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昌子365日(自平成24年9月1日~至9月30日)
 
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      9月30日(日)       縁側に風を見てゐる鉦叩

      9月29日(土)       初に会ふ人の笑顔や天高し

      9月28日(金)       秋草や鴨のすること鴨のして

      9月27日(木)       瓢箪を前に四人の笑ひけり 

      9月26日(水)       八幡は竹藪隠れ昼の虫

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      9月25日(火)       雨の音ほどには千草そよがざる      

      9月24日(月)       鎌倉に露けき杯を交はしけり 

      9月23日(日)       一葉落つ柵にあやふく凭れたり

      9月22日(土)       さやけしや空を仰げる人の背

      9月21日(金)       昼の虫水に切磋をしてゐたる 

  
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      9月20日(木)       小綬鶏の一度鳴きける秋彼岸

      9月19日(水)       厨ごといとはぬ子規の忌なりけり

      9月18日(火)       秋草を鏤めてある棺かな

      9月17日(月)       年寄りの日や広々と草の原

      9月16日(日)       船といふ船は白くて野分立つ

    
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      9月15日(土)       咲き初めて川の向かうや曼珠沙華

      9月14日(金)       スカートは風とひらきて秋桜 

      9月13日(木)       煌めくは秋暑の蠅の背中かな

      9月12日(水)       いみあけの風の高きに登りけり

      9月11日(火)       柄ばかりの秋暑の箒とはなれり

   
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       9月10日(月)      百の木の影を一つに菊の宴

       9月9日(日)       重陽や人は死ぬことなかりけり

       9月8日(土)       蜻蛉のよく飛ぶ金曜日の朝

       9月7日(金)       橋渡ることをためらふ秋思かな

       9月6日(木)       人々のぶらぶらと行く稲筵

  
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       9月5日(水)       飯食うてリュックは空や秋茜

       9月4日(火)       けふ開くことぶき大学天高し  

       9月3日(月)       なまじ雨落ちたる朝の露けしや

       9月2日(日)       葛の花しるけく慈雨の来たりけり

       9月1日(土)       極楽寺出づれば秋の風つめた

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by masakokusa | 2012-09-30 23:10 | 昌子365日 new! | Comments(0)
秀句月旦・平成24年9月
 
 
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    桐一葉日当りながら落ちにけり     高濱虚子


 先日、横浜は舞岡公園に吟行したが、おりしも桐の葉が舞い落ちてくるのであった。
 誰かが、「一葉落ちて天下の秋を知る」と中国の詩文に詠まれて以来の伝統の確かに感銘すれば、誰かが又<桐一葉日当りながら落ちにけり>と口ずさんだ。
 一行は、もうそれで充分、桐一葉は詠えないねと黙りこんでしまった。

 虚子の句の堂々たるさまは、そのまま桐の葉の風格を感じさせる。
 虚子が言っているのは「日当りながら」だけである。
 この大いなる把握こそは、もっとも小さなる虚子の胸の驚きがもたらしたもの。
 これぞ俳句だと、今さらに思われる。


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   今生のいまが倖せ衣被       鈴木真砂女

 
 つくづく倖せな句であると思う。
「幸せ」でなく、人偏のついた「倖せ」がいい。
「今生のいまが倖せ」と大きく打ち出して、ここに何が来るかと思いきや「衣被」である。
 衣被は里芋を皮つきのまま茹でただけのもの、つるりと皮を剥いて塩を振って食べる。人生において、もう何もかもご馳走はいただき尽くされたのであろう、あとはもうこの素朴な味が一番という境地である。
 作者自身が、この落差をもっとも楽しんでいる。
 衣被が晩年を物語っているが、真砂女はいつだって「今が倖せ」の覚悟であったろう。
 恋多き人生を一途に貫かれた女性であればこその述懐。

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    鳴るたびに秋の風鈴とぞ思ふ      藤田湘子


 作者独自の思いではあるが、これを読んだ誰もが共鳴するものである。
「とぞ」が秋の風鈴の音色までをも聞かせてくれる。
 夏の風に涼しさを奏でては通り過ぎていった風鈴の音色は、秋になって、やっと人のこころの音色におさまるのである。
 こうなったら、もう風鈴の外しどきである。

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    淋しきがゆゑにまた色草といふ     富安風生

 
 秋に花を付ける花を秋草という。小さくて目立たなくて、どこか哀れさをただよわせているのは、秋という季節感のあらわれのようでもある。
 一つ一つはしかと咲きながら、群れて咲くと埋没するような趣きからであろうか、千草とか八千草などと称されもする。
 とまれ、秋草も八千草も総称ならば、せめて色草と呼んでみたい。
 色草というと俄かに明るい色彩が漂う。
 その上、「色」からは美しい姿かたち、また華やかさも浮かび上がって、どこかぬくもりが感じられるではないか。
 だが、色草と呼んでさえ、あわれみを失わない余韻は、さすがである。
 絶妙の句またがりが、ポツリポツリと呟いたような静けさをもたらすからであろう。



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   露の世は露の世ながらさりながら     小林一茶


 露はすぐに落ちたり消えたりして、はかないものである。「露の世」とか「露の身」などと言って、世の無常を嘆く譬えにもなっている。
 そういう露の世に生きる露の命であるということはよくよくわかってはいるものの、今はただ、どうにもこうにもならない、ただただ虚しく、淋しく、悲しくてならない。
 一茶は56歳でもうけた、可愛い盛りの長女を亡くして、絶句するほかなかった。


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   萩芒来年逢(あは)んさりながら        正岡子規


 「送漱石」と前書がある。
 明治30年夏、熊本から上京していた夏目漱石が、9月6日離京する日、子規はこの句を送った。
 萩と芒は子規庵に咲いていた。
 今咲く萩や芒は、もう来年には見ることができないのではないだろうかという一抹の不安、見収めになるかもしれぬという思いに愛着する花の風情はいかばかりのものであったろうか。
 萩芒を愛すれば愛するほど漱石には逢いたい、その気持ちを全面にだして、漱石に再会を約束している。
 一茶の〈露の世は露の世ながらさりながら〉の「さりながら」を思わずにはおれない。子規は無意識に一茶の心情を萩芒にだぶらせていたのではないだろうか。
 漱石に来年きっと逢おうという約束は、萩芒への約束でもある。
by masakokusa | 2012-09-30 22:00 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
原石鼎俳句鑑賞・平成24年9月
 

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     颱風のその日訪ひ来し少女かな     昭和9年


 今宵は中秋の名月であるが、恨めしくも本州は台風17号の直撃を受けている。
 さっき最大瞬間風速65メートルと聞きとめたのはどこの地であったか、ここ関東圏にあっても夕刻からの暴風雨はすさまじい。

 昭和9年というと、すぐに室戸台風が思われる。
 私の生まれる前であるが、大阪で教師をしていた母から、児童を必死に守った体験談を何度聞いたか知れないからである。
 石鼎は、この年、麻布本村町に住んでいたから、室戸台風の余波であったろうか。

 台風の程度がどうであれ、台風が来ると言う予報があった、その日にやってきた少女に石鼎は釘付けになっている。
 何の用で、どこから来たのか、一人きりで来たのか、なにもわからないが、ともかく石鼎は少女をいじらしく思い、あたたかく迎え入れたことはいうまでもない。

 少女は女学生であろうか。その表情には愛らしさと賢さをたっぷり湛えているように思われる。
 台風という大荒れの天候との対比が、少女の印象を一段と明瞭に見せるのである。

 こういう句一つをとってみても、石鼎は自分が見たこと、感じたこと、体験したこと以外は断じて詠わないという、純粋俳人としての覚悟が伺われるものである。
 まさしく血の通った俳句である。

 「原石鼎全句集」の年譜によると、昭和9年は空白であるが、前年の昭和8年には、
1月、勅題「朝の海」に因む筝曲のための作詞依頼を宮城道雄から受け、作詞する。これがラジオで演奏される、とある。

     朝(あした)の海        

   あれすさぶ日のありとも
   波治(おさ)まれる朝の海に如(し)くはなし
   春にあれ 夏にしあれ そは永遠(とことは)に
   秋はさらなり 冬はさらでも 
   日の心 月のこころと ときはかきはに
   八十島(やそしま)かけて 陸(くが)をまもれる


 このような台風の夜に、この詩を読むと、まこと「波治まれる朝の海に如くはなし」という言の葉が身に染みいるように美しく壮大に感じられる。
 石鼎はまこと詩人であった。
by masakokusa | 2012-09-30 21:00 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)