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石鼎俳句鑑賞・10月                     草深昌子

   ずんずんと日に秋深むおもひかな     石鼎

 昭和16年作。この年、石鼎は、神奈川二宮に隠棲の家を建てて移り住み、以後10年をこの小庵に療養し、病勢衰えぬまま命尽きた。
 この句を石鼎に即して考えるなら、大磯の海原に昇りては沈みゆく刻々の太陽と日々一体になっていたのであろう。
 「ずんずんと」たちまち読者に入ってくるが、言っているのはこの擬音だけである。
 ずんずんと歩いていくのか、ずんずんと陽が沈むのか、ずんずんと日が経つのか、それらすべての印象を包み込みながら、つまりは、ずんずんと秋は深みゆくほかないのである。何かを述べようとする意識はなくて、ただ石鼎の魂がそう言わずにはおれなかっただけのようである。
 子規に<ずんずんと夏を流すや最上川>があるが、この「ずんずんと」に共通する勢いは、そのまま思いの深さにつながっている。また、すかさず「日に秋深む」という中七にひっぱるあたりの高揚感は石鼎独特の美しいリズムがあって、俳人としてのエネルギーをまだ胸中ひそかに蓄えているように伺われる。
 具体的には何のかたちもなく、何の音もしないが、何かに大きく包み込まれているような感覚でもある。

 ところで「ぎくぎく」の如き、オノマトペの句が石鼎には多いような気がしていたが、ちなみにざっと数えてみたら、全句集のうちの50余句ほどであった。
 1パーセントにも満たない少数でありながらインパクトは強い。

   ぽとぽとと汗落しよる清水かな
   ごうごうと秋の昼寝の鼾かな
   かちかちに水餅焼けてきたりけり
   ばりばりと干傘たたみ梅雨の果
   ぽりぽりと噛み出しけり追儺豆

 
 常識的であることを逆手にとったリアリティーのおもしろさ。

   うすうすと幾つもあげぬ石鹸玉
   がらがらに枯れて実高き芙蓉かな
   ほろほろと山雀とびし地震かな
   ひらひらと釣れし小魚や夏の草
   うすうすととまりて啼きぬ法師蝉
   ほのぼのと紫したる通草かな
   ちらちらと空を梅ちり二月尽
 
 
 オノマトペの描写力は、ゆたかな詩情となって臨場感を醸し出している。

   ぎくぎくと乳のむあかごや春の汐
   もろもろの木に降る春の霙かな 

 
 石鼎の全身これ「ずんずんと」のごとく、「ぎくぎくと」これまた赤子になりきっている、しかも春の汐と一枚である。
 「もろもろの」は「諸々の」であろうが、「モロモロノ」という音感、調べが霙に直結するところはオノマトペの効用を兼ねているのかもしれない。

(ブログ「原石鼎」・平成21年10月14日UP)

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by masakokusa | 2009-10-14 20:29 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
平成21年10月~昌子週詠 

     10月26日(月)

          無花果にそむきまむきの日差しかな
          菜虫とる庄野潤三かもしれぬ
          小鳥来る嶋田薬鋪の屋根瓦
          遠足の子のとんとんと秋館
          見とほしのききたる桐の一葉かな
          雨の粒落ちて花野を明るうす
          反古ふゆるばかりの夜鍋してゐたり


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    10月19日(月)

          さやけしや吉祥草といふに触れ
          色変へぬ松のブロンズ光かな
          女教師のこゑのひときは雁渡し
          むさしのの子どものお辞儀木の実落つ
          立って食ふ飯のうまさや蓮の実
          さびしさにしやがめば来たる赤蜻蛉
          破れ蓮ほどにも酔うてきたりけり


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     10月12日(月)

          白鷺の白の全き水の秋
          長堤をひたゆく秋の遊びかな
          謂れある石に狐の剃刀を
          寄る穂波返す穂波や秋渇き
          広々とあれば鷺ゆく真葛かな
          長堤のしづかなること秋の雨
          とほせんばうせねばならぬが案山子なる


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     10月5日(月)

          鎌倉市小町通りや酔芙蓉
          ゆきずりの女のこゑの露けしや
          首に紐捲いて飾りや秋の海
          フエニックスこの末枯の潮傷み
          冷じや大魚の骨を岩の上
          自転車の籠に子が載る穂絮かな  
          その音の今し落ちたる木の実かな


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by masakokusa | 2009-10-04 18:58 | 昌子週詠 | Comments(0)
秀句月旦・平成21年10月

   柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規

  碧梧桐が「柿食ふて居れば鐘鳴る法隆寺」とは何故云われなかったのかと評したのに対し、子規は「尤もの説である、併しかうなると稍々句法が弱くなる」と答えた。
 「鐘鳴る」では「鐘鳴る法隆寺」と法隆寺をじかに修飾して、それは単なる固有名詞に終ってしまう。
 子規は「柿食へば」すかさず「鐘鳴る」と結び付けて、空間を置き、「法隆寺」からもたらすものの存在感を大きく打ち出したのであった。
 子規の句法というのは、言語の接続の仕方をいうであろう。かつて私の第二句集『邂逅』の栞に岸本尚毅氏が書かれた言葉の綾が、こういう句にこそ引き出されるのかもしれないと思い返された。
 「極言すれば俳句に必要なのは、感動でも叙情でもない。一つ一つの言葉がその一句に対してどのような影響を与えるか、言葉と言葉がどのような相互作用を持つか、といったあたりの微妙な匙加減が、実は句作りの本質なのではなかろうか」
 それにしても碧梧桐の疑問をうけて、「尤もの説である」という子規の度量の大きさには恐れ入った。

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  とある日の子規の献立秋深む    藤本美和子

 子規の『仰臥漫録』には三度の食事と間食など、病床六尺の世界が克明に書かれている。
 例えば、「10月21日 客なし 夜に入りて癇癪起らんとす 病床の敷蒲団を取り代ふることによりて癇癪を欺きをはる」とある。
 その前日10月20日は、「朝便通、朝飯なし、牛乳五勺紅茶入り ビスケット 午飯三人共に食ふ、さしみ、豆腐汁、柚味噌、ぬく飯三わん、りんご一つ、牛乳5勺紅茶入り ビスケット 煎餅(中略)晩餐虚子と共にす 鰻の蒲焼、ふじ豆、柚みそ、飯一わん、粥二わん、柿二つ、無花果二つ、夕刻前便通及びほーたい取替、夜便通」である。
 さて掲句は、「とある日の子規の献立」と打ち出してあとは黙っている。そして、「秋深む」と感受する。
 この静けさが、二物の関係性の裏側にひそむ何やかやをしみじみと読者に伝えてくるのである。
 


   裕忌の月皎々と軒にあり     林たかし

 裕忌は10月2日、俳人原裕の忌日。
 原裕は、原石鼎の原家と養子縁組をし、若くして「鹿火屋」の主宰を引き継ぎ、その重責を担ったが、1999年逝去された。69歳であった。
 掲句は、「鹿火屋」に30余年所属の同人、林たかし句集『踏青』に所収されている。
月光もさることながら、「軒にあり」が作者ならではの思いだろう。その風貌は穏やかであったが、ときにギョロ目を鋭く光らされたことなども思い出される。
 今わが部屋を飾っている恩師の色紙は、
   鹿垣の露におぼるる草の花      裕
   裏山は蟲の園生の母子かな      〃

 等、筆跡も清らかで、掲句と併せて、なつかしくご恩を思い返している。




   小さき子遊べば冷ゆる千草かな     岸本尚毅

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 秋に花をつける草々の一つ一つを名指しで呼ばないで、大きく抱きこんで八千草とか千草という。どれも小ぶりで風に揺れる様は可憐にもさびし気である。
 大人はそんな千草を通り過ぎるだけであるが、幼い子供は千草にしゃがみこんで、無心に、一心にこころを入れて飽きることなく遊んでいる。千草の情をもっともよく受け止めているのは「小さき子遊べば冷ゆる」その感じ、そのものなのである。
 第四句集『感謝』には「子」と「妻」の句が絶妙の間合いで収められている。「子」や「妻」を詠うというよりは、やはり主役は「季題」であって、季題が詠われることによって、子にも妻にも普遍性が生れてくるのであろう。
   
   うたふこと止めぬ子かなし冬ざるる       尚毅
   なつかしき服着て妻や桐の花           〃 
   避暑の子や白き枕を一つづつ           〃
   寝る前に外を見る子や月明り           〃
   秋の妻数かぎりなき人の中             〃
   椎の実やわが家にいまだ小さき子        〃

by masakokusa | 2009-10-01 10:38 | 秀句月旦(2) | Comments(0)