をつくっているところである。浮葉の隙間のぞき込んでみると蛙が喉を一杯に膨らませていた。
 ギャッギャッであろうか、コロコロであろうか、蛙が鳴くというだけでなく、その喉を見届けたところが作者の旺盛なる観察力である。
 小さな蛙の力限りの声は、湧水の力強さでもある。
(木の実)
 

   葦原の中に黄色のあやめかな     芳賀秀弥

 目にも鮮やかな黄あやめが、真っ青な葦原の中にあってひときわ目立っている。何て美しい色彩であろうか。
 作者の捉えた強烈なる印象をそのまま詠いあげてゆるぎない。
 俳句は上手に作ろうとしたら、失敗する。
 はっとしたら、はっとしたままを正直に詠う、そこが俳句の妙味である。
(木の実)

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   湧水の流るる谷や夏に入る     中澤翔風

 さりげなくも堂々たる句である。
 「夏に入る」が見事に決まっている。
 谷戸山公園を歩いて、何やかやさまざまを見届けて、そこで「湧水の流るる谷や」と簡潔明瞭に総括することは、できそうでできないことである。
 ザクッと詠いあげて成功した。
(木の実)


   画眉鳥の息継ぎもなし夏はじめ    湯川桂香

 数年前の五月、傷心の思いで生田緑地を歩いていたとき、ふと鳥に呼び止められて、その玲瓏たる声で、ひっきりなしに語りかけられて、どれほど慰められたことであろうか。同行の句友が、喧しいと言い、暑苦しいと言ったこともよく覚えている。
 鶯のようで鶯でなく、三光鳥のようで三光鳥でなく、間髪を容れずにいろいろの鳥の声を真似るこの鳥が画眉鳥と言う名であることをその時教えてもらった。
 中国あたりからやってきた外来種で、かつては飼われていたものが籠脱けして今や大自然を謳歌しているものらしい。
 思い出の画眉鳥の一句に出会って、あらためて初夏のよき気分を堪能させてもらった。
 作者もきっと、その旺盛なる声を楽しまれているのだろう、そして夏到来の元気を貰われたに違いない。
 季語が落ち着いている。
(木の実)


   蚯蚓押し遣り馬鈴薯を植うるなり     菊竹典祥

 馬鈴薯を植える作業を垣間見たことはあっても、体験はない。だが掲句を読むと、直に畑の土に植える、その匂いと共に、生き生きとした手元の感触までもが、あきらかに見えるようである。
 啓蟄も過ぎたころとなれば蚯蚓などもしきりにうごめくのであろう、それを投げ捨てるのではなく、「押し遣り」という心のこもった丁寧な作業には、単に薯を植えるというだけでなく、生きてある森羅万象の命を慈しむという態度が図らずも滲み出ている。
 作者は御齢87歳。戦争を知る作者の、ものを育てる心情の深さをただ尊く思うばかりである。
(青葡萄)


   夜半の春いつかは死ぬる百一歳     潮雪乃

 異色の句である。
 人の死は自明の理ながら、「いつかは死ぬる」などと言って憚らないのは「百一歳」ならばこそであろう。
 やがて天寿を全うする、その生涯を思い浮かべるのは「夜半の春」以外にないように思われる。
 水蒸気をたっぷり含んだ朧なる暗闇は、どこかしら艶なるものが漂っているのである。
 (青葡萄)

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   牡丹咲き極むるときの気迫かな     中園子
 
 牡丹はまさに百花の王と呼ばれるにふさわしい豪奢な花であることを、再認識させられるような句である。
 今まさに、大輪の花びらを幾重にも開ききるとき、何ものにも屈せず立ち向かっていく強い精神力、その気迫こそが、かくも艶麗なるさまそのものであるのだと直感した。
 そんな牡丹ならばこそ、崩れるような散り際の哀れもまた深いのである。
(青葡萄)


   白き羽根繕ふ鷺や花曇       佐藤昌緒

 桜の花は咲きながら、あたりはなんだかどんよりとして、薄い霧をまとったように、曇っている。
 そんな日本独特の桜の咲く頃の季節現象にあって、白鷺がその白い羽根を繕っているというのである。
 白鷺の形態は当たり前のようであるが、読み下して「花曇」とくると、あらためて花曇という、美しくも翳りをもった情趣をたっぷりと見せてくれるものである。
(青葡萄)

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   醍醐寺の落花ひとひら手にをさむ      石堂光子

 京都の醍醐寺は太閤豊臣秀吉がその贅をつくした「醍醐の花見」を行ったことから、「花の醍醐」として知られている。
 大しだれ桜の落花一片であろうか、手のひらに受けて、その一片を軽く握りしめられたのであろう。
 作者の何かしらを回顧するようなしみじみとした思いまでもが伝わってくるような美しい句である。
 何でもないようだが、固有名詞を最大限に生かして、大らかに静かに詠いあげられたのは、作者その人の品性の投影のように思われる。
(青葡萄)


   蘗を伐らねばならぬ鋏かな     小幡月子

 蘗は春、樹木の切株や根元から萌え出る強い新芽のことである。
 名前は「孫(ひこ)生え」に由来するという。
 これがまた生い茂ると庭木の妨げになるというので、生き生きとした命ある枝ではあるが、やむを得ず伐らねばならない。
 鋏を手に取ったまま、なかなか思い切れないさまが「鋏かな」によく出ている。
 情でもって詠いあげながら、蘗の姿がよく見えるように仕立てられている。
(青葡萄)


    お持たせの宴たけなはや花曇     福山れい子

 お友達あるいは親戚一同であろうか、気の置けないもの同士が、寄り集まって花見の宴を開いたのであろう。
 色とりどりのご馳走は、それぞれが手ずから持ち寄った料理や菓子など、「お持たせ」であることがこの宴会をいっそう親しみ深く賑やかに盛り上げている。
 ささやかな幸せが、しっとりとして暖かい花曇の情感そのものに溶け込んでいる。
(青葡萄)


   若白髪嘆く十九や花曇     常世いよこ

 「花曇」の兼題はさまざまに詠われたが、この句はまた何と意外性に満ちたユニークな句であろうか。
 女が先ず老化を意識させられるのは白髪であるが、何と19歳といううら若き女性にして、早くも白髪の二筋三筋があらわれはじめたというのである。
 これを嘆かずして何としようか。
 いよこさんのお孫さんのことかもしれない。
 愛らしい嘆きを、余裕をもって包み込んでいる愛情が、曇りながらも明るい花曇の情感によく象徴されている。
(青葡萄)

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   永き日の障子を透かす日差しかな     大塚眞女

 短かった冬の日が、春も深くなってめっきり日が長く伸びたこと感じさせられることがある、これが「日永」「永き日」という春の季題である。
 芝不器男の〈永き日のにはとり柵を越えにけり〉は、初学時代から忘れられない我が愛誦句である。
 だが、そんな名句とは、又大きく違った「永き日」の感慨に出会って、ガツンと打たれた、これぞ永き日ではないか。
 何と落ち着いてしみじみと日永を自身のものとして、明らかに実感しておられることであろうか。
 まさに手垢のつかない、新鮮そのものの句である。
 俳句を始められたばかりの眞女さんから、「初心忘るべからず」を教えられた。
(草原)
 

  
by masakokusa | 2015-05-31 23:55 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
昌子365日(自平成27年5月1日~至5月31日)
 
      5月31日(日)        飛行機のやうに鳥飛ぶ茂りかな

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      5月30日(土)        夏野今亭午の鐘のわたりけり

      5月29日(金)         一つ池うちかこみたる夏木かな

      5月28日(木)        黐咲いて女の指図ことこまか
 
      5月27日(水)        長谷寺のかかりの肉屋朝ぐもり

      5月26日(火)        睡蓮の野原に咲いてゐる如し

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      5月25日(月)        石段に鉄の手摺や蠅の飛ぶ

      5月24日(日)        軽鳧の子の泥の色してまぎれざる

      5月23日(土)        代掻くや鳥も蛙も啼きに啼き
            
      5月22日(金)        村の名を寺家(じけ)てふ初ほととぎすかな
 
      5月21日(木)        夫の忌に会うて軽鳧の子十三羽      

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       5月20日(水)       大仰な莢こそよけれはじき豆

       5月19日(火)       軍艦の見ゆる白薔薇濃く匂ふ

       5月18日(月)       サングラス掛けて御堂は水に浮く
  
       5月17日(日)       花樗茶屋のさびれに仰ぎたり
 
       5月16日(土)       うすごろも祭をそれて行きにけり

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       5月15日(金)       眼が合うて葵祭の馬であり

       5月14日(木)       えごの花こぼるる画架を立てにけり

       5月13日(水)       電灯はもとより暗き黴の宿
    
       5月12日(火)       しろがねにこがねに日傘かたむきぬ 

       5月11日(月)       水兵に見惚れてゐたる新樹かな     

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        5月10日(日)      日輪の弾けて泉湧きやまぬ
    
        5月9日(土)       ちよんまげの男来たれる鯉幟
 
        5月8日(金)       スリッパに廊下を擦つて涼しかり
        
        5月7日(木)       大勢の林のこゑの薄暑かな
     
        5月6日(水)       夏立つや欅の幹を一と叩き

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        5月5日(火)       暗き木のうちまじりたる新樹かな

        5月4日(月)       若葉から降りくるもののただよへる

        5月3日(日)       早々と八幡宮の桐咲けり

        5月2日(土)       ふらここに乗って自由の身とおもふ

        5月1日(金)       白旗を池にめぐらす五月かな      
by masakokusa | 2015-05-31 23:35 | 昌子365日 new! | Comments(2)
秀句月旦・平成27年5月
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   母の日や子を哭く母が街をゆく       及川貞

 母の日は母に感謝を捧げる日である。
 今はどうであろうか、私たちの子供時代は、母亡き子は白いカーネーション、母のいる子は赤いカーネーションを胸に飾ったりした。
 母の日の母は、「子は宝」という思いをかみしめる日でもあろう。
 ところが掲句は、その子どもが亡くなっていないのである。
 戦争で亡くしたと聞いているが、「哭く」という字がその慟哭を物語っている。
 自身の悲しみを客観視し、突き放して前を向いて歩いてゆく母である。
 及川貞は、次のようにも詠っている。

   母の日や卒寿の胸に今も母   貞

 貞は95歳まで生きた。
 孤独に負けない女の生き方は母譲りのものであったのだろう。

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   夏嵐机上の白紙飛び尽す      正岡子規
 
 ときに、「青嵐机上の白紙飛び尽す」と間違って覚えられたりするが、この句はまぎれもなく「夏嵐」である。
 夏に吹く風は、「薫風」「青嵐」「南風」というような季語に使い分けて詠われることが多いが、「夏嵐」には何の脚色もなく、ごく普通の夏の風、それも相当荒々しいものであるというだけのところが、颯爽としている。
 青嵐では白紙が何か薄青く感じられるが、夏嵐であれば「白紙飛び尽す」という一陣の風の爽快感がいっそう引き立つのである。

 子規は子供のころから半紙にものを書くことが好きで、昔から半紙はよく使いよりましたと母堂が語っておられる。
 子規が俳句分類を始めたころには、改良半紙を綴じた稿本が山と積まれて机も体も埋るほどであったという。
 掲句は明治29年のもの、生涯を書いて書いて書き尽した子規、子規ならではの日常の一齣である。
 若々しく健康そのものの俳句であるが、この時期すでに病気であったことを思うと、いまさらに子規の俳句の力強さに驚かされる。
by masakokusa | 2015-05-31 20:40 | 秀句月旦(3) | Comments(0)