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晨集散策・青嶺美し                 今井妙子

   椋鳥にうちまじりては青き踏む      草深昌子

 四条河原町から木屋町通りを高瀬川に沿って、龍馬通の酢屋、林泉寺、幾松を経て鴨川の堤を踏青、この時まったく掲句と同じ情景に出合った。
 椋鳥は少々騒がしい。我々の行く先ざきを虫などを啄ばみながら群れて愛嬌がある。
 「うちまじりては」に自然との交歓が読みとれて大いに共感した。

(平成22年9月号「晨」第159号所収)
by masakokusa | 2010-08-30 13:48 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
晨集散策・佳作の風姿              本村 蠻

   遠足の子に手を振ってゐる子かな      草深昌子

 小学校低学年くらいの遠足の列。
 それを見ている幼児が手を振っているというだけの内容だが、なんとも可憐でほほえましい情景。
 女の子だろう。

(平成22年9月号「晨」第159号所収)
by masakokusa | 2010-08-30 13:42 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
昌子月詠・長月

   水澄んで流るる鯉となりにけり
   柴橋といふは鉄橋秋の風

   秋水の音が屋敷の中にくる
   酒蔵は秋の声する向かう岸

   柿食うてもの書くさまのすばやかり
   子規の忌の外交官の家にゐる

   蝉の鳴きしぼりし萩のこぼれかな
   どこそこの蚊となく喰はれ獺祭忌

   竜淵に潜める衣は被きけり
   船降りて来たる足音秋彼岸


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by masakokusa | 2010-08-30 13:14 | 昌子月詠 | Comments(0)
石鼎俳句鑑賞・平成22年8月               

   西瓜食む鴉に爪と嘴とあり    大正10年

 「鴉に爪と嘴とあり」と言われてみれば、この鴉は相当ひどく爪と嘴を立てているであろうことが自ずと知れる。
 一方、西瓜は動物にあらず植物であるから、畑にじっと坐っているのであろうが、西瓜もまた食うか食われるか身をよじって抗っているかのようである。
 大きな球体にピエロよろしく鴉が乗っかっている図式である。

 ゴミ置き場に来る鴉は肉食のように思われるが、それらはハシブトガラスで、掲句の如く植物嗜好の鴉はハシボソガラスだそうだ。
 つまり鴉は雑食で、霊長類に匹敵する頭脳の持ち主らしい。

 石鼎はそんな鴉に目を見開いて驚いている。その観察眼の凄みもまた鴉に勝るとも劣らないもののようである。
 石鼎の作品に、<秋蝶の驚きやすきつばさかな  昭和7年>があるが、驚きやすいのは秋蝶というよりは、石鼎の方ではないだろうか。

 総じて石鼎は大仰に驚きやすい人のように思われる。
 驚きとは発見力であり、眼力である。その驚きやすさこそは、世間とは並はずれた石鼎独自のものの見方になっている訳で、その俳句は当然おもしろい。
先ず、驚かなければ俳句にはならないことを気付かされるものである。

 掲句より、もっとおもしろいのは前年の、

   西瓜うまし皮の緑を遠く赤     大正9年

である。
 これぞ西瓜である。こんなアホらしいことをまことしやかに、そう、一見格調高き表出の仕方でもって詠いあげているから、笑えてくる。
 面白くなければ俳句ではないことも、ここに気付かされるのである。

 鴉が食うのも人間さまが食うのも、石鼎にかかると同じである。「皮の緑を遠く赤」ならばこそ爪と嘴を動員しなければならい、そう、人も又器用に、指も歯もこまめにあやつらねばならないのである。
 両句からは、瑞々しい西瓜の果汁が滴ってくる。

 『花影』には、掲句の直前に、以下のような句が並んでいる。

   人間に日はゆふべなる裸かな
   蜥蜴青し氷片べっと吐いて掌に
   畑物に大地さびしや雲の峰
   沼神の老いやさらぼひ菱の花

 どれもこれもやるせない。そして掲句の後には、

   滝をのぞく背をはなれゐる命かな
   割られたりはじめてうごく大西瓜
   夜の雲のみづみづしさや雷のあと
   蟷螂の横に倒れて死にゐたり

等が続いている。
 人間であれ、動植物であれ、なんとなまなましい命が眼前に繰り広げられることであろう。蟷螂の句などは、死さえもなまなましく生きてあるかのように描写される。
 季節のめぐりに感応するものの哀れである。

 其はそうと、今年の異常猛暑はどうだろう。クーラー嫌いも、ついにクーラーなしには生きられない日々である。
 西瓜もまた熱中症予防に、一役買っている。
 それにしても西瓜を丸ごと井戸水に冷して食べるというような原始的な夏はもはや味わえないが、石鼎の西瓜からは、そんなダイナミックな感触がよみがえってくる。
 ちなみに西瓜は、赤い部分だけでなく、皮の緑にも動脈硬化の予防になる成分が含まれているそうで、捨てるのはもったいないという。かの鴉は、果たして皮の緑も食べるのであろうか。

(ブログ原石鼎・平成22年8月UP)

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by masakokusa | 2010-08-30 12:42 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
秀句月旦・平成22年8月

   戦死報秋の日くれてきたりけり       飯田蛇笏

 蛇笏の長男聡一郎は昭和19年12月22日レイテ島にて戦死した。
 その戦死の公報が届いたのは、昭和22年8月16日であったという。終戦から2年も経っているとは何とむごいことであろうか。
 想像を絶する心情を、「秋の日くれてきたりけり」とのみにとどめた。ただ深沈とゆったりと詠いあげた蛇笏の詩精神の深さは計り知れない。

      レイテ戦線の鵬生、生死不明
    兵の児を爐にだく霜夜いかにせん     蛇笏
 鵬生は長男の俳号で、昭和20年の冬の作品。

    冷やかに人住める地の起伏あり      蛇笏
 三男の戦病死の公報が入ったのも昭和22年であった。
 昭和21年、長男、三男共に生死不明の状況下に詠われた句には、冷やかな季節感が肌身にしみ入るような心象に詠われている。
 「起伏」は安否何れとも知れぬこころのうねりのようである。

    亡き父の秋夜濡れたる机拭く        龍太
 昭和37年10月3日・父死す(十句)のうちの一つである。
 蛇笏愛用の机は、戦死した長男が京大時代に愛用していた机であった。蛇笏は戦後17年を長男の机と共に、俳句に生きたのであった。
 四男の龍太は、父蛇笏を継いだ。「濡れたる」は、万斛の涙を象徴しているように思われる。

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   盆魂と寝ねて柱の細き家         綾部仁喜

 ふる里大阪では、8月13日に苧殻火を焚いて精霊を迎える。そして家では盆棚をしつらえて米や野菜を供え、僧侶が棚経をあげる。精霊の帰る15日にはこのお供物一切を真菰にくるんで川に流し、名残を惜しんだのだった。
 この「お盆」、「魂まつり」の行事の間に盆休みをとり、帰省して先祖をしのんだ。

 掲句も、そんな折の一句であろうか。
 父親が亡くなって高齢の母が残されたりしていると、一家の後継ぎとしてはいささか心もとない気分も味わうのであろう。
 「柱の細き家」には、普段は気付かない、魂まつりならではの愛惜が浮き出ていてしみじみさせられる。



   三人に見つめられゐて西瓜切る     岩田由美

 何と幸せな人生の一こまであろう。三人の子供たち、しかも揃って男の子という豪快な子宝、その母親の包丁の入れ方には気合がかかっている。真剣なる目つきが、涼味満点の西瓜をいよいよ大きく美しく見せている。
 三人という数はすでに小さな社会を形成していて、コンダクターたる母親の役割をこなすのは相当のエネルギーが要るであろう。
 作者はそんな母親自身をも客観視している。その視線の距離感が映像として見事に伝わってくる。
 掲句は第三句集『花束』所収であるが、こんなおもしろい句もあった。

      遠くから見ればハンサム百日紅     由美

 このハンサムは、ご夫君であり、三人の父親である俳人岸本尚毅氏ではなかろうか。もっとも氏は近くから見てもハンサムだが、こう表現するところに妻たる作者の差し引きがあるのである。百日紅がハンサムという見立ても通底しているものである。何れにしても、百日紅の鮮やかさを際立てている。
 かにかく客観視する距離感が、季題のはたらきをゆったりと読者に伝えて味わいがある。
 作者は、一年以上の入退院を繰り返されたそうだが、<生きてゐるうちにすることビヤホール>、<小春日よ時の止まりしごとき日よ>、<家からも見ゆる桜に歩み出づ>、等、句柄はいたって大らかで輝かしい。

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   行き過ぎて胸の地蔵会明りかな      鷲谷七菜子

 地蔵盆は、8月24日、京都を中心に関西では広く行われている。
 子供のころ路地の地蔵の前は、お菓子であふれかえっていた嬉しさが忘れられない。子供の名入りの提灯をそれぞれに吊るし、茣蓙を敷いて、地蔵の前で大きな数珠をみんなで順繰りに廻したことがなつかしい。

 掲句は、旅人の行きずりの地蔵盆であろうか。子供達の喜びに満ちた、濃い明りは、行き過ぎてもその胸をいつまでも灯したというのである。「胸」という甘いことばがここでは最大限に生かされて、文字通り胸を打つ句である。

 今日、親の虐待が後を絶たないが、私の子供の時分は、どの家の、どの子も、近隣の人々にあたたかく見守られていたことが、今さらに有難く思い出される。


   苦瓜のやみつきになる苦さかな      森保子

 苦瓜は「蔓茘枝(つるれいし)」あるいは「茘枝」、沖縄では「ゴーヤ」という秋10月の季題であるが、食用とするなら、青々した目下の八月がもっともおいしい。
 厚木市に住む若い友人は育て上手で、いつもいぼいぼの真青な苦瓜を届けてくれる。ゴーヤチャンプルもおいしいが、ごま油でさっと炒め、かつお節と醤油で煮ると、ビールの肴に最適である。
 苦いビールに苦いゴーヤはまさに病みつき。
 先日、辻棚(無人販売所)で苦瓜を手にしたとき、先に買っていかれたお年寄りがわざわざ引き返されて、「苦瓜はちりめんじゃこと乾煎りにするのが一番、ちょっと味噌を入れてね」と教えてくださった。「やわらかくてね~」と目を細められた。

 <苦瓜や昼酒の量むずかしく>、<茘枝食べ余生に備へなどあらず>、<苦瓜の疣々過去を悔ゆるまじ>等など、掲句を含めて知らない俳人の方々の句であるが、何故だかとても親しい気がする。

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   朝顔や我に写生の心あり       正岡子規

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 子規の『草花帖』は、明治35年8月1日の秋海棠からはじまって、ヒオウギ、日日草、なでしこ、水引草、野菊など、14種の草花を描き続け、8月20日の朝顔でもって完成している。
 この朝顔の写生について子規は『病床六尺』に記している。
 「今一つで草花帖を完結するところであるから何か力のあるものを画きたい、それには朝顔の花がよからうと思ふたが、生憎今年は朝顔を庭に植えなかったといふので」、陸羯南の家の朝顔の鉢をモデルにして写生した。
 「力のあるものを画きたい」と思って選ばれたのが朝顔であった。
 
 子規は『仰臥漫録』の中でも、明治34年9月13日に俳句4句と共に朝顔を描いている。

   朝顔や絵の具にじんで絵を成さず
   朝顔や絵にかくうちに萎れけり
   朝顔のしぼまぬ秋となりにけり
   蕣の一輪ざしに萎れけり

 子規は、朝顔の萎れやすさに、子規自身の命の短さを見ていたのであろうか。
 短時間のうちに瑞々しくも開き切る朝顔が子規にはもっとも美しいものの一つであったのだろう。

 『草花帖』に描かれた一輪の朝顔はまこと清々しく、確かな輪郭をもって天上へ向かっていきいきと開いている。
 この絵の15日ほど後に詠まれた掲句の「我に写生の心あり」は、俳句と絵と心が一体となった、子規の生きている命のありようをそのまま写しているようである。
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by masakokusa | 2010-08-02 14:19 | 秀句月旦(3) | Comments(0)
昌子月詠・葉月

   九十九折(つづらおり)来たりし星の契かな
   星合の蓬莱苑の深きまで

   夏帽子エクアドルから帰りきし
   藻の花やこの世は門に仕切られて

   大学に道深くある木槿かな
   蝉の死を一葉に掬ひあげにけり

   赤門に秋の日傘の巻かれたり
   遠泳の千本松のどこまでも

   亡き友の分まで泳ぎゐたりけり
   これからもこれまでもさるすべりかな


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by masakokusa | 2010-08-01 18:21 | 昌子月詠 | Comments(0)