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原石鼎俳句鑑賞・平成23年8月
 

  秋晴の滝玲瓏と落ちにけり     大正7年  


 「玲瓏」とは、玉などが透き通るように美しく輝くさまにも、金属や玉などが触れ合って美しい冴えた音を響かせるさまにも使われるものであるが、掲句には、この両面、即ち視覚的にも聴覚的にも見事に嵌まりこんで、一句全体をただ「玲瓏」たる漢語一個でもって印象鮮明に詠いあげている。
 滝がただ「玲瓏と」落ちたのではない、「秋晴の」という上句でもって、その日差しの光りをミックスさせるあたり、石鼎の語彙のゆたかさ、的確さは堂に入っている。
 同時に、その精神に自然崇拝がゆきわたっていることに気付かされる。

 たまたま昨日、箱根湯本温泉にある「玉簾の滝」を眼前にしたのであるが、あらためて、<秋晴の滝玲瓏と落ちにけり>を口誦せずにはおられないものであった。
 石鼎が何処で詠んだものであれ、ざっと百年を経ても、現在ただ今の、あるべき光景として響き渡るという不思議、俳句の力そのままの滝の力に圧倒される。

 ちなみに、玉簾の滝の前には、荻原井泉水の句碑が建っている。

   滝は玉だれ天女しらぶる琴を聞く    井泉水

 玲瓏というよりは妖麗であろうか。
 井泉水は明治17年生れ、石鼎より二歳年上であった。碧梧桐を中心とする新傾向俳句に共鳴し、季題無用論を主張、その後は自由律作品を推し進めた。昭和51年没。

 今日(8月31日付)の読売新聞夕刊「俳句時評」(西村和子)に、先に行われた俳句甲子園(全国高等学校俳句選手権大会)に触れているが、その中に滝の一句を見出した。

   轟音(ごうおん)に包まれ我は滝になる  橋本将愛

 轟音がすばらしい。その肉体も精神も確かである。

 この高校生の倍の歳、生きて35年の石鼎に、滝の名句がある。

   滝をのぞく背をはなれゐる命かな    大正10年

 滝を前にするとき、石鼎には自我一切が失せて、ただ無があるばかりのようである。


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by masakokusa | 2011-08-31 21:07 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
秀句月旦・平成23年8月
  
    母在らば山姥の醜(しこ)秋の風     成田千空

 成田千空は大正10年、青森市生まれ。
 中村草田男の『萬緑』創刊とともに参加、初めて草田男の評価を得た、<大粒の雨降る青田母の故郷(くに)>は生涯の代表句となった。勲五等瑞宝章、蛇笏賞、詩歌文学館賞など受賞して、平成19年永眠。
 掲句は昭和51年作。千空の母は82歳で逝去、その五年後の作だという。
 単なる老醜というのではないだろう。「山姥の醜」には、津軽の厳しい風土と共にあった母への愛惜が、蕭条たる秋風の中に限りなく込められている。
   東北や倒れ伏すとも瑞穂の田        昭和62年
   不作の田刈つてしまへば露浄土       平成5年
   佞武多みな何を怒りて北の闇        平成6年


    いつまでもいつも八月十五日       綾部仁喜

 66回目となる終戦記念日を迎えた。全国戦没者追悼式が天皇皇后両陛下をお迎えして開かれた。今年の参列を予定している遺族は、戦没者の子供が65%、妻は0.9%、兄弟姉妹が13.5%であったという。終戦から66年を経て明らかに世代交代が進んでいる。

 一昨年100歳で亡くなった母も、大戦で夫を失った。30余歳の若さであった。
 先日母の短歌らしいメモ書きがみつかった。すっかり忘れていたことであったが、40年ほど前、大阪在住の母を靖国神社に案内した時のものであった。

   やすくにの大いなる鳥居くぐれば里帰りの思ひす父のゐませば
   靖国の夫のみ前に孫三人一列に並ばせともに拝せり
   靖国にぬかづく吾に夫はささやくその日その日を強く生きよと
   大東京一目眺めんと高き屋にのぼりてなほも靖国探す
   緑濃く紺青の空ゆ陽はこぼれ靖国の夫笑みたまふああ佳き日かな
   死すことを一度も言はずからからと笑み給ふのみの夫の偉大さ

 字余りをものともせず胸中を吐露して、「ああ佳き日かな」とあるのはいささかの救いである。
 それにしても、「いつまでもいつも八月十五日」に共鳴出来る人は、みな年老いたということである。


  ふるさとを去ぬ日来向ふ芙蓉かな      芝不器男

 東北大学在籍中に帰郷した折の句であろう。
 不器男のふるさとは愛媛県北宇和郡松野町である。故郷での日々がいかに満たされたものであったか。山河もさることながら、家族、親戚、友人たちと過ごす時間の充実が、立ち去りがたい思いを増幅し、あと何日、あと何日と惜しんでいたに違いない。
 芙蓉は淡紅や白色の大きな花をひらく一日花。澄みきった初秋の明るさに、気品をもって楚々とそよぎながら、どことなく淋しげである。
 不器男は何も語っていないが、その気持ちは芙蓉にさりげなく仮託されている。

  
   秋たつや川瀬にまじる風の音        飯田蛇笏

 8月8日は立秋。この頃の暑さはピークで、立秋を過ぎるとやれやれ少しずつ凌ぎやすくなりそう、というのが暦からうける感じではあるが、今年は逆に、立秋あたりから猛暑到来ではないだろうかと、おそれている。
 とまれ、体にこたえるのが残暑である。

 「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」(藤原敏行)のように、立秋には秋風の気配を嗅ぎ取るのであるが、掲句はその秋風のかすかなさまを、「川瀬にまじる風の音」として眼に見えるが如く、耳に聞こえるが如く、明瞭に詠いあげている。
 立秋というと、毎年この句が口を衝いて出て、透き通った立秋の感覚を臨場感たっぷりに味わっている。それだけでも涼しい。

 
   妹に七夕星を教へけり            正岡子規

 陰暦7月7日の夜、牽牛星と織女星は一年に一度だけ会うことを許されるという伝説に基づいて、この二つの星を祀るのが「七夕」である。
 天の川をへだてて接近する星の逢瀬を、恋物語の実際として知り初めた兄が、まだ清純なる妹に、牽牛星は鷲座のアルタイル、織女星は琴座のベガだよ、妻星とも言うのだよ、などと空を指しつつ教えているのだろう。
 理知的にしてやさしさの滲み出るような一句は、子規の思い出が込められているのかもしれない。

 明治21年の夏休み、子規は従兄弟の藤野古白、三並良の三人で向島の桜餅屋「月香楼」に下宿していた。古白らが引揚げても子規は一人残って、滞在三か月に及んだという。この家の看板娘「おろく」は美人で、子規との間に、種々の風評がたった。
 子規一生のただ一つのロマンスであった。
 掲句は明治32年の作品で、同時に、<七夕の色紙分つ妹かな>もある。


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   天の川枝川出来て更けにけり        鈴木花蓑

 天の川は銀河、銀漢とも言われる無数の星の集合体である。そのしろじろとした帯状の流れを天空の川とみなしているのである。
 そのことを承知しながらも、「枝川」という言葉に出会ったときには全く驚いた。そういうものの見方に意表を突かれたのであるが、ものの見方というよりそれは見る目のある人には見える実感そのものであることを知ったのは、十数年前の深吉野で鮮やかに天の川を仰ぎ見ることが出来てからである。
 宵にはまだはっきりしなかったものが、夜が更けるに従って明らかになり、一筋の大河から、枝分かれしたかのようにもう一筋の流れが見えて、川二筋となったのである。
 それにしても天の川なる川に、さらなる枝川という川を雁行させて、そのはるけさをいっそう凝縮してゆくあたりの巧みは神秘的ですらある。


   まはし見る岐阜提灯の山と川        岸本尚毅

 岐阜提灯とか、走馬灯とか、お盆のものは綺麗で、ものがなしい。ものがなしいからこそ、人は物を綺麗に飾るのだろうか。それとも供養のためだろうか。
 大昔の人は、「我」という存在のさびしさを知っていたのだろうか、それとも、身近な祖霊のもとへ還って行くと思っていたのだろうか。
 そんなことを思いつつ、山河の風景が描かれた岐阜提灯を、手に取り、回して見る。

 以上は先月、ふらんす堂より刊行された、シリーズ自句自解ベスト100「岸本尚毅」よりそのまま引用させていただいた、作家自身の言葉である。
 岐阜提灯は、美濃和紙の薄紙に、色とりどりの山川草木の模様を施したもので、岐阜の伝統工芸の一つである。
 盆の仏前に供えるので、盆灯籠とも、盆提灯とも言われるものであるが、掲句はあえて既成の季題を置かないで、「岐阜提灯」という事実をそのまま書きとめた。  
 ギフジョウチンという具体的な物体から、抒情は奏でられてくるのである。

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by masakokusa | 2011-08-01 00:19 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
昌子365日(自平成23年8月1日~至8月31日)
 

       8月31日(水)       花赤くこぼるる秋の日和かな

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       8月30日(火)       蔓引いてみたれど葛の花遠し

       8月29日(月)       秋風や女の背中あらはなる      

       8月28日(日)       ドイツから帰つてきたる衣被 

       8月27日(土)       法灯のつひぞ消えざるかなかなかな

       8月26日(金)       安産の神を前なる新松子

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       8月25日(木)       大鐘をひと撞きしたる秋思かな      

       8月24日(水)       掃苔の日影の橋を渡りけり

       8月23日(火)       汽車道に溜まって秋の雨であり      

       8月22日(月)       隠元を摘みてはやまひやしなへる      

       8月21日(日)       ぎゆうづめの嬉しき路地の踊かな

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       8月20日(土)       咲きさうで咲かざる萩の揺れまさり

       8月19日(金)       鳥よりも虫の大きく鳴きにけり

       8月18日(木)       新涼の北大路とはなりにけり

       8月17日(水)       大徳寺抜けてその夜の大文字  

       8月16日(火)       盆三日路地を車のよく通る

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       8月15日(月)       立秋の箒は竹にかぎりたる

       8月14日(日)       秋蝉や屏風の如き屏風岩 

       8月13日(土)       どの風といはず涼しや盂蘭盆会        

       8月12日(金)       空蝉のうらをかへせる秋の風

       8月11日(木)       箱庭にそよりと秋の立ちにけり 

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       8月10日(水)       蝉も殻蛇も殻なる秋暑かな

       8月9日(火)        秋祭おすはさんとは言ひなせる

       8月8日(月)        あめんぼの丈伸ばしけり今朝の秋

       8月7日(日)        虫籠を首に吊りたる滝見かな 

       8月6日(土)        西瓜食ぶシミーズ一枚きり着たる   

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       8月5日(金)       水を押し広げてひらく水中花

       8月4日(木)       辻に出て風に吹かるる晩夏かな

       8月3日(水)       夏の虫けふは電車の床を這ひ

       8月2日(火)       作り雨亀におつかぶさつて亀

       8月1日(月)       東京タワー展望台や団扇風

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by masakokusa | 2011-08-01 00:09 | 昌子365日 new! | Comments(18)