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大峯あきら句集『短夜』管見               草深昌子
 

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       窮極のやさしさ
 

 『短夜』を読んで、シーンと自分が自分でないような気分になり、思わず裏道へとび出すと、あてもなく歩き続けた。
 一体あれは何だったのだろう。
 俳句は素っぴんが一番と教えていただいた、ならば文章もそうありたいと机に向かって、はたと気付かされた。素っぴんを読んでもらうことほど難しいことはないのである。
 思えば、大峯あきら句集こそ、化粧のケもない、ぴかぴかの素顔でもって、えも言われぬ感動を与えてくださるものであった。
 「本当に感じたことを素直に」という詩の源泉をここに具現され、なお強靭なる詩情をあきらかにされた世界が『短夜』である。

   涼風のとめどもなくて淋しけれ
   昼ごろに一人通りし深雪かな
   草枯れて地球あまねく日が当り

 はるかなる時空が何とリアルに、季題のそこに在ることだろう、ため息をつくばかりである。
 作者の直感はすでにして深遠である。
 先を行く人の孤独を思わないではおれないが、いつもにこにこと迎え入れてくださる。
  
   朝顔や仕事はかどる古机
   秋風は太平洋の上を吹く
   短夜の雨音にとり巻かれたる

 考える肘でもって磨きに磨かれて、なお踏ん張っている古机。
 朝顔はその表情を一閃に輝かせる。
 〈花野よく見えてゲーテの机かな〉、ゲーテの机とあきらの机は古くて新しい。

 広大無辺を吹きゆく秋風の何と無常であろうか。
 それでも、清涼の白波はひそかにも華やいでいる。宇宙からものを見る眼が「上を吹く」の措辞を生み出すのだろう。
 具象を超えて、余白の多い抽象画を見るようである。

 雨音は闇に反響して、まるで虚空に投げ出されたかのように淋しい。だが、その音はいつしか魂の息遣いのように思われて、安堵の念に包み込まれていくのである。
 宇宙の力に貫かれて生きる、短夜の安らぎが頼もしい。

   いつまでも花のうしろにある日かな

 花どきの、暮れようとして暮れない遅日のいっとき。
 永遠を今に引き伸ばして見るような、圧巻の絵巻である。「いつまでも」とは何とやさしい呼びかけであろうか。
 私事だが夫は生前、俳人大峯あきらが好きだった。
 この句を知ったら、あの日のように空を見上げて「いいねえ」って目を細めるだろう。そう思った瞬間に、花は私の命、日は夫、仏様の命とともにあるのだと感じ入った。

 先生はよく歩かれる。
 季節の刻々の変化が我が身のそれとなるまでどっぷりと風景に溶け込まれる。
 言葉が歩き、言葉が考えている、言葉それ自体が大峯あきらをしているとしか言いようがない。
 まさに、池田晶子の言う、「詩人とはことばと宇宙とが直結していることを本能的に察知している者」なのである。

 先の記念大会で大峯先生は、言葉に掴まれる瞬間は誰にでもやってくると力強く宣言して下さったことを忘れない。何と謙虚であろうか。
 そんな詩人の窮極のやさしさが『短夜』の一字一句からダイナミックに立ちのぼってくる。
 読むほどにうっとりするのはそのせいであろう。

(平成27年1月号「晨」所収)
by masakokusa | 2014-12-31 23:59 | 俳論・鑑賞(2) | Comments(0)
昌子365日(自平成26年12月1日~至12月31日)
      12月31日(水)      月明のさだかに年の移るなり

 
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      12月30日(火)      炭焼の煙のかよふ古暦

      12月29日(月)      ちやんちやんこ何かにつけて笑ひけり

      12月28日(日)      松が枝と松が枝の間や冬三日月

      12月27日(土)      寒禽の嘴を鳴らせる羽繕ひ

      12月26日(金)      帰り咲く花のほどにも恋心

 
   
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      12月25日(木)      公園に昼飯メリークリスマス

      12月24日(水)      教会に来たれるマスク大振りに

      12月23日(火)      猿の世に人の世にある冬日向

      12月22日(月)      父の忌の冬至風呂とはなりにけり

      12月21日(日)      セーターの真紅と紫紺となりあふ

  
    
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      12月20日(土)      冬麗の頭叩いて子を数ふ 

      12月19日(金)      不忍池や高飛ぶ寒鴉

      12月18日(木)      唐門に金を尽くせる氷かな

      12月17日(水)      マスクして泣くがごとくに笑ひけり 

      12月16日(火)      大いなるつばさの飛ぶや十二月


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      12月15日(月)      忘年の出版祝とはなりぬ

      12月14日(日)      長きもの担ぐ庭師や年詰まる

      12月13日(土)      荒垣の内や外なる実万両

      12月12日(金)      観音のひねり腰めく枯木かな

      12月11日(木)      忘年の寺の蘇鉄のつやめける

 
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      12月10日(水)     冬木立一つ男の咳払ひ

      12月9日(火)      石坂のどこまで上り漱石忌

      12月8日(月)      たましひのいま真つ白にある障子

      12月7日(日)      手を振つてこたふる日向ぼこりかな

      12月6日(土)      稀人を待つ間の落葉焚きにけり


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      12月5日(金)       妻恋ひの小夜千鳥とは知らざりし

      12月4日(木)       角巻の内になにやら背負ひたる

      12月3日(水)       お取越夜更けて風の鳴りにけり

      12月2日(火)       報恩講露塵ほども疑はず

      12月1日(月)       半月の下りてきさうなお取越
by masakokusa | 2014-12-31 23:50 | 昌子365日 new! | Comments(0)
原石鼎俳句鑑賞・平成26年12月
  
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   こち向き浮く鳥ややにこち向き浮寝鳥      原石鼎   大正6年  


 何とも読みにくい句である。
 だが、もう一度読み直してみると、「本当にそうだなあ~」と、一人微笑んでしまう。

 大山の麓、わが家からの散歩圏には、水鳥の棲んでいる池や川があちこちにあって、句作りに最適だが、今しがた出会った浮寝鳥の姿は、石鼎の一句にばっちりはまってしまって、他に何も言うことがなくなった、お手上げである。
 午後二時過ぎであったが、その日射しはまるで夕日のように、水面に染み入るようにあかあかとしていた。鴨たちは、即かず離れず、少しずつ向きを変えながら水に浮いているのだった。
 浮寝鳥と作者は共に黙りこくってありながら、心の通いが微妙に伝わってくる。
 絵にすれば幾何学的なものに、またモノトーンの映像にもなりそうではあるが、絵にも映像にもならない空気感が読み手の想像力を刺激してくれる。

 「コチムキウクトリヤヤニコチムキ」と、遅々としたもの言い、ついには口ごもってしまいそうな、唇を小さく付き出したまま停滞してしまう感じがそのまま浮寝鳥のそれなのである。
 一字一句に、ぬきさしならぬ石鼎の本当があって、それを何の臆面もなく表現できる、それが浮寝鳥というものの本質に迫ってくるあたり、何とも天真爛漫である。

 石鼎には、

   雪に来て美事な鳥のだまり居る      昭和8年

 等、押しも押されもせぬ鳥の句が多々ある中で、「浮寝鳥」の如き、見事ならざる鳥の姿もまたみごとに活写するのが、凄ワザと言おうか。
 鳥は、花のようにじっとしていないので詠い上げるのは難しい。
 鳥の色かたちはもとより、その習性もよく知らずして安易に鳥を詠うのはどうかという飯田龍太の声も聞こえてくるのだが、石鼎はやはりよく鳥を観察していて、一句における鳥のおさめ方が決まっている。

 その代表的なものに、

   鶲来て色つくりたる枯木かな      大正6年

 がある。
 一読、殺風景な枯木に鮮やかな色がぱっと灯るのだが、さて鶲とはどんな鳥だったかしら、と後で思う。
 知識のないものにまで、瞬時に感銘を与えてくれるのも石鼎ならではである。
by masakokusa | 2014-12-31 23:10 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
秀句月旦・平成26年12月
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    雪ふりや棟の白猫声ばかり       正岡子規

 雪の降る日、棟にいる白猫はじっとそこに鳴きどおしだという。
 白猫というからには子規に猫は見えているのだろう。黒猫でも三毛猫でもなく雪の白さに同化するような白猫がいとおしい。
 子規の生涯の作句数は23600余句、その最初の19歳の作品。中学を退学し、16歳で上京、大学予備門に学んでいたころのもの。
 まだ俳句に本腰を入れていないが、「声ばかり」というあたりは、すでに普通ではない。
 宮坂静生著『子規秀句考』の巻頭にあり、「一句は猫の声をじっと聴き、働いているのは聴覚である。猫の姿を見ているわけではないであろう。すると、白猫のイメージはあらかじめ用意されたものか。」と書かれている。


     松山の城を見下ろす寒さ哉       正岡子規

 明治22年12月、上野の蕎麦屋「無極庵」で松山会が開かれ、子規は松山人の性質について演説し、東京と松山の比較表を読み上げたという。
 子規は中学の頃から、政治家志望であって、演説好きであったというから、この時の意気揚々が思われる。
 掲句は、ここで一句とばかり、演説の間にはさまれたものであってもおかしくないが、実際は明治32年の作品。
 先の雪の句同様、松山城を見下ろすという空間のとりかたもさすがで、寒さの実感が伝わってくるような雰囲気を醸し出している。
 ちなみに先日、上野で忘年句会を開いたが、この「無極」という蕎麦屋の跡形でもあれば訪れてみたかったが、明治時代にすでに廃業になったようである。
 無極庵は、「料理の値ははなはだ廉にして」、扁額には大久保彦左衛門の筆による「無極」がかかっていたという。


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     北風に鍋焼饂飩呼びかけたり       正岡子規

 ~ある日の事なりき 寒風指を落すほどに寒く身体も縮まりて動く能はざるほどの夜に同級生数人と二重の柵をなんなくこえて表に出づれば はや夜は三更に近く家々の窓に光りなくただ犬の声わんわんと遠方に聞こゆ、それより一町ばかり行きて小川町の勧工場の裏手に至れば 折もよし鍋焼き饂飩にあひたれば天の与へと喜びて ニ、三杯づつの饂飩をふきながらフーッツルツルフーッツルツルフーッフーッツルツルザブザブとくひ終りて、ああうまし ああさむしといひながら、小川町にいづれば店は皆戸をおろし。~
 子規が、学生として寄宿舎にありし日のころのことが、「筆まかせ」に記述されている。
 またとある夜のこと、子規と二人の学友が、鍋焼きうどんを、各自8杯ずつ食べてまだ足らず、もう一杯注文したところうどん屋は衛生にわるいと訓戒して去ったというエピソードもある。
 掲句は明治30年、若き日を回顧した作品であるが、それにしても「呼びかけたり」は言えそうで言えない。字余りも無意識のように置かれてある。
 北風の強さに打ち消されぬ、北風に分け入っていくような「呼びかけたり」である。
 同じ明治30年に、

     豆腐屋の来ぬ日はあれど納豆売       子規

 がある。
 病床にあって子規は、現実の納豆売の声に耳を澄まし、若き日のチャルメラの音をも心に聞きとめていた、そしてその哀歓をすかさず詠いあげたのである。

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     フランスの一輪ざしや冬の薔薇       正岡子規

 寒々とした中に、一閃の明るさがフランスの一輪挿しであり、すなわち冬の薔薇である。
 一読身の引き締まるような感覚が何とも瀟洒である。
 現代俳人の一句としても抜群であろうが、時はまだ鍋焼きうどんの句と同じ明治30年のもの、驚くべき先取の句である。
 多分細長い首の、透き通ったフランス製一輪挿しであろう、冬薔薇以外の何物を挿しても似つかわしくないように思われる。フランスと冬の「ふ」の頭韻も清々しい。
 子規が「フランス」と言うとき、フランスはもう一足飛びに彼の胸中にあるのであろう。
 たとえ行ったことのないフランスであっても、加藤拓川の留学や、読書から会得されてあるもののフランスへのあこがれが凝縮された上での「フランス」の表記である。
 そこにフランス製の一輪ざしがあったところで、子規でなければ冬の薔薇をかくも香らせることは出来なかったものではないだろうか。
by masakokusa | 2014-12-31 21:59 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
「青草の会」・秀句抄(平成26年12月)       草深昌子選
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   木の枝に子はセーターを引っ掛けて       森川三花

 かつて、「子供は風の子」であった。
 今はどうであろうか、この句を見る限り、今も元気溌溂たる子供の姿が言外に浮かび上がってくる。
 風邪をひかないでという親の心配をよそに子供はみな薄着でサッカーや鬼ごっこに余念がないのである。
 「セーター」の例句と言えば、〈セーターに枯葉一片旅さむし〉、〈老いぬれば夫婦別なきスエタかな〉、〈ふりかぶり着てセーターの胸となる〉、など、皆身につけているものであるが、掲句は、脱がれたセーターである。
 俳句に懲り固まった感性からはこのような斬新な句は生まれない。
 俳句そのものが健やかである。
(草句の会)


   手作りの味噌を土産に冬田道       眞野晃大郎

 文字通り、味わいの深い句である。
 手作りの味噌を土産に、どこへ急ぐのであろうか、いや冬日の中を鼻唄でも歌いながら行くのであろうか。
 誰のもとへ行くのであろうか、友人であろうか、老いた母親であろうか。
 何やかやと読者に想像をさそいかける。もとより、包み込まれた味噌ではあるが、その匂いさえもがただよってきそうである。
 冬田道という、忘れ去られたようなところに、一抹の情趣が加えられたことによって、その蕭条がかえってクローズアップされるのである。
(草句の会)


   短日のうたたね覚めて仄暗し       藤田若婆

 寒さからもたらされる疲労もあって、炬燵の中で、うたた寝をしてしまったのであろう。ふと目覚めてみると、もうあたりはうっすらと暗くなっていたというのである。
 およそ類想のない、作者独自の実感が捉えた「短日」である。いかにも夕昏れの早い侘びしさが、「仄暗し」に正直にも的確に言い切れている。
 〈物指で背なかくことも日短  高濱虚子〉にも似て、さりげないところが見事である。
(草句の会)
  
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   短日の野良へ運びし小昼かな       二村幸子

 冬菜畠で精出している人のところへおやつを運んだのであろう。
 昼は日が結構強く当っていても、慌ただしくも日は落ちてしまうことを承知してあればこその小昼である。ほんの少々でも一服してほしいといういたわりがこもっている。
 淡々とした一句であるが、作者の日常から得られた「短日」の本当が滲み出ている。
 大掴みにして、微妙な感覚はおよそ机上では作れないものである。
(花野会)

 
   素うどんに葱たっぷりと夜半の冬       間正一

 よく働かれた一日であったのだろう。
 冬の夜更けにいささか空腹を覚えて、素うどんを召し上がったのである。
 舌も焦げんばかりの熱い御つゆに細かに刻んだ葱をたっぷりかけて、それはもう体中が温まって、満足であっただろう。
 寒夜ならではの「素うどん」、何より「葱たっぷり」が効いている。
 事実に沿ったものであるが、上五中七が、下五「夜半の冬」にきちんと集約しているところが俳句の確かさである。
(木の実)

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   神の留守猿が小道を横切りぬ     菊地後輪

 陰暦10月は神無月といわれ、八百万の神様が出雲へ旅立って、そのほかの神社には神様がいなくなるという伝説がある。
 この時期は稲の収穫も終わって、あたたかな日和の晴天がつづく。
 そんな折に、作者はいつものように山里にある氏神に立ち寄った。丁度その時、鳥居の前の細い舗装路を、猿が横切ったというのである。
 ただそれだけのことである。
 何の計らいもない、はっと驚いたままに書きつけた一句の、何とまた「神の留守」以外の何物でもない情趣を大きくはらんでいることだろうか。
 留守ながらどこからか神さまが、後輪さんに下りてきてくださった、ご褒美のような句である。
(セブンカルチャー)


   神の留守聳ゆるばかり銀杏の木     江藤栞

 観光地のルートをそれたところの神社であろうか。
 訪れる人も少なく、本殿はすっかり古びているのかもしれない。
 そんながらんとした寂しさの中に、銀杏の巨木がただ一本、見上げるばかり大空にそびえているのである。
 初冬の日射しは粲粲としている。これから一気に、銀杏は黄金色の落葉を降らせることだろう。
 神さまの旅を見送り、また迎えて、神木はいついつまでもゆるぎなく生き続ける。
 骨太な句である。
(セブンカルチャー)


   阿夫利嶺に雲流れゆく野分あと      吉岡花林

 穏やかな表現のなかに、荒々しくも過ぎ去った野分のあとの安堵感がよく滲み出ている。
 韻律が内容そのものと等しくかぶさってゆく俳句は読んでいて気落ちがいい。
 「阿夫利嶺」は「雨降山」であることも、野分に通底するところがあって、ゆっくりと雨の名残のように流れゆく雲がいかにも爽やかである。
(セブンカルチャー)


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   雨止んで一気に芒穂を開き     矢島静

 相模川の岸辺に群生している芒であろうか。
 蕭条たる秋の雨がやっと上がったそのあと、一気に穂先を伸ばしてぼうぼうたる穂を見せたのである。
 季節の巡りのなかで、ある瞬間の大きく変わる様相を目ざとく見つけた作者の「わあ、凄い」という気持ちがひそかにもこもっている。
 この光景から、星野立子の〈穂芒の解けんばかりの鋭さよ〉が、思い出された。
(セブンカルチャー)


   秋雲やヘッセの詩集色褪せて     河合順

 文学少女だった作者は、若き日々にヘルマンヘッセの詩集を耽読されたのだろう。
 あたたかな秋の日和に誘われるように、書架からなつかしき一冊を取り出した。
 すっかり色あせた本を手に、愛誦したかの一節がよみがえりもして、来し方を思うことしばしである。
 ふと顔をあげると、そこにはうっすらと真白き雲が、どこまでも高い空を流れているのだった。
(セブンカルチャー)


   しぐるるや百円ショップのあれやこれ     田渕百合

 私の好きな百円ショップ。
 手帖の一冊を求めてやってきたものの、あれもこれもと欲しくなったり、こんなものまで百円なのという軽い驚きも楽しくてついつい店内を巡っていたりする。
 百合さんもまた、そうであったのだろう。
 折からの時雨が、いっそうそんな息抜きの時間を与えてくれたように感じられてくる。
 自然のすがたを、身近なところに捉えて、自身の心のうるおいにしておられるようである。
 時雨がやって来る頃になると、ぼちぼち主婦は気忙しくなるのである。
(セブンカルチャー)

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   木枯や家電コードの絡みあふ        古館千世

 木枯は読んで名の通り、一気に木々の葉を落して枯木にしてしまうような強い風である。
 11月にこの風が吹くようになると、寒がりの身には、奈落に突き落とされたような寂しさにおそわれてしまう。
 作者は、そんな微妙なやるせなさを、家の中にありながら、さりげなく認識されている。
 電気コタツのコードと、アイロンのコードと、絨毯のコードと、このちょっとした居住空間にも、寒さに備えたあれこれが絡み合うのである。
 物をしっかり描写して、紛うことなき「木枯」の本情を引き出されている。
(草原)


   黄絨毯しづかに踏むや冬日向       大塚眞女

 この一句から、不忍池近くにある三菱財閥の岩崎邸を訪れたときのことを明らかに思い出された。 絨毯の色までは覚えていないのだが、かの豊かなやわらかさや厳かさが蘇って、冬日のぽかぽかがなんだかなつかしい。
 もちろん眞女さんが、しずしずと歩まれたのは、別のロケーションであるだろう。
 だが読者に、臨場感たっぷりに同じ感触を実感させることができるのが、この俳句の力である。
 赤い絨毯でなく、黄色であることが冬日向をくっきりと見せている。
(草原)


   一晩に山なす落葉富士真白     堀場ゆふ 

 空っ風というか、北颪というか、すさまじくも吹き荒れたひと晩が明けてみると、ガレージも庭も玄関もびっしりと落葉が積もっていた。
 わが家だけではなかった、いそいそと出かける、その先々に落葉は山のように降り積もっていた。
 ふと見返ると、そこには紛れもなく遠く富士山がまっ白に聳えていたのである。
 「一晩に山なす落葉」も簡潔明瞭ながら、何より「富士真白」なる座五が、堂々としていて、この光景をぴしっと決めている。
 ちなみに作者は茅ヶ崎から厚木の句会へ向かいつつ、この即吟をものにされ、当日の高得点を得られたのであった。 
(草原)


   穫り入れてリヤカーに乗る案山子かな      佐藤健成

 豊作のよろこびが、愛車リヤカー周辺に漂っていて、何とも視点のやさしい句である。
 雨の日も風の日も、朝から晩まで立ち通し、鳥や獣を追っ払ってくれた案山子。
 今は無惨にもくたびれはてているのだが、我らが百姓の同士にちがいない、どうしてその辺に捨て去ることができようか。
 案山子が意識的にリヤカーに乗り込んだようにも表現されていて、人もろともに血肉の通った表情が穏やかにも面白い。
(草原)
 

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   海道に松の切株冬ざるる     石黒心海

 一読して、大磯の旧東海道の松並木であろうかと思いを馳せた。
 茅ヶ崎在住の作者であれば、やはり旧東海道のどこかの道筋であろう。
 遂に枯れてしまった松の古木の切株にまざと出くわされたのである。
 この道の人々とともに、営々とその命を伸ばしてきたもののあわれがしのばれてならない。
 「冬ざるる」は間髪を容れぬ作者の心情の吐露に違いない。
 「海道」といい、「松」といい、「切株」といい、どの一字一句も一句を構成するに
なくてはならぬものとして、引き締まっている。
(草原)


   日めくりの残り少なに初時雨     松尾まつを

 神無月のとある夕方、急に雨が音を立てて降り出した。
 ふと窓外に目を遣ると、草木を濡らしはじめた雨は、たちまちぱらぱらと色づいた木の葉を落としていくのである。
 哀れさのはなやぐような趣に、ああ今年も時雨の季節になったのかとしみじみ思う。
 そういえば、日めくりの嵩もすっかり薄くなっていることに気づかされるのであった。
 ただの「時雨」にあらぬ「初時雨」という季題を、ムードに流されず、正直に触発された感慨を詠いあげて手堅い。
(草原)
 

   薄明に山茶花ふいと浮かびけり     川井智美

 薄明は日の出前であろうか、あるいは日没のあとであろうか。
 いずれにしても、そんな薄明かりの中に、はっと山茶花が鮮明に浮きあがったというのである。
 山茶花は真っ赤であったと私には思われるが、真っ白かもしれない、いや紫がかった赤かもしれない。それは思い思いに読者の体験や感性にゆだねられるものだろう。
 山茶花はどこにも咲いていて、日当りに見ると平凡な花のようであるが、このような風姿もあるのかと見直す思いである。
(草原)

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   蹲踞の水かかりたる石蕗の花     石堂光子

 蹲踞と石蕗の花の取合せだけなら、いかにも予定調和という感じかもしれないが、ここに「水かかりたる」と言われてみると、たちまち、生き生きとした花の黄色、葉っぱの濃き緑、確かなる茎のかたむきなどが、鮮やかに立ち上がってくる。
 そして、茶客の美しい仕草も想像されて、余情は広やかである。
 言葉を惜しんで、言葉を最大限に生かした句は、仕上がりもまた静かである。
(青葡萄)
by masakokusa | 2014-12-29 12:21 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)