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原石鼎俳句鑑賞・平成23年4月


   競漕の赤ばかり勝つ日なりけり       大正11年


 競漕(ボートレース)は晩春の季語である。
 伝統のケンブリッジ大学とオックスフオード大学のボートレースは毎年春にテムズ川で行われ、2011年現在、ケンブリッジ大学80勝、オックスフオード大学76勝、同着1という対戦成績を残している。
 わが国では明治17年に隅田川で初の学生ボートレースが挙行され、明治38年以来の早慶レガッタは隅田川の春の風物詩として有名である。今年は大震災のために変更があって、4月23日(土)、埼玉県戸田のコースで行われるという。
 最も歴史ある対校戦は、開成高校と筑波大付属高校が行っているもので、大正9年に始まっている。今年で83回、戦績は開成42勝、筑波40勝、というから、毎年白熱した試合展開を繰り広げているようである。

 このレースこそが、石鼎の観戦した紅白決選ではないだろうかと一人想像して楽しんでいる。
 大正11年の年譜には「この頃、学生俳句会のメンバーの出入りが多く、石鼎窟は書生の道場と噂される」とあるから、このような機会にも恵まれたのであろう。
 石鼎の見た赤は、ボートの本体やオールが、スクールカラーとして塗り分けられていたものであろうか、それとも遠くから眺めても識別しやすいように、鉢巻などをしていたのであろうか。
 いずれにしても、この日形式をかえて、何度かのレースがあったのだろうが、そのたびに赤組が勝ったというのである。確率からいえば赤と白は半々でいいところだが、レースというものは得てしてそのようなものである。一番人気が必ず勝つとは限らないのがレースの醍醐味、しかるに掲句は、ただそれだけのことである。

 石鼎の句には、毎回「ただそれだけのことである」とコメントしているような気がする。
 そもそも石鼎の目の付けどころが、いつであっても、何事であっても、世の中の事相については、自然のありようそのものに深く心が通っていて、些事を決して見逃すことがないのである。
 自然の現象を不思議をもって受け止めるという、このあたりがまさに客観写生の真理のありかたそのものである。
 只事であればあるほど、読者の思いは遠く広がっていくものである。

 このたびの大震災、ことに原子力発電所の事故では、想定外と言う言葉が頻繁に飛び交ったが、思うに、この世の出来事の全ては想定外である。
 想定通りにものごとが運ぶという考えは、人々の驕りではないだろうか。
 世の中は人智ではどうすることもできない不思議に満ちている。そんな不思議を敏感にキャッチして、そのまま写しとるという態度が石鼎の俳句のスタイルである。

 掲句も、今日という一と日の、ある一つのあらわれ方に心を動かされている。俳句の投げ手と受け手の関心が一つになって、手ごたえを充分に感じるものである。
 おもしろい現象は神が支配するという考えが石鼎の心をよぎってやまないのかもしれない。
 もっともこういうことに無関心の人は相変わらず、それがどうしたとあほらしく思えるであろう。それも又この世の常であって、興趣を感じなければならないということはない。
 石鼎は、自分の最も強く印象したことは、俳句に残さずにはおられない、わかる人にはわかる、そういう覚悟のもとにのびやかに筆を使っているに過ぎない。
 虚子が石鼎の句風を「豪華、跌宕」と讃えた通りである。

 全句集では、
   競漕の赤ばかり勝ちし日なりけり
として収められている。掲句の前には、

   boat勝ちて泣く選手あり草の春 

 がある。全句集には、ボートと表記されているものである。

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by masakokusa | 2011-04-22 19:27 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
秀句月旦・平成23年4月
 
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   くたびれて宿かる頃や藤の花       芭蕉

 季語の本意本情ということを思う時、いつもこの句が浮かんでくる。
 「くたびれて宿かる頃」といえば、もう「藤の花」以外には考えられない。
 紫を濃く淡く、ときに真白く、その長い藤房をゆったりと風に垂らしている風情は、優艶にして、どこかけだるく、どこかさびしい。
 何も言わなくても、藤の花が物語ってくれる心象が静かに窺われるのである。

 藤の花が咲くと、嗚呼もう春もおしまいだなと思う、去りゆく春が名残惜しくてならない。
 ところが今年は大震災があって、桜も何も、心の行き届かない春であったから、藤にも不思議なほどに興趣が湧いてこない。
 藤が春のとどめの花として、しみじみと観賞されるのは、春爛漫の日々を楽しく過ごせた日々があってこそのものであると気付かされている。

 芭蕉の句からも、季節の花々と日常の暮らしがいかに密接にかかわっているかが知れるものである。


   炭斗のごときものより種蒔ける       後藤夜半

 「種蒔き」は稲の籾を苗代に蒔くことで、「種下し」とも言われる。
 今年4月上旬に吉野離宮の跡である宮滝を訪れたが、山桜はまだ二三分咲きで、吹く風もつめたく、期待した種下しも見ることができなかった。
 紀貫之に、〈あしびきの山のさくらの色見てぞをちかた人は種も蒔きける〉があるように、桜の咲きようが種蒔きの時期を決める一つの目安になっているようである。
 掲句は、炭斗(すみとり)という炭俵から小出しにした炭を入れておく容れ物を使って種蒔をしていることに感興を催したのである。
 「ごときものより」であるから、実際は専用の籠なのかもしれないが、「炭斗」という見立てが楽しい。
 長い冬の間、日常に欠かすことのできなかった炭斗が、今日晴れやかに籾種入れとして役立っているところに、農家の暮しの充実が思われたのであろう。
 明るくもたのもしい種蒔きである。

 
  咲き満ちてこぼるる花もなかりけり       高濱虚子

 まだ咲かぬ花は一片もない、さりとて散りゆく花も一片もない、今まさに咲き満ちて身じろぎもあらぬミツミツの桜の樹である。
 一呼吸でもしようものなら散ってしまうかもしれないような緊張感にありながら、得も言われぬ至福のしじまがたゆたっている。

 「或ものに囚われての作はどこまでも窮屈である。又理屈に陥ちていい作品は出来ない。客観写生より進んで行った作品は何らの拘束がない、さうして自然と共に自由である」という虚子の言葉通り、自然を自然に描き切った、虚子ならではの写生である。


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   汐干より今帰りたる隣哉           正岡子規

 汐干狩は昔からある春の行楽の一つ。
 遠くまで大きく潮の引いた砂浜で、老若男女が手足を丸出しにして、競って浅蜊や蛤をあさっている汐干の光景は春のきらめきに満ちている。
 隣りも一家総出だったのだろう。
 夕方俄かに賑やかになって、今日一日の楽しさを物語るような声々が聞こえてくる。耳をすませば貝の触れあう音が聞こえてきそうだ。子規の鼻先には、潮の匂いまでもが感覚的によぎったのではないだろうか。
 病床にあっても、子規は健康そのもの、隣りの気配と共に、汐干の満足感を味わっている。
 「今帰りたる」、その頃はそぞろ夕ぐれているのだろうが、「今」という臨場感に日の差すような明るさが出ている。

 子規の隣りは、公私に子規を支えた陸羯南邸であった。

   五女ありて後の男や初幟       子規

 五人も女の子が続いた後にやっと男の子の生れた羯南へ子規の贈った句である。

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   遅き日の漱石の髭重たからん          飯島晴子

 「遅日」は「日永」と同じであるが、ニュアンスは微妙に違う。
 「遅き日」は、日中の長さより、日の暮れるのが遅いというところに重点があって、春日遅々たる気分である。
 ひもすがら物を書いて机に向っている作者を思えば、書けども書けども書くことのおさまりきれない膨大さが、日の暮れそうで暮れないという季節感のもの憂さにどこか被さってくるものがあったのであろう。
 そんな遅日に触発された、「漱石の髭重たからん」である。
 文豪の髭の重量感がまるで遅日のそれであるかのように受け止められた時、飯島晴子俳人はフッと息の抜けたような思いがしたのではないだろうか。
 作者の漱石への思いは深い。

 ちなみに、漱石の髭はなかなかにフッション性がありハンサム仕立てである。
 ちょっと神経質そうなところも髭の醸し出す威厳がカモフラージュしてくれているようでもある。
 『漱石・子規往復書簡集』によると、明治25年(25歳)の折、子規に「お粗末ながら呈上」した漱石の写真に髭はまだない。明治27年(27歳)の、見合い写真にはすでにして堂々たる髭が備わっている。



   梁(うつばり)を画龍のにらむ日永かな        夏目漱石

 漱石は明治28年5月、子規への見舞いの手紙の中で、「少子近頃俳門に入らんと存候。御閑暇の節は御高示を仰ぎたく候」と述べ、同年9月に32句を送ったのを皮切りに、明治32年10月まで膨大な俳句を書き送り、子規の添削を請うた。
 漱石ならではの病子規へのさりげない元気付けではなかっただろうか。
 掲句は明治29年3月5日のもの。
 句頭に○。上五「梁に」、中七下五 「睨む」は日永に如何。と子規の批評がある。
 子規の短評はさすがと唸らされるが、漱石にとっては「にらむ」と言わずにおれなかったのだろう。睨むのは髭の漱石の十八番かもしれない。
 漱石の文章に、撮影に来た雑誌の男に笑えと言われて、約束が違うではないかと笑う気になれなかったから笑わなかった、ところが出来上った写真は苦笑を洩らしていた、といようなものがあったのを思い出した。

 漱石の名誉のために、この時送った101句中◎は以下の三句であった。

   ◎むくむくと砂の中より春の水
   ◎三日雨四日梅咲く日誌かな
   ◎雨晴れて南山春の雲を吐く


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by masakokusa | 2011-04-01 20:32 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
昌子365日  (自平成23年4月1日~至4月31日)
 

      4月30日(土)        あでやかな色に落ちたる椿かな

      4月29日(金)        剪定の梯子を裏に表にす 

      4月28日(木)        灯を消して畳にゐたる暮春かな

      4月27日(水)        花馬酔木生きて昭和は若かりし

      4月26日(火)        チューリップその色ごとに並びける

    
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     4月25日(月)        花屑や門あらたまる極楽寺

     4月24日(日)        春障子春日通りに面したる

     4月23日(土)        惜春の何鳥となく啼きにけり

     4月22日(金)        一鳥のごとき一人の蜆掻く

     4月21日(木)        あたたかや空から降つてきたる音      

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     4月20日(水)       その人に汐干のにほふ句会かな

     4月19日(火)       遠きほど花の色濃く覚えたり

     4月18日(月)       くちばしを日永の幹にうちつくる

     4月17日(日)       十四五枚寄せて一つの花むしろ

     4月16日(土)       一生の思ひに落つる椿かな

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    4月15日(金)       蛙子のぎゆうぎゆうづめとなりにけり

    4月14日(木)       一と抱へしたりしものの暮れかぬる

    4月13日(水)       老桜の亭午は色の濃くなれり

    4月12日(火)       春塵の書冊につもりやすきこと

    4月11日(月)       あたたかや水底を見て水を見て

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    4月10日(日)      ひとまはり大きくなりし夜の桜

    4月9日(土)       大盃を女の干せる花の夜

    4月8日(金)       杉山の花粉を噴きし虚子忌かな

    4月7日(木)       二万歩に百歩足らざる桜狩    

    4月6日(水)       花に色鳥に色ある遅日かな


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   4月5日(火)      初花や石の門柱木の門扉

   4月4日(月)       飛行機の音のかなしき辛夷かな

   4月3日(日)      橋かけて水なき川や春の塵

   4月2日(土)      芳草の瓦礫のあひだあひだかな

   4月1日(金)      お天気のよきにつけても春うれひ
by masakokusa | 2011-04-01 20:12 | 昌子365日 new! | Comments(2)