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原石鼎俳句鑑賞・平成23年7月
 
   母すでに昼寝さめたる流しもと       大正4年

 さっきまで掃除に洗濯に着物の裾さばきも賑わしく、一刻の休みもなく立ち働いていた母親は、あれっという間にもの静かになった。見ると仏間の前に小さく丸まって昼寝をしているではないか。やれやれと思ったのもつかの間、もう流し元では水仕事をはじめたようである。
 「流しもと」からは水の流れる音も聞こえて清々しく、暗がりの中にもすっきりとした母親の明るさが目に見えるようである。

 掲句からは、戦後の若かりし母の姿がひとしきりなつかしく思い出される。あの頃私たち子供は、「食器は流しもとまで持って行ってや」と言う母の言いつけをけなげに実行していた。流しのあるところを「流し元」ということすら最近では使わない言葉であろう。
 大正4年といえばガスのない時代、ご飯はもちろん薪で焚いていた。日中の暑さを凌ぎ、睡眠不足を解消するためには、寸暇を惜しんで昼寝をしなければ体がもたなかった。

 大方の母親が外で働く現代には、昼寝は無用のものかもしれないが、節電を余儀なくされた今年の夏にあっては、自然によりそって生きる人間本来のすがたが、まるで後光のように静かにも尊く伝わってくるものである。
 原子力がなくなったら、大正時代の生活に戻るのですかという質問があったが、たとえば掲句のような静謐な世界を味わうことにもなるだろう。
 人々の貴重な記憶をとどめる俳句は、時代が変わっても、時として思い出さずにはおれない原始的な力を持っているように思われる。
 俳句に癒されるのは、こんなにもささやかなただいっときの共有なのである。

 深吉野時代の石鼎に、

   腰もとに斧(よき)照る杣の午睡かな        大正2年
   苔の香や午睡むさぼる杣が眉             〃
   ひきかけて大鋸(おが)そのままや午寝衆      〃

 がある。
 日は燦々と照って、まことに活力に満ちた働く男の昼寝である。

   午寝人の腰ほそぼそと一重帯           大正5年
   花桐に二階の人の午寝かな              〃
   いつの間に壁に向きゐし午寝かな         大正7年

 昼寝をするにもエネルギーが要る。ややに衰えもする体力、悶々とする気力、二度と還ることのない人生のある日ある時のありようが包み隠さず現れているのが石鼎の描く昼寝のさまである。

 大正4年、29歳の石鼎は、再度上京し、ホトトギス発行所に入っている。
ホトトギス主宰の高濱虚子は字が下手で、文章を書くのが億劫であったから、石鼎を前に「口授(くじゅ)」というものをやりはじめている。石鼎は虚子の信頼に応えて、意気揚々と手伝っていたのであろう。

 大正4年の虚子の句に、

   コレラ怖ぢて綺麗に住める女かな  
   コレラの家を出し人こちへ来りけり

 があるところをみると、石鼎が故郷の母親を回想したであろう掲句の一睡は、まさに命を養うものであって、その生活ぶりの美しさがいっそうひきたってくるのである。


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by masakokusa | 2011-07-30 22:45 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
晨集散策     さりげなくそしてクールに    菊田一平
 
 傾がざる杭なかりけり涅槃西風         草深昌子

 
 しばしば河口で見かける船の舫ひ杭。そのいくつもある杭がすべて傾いているというのだ。中には真っ直ぐ凛と立っているのもあるだろうが、「なかりけり」といわれるとなるほどと思う。
 俳句はつくづく断定だと得心する。
by masakokusa | 2011-07-05 22:32 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
特別作品         吉野              草深昌子
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   うぐひすのこゑのひと山向うより

   十四五枚寄せて一つの花筵

   竹薮の谿深くある遅日かな

   蝶々の飛んでその辺みどりなる

   蒟蒻玉埋めていのしし通さんか

   仰ぎては大きくなりし夜の桜

   本善寺まさに門前初つばめ

   花の日や杣夫と語る郵便夫

   柿芽吹くところに象の子かと聞く


   惜春の山より高く鳶かな

   ~~~~~       ~~~~~        ~~~~~

  ――翻って人間というものを考えてみると、生活に苦しまねばならぬもの、遂には死なねばならぬもの、これ程悲惨なものはない訳である。併しそれが悲惨だからと言って明け暮れ悲しんでいる事は出来ない。
 俳句は花鳥諷詠の文学である。花鳥風月に遊んで此の人生を楽しむという事は、俳句の生命とする所である。徒にクヨクヨジメジメして苦渋の人生に執着すべきでない――

 かねてより心に留めている虚子の言葉であるが、大震災にあたって、蝋燭の灯の下で読むと、一層切実になるばかりであった。



(平成23年7月号 晨第164号所収)
by masakokusa | 2011-07-05 21:44 | 昌子作品抄 | Comments(0)
原石鼎俳句鑑賞・平成23年6月

   あらあぶな石などなげて泳ぎの子       大正14年


 読んでその通り、何の解釈も鑑賞も要らない句である。
 だが、「あらあぶな」という当意即妙の上五がいつまでもある種の清々しいひびきとなって、読み手は、その現場に佇んでしまうような余情を持つものである。
 石鼎に子供はいなかったからであろうか、子供へのなまじい情緒がなく、純粋な感覚が如何にも清新に思われる。
 一瞬を「すかさず」俳句にのせるという、このあたりの微妙なコツが真似のできない石鼎の呼吸ではないだろうか。
 「あらあぶな」という間髪を入れぬ打ち出しが、すでに読み手をして作者に成り代わらせてしまう力があるのである。そして、すかさず「石などなげて」という韻律に繋げていくあたりの弾み具合も絶妙である。
 芭蕉が何の句に対してであったか、「ふと言ひてよろしき句」というようなことを言ったように記憶しているが、音感の身に備わった石鼎などは絶えず、「ふと言ひてよろしき句」が成ったようである。詠ったあとで、そのリズムのよさを確認し、無意識ながら内容に沿ったものに仕上がっていることに満足するのであろう。
 詩情はときに作句のスピード感によってもたらされるもののようである。

 掲句には、「塩原に病を養ふ 三句」の前書きがある。
 大正12年、関東大震災に遭った石鼎は、ショックから神経衰弱が進行し、大正14年6月には医者の勧めに従って、十数年来指導してきた幾十の句会をすべて断り、湯治のため塩原へ行くなど、養生に専念している。

   泳ぎ子に雲影走る山家かな
   あらあぶな石などなげて泳ぎの子
   その中によき子まじれる泳ぎかな

 句集『花影』には、前の二句のみ登載されている。

 塩原温泉郷は現在の東北新幹線那須塩原駅から国道400号を渓谷沿いに上って行くと次々と湧出している温泉で、千二百年の以上の歴史を持つ古い温泉郷である。多くの文豪が訪れた名湯であったから、石鼎にもその薬効は大いに期待されたに違いない。
 しかし、その後も入退院はくり返された。
 そのことを思うと、塩原での泳ぎ子とのいっときの交歓は貴重な放念の時間として今に生きていることに慰められる。

 渓流には、奇岩の一つ二つはそそり立ち、岩場もごろごろあって、吊橋などもかかっているのであろう。山家の素っ裸の子供たちが幾人かで楽しく遊んでいるのだが、元気あまってふいに石を投げる子がいる、喧嘩もはじまった、そこで「あらあぶな」である。ややあってみると、中には我関せず焉とばかり悠々と泳いでいる子もいるのである。
 三句合計して、一編のよき映像を見るような趣きである。

 「泳ぎ」の作例の多くは大正期以降であるから、石鼎のこの句などは、当時として相当新しいものであったろう。
 かの有名な芝不器男の<泳ぎ女の葛隠るまで羞ぢらひぬ>は昭和3年の句。
 この頃の田舎では水着などある筈もなく、天女の如き裸身に違いない。この奥深い翳りを思わせる美しさと石鼎の句とは表面的に比較すると、対極にあるように思われるが、その内包する純粋無垢なる世界は全く等しいものである。
by masakokusa | 2011-07-01 20:34 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
秀句月旦・平成23年7月
 

   東山回して鉾を回しけり       後藤比奈夫

 祇園祭は毎年7月に行われる八坂神社の祭礼で、大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭の一つとして、観光客でごったがえすものである。
 豪華絢爛たる祭のハイライトは17日に行われる32基の山鉾巡行。その見せ場は何と言っても「辻回し」、青竹を敷いて、水を撒いて、重さ10トンを超える鉾の向きを一気に90度も変えるのである。
 掲句も又一気呵成に、ダイナミックに仕上がっていて、山鉾の車輪のきしむ音までもが聞こえてくるようである。
 「東山回して」には、まるで作者が鉾の先頭にたって、京都の風土もろとも祇園祭そのものを扇動するかの如き勢いがこもっている。


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   炎天や生き物に眼が二つづつ       林 徹

 「人間に眼が二つづづ」でなく、「生き物に眼が二つづつ」であるところに、いっそう生きとし生ける物のやるせなさが充満している。
 掲句からはすぐに、<念力のゆるめば死ぬる大暑かな 村上鬼城>が思い浮かぶのも、そこには共通した一念の勁さがあるからだろう。虚ろながらにも、一方では生きる信念に燃えさかっている眼である。眼力もゆるめば又炎天に抗することはできない。
 林徹は、「ものの真髄は、必ず対象のどこかしらに象(かたち)あるものとして具現している」と書かれていたが、その信条通りの句である。

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   昼寝などしてゐるうちに逃げられし     辻田克己

 歳を取ると年中うつらうつらとしているからであろうか、中年の頃のように短時間にぐっすり昼寝をするというようなことはできなくなった。
 掲句は人生の佳境に入ったとでもいいたいような、うらやましいような昼寝ではないだろうか。
 一体誰に逃げられたのか、何に逃げられたというのか、一切は読者の想像にお任せなのだが、こんな余裕ある詠いぶりもまさにやる気満々の日々でなければ出来ない筈である。
 逃げられても後悔などしていない、あっけらかんとしている風韻が、そのまま昼寝から覚めたときの感覚にかなっている。

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   飛込の途中たましひ遅れけり       中原道夫

 この句を読んだ瞬間、ゾーッとした。高所恐怖症の私は「飛込」競技が世にも恐ろしいものに思えるのだが、掲句はその恐ろしさをまざと再現するものである。
 演技しつつも真っ逆さまにも落ちて行く身体、その体を選手として見届ける思慮分別、たしかに物理的に先に落ちるのは体で、あとから精神が着水するのであろう。
 だが、渓流の大岩から飛びこんだりする自然児の飛込みを想像すると、その多くは、「コワイヨー、コワイヨー」という気持ちが体よりあとについていくばかりだろう。
 要するに飛込の実況中継そのものである。
 「たましひ」という掴みどころのないものが、まるで物体の如くかたまりとなって落ちてゆく。思えば生きている体と心は一致しない。そのずれは飛込にかぎらず、あらゆる場面であり得ることを思い知らされもする。
 この一句をもって、私のなかで中原道夫は「断トツ」俳人となって登場した、茫々15年前のことである。

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   蠅飛んでくるや箪笥の角よけて     京極杞陽

 こういう情景は何度か見ている、なのに何とも思わないで見過ごしていた。
この一句をもって初めて、確かに見たことが実感され、思わず笑ってしまった、なつかしかった。
 「ただごと」がただごとでなく、「あたりまえ」があたりまえでない、そんな俳句の面白みは、人生のおもしろみそのものに繋がっている。
 蠅も又人間と同じなのである。蠅という季題への思い入れ、愛情なくしては詠えない句である。

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   ありがたき今日の雷雨と言ひあへり      原石鼎

 
 うだるような猛暑が続いている折から、今日は午後からひとしきり雷が鳴ったかとおもうと、思い切り大雨が降った。
 これだけの打水は人為ではままならぬものである。その効果は絶大で、気温は10度も低くなってしまった。
 人々は強烈なる雷雨にいっときは驚いたものの、そのもたらされた恩恵をこえごえに喜びあった。
 石鼎はだれもが共鳴する世俗の一端を俳句にする一方で、

   夜の雲のみづみづしさや雷のあと

 詩情たっぷりの雷も詠いあげている。
 雷にも表富士と裏富士のあるが如しである。
by masakokusa | 2011-07-01 00:29 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
昌子365日(自平成23年7月1日~至7月31日)
 
 
       7月31日(日)       一園に小径いくつも青時雨

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       7月30日(土)       あきらめの大夕立につきにけり

       7月29日(金)       魚簗掛けて腹の底から笑ひけり

       7月28日(木)       その音に大きく遅れ土用波 

       7月27日(水)       路地に咲く花みな赤き土用かな

       7月26日(火)       参道といふは曲がらぬ蝉の声  

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       7月25日(月)       古時計土用の時をきざみけり

       7月24日(日)       どの青田道を行くとも家路なる

       7月23日(土)       鮎食うて風を称ふるばかりなり     

       7月22日(金)       羅や雨に濡れては乾きては

       7月21日(木)       日に雨に土用太郎の一つ傘

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       7月20日(水)       蝉の死を一葉に掬ひあげにけり

       7月19日(火)       世界一朝の涼しき日本かな

       7月18日(月)      すみよしと言ふも涼しき社かな

       7月17日(日)      夕顔に月べつたりと出でにけり

       7月16日(土)      炎天や竹百本を宙吊りに

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       7月15日(金)      日焼して大和撫子らしくあり

       7月14日(木)      納涼の炭火熾してゐたりけり

       7月13日(水)      裸子をおんぶしてゐる裸かな

       7月12日(火)      浜木綿の一花フエリス女学院

       7月11日(月)      一木の影うつくしき青田かな 

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       7月10日(日)      箱庭のその人にしてもの思ひ

       7月9日(土)       川風に草を飛ばして刈りにけり

       7月8日(金)       五句六句ひねつて飛騨の冷し酒

       7月7日(木)       姉妹のやうな友達星祭る

       7月6日(水)       腰越に缶のビールを飲みしのみ

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       7月5日(火)       おもむろに涼しく鳥の糞をなす  

       7月4日(月)       涼しさのあまりに大の字となれる

       7月3日(日)       悪さして濡れてゐる子や雲の峰

       7月2日(土)       午後三時半や冷房音高き 

       7月1日(金)       赤ん坊も犬も引つ掻く網戸かな


  
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by masakokusa | 2011-07-01 00:28 | 昌子365日 new! | Comments(0)