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石鼎俳句鑑賞・平成22年9月

   秋晴や二階六畳下六畳          大正8年

 今年ほど秋晴のよろこび、気持ちよさを味わった年はないように思う。あの煮えたぎるような炎天から解放されて、からっと澄み切った秋空はこの上もなく爽やかである。
 こんな寿命が延びるような喜びや感謝が、掲句にも潜んでいるように思われる。

 「二階六畳下六畳」とは、何ともつつましい住まいである。だが、作者は我が俳諧人生にこれほどふさわしい空間はない、これぞ我が天下とばかりひそかにご満悦なのではないだろうか。何より秋晴に触発された実感である。
 
 実作の背景など知らなくても、十分に伝達力のある俳句であるが、この年の九月に石鼎は結婚、東京麻布竜土町に引っ越し、盛んな俳句活動を過ごしていることを知ると、自己肯定の感じが頷けるものである。

 ちなみに『花影』の年譜にはこの年、「殆ど毎日の如く句会あり、一日中に二つも三つもの句会のありし事などもあり、鉄道俳句を初め、銀行、会社内の句会多く、殊に重立たる銀行の句会には殆ど出席、又東京に於ける学生にして句作に親しむ者ぼつぼつ殖え来り、商大専門部の前身、高商内の南琴吟社が余の下宿の一室より呱々の声をあげしをはじめとして、商大、蔵前高工、慶応医大、国学院、東洋大学、慈恵院医大、外国語学校、慶応大学、早稲田大学、帝大等の各学校の俳句会の殆ど主なる学校に亘って出席し、春秋、東日楼上に学生俳句大会を催しなどして大いに力むるところありたりき」とある。

 俳句は、何のはからいもなく詠いあげられたところにこそ、思わず作者の詩情が滲みでてしまうものであることを、あらためて思い知らされる。
 もちろん、無技巧の技巧というものがあって、上質の技巧が我知らず働いていることも隠せないところではある。
 飾り言葉のない、名詞だけで仕上げたシンプルさが秋晴の透き通った感覚をいっそう鮮やかに見せるのである。

 掲句の如き生活感のある秋晴は他に、

  秋晴やそこばくの銭に山稼ぎ         大正2年
  秋晴やあるかなきかに住める杣       大正4年 
  秋晴や門よりみゆる竈の火         大正13年

 石鼎の本領はむしろ、秋晴の大自然そのものを大景のうちに掴んでいるものによく発揮されているようである。

   秋晴の滝玲瓏と落ちにけり         大正7年
   秋晴のあえかに白し砕け浪        大正11年
   秋晴の強き芒にふれにけり        大正13年

(ブログ原石鼎・平成22年9月UP)

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by masakokusa | 2010-09-30 23:41 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
昌子月詠・神無月

   船降りて来たる足音秋彼岸
   人の手のどの榠樝にも及ばざる

   村人と朝寒の声かはしけり
   今をりし人ゐぬ水草紅葉かな

   鶺鴒の飛んで子供のころびたる
   寺に猫肥る障子を入れにけり

   堅田晴れ報恩講のお触れある
   道に曳く子供のおもちゃ菊日和

   残菊や少しはにかむ堅田の子
   初鴨の堅田にこゑをあげにけり

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by masakokusa | 2010-09-21 21:56 | 昌子月詠 | Comments(0)
秀句月旦・平成22年9月
   とにかくに残暑も二百十日かな      正岡子規

 立春から数えて二百十日目にあたる9月1日は、暴風雨の襲来が多い。農家では稲の出穂期に備えて、この日を厄日として警戒している。

 掲句のほかに、明治29年、29歳の子規は次のような作品を残している。

   端居して二百十日のながめかな
   雲走り雲追ひ二百十日かな
   日の照りて風吹く二百十日かな
   地震さへまじりて二百十日かな
   二百十日異国の船の入りけり


 「地震さへまじりて」、大正12年9月1日には関東大震災があった。そして「とにかくに残暑も」、今年2010年の二百十日のありようそのままである。

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   大根をきのふ蒔きたる在所かな     大峯あきら

 大根の種は二百十日前後に蒔くとも、秋彼岸のころ蒔くとも歳時記には出ている。ひと雨来た後が乾かなくてよさそうである、何れにしても、大根を蒔き終るとそぞろ秋も深まっていくのであろう。
 「きのふ」というのは昨日今日という事実の昨日だけではない、遠い思いにつながる「きのふ」であろう。「在所」は、人の住んでいる所、物の在る所であり、生まれ故郷の田舎でもある。
 下手な鑑賞をするより、黙ってその風土に誘われ、時空の広やかさに思いを致し、静かに足を地に付けて立っているしかないように思われる。心洗われる句である。
 ところで、近江や吉野を吟行すると、在所という言葉の魅力にひかれて、ついつい使ってみたくなるのだが、<大根をきのふ蒔きたる在所かな>の「在所」は作者ならではの独創的表現であって、一句のすべてに行き渡っている大きな詩因であるから、これをやすやすと真似をしたところで、そこだけが浮き上がってしまってどうにもならないことを何度も思い知らされた。
 俳句の言葉は、「在所」一つをとってみても、その人の持っているものから出た本当のものでなければならないことを教えられるのである。


   一言の忘扇に及ぶなき       島村はじめ

 夏の盛りにはかたときも手放せなかった扇子も、朝晩の涼しい頃になると、忘れがちになる。そんな秋の扇子を、扇置く、忘れ扇、捨扇などという。
 掲句も出先でふと忘れて帰ってしまった扇子であろうか。相手方に、扇子の問い合わせもしないし、置いて行かれた方の人も、忘れてましたよというでもなく打ち過ぎているということであろう。いや、忘れた事さえ気が付いてないのかもしれない。
 後日の会話に、一言も扇子の話は出なかった。涼しくなると、もはや無用とばかり扇子のことなど誰も気にかけないのである。
 身につまされる一句である。

 これが年配の俳人でなく、若い俳人であったことに驚く。島村はじめは明治26年、米国生まれ。ホトトギス代表作家として嘱望されたが、31歳で没している。

   夕鵙に答ふる鵙もなかりけり
   囀りやピアノの上の薄埃
   春雷や布團の上の旅衣

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   鈴虫や早寝の老に飼はれつつ       後藤夜半

 数年前からガラスの水槽に、鈴虫を400匹ばかり飼っている。毎朝、胡瓜や茄子を餌に与え、折々、水を霧吹きにして土を濡らす。雌が卵を孕むと動物性たんぱくを欲しがって雄を食べてしまうので、それを避けるためにその時期には、鰹ぶしを補給してやる。それでも雄は早死になのか、雌に食われるのか、水槽に最後まで残るのは雌の一匹である。
 鈴虫は一匹がリーンリーンと鳴き出すと、一斉に鳴きはじめる。すさまじいばかりの大音響ながら、うるさくないどころか、鳴くほどに秋の夜の静けさが身に染むように実感されてくるのは不思議。早寝の年寄にはまるで子守唄である。
 鈴虫と共にある日常は、年寄にふさわしいもののようである。

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by masakokusa | 2010-09-01 00:51 | 秀句月旦(3) | Comments(0)