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原石鼎俳句鑑賞・平成26年4月
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   春雷や草に沈める松落葉      原石鼎  大正7年


 雷は夏に多く、夏の季語である。
 では春の雷とはどんなものであろうか。

 藤田湘子の一句をもって、大岡信が春雷を鑑賞しているのでここに揚げさせていただく。

   掌中に乳房あるごと春雷す      藤田湘子

 春雷は夏の雷と違って鳴っても長くは続かない。その淡々しさに春らしさがあるが、しかし春ののどかさを一瞬破るその音には心のうちに眠っているものを呼びさまされるような驚きも感じられる。この句も、春雷が人の内側にひそむ思いにふれてくる、その機微をとらえて詠んだものといえよう。
 「掌中に乳房あるごと」で切って読むべき句である。
 掌の中に乳房をそっとのせていつくしんでいるような思いを抱いている春の午後、その感触をさながら言い当てるかのように、春雷が鳴って過ぎたのである。(大岡信)

 「心のうちに眠っているものを呼びさまされるような驚き」にはさすがと唸らされる。
 さて、湘子の句から一変して、石鼎の春雷は如何であろうか。
 「草に沈める松落葉」、ただこれだけの叙景句である。この堂々たる自然詠のありようの穢れのなさはどうであろうか。
 これほどにも俳句は違うものかと一瞬思ってしまう。

 だが、待てよと思う。
 草に沈んでひそやかにある松落葉にはどこやらうごめいているような、人なつかしい気色を感じてならない。
 叙景にひそんでいる隠喩が曰く言い難く伝わってくるのである。
 そこで、湘子の思いにたちかえってみて、はたと膝をうった。

 湘子は石鼎の句を長い間心の内に抱いていたのではないだろうか。
 そして、とある日、春雷に出会った、まさに心の内に眠ってあったものが呼び覚まされたのである。

 直感的に、湘子そのひとは松落葉のこころもちに成りきってしまったのではないだろうか。
 掌中にある乳房は、まるで草に沈める松落葉ではないか。
 そう思うと石鼎の句と湘子の句は全く異質に見えて、同類のものであると気付かされる。
 つまりは大正時代も昭和時代も変わりなき春雷の情というものを文字通り、わが掌中にして詠いあげているのである。
 一見大いに違っても、その通底するところでは等しい。いいかえれば、自然が作者をして詠わしめてあることで、同じものでないわけはないのである。
 ただそこに表現の方法という時代性が加味されてくるのであろう。

 これから先の世も春雷は淡々しくも鳴り続けることだろう、そしてその時々に、未来人は如何にこの轟きを受け止めるのであろうか。
 人生はただ100年であることが惜しい、だがこの春雷のうちにも、石鼎は生き、湘子は生きている。
 俳句の恩恵を思はずにはいられない。
by masakokusa | 2014-04-30 23:44 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
昌子365日(自平成26年4月1日~至4月30日)
 
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    4月30日(水)     遠足の子と乗り合はせ南武線

    4月29日(火)     遅き日や壁に置きたる松の影

    4月28日(月)     尺蠖は縄のこぶこぶよろこべり

    4月27日(日)     春風に鷗は羽根をよくつかふ

    4月26日(土)     桜蕊降るや孔雀の檻の外

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    4月25日(金)     朝日子にたんぽぽの絮散らさざる

    4月24日(木)     ゆく春や卓布の白く紙白く

    4月23日(水)     蝶々や林に径のひらけたる

    4月22日(火)     杉風が屋敷の跡や松の芯 

    4月21日(月)     晩春やあくなく鳩の鳩を追ひ  
       
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    4月20日(日)     蝌蚪のはや蛙の面をさらしけり

    4月19日(土)     対岸に開きて春の障子かな

    4月18日(金)     墨東のどこそことなく長閑しや

    4月17日(木)     乗つ込みのしぶきに傾ぐ小松かな

    4月16日(水)     古時計鳴つて二つや花の宿

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    4月15日(火)     蟻穴を出でて丸木を渡りけり

    4月14日(月)     この岸に釣つて残花の向う岸

    4月13日(日)     茶柱の立つの立たぬの花疲れ

    4月12日(土)     土筆摘むリボン真つ赤や吉野の子

    4月11日(金)     朽縁といふほどもなく霞みけり

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    4月10日(木)     墓所広く深くありけり鳥の恋

    4月9日(水)      学僧の見目の清らに春深む

    4月8日(火)      棒切れにお玉杓子をまさぐりぬ

    4月7日(月)      日の射して雨の妙なる虚子忌かな

    4月6日(日)      のどけさに足早となる世田谷区

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    4月5日(土)      水分の神に早蕨一と束ね

    4月4日(金)      塔に見て墓に見て花盛りかな

    4月3日(木)      春闘の一家団欒めきてあり

    4月2日(水)      板敷をゆけば板鳴る花曇

    4月1日(火)      春愁の箸にかかつて胡麻豆腐 

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by masakokusa | 2014-04-30 22:49 | 昌子365日 new! | Comments(0)
昌子の会・青草抄(平成26年4月)        草深昌子選
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   合格の知らせ舞ひ込む春満月     大本華女

 「合格の知らせ舞ひ込む」というフレーズに対して「春満月」が見事に決まっている。まこと、おめでとうございますという気分に満たされる。
 春の月は朧につつまれてほのぼのとした情趣がある。わけても満月はぼってりとゆたかに重たそうである。そんな満月の夜に、合格の知らせはもたらされたのである。
 よろこびのすべては、春満月の本情に仮託してゆるぎない。
(木の実)


   三線の音色の沁むる雛かな     江藤栄子

 三線(さんしん)は沖縄・奄美の弦楽器。三味線に似ているが胴には蛇の皮を張ってあるという。
 そんな三線の音色がひもすがら聞こえてくるところに雛は飾ってある。
 果たしてどんな音色であろうか。
 耳を澄ましていると、哀愁を帯びた独特の旋律でもって、琉球の昔に引き込まれていくようである。
 お雛さまのお顔も、おのずから古色蒼然たるもののようにしのばれてくるのである。
「三線の音色の沁むる」とだけ言って、「雛」そのもののありようは読者の想像にゆだねられたところにしみじみとした雰囲気がただよっている。
(セブンカルチャー)

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   惜しげなく野蒜を摘みて日暮かな     石原幸子

 何と贅沢な一日であろうか。自然と親しむ豊かな気持ちのありようがそのまま一句に反映されている。
蓬にあらず、土筆にあらず、何よりも野蒜であるというところに作者の感受性のよろしさがさりげなく出ている。
「惜しげなく」も「日暮」も野蒜ならでは措辞であり、ふと春の愁いまで感じられてくるものである。
 野蒜の香りがどこまでも余情を曳いている。
(草句の会)


   吽像や七百年の春の塵     河野きなこ

 春は地面が乾燥して風塵現象というか、いたるところに埃が舞い上がる。その埃の中には桜の花びらなども無数のまじっていることだろう。
 吽像は寺院の山門に置かれた仁王像であろうか。
 七百年という途方もない歳月を経たものにふりかぶった塵は、ただの塵ではない。
 塵もろとも圧倒されるような存在感に、のどかなる時を過ごされたのであろう。
 阿吽の仁王像であるが、口を開けた阿像でなく、口を固く閉じた吽像にしぼったことで春塵をひとしおリアルにしている。
(草句の会)

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   中野屋の草餅一ついただきぬ     小川文水

 「中野屋の草餅」とはどんな草餅であろうか。
 中野屋が有名な老舗なのか、あるいは地方にひっそりとある団子屋さんなのか、何も知らないが、それでも「一ついただきぬ」と、こう詠われると何かとても尊い草餅のようではないか。
 中野屋の字面から、春の野原の真ん中を想像させられるからかもしれない。あっさりとした表現が、そのまま草餅の味わいとなっている。
(草句の会)


   春嵐空を一時空色に     湯川桂香

 あたたかな春の時節であるが、時には時雨を伴って暴風雨になることもあれば、砂塵をともなって砂嵐にもなることもある。
 そんな春嵐の一と日の一瞬を見逃さず、「空を一時空色に」と言い切った。何とも爽快なる発見をしてくれたものである。
 まるで春嵐を舞台に見ているような、変幻自在の美しさをあらためて思い知らされるのでる。
 畳がざらついたり、洗濯物が飛ばされたり、花粉症がひどくなったり、春の嵐は嫌われもののようであるが、これをよき春の自然現象として受け入れる心のゆとりが作者にはたっぷり備わっている。
(木の実)

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   一息に七節八節鳩の恋     山森小径

 「鳩の恋」は「鳥交る(さかる)」という季題の発展的傍題である。
 人目につくのは雀の交尾らしく「恋雀」などはよく詠われるが、この句は恋鳩である。
 鳥が美しくさえずるのも、雌をひきつけるような仕草をするのも、雄鳥の愛情の現われである。
 恋してやまない鳩は何と、一息に七回あるいは八回も節をつけて鳴いたというのである。まさに息がつまりそうな物狂おしさではないだろうか。
 よくぞ観察されたものだと、その臨場感に思はず微笑まされもするものである。
 そこには作者の春を迎えた喜びもおのずから投影されているのであって、体力や気力の充実がなければ詠えないものである。
(木の実)

   春の月無人交番灯りけり     中澤翔風

 天上には春の月が朧にかかっている。かたや、地上には無人交番所があって、ひっそりと灯が点っているというのである。
 この交番は全くの空っぽというのではなく、たまたまお巡りさんはパトロールにでかけて留守なのではないだろうか。どことなく人なつかしい春の月明りが、交番の小さな灯りに呼応して、やわらかな春宵の情趣をいかんなく引き出している。
(木の実)

   春一番吹き飛びさうな子に引かれ     上田知代子

 作者は小さなお孫さんと近郊に出かけられたのであろう。
 春一番のあまりの強さに、この子は吹き飛ばされるのではないかと気が気ではない、だが自身の足腰もか細く歩き悩んでいたところ、なんとそのいとけなき子がおばあちゃんの手を引いてくれたというのである。
 黙っていても、繋いだ手には「おばあちゃん、大丈夫?」という内心の不安感といたわりの気持ちがこもっていて、思はずホロリとされたことであろう。
 ただ面白いショットというだけではない。
 その底には、小さなる命と弱りゆく命が一つとなって、この大いなる春の嵐にあらがっているのだという、いじらしいありようが潜んでいるのである。
(木の実)

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   鳥雲に写真の母の若さかな     佐藤昌緒

 春、北方へ帰って行く渡り鳥が雲間に見えなくなっていくことを「鳥雲に入る」という。これを省略して「鳥雲に」と言ってもいい。
 この頃の気象は、曇り空が多く、これを「鳥曇」という季語に詠うこともある。
 空気感にあたたかみはあるものの、どこかどんよりとした雲の多い日和の中で、作者は古いアルバムを繰っている。すっかりセピア色になっているが、そこには輝くような母の笑顔が写っていた。ともすれば年老いた母の姿ばかりを脳裏に浮かばせていた日々にあって、と胸を衝かされたことであった。
 北方へ去りゆくものを見送ることは、地上にとどまるものの姿を顧みることでもある。
 一抹の感傷が、母の若さに救われているのである。
(青葡萄)

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   緑摘む手際の良さや形良さ      福山れい子

 松の新芽はぐんぐん伸びて軸を立てたように抽んでてくる。これを放置すると松の勢力が弱るので、あまり長くならないうちに摘み取っていかねばならない。
 これを「緑摘む」といってなかなかに手間のかかる仕事である。
 先祖代々からの門被りの松であろうか、職人さんは法被姿をひるがえしながら長い梯子をかけて摘んでいる。この松の癖を知り尽しているとでもいうような手際の良さが光っている。みるみる小ざっぱりとした松に生まれ変わった。あらためてすがたかたちの美しい松であることよと思う。
 焦点を一点に絞って、その表現もリズミカルにかつ重厚に抑えて、松の姿のみならず俳句のすがたもぴたっと気持ちよく決まっている。
(青葡萄)


   春めきて月やひるまの空に透く       中園子

  上から下まで一気に読み下ろしたあと、あらためてその光景がほのぼのと浮かび上がってくるようである。
 その内容にことさら濃いものがあるわけでもないのに、この典雅なる美しさはどうであろうか。
 一字一句が緊密に響きあって一句まるごとが春めいてくるという仕上がりである。
 昼の月の発見がすべてであるが、その発見すら作者には自覚のない忘我のひとときではなかっただろうか。
 まこと穢れのない世界である。
(青葡萄)

   山里は風冷たくて山笑ふ     潮雪乃

 「冬山惨淡として眠るが如し」に対比して、春の山は「春山淡冶にして笑ふが如く」である。
 眠るがごとき枯木山であったものが、色を帯びて、茫々とうぶげに覆われたような山となっている。まるで山そのものが笑みを浮かべているようだという感覚はとても楽しい。
 だが、この「笑ふ」という措辞はなかなかに曲者で、わざとらしさが目立ってしまうような句づくりでは素直に笑えない。
 さて、掲句は、丹沢山地にある大山であろうか。
 春日のなかの山のよろしさを、裾野に広がる田園の風のつめたさとともにさらっと素直に詠いあげて隙がない。
 これこそが本当の「山笑ふ」すがたではないだろうかと、その大きな捉え方に感嘆するばかり。
(青葡萄)
by masakokusa | 2014-04-30 21:06 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
藤埜まさ志句集『火群』・栞文   草深昌子
 
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     高く広く鷹ぞゆく                 


 藤埜さんの俳句は頭脳明晰である。圧倒される重量感もさることながら、静かにも滲み出てくるやさしさがたまらない。それらはすべて藤埜まさ志さん、その人そのものである。
 気力のこもった作品は、読むほどにその声調の張りをもって、命の高揚を感じさせてもらえる。

   御嶽新雪呼べば駈け来る当年駒
   老老の庭燦燦の柿若葉
   鳥帰る綱は絆の夫婦岩

 初々しい躍動が新雪を輝かせる。
 老老といえどもこの柿若葉の眩しさはどうであろうか。「老老の庭」「燦燦の柿若葉」と二分しながら、「ニワサンサン」の抑揚の高まりは、仁王立ちでもしていそうな気概をもたらしている。
 北方へ去りゆく鳥を見送ることは、定住するもののありようを再確認することでもあった。ここでも、「ツナワキズナノ」がダイナミックである。

 藤埜さんと私は高校の同級生。十年ほど前から、東京在住を中心とした同期の句会にご一緒させていただいている。
 多くは初心者であったが、句会はもとより平等。ひと様の俳句に敬意を表する場であればこその打打発止が爽快である。
 藤埜さんは当初から、いついかなる選評にも真摯に耳を傾けられ、笑顔を絶やさぬ度量の大きさをもって、連衆の信頼を集めておられる。

   鷹一羽沼の騒めきをこはばらす

 沼に緊張が走った。気配を瞬時に察知したのは、今まさに鷹の威厳をもって自然に対峙している作者自身にほかならない。
 中村草田男の〈冬の水一枝の影も欺かず〉の鋭敏がすでに作者の血肉に通っているのだろう。
 そういえば、藤埜さんは、ある時あっと驚く減量を遂げられ、今やその風貌に鷹のまなざしを加えられた。
 〈芋名月ひとりで励む鉄亜鈴〉、鷹の横にそっと置かれた句である。黙々の砕身は、何につけても然り。たちまちにして「萬緑賞」受賞を果たし、もはや結社を牽引する立場に身を置かれているようである。

   泥葱をま白に剥けば千空忌
   斑猫の振り向きざまの怖き貌

 「剥けばま白」ではない、「ま白に剥けば」である。凡俗に見えてあるものの中から非凡の白を引き出して見せた、これぞ千空だというのである。
 千空に絶大の期待をもって見出された俳人の、師への思い入れは一通りではない。尊敬する師を持つということは何と幸せなことであろうか。
 千空はまた草田男の弟子として、己の限界を超えるまでその志向するところを追求してやまなかった。 師に仕える仕方を身をもって示されたのである。
 斑猫は「道教え」である。凄味ある貌は、千空のそれと思えてならない。

   貝割菜大きな指の迫り来る

 命の刹那を切実に際立たせながら、何と明るい句であろう。凝視する力と、感覚を抑制する力、その両面の強さが作品を上質にも軽くしている。

 謙虚と自負を一身に併せ持った俳人藤埜まさ志さんならば、自ずからその理想を、風姿花伝の「目利かずの眼にも面白しと見るように能をすべし」というところに定めておられるのではないだろうか。
 情熱のほむらはいやがうえにも燃え上ってくるのである。

(句集『火群』2014年3月25日刊行・著者 藤埜まさ志 萬緑同人、俳人協会会員)

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by masakokusa | 2014-04-30 20:53 | 俳論・鑑賞(2)NEW! | Comments(0)
秀句月旦・平成26年4月
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   春雨や裏戸明け来る傘は誰       正岡子規

 この間の大雪がウソのように、もうあたたかな春雨の降る時節になった。この雨で桜の花もあえなく散っていくのだろう。同時に初々しい緑の葉っぱが噴き出してくる。
 春の雨は、静かにも細やかに降る雨である。

 この句には、子規を生涯顕彰してやまなかった越智二良(1891―1991、愛媛県出身)が、こう書いている。
 「子規庵の裏木戸から庭を通って表門へ出るものが多く、クズ屋や酒屋やいろいろ通り、盗難もあるので、通行禁止の話があったが、子規はミゼラブルのミリエル僧正が泥棒を泊めたことを言って、そのままにした」

 そうであったか。
 だからこそ、この春雨には人なつかしさがただよっているのであった。まこと古き良き時代の春雨である。


   春風や毬を投げたき草の原        正岡子規

 第86回選抜高校野球大会は、龍谷大平安高校が初優勝を飾った。
 かつての名門復活のために、課題を紙に書き出し、深夜までボール回しなどの基礎練習を繰り返した。 監督の指導理念は「自立」、自分で考える選手を作ることであった。
 平安の選手のことを聞いたら、子規は「一緒にチームを作ろう」と喜んだであろう。

 「子規の投球には並外れたコントロールがあった。よほどべーすぼーるの才能があると思われるかもしれないが、才能以上に子規は修練していた。このスポーツを初めてみた瞬間から自分の身体の芯のようなところがカッと熱くなり、鳥肌が立った。以来、勉強そっちのけで夢中になった。靴屋の主人に頼んでボールをこしらえてもらい、部屋の中でも暇さえあればボールを握っていた」
 伊集院静の小説『ノボさん』も、「ノボさんどちらへ?べーすぼーる、をするぞなもし」から始まって、感動的であった。

   今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸の打ち騒ぐかな    子規

 バット一本、球一個を生命の如く愛した子規の「春風」は悠久である。
by masakokusa | 2014-04-30 12:37 | 秀句月旦(3) | Comments(0)