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平成22年2月~昌子週詠 

     2月22日(月)

          探鳥としもなく潮干潟にあり
          椋鳥にうちまじりては青き踏む
          春陰の尾長のこゑをあげにけり
          うにやうにやとしたるあたりが蟇の恋
          蟇交むことのほかみなさむざむと
          如月の松にはげしき潮傷み
          帰るさも渚づたひの余寒かな


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     2月15日(月)

          日脚伸ぶ急須の口でありにけり
          大山のすそ野もすそ野犬ふぐり
          冴返る不老の水といふがあり
          花びらに蘂の勝たる梅の花
          梅見とは熱くなるまで日に当たる
          料峭の鶫のうしろ見せにけり
          隠沼へ末黒の芒越えゆかん


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     2月8日(月)
      
          悴んでどこやら鴨に似たるかな
          襟巻のそよぎも若くありにけり
          あをあをと魚氷に上る山河かな
          孝太郎丸は小さし冴返る
          砂浜の砂の重たき荒布かな
          めいめいにあたたかと言ふ実朝忌
          君が背の遠くなりゆく梅白し


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     2月1日(月)

          探梅や一と世今こそ元気なれ
          探梅の波打際のありにけり
          博古堂陽古堂とや春隣 
          待春の茣蓙に座ってゐたるかな
          まばたきをもってこたふる梅の花
          おとがひの少し細りし寒牡丹
          寒牡丹夫婦のやうにゐたりけり


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by masakokusa | 2010-01-31 23:45 | 昌子週詠 | Comments(0)
花の開花を待つ吉野                 大峯あきら
            
 ことしは全国的に桜の開花が早かったようで、あちこちから花便りが届く。その中で、吉野山の桜はなぜか遅れているのである。
 気むずかしくて敏感な吉野山中の天候は、花が咲く直前まで手を変え品を変えるのが、例年のことであるが、ことしは執拗に寒気が居すわったままである。
 先月の終わり、吉野山の奥千本あたりの高嶺はまた雪をつけ、麓の村々を霰が叩いてまわった。それからはずっと曇りつづきで、激しい露をともなう雨も降った。

   吉野山さくらが枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな

 まことに西行のこの歌のとおりの日々である。むろん西行が詠んだのは、もっと早い二月頃、まだつぼみも出てない枯桜であろう。それにしても、これはどこの桜でもよいわけではなく、あくまでも吉野山の桜でなくてはならない。
 冴え返る日が何日もつづくと、吉野人のあいだでは、ことしの花は遅いでしょう、という言葉が今でも日常の挨拶になる。一首はそういう吉野人の心に、ひっそりと身を寄せた趣がある。
 この三日に吉野町の観光課に電話で様子を問い合わせたら、「まだどこも咲いていません。十日ぐらい遅れるでしょう。十二日の蔵王堂の花会式の頃になるかもしれません」という返事であった。
 うすら寒い風が杉山の上をそうそうと吹き渡る。その杉山は桜を閉じこめている砦のようである。その砦の山の向こう側に、開花を抑えられて震えている何千本という山桜のことが思いやられる。一週間後に俳誌『晨』の何人かの仲間たちと一緒に、その桜に見えることになっているからである。
 
 十数名のこの桜の吟行会がはじまってから、もう二十年になるだろうか。何回か参加していた飴山実、田中裕明などはすでに故人になってしまった。人は変わっても桜は毎年同じように美しく咲く。「年年歳歳花あい似たり、歳歳年年人同じからず」であろうか。
 しかし、もっと厳密にいうと、吉野山の桜は毎年、微妙に異なった表情を見せるのである。ほんとうに美しい花ざかりに出逢えた幸運は、吉野に近く住むわたしなどでもめったにない。
 観光ルートを外れた静かな山中に立つ民家に泊めてもらったわたし達は、観光客や俳人たちに逢うことのない山径を、一種奇妙な生きものみたいにたどりながら句を拾うのである。
 
 それは「けものみち」ともちがうし、「吉野山こぞのしをりの径変へてまだ見ぬかたの花を尋ねん」と詠んだ西行の超越の径ともちがう。人里を離れて奥山へ消える径ではなく、山人たちが日常に通う生活の径である。そんな径が、ちょっと注意すると、あちこちにあるのが花の吉野山の個性であろうか。
 谷々をいちめんに埋める桜の、この世ならぬ華麗さと、昔変わらぬ素朴な山人たちの日常生活とが事もなく共存しているのだ。こん豪華な贅沢が、今日どこにでもあるとは思えない。
 去年、そんな径で仲間たちはいくつかの秀句を拾った。

  赤子はやべっぴんさんや山桜      草深昌子 
  はくれんは生まれる前に咲いてゐし   山本洋子
 
 大きな山桜の下の乳母車の中に入れられていた可愛らしい山家のみどり子。満開の花をつけた自家のはくれんの巨木を見上げて山人がふとつぶやいた言葉を決して聞き逃がさなかった俳人。
 この年は上天気のお陰で、吉野全山の桜は文字どおり匂い立つようだった。
 その折の拙句。

  どこからか揺れはじめたる桜かな
  花の夜は更けて大きな星ばかり
  花どきの山墓傾ぐことごとく



おおみね・あきら=俳人、哲学者 1929年生まれ。俳誌「晨」代表同人。主な著書に句集『宇宙塵』『牡丹』、エッセー集『花月のコスモロジー』など。吉野の山の麓に住み、浄土真宗の寺の住職を務める。

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(2006年4月5日発行「東京新聞」(夕刊))
by masakokusa | 2010-01-29 19:29 | 大峯あきら・寄稿 | Comments(0)
生身魂(いきみたま)                  草深昌子
                                      
   古里に二人そろひて生身魂     阿波野青畝
   三人の娘かしづく生身魂        稲畑汀子

 お盆は先祖の霊を迎えてねんごろにおまつりする行事であるが、ときに故人だけでなく健在する年長の父母を「生身魂」として敬い、ご馳走するしきたりが残っている。
 二人そろひての目出度さには及ばないが、私にも一人の生身魂がふるさとに生きている。

 敬老日の発表によると、今年日本では百歳以上が四万人を突破したという。過去最多を三十九年連続で更新し、二十年前に比べると十三倍の数字だそうである。
 二十年前といえば、八十歳の母が大腿骨骨折をした年である。この時、人工骨頭といって折れた骨を代替品に置き換える手術をしたのであるが、「人工骨頭は二十年持ちますから大丈夫です」と医師に言われて、部品だけ長生きしてどうなるのって泣き笑いしたことを覚えている。あれから二十年、さまざまの恩恵を被って、夢のような百寿を母は迎えた。

 母は楽天家で愚痴をこぼすのを聞いたことはないが、「私は五人の葬式を出しました」とはよく言っていた。今にして、祖母、父、母、夫、息子と五人の葬式を出したことは、「苦労しました」ということであったと気付かされるのである。
 ことに、三十五歳で戦死した父は、母にとって愛してやまない夫であった。
 「あんなにエライ、やさしい人はどこ見渡してもいません、お父さんはいつも見守ってくれてはるよ」が口癖であった。この一言こそが、父を知らない私にとって、父親の全てである。

 百歳のその日、百本の薔薇と、百をデザインした大きなケーキで祝った。花屋さんも百寿百本の注文は初めてと意気込んでくださった。おかげで瑞々しい真紅のボリュームに圧倒された。その一本一本が一年一年であると思うとどの一本もいとおしくてならない。絢爛たる薔薇からは想像もつかない哀楽があったことであろう。
 だが今は何も語ることもなく、瞼を閉じている。
 みんなで、ハッピバースデーを歌い、拍手し、おめでとう、おめでとうと、口々に耳元にささやくと、かすかにも頷いて、ありがとう、ありがとうと応えているようである。
 もはや点滴で命を繋いでいる母ではあるが、かしづく二人の娘は、「ようわかってるね、ようわかってるね」と顔を見合わせて、うれしくも納得しあうのであった。


 (2009・12 厚木文芸「めだか」創刊号所収)

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by masakokusa | 2010-01-27 21:20 | 俳句はめぐる | Comments(0)
夏 ・ 自然(その1)    解説・選句・鑑賞    草深昌子

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by masakokusa | 2010-01-27 00:42 | 歳時記・夏 
夏 ・ 自然(その2)    解説・選句・鑑賞    草深昌子


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by masakokusa | 2010-01-27 00:32 | 歳時記・夏 
夏 ・ 自然(その3)人事他   解説・選句・鑑賞   草深昌子

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by masakokusa | 2010-01-27 00:20 | 歳時記・夏 
特別作品評                        川崎慶子


   出来秋の土手まっすぐに来たりけり    昌子

 風水害もなく五穀がよく実った年。その田畑を見渡せる土手を来る人影。それもしっかりした足取りの農夫だろうか。表現をするに当って単純化されたものは強い。

   八朔や三十畳に風渡り           昌子

 陽暦では九月初旬の頃に当る八朔。かつては公家、武家などの間で吉日として祝う風習があったというこの日。それらのことを踏まえて効果的な内容を詠まれた。

   いきいきと流るる水の澄みにけり     昌子

 一読光景が鮮やかに瞼に浮かぶ。全体の調べの良さ。無駄なく完璧である。

   鶏頭に手を泳がせてをりにけり      昌子
 
 意表をついた表現の味。俳味を利かせた作というべきか。巧まずして巧みな句となった。

 共鳴句から

   草花や正岡子規の眼がきれい      昌子

(2010年1月号「晨」第155号所収)

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by masakokusa | 2010-01-26 10:56 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
石鼎俳句鑑賞・1月                   草深昌子

   数の子と煮豆と皿にとりにけり      昭和8年

 「数の子と煮豆と皿にとりにけり」そのまま、ただそれだけのことである。
 だが、「それがどうしたの」に終らないところが石鼎なのだと思わせる。むしろ、「それだけ」ということが一句の強みのようである。
 さまざまに彩られた重詰料理の中から数の子と黒豆を一つの皿にとった、その映画のワンカットのような場面からは、ある内面をもった人間のたたずまいが見えてくる。
 窓外には、この翌年に詠った<鶯と眼白と梅に三ケ日>というような風景も見えているのだろう。
「数の子と煮豆を」ではないことは言わずもがな。黒豆を「煮豆」としたのは字数の都合もあろうが、数の子に重心を掛けたあたりの感覚もあざやかである。
 かにかく理屈のないところが面白い、面白いということがすでに詩情である。

 ごく些細なショットから全体を想像させる一句を読むにつけても、石鼎が映画監督であったらさぞかし名画を撮ったであろうと思われる。
 皿といえば石鼎の代表句である、<秋風や模様のちがふ皿二つ>がすぐに思い浮かぶが、日常の皿の一つをとっても、小津安二郎か小栗康平か、そんな名監督の映像に重なりそうである。

 カズノコは子孫繁昌の意味にして、正月の縁起物である。石鼎に子供はなかったが、数の子は石鼎の大好物だったのだろう。

   数の子や戸棚あくれば直ぐ見えし     大正7年
   数の子や藍濃き鉢に盛り高め        昭和8年
   花がつを舞ふ数の子のうまかつし     昭和13年
   数の子の割れめににじむ醤油かな       〃


 どの句も、まこと垂涎の数の子。
 
(ブログ「原石鼎」2010年1月12日UP)

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by masakokusa | 2010-01-13 22:39 | 原石鼎俳句鑑賞
課題詠   兼題=忘年・初雀           草深昌子選
   
   特選

  忘年や九絵と鱓が水槽に      中山和子


   まるで違う二つの命の共存。その静かなる驚きは去りゆく年を大きく肯定するものとなって、文字通り味わい深い。

  京都駅の大階段や年忘れ      浜野幸子 

   あの滝を成すような大階段は革新の意気ある京都の象徴のようである。大いなる元気をもらって溌剌たる忘年。

  三羽降り来たりいづれも初雀    西川章夫

   破調がのびやかな声調となって下五にめでたく着地する。三羽という数も嬉しい。睦まじい光景に今年がひらける。


    秀逸

  猪の尻尾を売って年忘        中山通治
  文鎮の鈍きひかりや初雀      中村幸子
  初雀戸口に籾のこぼれをり     中山和子
  初雀古き写真の出してある     藤山八江
  初雀たよりなきものつつきをり    谷 雅子

    入選

  年忘れ盃うつくしき江戸切子    安藤英夫
   他60句選


(2010年「晨」1月第155号所収)
by masakokusa | 2010-01-04 20:27 | 俳論・鑑賞(2) | Comments(0)
現代俳句渉猟                    藤本美和子


   水澄んでことに階段軋みけり     草深昌子(「晨」11月号)

 配合に惹かれた。「水澄む」ころの季節感と「階段」が「軋」むことの、無関係の面白さ。
 屋外の階段であろうか。地べたにほど近い所から、一段ずつ、階を昇る。一段、一段、徐々に視界が広がってゆく。「きゅっきゅっ」と軋む音は、澄み切った空気と触れあう音。その音が高く響けば響くほど、周囲の空気が研ぎ澄まされてゆく。
 「水澄む」ころの季節感を、「軋む」ことに感じ取っている句だ。「秋澄む」ではなく、「水澄む」の季語を選択したことで、この無関係の興趣はさらに生かされ、強調された。

(平成22年1月「泉」1月号所収)
by masakokusa | 2010-01-04 20:16 | 昌子作品の論評 | Comments(0)