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原石鼎俳句鑑賞・平成23年1月
  
 
   寒月やわれ白面の反逆者       大正9年


 一月も末の月、地球の真上にかかった寒月はすさまじいまでに澄みきっていた。
皎々たる月の光、いや、そんなお決まりの形容がどこか生ぬるく感じられほどの月夜である。それもそのはず、小さな島国は今一面の大雪に埋もれている。身動きならぬほどの閉塞感、それはあまりにも青ざめた月光であった。
 そんな寒月に矢を向けたのは、日本の若きサムライ。
 サムライは瞬時に「ヒーロー」を射止めた。その人の名は、サッカーアジア杯日本代表李忠成選手。
 李は、雌伏何年であろうか、毎日毎日、いつかは俺がヒーローになると思い続けて踏ん張ってきた。
 その根底にあったのは、「神様がいる」という静かにも強い信念であった。
 寒月は、そんな信念を奮い立たせるのに充分であった。
 「われ白面の反逆者」と名乗り出たその時、神様はほほ笑んだ。


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by masakokusa | 2011-01-31 19:14 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
昌子月詠・平成23年2月

   日か月か明るく円く涅槃絵図
   春泥の四足門とはなりにけり

   大琵琶や鳥のかへりをおととひに
   鳥雲に入るや上人上陸地

   芳しき草に掛けあるきつね罠
   龍天に登る見越しの松であり

   犬に手をなぶらせてゐる春浅き
   水のあるかぎりにお玉杓子かな

   蟇交むことのほかみなさむざむと
   うららなる子供のそばに寄りにけり
   



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by masakokusa | 2011-01-31 16:20 | 昌子月詠 | Comments(0)
秀句月旦・平成23年1月
   
   すぐそこを白雲の行く年賀かな      大峯あきら

 新年の季語に「年始」がある。「年賀」とか「御慶」というのはその傍題で、いずれも念頭の祝いである。
 昔のお正月は、子供ながらに親戚やご近所の方々に門口で「おめでとうございます」という「門礼」をよくした、そこでお年玉を頂くのがお目当てではあったが。

 掲句は、吉野にお住まいの作者と知れると、蔵王堂も見晴らされるような、いかにも澄みきった青空、片片の白雲、山々の紫紺も美しく想像されてくる。
 「すぐそこを」行くのは白雲であり、同時に礼者であって、自然と人々のうるわしい交流がそのまま年賀の晴れやかさを象徴しているようである。
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   年玉を並べて置くや枕もと          正岡子規

 明治34年、子規34歳の正月。
 子規は慶応3年に生れ、翌慶応4年9月に明治に改元された。従って明治元年は子規1歳、以後明治の年数と子規の年齢はぴったり一致して、引き算の苦手なものには有難い符合になっている。
 明治34年は1901年。
 この年の1月16日から「日本」に「墨汁一滴」の連載が始まった。その冒頭に、20世紀の年玉として門弟の寒川鼠骨から直径3寸の地球儀を贈ってもらったことを記して、「これ我が病室の蓬莱なり」と喜んでいる。
 掲句は、1月28日に出てくる。
 俳句に付けられた一文を読むと、俳句の状況が一目瞭然である。
 「人に物を贈るとて実用的の物を贈るは賄賂に似て心よからぬ事あり。実用以外の物を贈りたるこそ贈りたる者は気安くして贈られたる者は興深けれ。今年の年玉とて鼠骨 のもたらせしは何々ぞ。三寸の地球儀、大黒のはがきさし、夷子(えびす)の絵はがき、千人児童の図、八幡太郎一代記の絵草紙など。いとめづらし。此を取り彼をひろげて暫くは見くらべ読みこころみなどするに贈りし人の趣味は自らこの取り合せの中にあらわれて興尽くる事を知らず」

 子規の書斎を獺祭書屋(だっさいしゃおく)と称したことから子規の忌日は獺祭忌とも呼ばれる。
 獺(かわうそ)が魚を獲って食べる時に目の前に並べておき、頃合いを見て食べる習性があることから、自身も病床の枕もとに書物のあれこれを並べて、必要に応じて手にするというところを見立てたのであろう。
 この年玉もまさに獺祭風である。

 子規の永眠まで、あと1年8ヵ月のことである。


   福寿草平均寿命伸びにけり         日野草城

 福寿草は「元日草」とも呼ばれ、正月の花として珍重される。
 寒気の中に肩寄せ合うように咲いている小さな黄金色の福寿草をふと公園などで見かけると、やはり何か特別大事なもののように思われる。
 そんな福寿草のめでたさをズバリ「平均寿命伸びにけり」と言い切った。
 他人ごとのようではあるが、やはりささやかにも前向きの気持ちが湧いてくるところが嬉しい。

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   老の手をのべて探りて龍の玉         富安風生

 「龍の玉」は龍の髭の実のこと。
 龍の玉と言うと、たちどころに虚子の<龍の玉深く蔵すといふことを>が思い浮かぶ。
 瑠璃色の小さな美しい実はいくつか連なってついているが、蛇の髭とう名の通り細くてやや硬い葉っぱに埋もれていることが多い。
 福寿草の隣りに、この龍の髭があって掲句同様の仕草をすると、ほろほろと碧い玉が転がってきたことがあった。
 龍の玉もまた宝石に出会ったような喜びをもたらしてくれるものである。

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by masakokusa | 2011-01-01 00:03 | 秀句月旦(3) | Comments(0)