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惚けるかも                           
                                                            
 最近、物忘れが多い。
 人の名前が出てこないのはご愛嬌だとしても、ある日、旅に出かけようとして友達と落ち合う駅を取り違えてしまったのには参った。
 一瞬空白になった感じが空恐ろしく思っていた矢先、今度は牛肉の佃煮を鍋もろともに真っ黒焦げにしてしまった。二つの鍋を同時進行で火にかけていたとはいえ、眼の前でやってしまったのである。 
 ある小説家の、鍋を焦がすことから夫人の呆けは始まったという文章がリアルに思い出されて、いよいよ私にも来たかと思われた。
 そこでどんな他愛ないミスでも何かの参考になるかもしれないとメモを取り始めたのだが、長続きはしなかった。ふと、そのメモを探しまわっているうちに、十数年も前の句会の刷り物が出て来て、こんな一句にであった。

   惚けるかもしれぬと言ひて涼しかり    昌子

 そういえば、惚けるなんて思いもよらなかった頃、尊敬してやまない俳人が、「惚けるかもしれませんが…フッフッ」とさわやかな笑みをもらされたのだっけ。
 俳句の師は、「これは単なる思いつきの言葉ではなく、モデルになった人の人生観が背景にあります。惚けるということへの恐れとそれを恐れげもなく口にするところに一つの人生観があるわけです。『涼し』は夏の季語の中では一番のほめ言葉です。季節感をしっかり捉え、生活の中で消化していく力が『涼し』、その季節の言葉を人生観の中にしっかりと受け止めた深い句となっています」と、実作者以上によく分析してくださっている。
 なつかしさのあまり、かの俳人に思わずダイアルを回していた。
 今は九十歳であろうか、マンションに一人住まいをされて、俳句に余念がない。私のような年下の者にも、「最近の新しい俳句についてお聞かせください」とやさしい。純粋で柔軟な俳句観をうかがっているうちに、いつしか、萎れた草花が水を吸うように私は元気をいただいていた。
 あやかりたいものだが、夫に言わせると私の場合は「俳句ばっかりしているから、どっかおかしいのだよ」ということになっている。
 そもそも俳句というものは芭蕉の曰く夏炉冬扇、つまり無用のものである。何の役にも立たないことに命がけで取り組んでいるのだから、おかしいといえばおかしい。
 でも何と言われようと、一つのことに夢中になれるということほど幸せなことはないのではないだろうか……何やら開き直ってしまった。


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by masakokusa | 2009-04-26 19:40 | 俳句はめぐる | Comments(0)
日々の桜

 三月三十日
 待ちに待った桜が横浜で開花した。桜に恋い焦がれるおもいはひとしおふくれあがってくる。

 三月三十一日
 仏文学者、河盛好蔵氏は、絶望でなく希望を説くのが常だったそうだ。たとえば卒業式で、「いくら努力しても不遇で終わることもある。その時は運命だとあきらめたまえ」と語る来賓がいるが、河盛氏は、「不運だと絶望してしまっては駄目です。その後にどんな運が向いてくるかわからないからね。待てば海路の日和あり、ですよ」と語りかけられた。
 「待てば海路の日和あり」、なんてなつかしいセリフだろう。子供のころ、母はお題目のように唱えていたが、今思えばそういう心持で人生の荒波を越えてきたのだろう。

 四月一日
 四谷の上智大学の脇にある土手の桜は五分咲き。あいにく曇り空だが、夜桜見物に備えて茣蓙敷きに余念のない学生たちは無性に明るい。句帳を閉じてレストランへ入った。ヘージースカイ(霞がかった空)と名付けられた食前酒には桜が一枝挿されてあって、思わず「さくらに乾杯!」と歓声を挙げた。ほんのりと紅い雫が胃の腑に染みわたっていくと、何だかしみじみした。
 桜は散る日のために咲いているのではない。二分咲き、三分咲き、五分咲き、今あるように、今、精いっぱい咲いている。それぞれの時間の思いにしっかりと咲いている。散る日のために咲くのなら、咲いているどの日も無意味である。いつまでも散らないで咲いたままなら、今咲いていることもまた無意味である。

  青空や花は咲くことのみ思ひ    桂 信子

 四月二日
 花の雨がこまかく降りしきっている。
 俳人から、私がエッセーを学んでいることに対して、散文と韻文の二つを両立させることの相乗効果はなく、内に秘めたマグマを分散させてしまう、ご一考あれと助言をいただいた。一方、エッセー友達からは、もっと書いてと激励の手紙。
 夜テレビで、病弱な少女が女流王将に輝いた、その栄冠への道のりが放映された。十九歳の王将は、盤上を宇宙とみなし、どの駒も一つとして休まないで働いていること、どの駒もお互いに係り合って役に立っていることを語られた。
 そして最後に、「万物生きて光り輝く」と、まことに力強く色紙に書かれたのだった。


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by masakokusa | 2009-04-19 23:21 | 俳句はめぐる | Comments(0)
幸せのかたち                   
                                                    
 「今年の椿は遅いわね」、「一輪だけ咲いているよ」、私と夫の朝食の会話はそれきりでとぎれた。私は内心でことばを続けていた。「四年前の三月六日の朝、それはもう数えきれないぐらい咲いていたのよ」。
 娘は、その真っ赤な椿の花を置きざりにして巣立っていったのだった。

 娘が結婚して一番寂しくなったのは食卓である。娘との会話はいつも食卓で花開いた。たわいない中にもはなやぎがあった。決まって私の真向かいに座っていたから、その頃の庭の椿の木はすっぽり娘のかげにかくれていた。
 結婚直後の二人は、必ず一緒にやって来た。娘は頬を彼の肩にのっけるようにくっつけて満面で笑っている。その「幸せのかたち」はほほえましかった。
 結婚して二カ月程経ったある夜、思いがけず、会社の帰りにケーキを下げて娘が一人でやってきた。偶然その夜は夫もケーキを下げて早々と帰宅したものだから、私の柏餅を加えて、食卓にデザートの花がぱあっーとひろがった。
 三人は定位置についた。娘が私の正面に、夫が私の斜め横に座るというおきまりのコの字型である。
 「前はこうだったのよね、こうだったのよねー」とふいに大声で口走ると、私は感きわまって喉元がつまった。 「彼も来たいのだけれど飲み会があって、ごめん」と、申し訳なさそうに言う娘に、「いいの、いいの、たまには一人でいらっしゃいよ」。三人というなつかしい数の再現に、私はやたらはしゃいでいた。
 そこへあろうことか、予定を変更して彼がやって来たのだ。娘は小躍りすると、ソファに座っている彼にぴたっと寄りそって動かない。少し離れた食卓から、またしても私は、ひとり「幸せのかたち」をながめることになった。
 ああ、やっぱり彼がいいのねえ、そっとつぶやいた。そう、そうだった、命というものはいつまでも同じところにうろうろしてなんかいないのだ。
 コの字型は私の幸せのかたちだった。でも今はもう思い出のかたちなのだ。そう自分に、何回も言いきかせていたっけ。

 あれからもう何年経っただろう、今年もあたたかな季節がめぐってきた。
 コの字型の一角は、素通しになって椿の木はすっくと立ち続けている。蕾を膨らませて椿は今にも笑いだしそうだ。


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by masakokusa | 2009-04-15 21:16 | エッセー3 | Comments(0)
平成21年4月~昌子週詠 
     4月27日(月)

          ほんだはら踏むべう波のたかぶれる
          ほんだはら踏めば沈みし遅日かな
          夏柑や白波の立つ由比が浜
          虚子が好き立子なほ好き夏みかん
          さくらしべ降るや女のながらへる
          春惜しむ山を抽きたる大鳥居
          束になり房になる花夏隣


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     4月20日(月)

          龍天に登る見越しの松であり
          にほどりの角ぐむ蘆を潜りけり
          永き日の何の風呂敷包みかな
          若鮎の父の在所でありにけり
          朝桜母のきれいな顔の色
          一帆の干潟の風にあらはるる
          水に首立てて鳥ゆく暮春かな


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       4月13日(月)
          
          魚屋の角折れにけり仏生会
          人々に木陰深しや灌仏会
          のどけしやぼたもち寺に大工ゐる
          蟻に曳きあませるものやあたたかき
          石垣の苔むす花を惜しみけり
          花びらの樋にはづみてゐたるかな
          海棠に赤子の襁褓替へにけり


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     4月6日(月)

          初桜一字一句に子規は生き
          蓮如忌の風雨や海も空もなき
          うぐひすや虚子の墓前にあと少し
          どの墓もそびらありけり鳥雲に
          松に花さくらに花や虚子忌来る
          船頭を容れて五人ののどけしや
          蘆若芽や田舟の今は遊び舟


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by masakokusa | 2009-04-05 22:33 | 昌子週詠 | Comments(0)
秀句月旦・平成21年4月
 
   花の芯すでに苺のかたちなす    飴山 實
  
 春も終わり頃、苺の可憐な花は野路一面に這うように咲いている。同じ晩春の花でも、藤の花には一抹のさびしさを覚えるけれど、苺の花は次に来る季節の明るさをもたらしてくれる。
 それにしてもこの観察眼には驚かされる。「芯」の一字は、文字通り一句に結実している。作者は応用微生物学専攻の学者、加えて、家で畑も作っていたそうで、なるほどその眼力は鬼に金棒なのである。

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   春風の日本に源氏物語    京極杞陽
   秋風の日本に平家物語       〃

 二句並んで、昭和30年4月号「ホトトギス」巻頭を占めた。
 春風と秋風、源氏と平家を対比して不動である。春風の豪華絢爛たる色彩感、秋風の無彩色なる無常感。 日本という風土、日本人という心象が、たった17字×2でもって歴然と表れるなんて俳句ってつくづく面白いと思う。
 源氏物語に秋風もよく通い、平家物語に春風が通わないこともない、だからこその二句であろう。京極杞陽は、15歳で関東大震災に遭い、生家と家族のほとんどを失った。
 
   春の水岸へ岸へと夕かな    原 石鼎

 岸へ岸へと春の川波が畳まれてゆく。単なる観察ではとらえることのできない感覚。そして、「夕べかな」と、暮れなずむこころをさりげなく置きながら、余情はどこまでも引いている。
 控えめな詠いぶりに読者の方がむしろ情緒を熱くして一句に没入してしまう。
 昭和10年、石鼎49歳の作品。2月、母堂危篤の報を受けて、夫人コウ子と共に島根に帰郷。小康を得て一旦帰京。3月、母堂逝去。
 原石鼎全句集には掲句のあと、<一枝の椿を見むと故郷に>、<桃椿なべて蕾は春深し>、<春宵や人の屋根さへみな恋し>、<ひとりでににじむ涙や峰の花>、等が続く。
 
   春の水とは濡れてゐるみづのこと   長谷川 櫂

 石鼎の<岸へ岸へと夕べかな>の春の水はたっぷりと、なみなみと湛えられている。いや、濡れているというべきか。海や湖沼の水のみならず、雨上がりの水であっても、打水であっても、蛇口の水であってもいい。水をもってして濡れないことはない。だまし絵のような何か不思議な世界にしっとりと紛れ込んだような気分が漂う。
 「春」の情趣そのもが、「濡れているみず」であるという理知的にして、瑞々しい感性が、いかにもうるわしい。

   今年また花散る四月十二日    正岡子規

 子規の四歳下の従弟、藤野古白は明治28年のこの日ピストル自殺をして果てた。24歳であった。19歳で古白と号し、子規に学んで、子規を驚かせるほどの清新な句風であったという。子規は従軍中に訃報をうけ、秋には古白の墓前で、〈我死なで汝生きもせで秋の風〉と悼んでいる。
 事実を抜きにしても、この4月12日という日付が動かしがたく、一句全体を支配している。何の因果関係もない私にとっても、4月12日は花を惜しむほかない日のように思われるものである。

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   鳥の巣に鳥が入ってゆくところ    波多野爽波

 鳥の巣は卵を抱いて、巣立つまで育てあげる、それはそれは大事な家である。だが、ひなが育ったあとではもうほったらかし。その放置された巣の一つを、先日山家の方に見せていただいたが、空気のように軽くて、それでいて何とも頑丈なものであった。鳥の生命力そのものの知恵が張り巡らされている、といった風情には生きものの哀愁が感じられた。
 さて掲句、鳥の巣を時間的にも空間的にも映像にして見せる。「ゆくところ」下五に読者はあわてず安心してその形態を見つめることができる。ただ提示しているだけで、作者の思い入れがないのも、清新な印象を与えてやまない。
 学習院の学生であった爽波18歳の作品。26歳最年少でホトトギス同人に推挙され、名門の生れ爽波はまさに「ホトトギス」のプリンスだった。

   人入って門のこりたる暮春かな    芝不器男

 一読してすっと暮春、春も終わり頃の情感が乗り移ってくる。暮の春というものはこの情景をおいてほかにはない、と思わせるぐらいである。もとより夕暮れの感じでもある。
 爽波の「鳥が入ってゆくところ」が清新ならば、この「人入って門のこりたる」も、その表現においていっそう清新である。凡手なら、「門入って」とやりそうなところ、「人入って」と突き放し、客観に徹したことで、むしろ虚しさの主情が匂ひ立つようである。


   青天や白き五弁の梨の花    原石鼎

 「脂が抜け過ぎて物足りなさを感じる」、「淡泊な上にも淡泊な句」と掲句を評したのは山本健吉だったろうか。まさに、脂が抜けて、いやがうえにも淡泊な花、それこそが梨の花である。花曇りの空を一掃するかのように、真っ青な空に真っ白にひらく梨の花。
 <花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月 石鼎>、石鼎の桜の花はまた妖しいまでに艶やかである。
 淡泊なる花は淡泊に、妖艶なる花は妖艶に、石鼎は季題そのものに焦点を絞りきっている。

 
   入学の吾子人前に押し出だす    石川桂郎

 ピカピカの一年生、小学校入学ほど親にも子にも眩しいものはない。「もじもじしてないで、さあ、もっと前へ」と、少しばかり不安げなわが子の背中を押している親もまた緊張している。男親ならではの愛情表現のようではあるが、30数年前の母親として私の気持ちもまた全くこの通りであった。
 俳句は読者を代弁してくれるものだと知ったことでも忘れることはできない、思い出すたびになつかしい句である。


   人はみななにかにはげみ初桜    深見けん二
   ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな    村上鬼城
   山又山山桜又山桜         阿波野青畝
   したたかに水を打ちたる夕桜    久保田万太郎
   花冷の闇にあらはれ篝守      高野素十
   風に落つ楊貴妃桜房のまま     杉田久女


 花と言えば桜をさす。桜は日本の国花、花の王である。
 今年、侍ジャパンが野球世界一に輝いた日、桜の花も早々とほころびはじめた。サムライはともかく日本には、富士山と桜があってよかった、桜花があってこその日本だとつくづく思う。富士を仰ぐたび、桜を仰ぐたびに感動し、激励される。
 桜の名句は数え切れないが、思いつくままに、初桜、万朶の桜、山桜、夕桜、夜桜、八重桜、と一連にながめてみると、どの句も、なぜか重量感たっぷりである。
 楚々とした花でありながら、その背後には、人々に愛され、日本の国を象徴するにふさわしいかがやきがどこまでもかぶさってくるのであろう。

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by masakokusa | 2009-04-01 00:54 | 秀句月旦(2) | Comments(0)