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原石鼎俳句鑑賞・平成23年3月
  

  菜の花をあらはるるとき蝶白し       昭和9年  

 
 「さあさあ、お立ち会い!種も仕掛けもございません。
 その辺を飛んでおりますのは白とも黄ともつきかねまする平々凡々の蝶々、さあさあとくとご覧あれ、今ここには菜の花が盛りと咲き乱れておりまする~」
 さてと、マジシャンが指をひとふりした瞬間、菜の花の中から現れた一匹の蝶々、なんと眩しいばかりの真っ白さであった。
 手品を見るような一句、いや、そのように仕掛けた一句である。

 今ここに飛んで来た蝶々は生成りの白であったか、春塵にまみれているものであったか、いささか色の体を成さないものであったのだろう、ところが菜の花の洗礼を浴びて目の覚めるような蝶に生まれ変わったのである。あるいは菜の花の黄色を脱いだ白はこんなにも白いのですよ、というような白かもしれない。
 物の様相はなべて相対的なものであり、目の錯覚といえばそれまでであるが、こういう鮮やかな切り取り口を見せてくれるのはやはり石鼎ならではの垢ぬけた絵心のように思われる。

 ここでふと思い出すのが、オランダの画家フエルメールのことである。
 その、フエルメールの名画をタイトルにした「真珠の耳飾りの少女」という恋愛小説の中で、モデルになった少女フリートにフエルメールが問いかけるシーンがある。
 あの雲は何色だろう?
 白でございます。
 そうかね?おまえならもう少し何とかなるはずだよ。あの野菜を思いだしてごらん、蕪と玉葱は同じ白かね?
 いえ違います、蕪には緑が混じっていて、玉葱には黄色が。
 その通りだ、さあ雲にはどんな色が見えるかね?
 少し青いところがございます。それから、、黄色も。緑も見えます!
 あんまり興奮したので、指差してしまった。雲なら生れた時からずっと見てきてはずなのに、その時はじめて雲を見たような気がした。
 旦那様が微笑む。

 石鼎の眼はもとよりフエルメール同様の画家の眼を持っていたであろうが、この時ばかりはフリート同然、白い蝶ならいつも見ていたはずなのに、この時はじめて本当に白い蝶々を見たような気がしたのではないだろうか。
 いつも見ている蝶々の白さが、蛍光色のごとく光って見えた。菜の花のゆらゆらを抜け出た蝶々の引き締まった精神性までもがうかがわれたことであろう。

 俳句の写生とは、四季の万物の相を見て、その中からある映像を取り出してくることをいうものであるという、一つの典型のような作品である。作者の心に映った映像は、虚子のいうところの「小さな天地」というものであろう。
 ところで、万物の相の中から或る一つの姿をとらえることができるのはどういう時であろうか。
 その日の気候や気温、風向きや日の照り具合、何よりその日の作者の気持ちの在りようというもの、心情というものがある、それらもろもろの有情がはたと噛み合ったとき、人の心はうごくのであろう。その心の働きがすかさず一句に結ばれるのである。

 菜の花を出てきた蝶は白かった、一句はそれだけのことであるかもしれないが、「あらはるるとき」という措辞の「あらはるる」の洗練、「とき」の刹那に、春の物思いが払拭されるような静謐を覚える。
 菜の花が一面に咲き乱れる中に遊んでいると、まるで黄色に染められるような気がするという感覚なら常識的にあるかもしれないが、この句は染まらないのである。
 春寒き頃の、菜の花独特の緑がかった黄色のつめたさが作用して、その白い色彩がいっそう冴えるという、不思議の現象のままである。
 蝶々が菜の花の黄色に染まれば平凡な風景が平凡なるままに終わるのであろうが、意外性とも言える白さが詩情であり、一種の品格をもって感受させられるものである。


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by masakokusa | 2011-03-31 22:24 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
秀句月旦・平成23年3月
 
   町空のつばくらめのみ新しや      中村草田男

 ツバメは日本の春に飛来し、軒端に巣をかけ、子を育てて、秋には南方に去っていく。黒い羽根は艶やかで、胸は真っ白、尾は長く燕尾状で、精悍にして可憐である。そんな燕の飛翔は見るからに颯爽としている。
 中国では春の社日(春分及び秋分に最も近い前後の戊の日)の頃来て、秋の社日の頃に帰るのでツバメのことを社燕というそうである。
 この頃、草田男も墓参りか何かで郷里の松山へ帰省していたのであろう。大方は変わらぬ古い城下町の佇まいの中で、その空にはきらきらと燕が飛び交っているではないか。
 その感動は、「新しや」という下五の余韻によく共鳴している。
 「町空」という上五も何でもないようで、シンプル。どの措辞も無駄がなく的確で、清新な情景がいっそう引き立っている。

 地上の悲しい出来事をよそに、仰ぎ見ると空は真っ青である。あらためてこの句から、ことごとく新しい季節の巡りがやってくることに勇気づけられる。

   つばくらめ斯くまで並ぶことのあり    草田男

 この不思議もまた初々しい感動である。

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   外にも出よ触るるばかりに春の月      中村汀女

 子供の頃は停電がよくあった。
 蝋燭の灯をともして薄暗い中に息をひそめるようにしていると、母が「お月さんが綺麗よ、早よ外へ出て見~」なんて大らかな声を発していたっけ。
 東日本巨大地震に波及して計画停電というものに見舞われてみると、月明かりと云うものがこれほどまでに皎々たるものであったとは驚かされる思いであった。久しく忘れていた神々しいまでの美しさ。
 思わず手を挙げて、「おかあちゃん~」と呼びたいようななつかしさであった。


  初雷や湖北泊りの湖の方          皆吉爽雨

 NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」はいよいよ、羽柴秀吉対柴田勝家の戦い、賊ケ岳合戦に突入である。
 米原駅で乗り換えて北陸線に入り、木之本で下車。掲句は、この賊ケ岳のふもとの里を訪れたときの一句であるという。賊ケ岳に上ったものの雲の深い日で、湖上も見ないまま下りてきた。
 作者は自句自解をこう締めくくっている。
 「しかし、旅というものは、何かの目的以外に、思わぬ天候の変化や風物が恵まれて句が出来るものである。この初雷のように」
 賊ケ岳の熾烈な戦いはもとより、どんな些細な事であっても、勝運はまこと紙一重ということであろう。

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   会の日や晴れて又降る春の雨        正岡子規

 明治32年3月14日、子規庵に香取秀真、岡麓など歌人を招いて歌会が開かれた。
 これが根岸短歌会の起源になった。前年の3月、はじめて催された歌会は俳人のみの参加で一回きり、一年間途絶えていたのが再開されたのである。
 「晴れて又降る」は、春雨らしい降り方でごく自然な描写であるが、子規の喜びがじんわりと沁みわたる様に「会の日」に呼応して、朗々たる会の様子まで伺われるものである。春雨のぬくもりがなつかしい。

   初雷や物に驚く病み上り
 この句もこの頃のものであろうか。子規の感度は、いつだって良好、健康そのものである。



   シクラメン花のうれひを葉にわかち     久保田万太郎

 シクラメンはクリスマスからお正月にかけて最もその華やぎを発揮してくれる園芸植物であるが、俳句の季語としては春のもの。
 シクラメンはハートの形をした斑入りの葉がびっしりつまっているのがいい。その間からいくつもすっきりとした茎を抽いて、鮮やかな色彩の花を次から次へ咲かせてくれる。
 分厚くも頼もしい葉があってこその赤い花であり、赤い花があってこその緑濃き葉の美しさであるとでもいうような、花と葉の一対のバランスがいかにも凛々しい。
 たっぷり日を浴びているシクラメンの一鉢を前に、もの思いにふけるのも好もしい。しじまをやぶって、今にかの人の、かのよき声が聞こえてきそうな気がする。


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  食うて寝る年頃なれど大試験        岩田由美

 明治の初めごろは進級試験を「小試験」、卒業試験を「大試験」と区別したそうだが、現今、俳句で「大試験」といえば入学試験のことをさしている。
 大試験の「大」にはより高度なもの、より難解なものを思わせるところがあって、どことなく威圧的で、おのずから受験生の痛切がしのばれるものである。
 掲句の母親は、人間の食べて寝るという生理現象の最も旺盛なる成長期に、寝食忘れて勉強せねばならない、難関を打ち破らねばならないという辛さ、そのことを十分理解して、子どもがイヤがる以上に、母親がそのイヤなるところを引きうけてたっているのであろう。
 子供への接し方は、まこと聡明にして慈愛に満ちた日常であることが黙っていてもわかる句である。
 さっき痛切と言ったが、むしろ痛快なる大試験に思われる。

 同じ作者にもう一句、
   大試験前に男の泣くことよ

 この度、大学の入試問題が試験中にインターネットの質問サイトに投稿された問題が起きているが、そもそも受験生のありようからして、「食うて寝る」青年、「泣く」青年は心身ともに健やか極まりないものであることがあらためて思われる。
 
 掲句を収めた岩田由美句集『花束』は、この度第34回俳人協会新人賞を受賞された。

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   道明寺一口にして失せにけり        岸本尚毅

 道明寺は「桜餅」のこと。
 東京の桜餅は紅色のうす皮に餡を包んで桜の葉っぱをあててあるが、関西は道明寺糒(ほしい)を蒸してそれで餡を包んだもの。
 句会などでは両方の桜餅を用意して、さてどっちに手が出るか、西党か東党か。
 岡山出身の作者は「道明寺」を指にはさんで、ペロッと喉越しよろしくひと口にのみこんだ。
 ややあって、席題であるところの「桜餅」に反芻したのであった。
 あたかも道明寺たる一寺が消えたかのような表出に、読者は一瞬あっと驚くのであるが、作者はただ道明寺の美味さが感に堪えぬというおももちであった。
 まことウマイというほかない。

 平成23年1月号の「子規新報」に「岸本尚毅の俳句」特集として、小西昭夫が30句抄出している。掲句もその中にあるが、他にも、
   一寸ゐてもう夕方や雛の家
   恋猫が唐招提寺からも来る
   鱧に酒その後記憶なかりけり
   緑陰にいくつもうごく箒かな
   うらがへる雪のかたまり雪を掻く
   その一つ案山子に非ず歩きけり   
   茄子と煮てちりめんじゃこが茄子の色
   鳥の恋ペリカン便も急ぐなり

 日常ごく普通に見聞きし、体験することであるのに、誰もこうは詠えなかった。意表を突かれる思いがして、オモシロイ。 
 「鳥の恋」の句は、小西昭夫が「 ~ クロネコヤマトやカンガルー便では都合が悪い。こう詠まれるとペリカン便が扱っているのは彼から彼女へのプレゼントばかりのような気にさせられる。そうなると、相手のいるいないに係わりなく、自分も早くペリカン便を出さなくてはという気分に誘われる。笑える。」と鑑賞されている。
 その鑑賞の面白さが、又一句の面白さを倍増してくれるものである。

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by masakokusa | 2011-03-01 20:40 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
昌子月詠・平成23年3月
 
   墓原に覚えありけり暖かし
   遠富士やどこまで伸びる蝌蚪の紐

   踏青のここに一礼深くしぬ
   永き日の何の風呂敷包みかな

   鳥帰る人の住む島住まぬ島
   亀鳴くと離宮に舟をつけにけり

   書架にして二階の窓や呼子鳥
   遠足の子に手を振ってゐる子かな

   対岸の椅子に色ある残り鴨
   奥つ城のほかは春田でありにけり

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by masakokusa | 2011-03-01 11:13 | 昌子月詠 | Comments(0)