<   2015年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧
昌子365日(自平成27年1月1日~至1月31日)
 
f0118324_21392745.jpg


     1月31日(土)      バスの揺れやすき三寒四温かな

     1月30日(金)      松原に霰散り敷く日なりけり

     1月29日(木)      水べりに旧正月の松傾ぐ

     1月28日(水)      長谷寺の筧に春のいや近し

     1月27日(火)      進み出て暖炉にあたらせてもらふ

f0118324_21301858.jpg


  
     1月26日(月)      林とも森ともつかず着ぶくれて     

     1月25日(日)      犬痩せて猫肥りをり冬木立

     1月24日(土)      川筋をつひぞそらさぬ都鳥

     1月23日(金)      悴んで鳥の骸を見てしまふ

     1月22日(木)      頭巾きて芳梅亭に入りにけり

f0118324_10543179.jpg
 

     1月21日(水)      春待たる屋上にして造庭

     1月20日(火)     鉞をねかせて日脚伸びにけり

     1月19日(月)     海低く観音高く寒晴るる

     1月18日(日)     寒桜蕊の勢ひにひらきたり

     1月17日(土)     蠅となく蜂となく寒日和かな

f0118324_21285561.jpg

          
     1月16日(金)     着ぶくれて起立して海はるかなり    

     1月15日(木)     放水の虹をあげたる小正月

     1月14日(水)     探梅のロマンスカーに乗りもして

     1月13日(火)     松葉杖肩にかけゆく寒夕焼

     1月12日(月)     寒九郎花屋に人を待ってをり

f0118324_1914223.jpg

 
                    悼 綾部仁喜先生
     1月11日(日)     寒木に金の夕日の揺らがざる

 
f0118324_226537.jpg


     1月10日(土)     竹藪を黄色に青に日脚伸ぶ

     1月9日(金)      大山の寒夕焼にかたぶきぬ

     1月8日(木)      寒禽の空に弾みをつけてをり

     1月7日(水)      広つぱをよぎるや御慶申すべく

     1月6日(火)      褞袍著てもの書く紙の黄ばみたり

f0118324_2335782.jpg


     1月5日(月)      あらたまの傾ぎにかしぐ古木かな

     1月4日(日)      泣初のはばかりもなき喉ちんこ

     1月3日(土)      氷上に鳥の小さく降り立ちぬ

     1月2日(金)      初富士やこよろぎの磯真つ青な

     1月1日(木)      去年今年水を打ちたる水の音


  
   あけましておめでとうございます。

  いつも『昌子のページ』をお開きくださって、有難うございます。
  今年もどうぞよろしくお願いいたします。



        

          
by masakokusa | 2015-01-31 23:31 | 昌子365日 new! | Comments(5)
秀句月旦・平成27年1月
 
f0118324_13191081.jpg
  

   はつゆめの半ばを過ぎて出雲かな       原裕


 原裕と言えば、この一句が口誦される。
 俳人原裕にとって会心の一句であったのだろう、第四句集『出雲』(昭和62年刊行)のタイトルは、この句から採られている。
 原裕は、昭和26年原石鼎の通夜の席上で、原家養子に迎えられた門弟である。
 この時はまだ21歳の若さ、やがて44歳で鹿火屋主宰を継承、後年『原石鼎全句集』刊行など石鼎生誕百周年事業も完遂、自身の句業も深まりつつあるさなか、69歳で逝去。
 出雲は石鼎生誕の地であるから、もとよりなつかしいが、日本風土学会において探究心旺盛であった原裕にとって古代大国主命に関わる神々の風土への思いには、いよいよ深いものがあったことだろう。
 それやこれやを思えば、この初夢は夢と言うより現(うつつ)に近いような肌触りをかもしだしてくるものである。まぎれもなく作者にとって吉夢であった。

 原裕はわが俳句の師。今年は早や、17回忌であろうか。
 先生にこのような初夢の潔さ、瑞々しさ、喜ばしさがあったことを、今は切なくもほのぼのと思い返すばかりである。


   繭玉に寝がての腕あげにけり       芝不器男

 繭玉は、小正月の飾り物。柳や榎の枝にたくさんの餅や団子を付けたもので、繭の豊収を祈願してはじめられたものだという。
 餅は、赤や緑に彩色してあり、見るからに新春の明るさが感じられるものである。
 そんな繭玉に寝られぬ腕をふとあげて触ろうとしたというのである。
 繭玉が、空間にぽっと明らむような、愛おしい句である。
 「イネガテノウデ」と読んでいたが、作者は「ネガテノカイナ」と読んだそうだ。
 『不器男の一句』は、不器男と交友のあった郷里の俳人山下三年が綴ったものであるが、ここには、不器男が極度の不眠に悩まされていて、通り一遍の不眠倦怠ではなかった、とある。
 ゆえに、焦燥やるかたない心情で、やり場の無い腕を無意識にあげるとその上に繭玉があった、つまり繭玉に先に意識をおいたわけではない、心象が先行するように感じられてならないと書かれている。
 なるほど、そういうつらい状況で生まれた一句かと察するものの、それを知っても、なお、掲句には香気が感じられてならない。
by masakokusa | 2015-01-31 08:59 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
「青草の会」・秀句抄(平成27年1月)        草深昌子選
 
f0118324_10283888.jpg



   若人の力を借りる二日かな      平野翠

 一読して、一句を貫いている声調の力強さが、めでたくも気持ちよく響いてくるものである。
 「二日」は言うまでもなく1月2日。
 元日は、色々しきたりもあって、一種独特の緊張感に満たされるが、そんな心の張りが、2日にはふとほぐれて、ほっとした気分になる。
 そんな2日を、「若人の力を借りる」と言い切った作者の素直さが光っている。
 高齢の身に、このような2日があることを共に喜びたい気持ちで迷わず特選に選んだが、後でこの作者が、昨年骨折をされて、ようやく旧臘に退院された翠さんであることを知って、いっそう頼もしく思われた。
(花野会)


   重箱の中の手直し二日かな      山森小径

 こちらの作者は、年末から相当かいがいしく働いて、ばっちり重詰料理も仕上げられたのであろう。
 元旦は、お重のあれやこれやの縁起物に舌鼓を打って、賑々しくいただかれたであろうことがおのずから想像されるものである。
 そこで、早や二日には、かなり減ってしまった海老や数の子の透き間を正すのであるが、「手直し」という、ちょっとくだけた物言いが、あたたかな幸せを感じさせてくれる。
 健康そのものの二日礼賛である。
(木の実)

 
   ひらがなの読めぬ子の取る歌留多かな      大本華女

 「いろはがるた」であろうか「歌かるた」であろうか、いずれにしても、まだ学齢に達しない、ひらがなも読めない子が「ハイッ!」とばかり、イッチョマエに大きな声をあげて、しっかり取るのである。
 歌留多会の面々はそのたびに、驚きと笑いにどよめくのであろう。
 絵で取るのであろうか、反応の早さであろうか、幼な子の勘というものが、お正月そのものの瑞々しさを象徴しているようである。
 聞けば2歳の孫だという、とびきりお若い華女さんの幸せの瞬間を見せていただいた。
(木の実) 

f0118324_1035273.jpg



   畑のもの七草粥に三品ほど      二村幸子

 正月7日の粥に七種の菜を入れていただく風習は、今も盛んである。ちなみに、七種は芹、薺、御形、はこべら、仏の座、すずな、すずしろが一般的である。
 さて、作者は日頃から家庭菜園に精を出されているから、この時とばかり、新鮮そのものの菜を引き抜かれたのだろう。七つにあらぬ「三品ほど」が風趣。
 この軽妙な表現の裏には、その辺のコンビニやスーパーマーケットで調達したものではない、ささやかにも誇らしげな喜びがうかがわれる。
 「俳句は器量」と言う通り、俳句には俳句以外の実人生で磨かれたものが反映するのである。
 この句など、まさに日常の耕しがあればこその清々しさである。
(花野会)


   一月や雀の体まるきこと      湯川桂香

 日常身辺のどこにでも棲んでいる雀だが、正月は「初雀」などとあらたまった気持ちに見つめられる。又、厳寒のころは「寒雀」と呼ばれ、羽毛を大きくふくらますから「ふくら雀」などと可憐に詠われもする。
 だが作者は、そんな雀の季題に一切こだわらないで、大胆にも「一月や」と切り出して、まん丸くなった雀への驚きを、そのまま親愛の情をもって詠いあげられたのである。  
 簡潔明瞭な一句の短さが、一月という、どこかそっけない、味付けをしない事象の季題によくかなっている。
 この作者のものを見る眼は、不思議にいつも初々しい。
(木の実)


   この場所も星の一つよ寒の月     芳賀秀弥

 今年の寒月はことのほか、神々しかった。まこと冴え冴えとしてありながら、その美しさがよそよそしくなく、どこかこの世に近い感じに仰がれるものであった。
 思わず作者も、地球という小さな惑星が、寒月に呼応して瞬きあっているような感覚に陥られたのであろう。
 いま自分が立っているここも星の一つであるという認識が生まれた。
 俳句は細部に目を凝らし、ありのままに写生することが好ましい。この作者もいつも丁寧な写生を怠らなかった人である。
 そういう態度を続けていると、ある時ふっと、これぐらい大らかに写生することが出来るのだという証のような句である。
 もっとも普段から、宇宙の不思議を心にとめていなければならない。
(木の実)

f0118324_10353650.jpg







   
by masakokusa | 2015-01-30 19:57 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)