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現代詩歌合同作品集
   
   青田風とは絶えまなく入れ替はる           草深昌子


     一面に張られた田水の中で、早苗は青々と確実に育っていきます。
     そんな風光ほど心癒されるものはありません。
     さらさらとゆく青田風は「素直に、素直に」と言ってやまない母の声のようです。


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( 『おもかげ』 ~詩歌で綴る女性たちの思い出~
 2008年9月30日第一版第一刷発行 美研インターナショナル)
by masakokusa | 2008-09-21 20:35 | 昌子作品抄 | Comments(0)
秀句月旦・平成20年9月                草深昌子
   波打ちしステンドグラス秋の空    北誥南風

 教会や公会堂の窓ガラスであろうか、ステンドグラスは太陽光線によってその鮮やかな色彩を神秘的なものに映し出してくれることはよく体験するところだが、その上に表面が凸凹になっている硝子であれば、その光線はいっそう美しく思われる。
 ステンドグラスの硬質な反射が秋天によく照応すると同時に、「波打ちし」からは、瞬時にして、真っ青な潮流のイメージがもたらされる。この秋の空を、春、夏、冬のそれと置き換えてみるまでもなく、秋の空でなくてはならない、どこまでも澄みきった透明感を読者に輝かしく見せてくれるものである。
 一句は、文字通り小さな窓から大きな世界を引き出した。作者は何も言わない、そのことこそが俳句の強みであることをあらためて認識させられる。何も言わないけれど、あきらかに作者の澄んだ気持ちがここには映し出されている。

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   棚の糸瓜思ふ処へぶら下がる    正岡子規

 子規が『仰臥漫録』の筆を初めてとったのは、死の前年の明治34年9月2日(月)であった。
 「雨 蒸暑 庭前の景は棚に取付てぶら下りたるもの 夕顔二、三本 瓢二、三本 糸瓜四、五本 夕顔とも瓢ともつかぬ巾着形の者四つ、五つ 女郎花真盛 鶏頭尺より尺四、五寸のもの二十本許」
 スケッチと共に俳句は19句、掲句には「病床のながめ」と前書がある。
 この頃、子規の病状は極めて深刻、麻痺剤を使用しなければ耐えられないほどの大痛苦であった。にもかかわらず、この糸瓜のながめは、何と超然として素朴であろうか。糸瓜の「思ふ処」は即ち子規の「思ふ処」というたのもしさ、まさに一心同体である。
 一年後、この棚の糸瓜は子規と終焉をともにしたのであった。
 <糸瓜咲て痰のつまりし佛かな>、<おととひの糸瓜の水も取らざりき>、<痰一斗糸瓜の水も間に合はず>


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   糸瓜忌や傷ふえてゆく文机      大峯あきら

 正岡子規の絶筆となった糸瓜三句に因んで、子規の忌日を糸瓜忌という。
子規の大方の文学活動は子規の病床からであった。明治32年にはすでに「坐して机に向ふが如きは今日殆ど絶望の姿なり」であった。仰向けに書き、伏したまま肘をついて書いた後年の日々。
 子規庵の病間には、左足の膝を立てたまま書けるように一角が刳りぬかれた特製の机が残っている。松山の子規堂には小さな勉強机が窓際に寄せて残っている。そんな子規の生涯を心に、作者もまた学究に一途であった歳月が顧みられるのであろう。「傷ふえてゆく」には、深い感慨が込められていて、一読胸を打たれるものである。
 「傷」はいのちの代償のように思われる。

  
   女郎花少しはなれて男郎花      星野立子

 この句からすぐに「女に少しはなれて男」を思い浮かべるのは私だけだろうか。
 女郎花と男郎花のありようを偽りなく写生した一句に違いない。それなのに、女の一字、男の一字を冠った秋草のゆかしさがそのまま人の世の女と男のそれのごとくにしのばれるのが、何とも不思議である。文字のもたらすイメージもさることながら、立子の直観が冴えている。
 これが仮に、「男郎花少しはなれて女郎花」であれば、花の姿も人の姿も見えてこない。
 女郎花ありてこその男郎花である。


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   仲秋や花園のものみな高し       山口青邨

 実作を通して思うことだが、「仲秋」というような時候を季語にする場合、それにつくフレーズはなかなか決定的なものになりがたい。しかし、「仲秋」と「花園のものみな高し」とは見事に決まっている。まるで磁石が吸いつくように爽快そのものである。
 スカッとした感覚と同時に、秋も半ばの日や風を秋草の色彩感の中にじっくり楽しみたい句である。


   秋風や書かねば言葉消えやすし    野見山朱鳥

 思うことは次から次へ湧いてやまない、しかも絶えず混沌としている。そんな心のうちの言葉は次から次へ消えてなくなる。そこには生きているという実感がない。混沌を書きことばに置き換えるのは少々厄介ではある。だが、一縷を見い出すと、するすると筋道がたって、次第に心が整頓される。生きている命を言葉でもって確かめる作業である。
 「書かねば言葉消えやすし」は、秋風のために用意されたフレーズのようである。つかみどころのない秋風のさびしさ。
 朱鳥は29歳にして、<火を投げし如くに雲や朴の花>、<なほ続く病床流転天の川>でもって、昭和21年「ホトトギス」600号記念の巻頭を飾った。だが、「人生の三分の一くらい寝て過ごした」というほど長く病んで、53歳で夭逝している。


    さやけくて妻とも知らずすれちがふ    西垣 脩

 からりと晴れ上がった清々しい道筋であろう、どこまでも澄みきった空気と共に作者の心象が強く印象されて、読者はたちまち透明感に満たされる。
 もっとも濃密に、もっとも平俗にある、夫婦という二者の関係が、ふっと思わざる距離に切り離されたような感覚は、とりもなおさず爽やかという季節感のありようであることを鋭敏に詠いあげて、文字通り爽やかな仕上がりである。そして、一呼吸おいてみると、うらやましいばかりの夫婦関係の信頼を物語っているものでもある。
 昭和32年、38歳のときの作品であるが、「爽やかや」でなくて「さやけくて」には、詩人でもあった氏の心が言葉に沁み入るようにうつされていて、今もってみずみずしい。
 氏は大阪府立住吉中学(現、住吉高校)で、国語を伊東静雄(詩人)に学んだ。一年下に庄野潤三がいた。このころ皆吉爽雨の指導する句会に参加して俳句を学んだ。
 『西垣脩句集』は脩氏急逝の翌年、昭和54年に、大岡信、川崎展宏、沢木欣一、皆川盤水等八名の編集委員が選句に当たって編集したという、心のこもった遺句集である。


    虫賣の瀬田の唐橋渡りけり    斉藤夏風

 瀬田の唐橋は滋賀県大津市の瀬田川に架る橋で、昔から京へ入るための交通、軍事の要所であった。何度も戦乱の舞台になった橋は、近江八景「瀬田夕照」で名高く、芭蕉にも<五月雨に隠れぬものや瀬田の橋>、<名月は二つ過ぎても瀬田の月>など、この地を詠んだ句が残っている。そんな歴史のおもかげは、橋の古風な擬宝珠にもよくあらわれている。
 秋もたけなわのたそがれどき、折しも、唐橋にさしかかってきたのは虫賣であった。しずしずと、ひょうひょうと、しかも確かな足取りで、小さな屋台を引いて、京都方面へ去りゆくところであろう。なんとお誂え向きの、みやびやかな光景ではないだろうか。
 あるべきところにあるべきものを設定しただけともいえる、何の装飾もない淡々たる詠いぶりがむしろ夕闇せまる情趣をそこはかとなく伝えて余韻がある。むろん虫の声も余韻をひいている。

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    ゆっくりと引けばめくるる桃の皮    岩田由美

 俳句の速度がそのまま、白い産毛のある桃の皮をそろりとめくってゆく速度と一つになっている。
 一句のどの一語も欠かすことができず、どの一語もさしはさむことはできない、ひと続きにひた連なって、決して途中で切れてはいけない、やわらかに、ゆったり、ゆたかな調子に貫かれている。そう、桃の皮は見事に剥きあがるのである。
 誰にでも思い当たるこの感触は、やがてたっぷり甘い果汁をしたたらせる。
 飛び切り上等の白桃も、とびきり上等の描写も、まこと垂涎の的である。


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by masakokusa | 2008-09-01 00:02 | 秀句月旦(1) | Comments(0)
平成20年9月~昌子週詠
    9月29日(月)

          ぬけぬけと秋の藪蚊の指にくる
          欄干にひよいと坐りし千草かな
          雨少し青空少し生姜市
          生姜市め組の頭参りけり
          嗅ぐほどに生姜祭の生姜かな
          売るとなく買ふとなくあり露のこゑ
          少々の酒を夜食といふべかり


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    9月22日(月)

          日の大路雨の小路や獺祭忌
          野分あと服真つ白に来たりけり
          金龍山宝戒寺てふ萩盛り
          水を掻くやうに白萩かきにけり
          咲くほどにこぼるる花や秋彼岸
          いい風を座敷に後の彼岸かな
          おむかへの来るの来ないの吾亦紅


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     9月15日(月)

          有の実や間口の広く屋根高く
          梨園はかんかん照りに決まりたる 
          草叢に蝉のこゑある九月かな
          梨長者麦藁帽子よかりけり
          のっと首上げたる蛇のかなしさは
          冬瓜の大きさをこそ愛でらるる
          黒牛を遠くに扇子置きにけり 


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    9月8日(月)
          
          鐙坂(あぶみざか)蝉の名残となりにけり
          さやけしや金魚坂から金魚屋へ
          赤門に秋の日傘の巻かれたり
          大学に道深くある木槿かな
          法師蝉箒に穂先なかりけり
          三四郎池や木の実を蹴りもして
          学窓のうしろ隠沼白露の日


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    9月1日(月) 

          江ノ島のよそよそしさよ秋の風
          おしろいにあらしをおもひおこしをり
          九月来る会ふ人ごとの服の色
          新涼のひっつめ髪となりにけり
          翅曳いて翅に載りもし秋の蟻
          どこも蟻どこも石段どこも苔
          秋風や波は砕けてこそ白し


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by masakokusa | 2008-09-01 00:00 | 昌子週詠 | Comments(0)