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秀句月旦・平成19年9月        草深昌子

   妻がゐて夜長を言へりさう思ふ    森澄雄

 上から下までさらっと読み流してもよいが、上五で小休止、中七で小休止、下五で休止、という風に文字通りポツリポツリと長い間合いを入れて読むと、全く夜長というものの実体が臨場感そのものとして把握されてくる。先ごろ日経新聞に森澄雄自叙伝が連載されたが、あらためて妻を愛しぬいた人生のありようこそが澄雄俳句をあらしめていたことに納得させられた。軽そうにみえて、「さう思ふ」には、やはり愛妻家澄雄ならではの重みある座りになっていることに思い至る。

  秋茄子の畝間に雨の溜りそむ    清崎敏郎 

 わが家から最寄の駅まで、小川沿いに歩いて小一時間の距離がいまの季節なんとも爽快である。ことに、稲田の端っこの畑に秋茄子が〈その尻をきゅっと曲げたる秋茄子 敏郎〉という風情で照り輝いているのは、いかにも美味しそうである。あの茄子紺という深い色彩は、体が冷えては良くないから「秋茄子は嫁に食わすな」という諺が生れた謂のように思われる。「畝間に雨の溜まりそむ」は、夏季の茄子ではない、秋の季感そのものの写実である。

  野にて裂く封書一片曼珠沙華    鷲谷七菜子

 このカッとした心情は手に取るようによく解る。俳句初学のころ最も感動した俳句の一つである。今でも曼珠沙華というと、この句ともう一つ、〈曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり 中村草田男〉、がセットのなって口をついて出る。草田男の句からは激情がおさまった後の大自然の大らかさに癒されるような思いがしたものであった。女性と男性の生理的な違いであろうか。どちらもその表現の鮮烈さ、大胆さでもって「曼珠沙華」たる本情、本質そのもののありようが詠いあげられている。

  秋の波同じところに来て崩る    倉田紘文

 春の波であって冬の波であっても同じところに寄せては返すのが波というものである。しかし「同じところに来て返す」ではない。「同じところに来て崩る」である。「崩る」という語感が、「秋の波」、つまり「秋」でなければ共鳴しない何ものかと響きあう。このような一句は作者に絶えざる緊張感が無ければ詠えない。〈素十忌の言葉つつしみをりしかな 紘文〉素十の愛弟子はまこと「言葉つつしむ作家」である。

  なんとなく子規忌は蚊遣香を炷き    田中裕明

 裕明二十歳前半の作品をまとめた第二句集『花閒一壷』に納められている。
「なんとなく」であるから、読み手もなんとなく、鄙びた思いの中に誘われる。そこにはふすぶるかやり火の一点の赤、郷愁の香り。
 明治35年9月18日の朝、子規は板に貼り付けた紙へ三句を書き付けた。〈糸瓜咲て痰のつまりし佛かな〉、〈をととひの糸瓜の水も取らざりき〉、〈痰一斗糸瓜の水も間に合はず〉、枕辺にいた妹も碧梧桐もただ黙然と見守ったという。絶筆三句を書き付けた後、危篤状態、深更に至ってやすらかに眠ったまま息が絶えた。明治35年9月19日午前一時、陰暦17日の月明らかな夜半。35歳だった。
 平成16年12月30日田中裕明は45歳の若さで亡くなった。遺句集となった第5句集『夜の客人』の掉尾は、〈糸瓜棚この世のことのよく見ゆる〉であった。

  神妙に敬老の日を過ごさばや    相生垣瓜人

 敬老の日は、平成14年までは9月15日だったが、9月の第3月曜日に変更なって、今年は9月17日である。奇しくも夭折した正岡子規の誕生日にあたる、そのことともちろん掲句は関係ないが、「神妙に」という人の知力を超越したものに心をいたす作家の敬老日への思いは尊い。
 今年、日本の65歳以上の高齢者人口は2744万人で、総人口の22%を占め、過去最高を更新したという。80歳以上は700万人、女性が男性の2倍に上る、そうである。

  遠方とは馬のすべてでありにけり    阿部完市

 平成19年9月14日~16日(三日間)第四回世界俳句協会大会(ディレクターは夏石番矢)が催された。エストニア、フランス、インド、リトアニア、モンゴル、アメリカ等などの挨拶や俳句朗読は、外国語を解さない私にとってなべて心地よいリズム、響きの中にあるばかりであった。一切の意味を、一切の理屈を消し去って、ただただその韻律のささやきに耳洗われている時間であった。
 そんな中で唯一眼を凝らしたのは80歳の阿部完市の物静かな立ち姿であった。そこで氏のかつての、無季ながら現在只今の季感を感じる掲句を思い起こしたものである。
 夏石番矢の言う〈俳句が移動する視点と新しい現実の発見に本質的に関連している、俳句という詩は日常的視点ではなく、通常ではない、移動する視点から書かれているのです〉、ということと、無縁ではない「人馬一体」を感じ取っている。

  待宵や草を濡らして舟洗ふ    藺草慶子 
 
 待宵は、陰暦8月14日の夜の月をいう。マツヨイということばがすでに心揺さぶられる美しさを持っていて、満月に一日足らない期待感というか、静かな人恋しさのようなものがひたよせてくる。こんな曰く言いがたき気持をごちゃごちゃ言わないで、「草を濡らして舟洗ふ」とのみに言い切った。水は小さな音を奏でて、なんと澄み切ったこころばえであろう。

  名月や樅の木高き塀の内     正岡子規

 子規は明治22年の秋(22歳)、不忍池のほとりに下宿していた。「樅の木高き」がいい、そのすがたも韻律も月光の明るさをより鮮明にしている。また、「塀の内」と絞ったところは、自然詠にして人間の佇まいが滲み出ている。
 「・・22年には、、居士(子規)とも朝夕に出合い段々と心易くなった。居士は少しも身形を構わぬ方で、寒い時などは松山木綿のゴツゴツした綿入れを重ねて背中をまん円くふくらかし、ゴヨリゴヨリとふるまって居た。且つ入浴嫌いだから、色は小白い方であったのに垢はいつも付いて居て、随分むさくるしい風体であった。のみならず、起褥時限に背いて兎に角蒲団を敷き流しにすることが多く、その周囲はいつも書籍や反古が山の如く堆くなっているので、一室三人詰の八畳敷を居士に三分の二まで占領せられ、他の同室生は片隅に小さくなって居らねばならぬ次第となる」、これはこの寄宿舎を管理していた内藤鳴雪の子規追懐の一文である。
 むさくるしい風体にしてこの名月の一句。人の世にあって人に賞でられる月の神秘は子規という作者名まで読むといっそう永遠であるように思われる。

  虫籠に虫ゐる軽さゐぬ軽さ     西村和子

 一読ハッとする。意表を突かれる、そんな、ハッとではない。飯田龍太が、「忘れ物をとどけけてくれた」ような句が秀句であると言ったが、まさにそんな、ハッと思い当たる一瞬である。思わず虫籠を手にとったような、虫籠の隙間を覗き込むような、感動を覚えて、やがてはるかな思いに誘われるのである。「虫ゐる軽さ」と「ゐぬ軽さ」は、同量の軽さではないが、同等の軽さであろう。つまり相対的軽さではなく、絶体的軽さを言い当てている。
 大いなる発見の軽さは虫のあはれを多分に忍ばせている。


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by masakokusa | 2007-09-17 20:06 | 秀句月旦(1) | Comments(0)
特別作品評            草深昌子

  盆菓子・蔵田美喜子

  盆菓子や海を掬へば色なかり


 花びらを幾重にも彫り込んだ厚ぼったい模様、さも重たげな濃き色合いの盆菓子は見るからに郷愁を誘われる。〈海を掬へば色なかり〉 は、海原そのものを返したような感覚もあって無常のさびしさに誘われる。掌に軽くのった盆菓子のかなたへ、御魂をしのぶ情感は透明感に溢れている。

  ところどころ苔の花咲く石拝む

 感慨はまず、ところどころの苔の花にあった。その美しい静寂世界へ心を寄せるようにしゃがみ込んで掌を合わせられた。上五の字余りが、一句の時空を広げている。

  綜欄の花倭建命かな

 これ以上簡潔な表現はない。作者は黙って提示してくださった。おかげで私は、生家の前栽に朝な夕な見届けた棕櫚の木を心ゆくまで懐かしんだ。棕櫚と共にあった祖母の気性の勁さも忘れることができない。おもえば祖母は倭建命だったのかもしれない。跡取りの一人息子を戦で失った孤軍奮闘の切なさが今ならわかる。追慕の念とともに一句にしみじみ癒された思いである。

  御手洗の屋根に重なる松落葉

 松の落葉は天空からひねもすもたらされるのであろう。手水をつかうあたりの情景は光陰をしのぶに充分である。

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   刈 萱・ 晏梛みや子

  やうやうに雲動きだす百日紅


 名残を惜しむ心と、立ち出でて待つ心と、俳人の心の要がかっちりと詠い出されている。季節の移ろいに衰えてゆくものの嘆きを重苦しい語感に留めながら、上空は風が吹き抜けて白雲さざなみとなる気配である。

  大夕焼鵜が波に乗り波に乗り

 大らかな調べは、鵜ともろともに波にのる作者のゆったりした息づかいでもあろう。 

  川風の薄羽かげろふ胸に来て

 幼虫時代は蟻地獄などと呼ばれて一種陰険な趣をイメージさせる虫も、成虫になると一転して薄羽かげろふというはかなげな名をかむせられる。ひと夏で命を終えるその透き通った趨の姿は、胸にきてこそ名なるかなと思わせるものであった。脈打っている命の交歓は川風に支えられている。

  エンゼルフイッシュ一睡の後さびしかり

 一睡とうつつの落差。覚醒するいとまの鮮やかな彩色。残像が実像に結ばれたエンゼルフイッシュのさびしさでもある。

  刈萱や茜びたしの艀小屋

 一巻の歴史小説の終章を見るようである。情念の濃い生き方、哀切を極めた生き方、よき市井の人々 はもうこの風景には影を落さない。どこへ行ったのであろうか。刈萱が風にさざめているばかり。


  (2005年11月号・「晨」所収)

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by masakokusa | 2007-09-11 12:57 | 俳論・鑑賞(2)NEW! | Comments(0)
石田波郷・俳句鑑賞                草深昌子
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                                史上の一句・波郷

  霜柱俳句は切字響きけり

  
  葭雀二人にされてゐたりけり

 初学時代から今もって好きな句である。好きというより私自身のものになりきっている。お見合いをした遠き日の空気感そのものとして・・。波郷ならではの抑制の効いた言葉の選択にほほえまされる。これが行々子なら縁談はまとまらなかったかもしれない。葭雀という語感にはまんざらでもない気分が滲みでている。
 結婚は、昭和十七年波郷二十九歳のときであった。昭和二十一年、江東区北砂町に居を構えた。今はあき子夫人の実弟が継がれている住居跡を訪れると、はたして隣は墓原であった。

  霜の墓抱き起されしとき見たり

 倒れて霜を置いた墓を人が抱き起しているのを見た、という解釈に波郷が落胆した句であるが、その一瞬の誤読が尾を引いて、霜の墓が波郷の身体そのもののようにだぶって印象されるあたりは、切なくも興趣をさそうものである。この句に限って言えば、龍太の「手こぼしがあっては一級の作たり得ない」という結論通りであるが、この種の、上五で断絶し、下十二に叙述する形式は波郷独特である。

  百日紅ごくごく水を呑むばかり
  寒椿つひに一日のふところ手
  細雪妻に言葉を待たれをり
  金の芒はるかなる母の禱りをり


 ここには一旦遮断するものの、すかさず下十二に引き継いで再び季題とゆったり融合して、十七音でたっぷり物語る世界がある。波郷の境涯が誰にでもとどく実感として受け入れられるのは詠おうとする内容が季題そのものの表情になり代わっているからであろう。もっとも切字で接続する、〈初蝶やわが三十の袖袂〉〈遠足や出羽の童に出羽の山〉〈琅玕や一月沼の横たはり〉などはいかにも颯爽としておおどかである。どちらにしても波郷の声調はなべて内容とひびきあって、えも言われぬ感興をもよおされる。
 さて、「俳句は切字響きけり」の一句には、霜柱が屹立している。文字通り韻文の響きにいのちをかけた波郷の矜持に違いない。「写生しろ、よく見ろと言ったって、そいつに何も無ければ何もみえちゃこないんだ」と酒席で言い放ったというように、波郷は「われ」を述べようとする散文的体質が強かった。だからこそ誰よりも自身に韻文精神を徹底させなければならなかったように思われる。
 先日、「馬酔木」千号記念祝賀会が催された。受贈の『秋櫻子一句』の中に〈鶴とほく翔けて返らず冬椿〉の追悼句、さらには秋櫻子逝去の七ヶ月前の句〈波郷忌や新蕎麦くろき深大寺〉を見出した。
 波郷は十九歳で上京し、秋櫻子門下でその片腕となって活躍したが、自身は、「僕の系譜は虚子―青畝―古郷―波郷となる」と言う。何と言おうと波郷は秋櫻子の最大の愛弟子であった。

    (2007年9月号「晨」第141号所収)
by masakokusa | 2007-09-11 12:54 | 俳論・鑑賞(2)NEW! | Comments(0)
昌子作品鑑賞・「晨」       宇佐美魚目・大峯あきら・山本洋子
  
  さわさわと七夕竹の運ばるる   昌子

 さわさわは漢字で書けば「爽々」、辞書にあたると歴史的かな遣いは「さはさは」「さわさわ」のどちらでもよいとある。いかにも爽やかな感じのする七夕竹、動くみどりといった趣き。やがて色紙、短冊に願いをこめた紙がひらひらと舞うのであろう。「運ばるる」に注目したい。
(宇佐美魚目)


  花散るや何遍見ても蔵王堂   昌子

 吉野山の入口に立つ蔵王堂は、その雄渾と野趣という点では、奈良の大仏殿や比叡山の根本中堂をしのぐ大伽藍である。はじめてこの世界屈指の木造建築を見た人は誰しも、その独特な迫力に驚く筈である。この句もその蔵王堂から受けた強い感動を正面から詠んで成功している。「何遍見ても」という一見稚拙に見える中七の表現が、花散る中に立つこの巨堂の姿を生き生きと捉えたわけである。(大峯あきら)

 盛りの花が今散りかかり、花のときが流れていく夢のような空間に、大きな蔵王堂がどっしりと立っている。花の山の真ん中にゆるぎない存在の蔵王堂である。「何遍見ても」のリアルで、素直な表現が生きている。「花散って大釣鐘を遺したる」も「冬山に吉野拾遺をのこしたる 素十」とはまた別の趣を醸しだしている。作者は花が咲くよりも、散ることに感慨をふかめている。
(山本洋子)

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  老いてなひ笑窪深しや金魚玉   昌子

 歳をとっても童顔で、くったくない笑顔が素敵な人がいる。金魚玉には、その笑顔が無類に似合いそうだ。「母郷かな簡単服のひらひらす」母郷というのは、親もとというような意味合いだろう。そこは、自分が一番自分らしく、あけっぴろげでいることのできるところ。ぶかぶかの「簡単服」が開放感を言っている。(山本洋子)


  さへづりやたうたう落ちし蔵の壁   昌子

 年々の風雨でいたんで、今にもはがれそうであった土蔵の壁が、とうとう落ちた。囀りの声がひびいて、さらに土蔵はいたむばかりである。「たうたう落ちし」に迫力がある。(山本洋子)

  
  赤子はやべっぴんさんや山桜   昌子

 山桜が咲いている山家か山径で、可愛い女の赤ちゃんに出会ったのである。赤ちゃんはみんな可愛いが、これはまた、特別目鼻立ちのととのった赤ちゃんで、さぞや美人に成長することだろうと思われた。
 「べっぴんさんや」というストレートな中七のパンチが利いていることはもちろんだが、同時に「山桜」という季語の大らかさと華やかさが適切な効果をもたらしていて、この季語は不動である。有無を言わせない直接的な臨場感をもっていながら、娘ざかりになったその「べっぴんさん」の花下の姿をも連想させる詩的空間の広やかさもかね備えた句。(大峯あきら)

 山桜の咲く下に赤子を連れてきている。とても機嫌がよく、目鼻立ちがはっきりとして愛らしく、きっと美人になりそうだ。思わず「べっぴんさん」という言葉が出た。素朴で、強い野生を備え、深い美しさを持つ山桜は、とりわけ幼児に敏感に反応し、うつくしいものをより麗しく映し出すもののようだ。「山桜」という季語が効いていて、有無を言わせない説得力がある。「山桜筒抜け晴れとなりにけり」にみ同様のことが言える。(山本洋子)


  海桐の実鳶はきれいなこゑあげて   昌子

 夏には白い小花をつけた海桐の実は、やがて緑の実をつける。実は臭気がある。熟すと赤い種子が出てくる。葉も分厚くてどこか個性のつよい木が実るとき、鳶がまことにきれいな声をあげる。木の実と鳥が呼応するときである。(山本洋子)


  盆の路ししとび橋といふところ   昌子

 ししとび橋にさしかかって、盆祭の気配が濃くなった。「ししとび橋」といういかにも古くて、野性味のかんじられる名前が効いている。(山本洋子)


  耕して大日寺のうらに住む   昌子

 大日如来を本尊とするお寺の裏である。山寺であることは「耕して」で伝わる。日の燦燦とあたる寺の裏手、おおいなるものに恩恵を蒙って生活する人の姿が目に浮かぶ。「離宮いま小学校や山桜」昔、離宮といわれた所がいまは小学校になり、子供の声が響き渡る。山桜という古い歴史をもつ野性味あふれた花が生きている。「大き音たてて薪割る山桜」も音に焦点を絞ったのがよい。
(山本洋子)


  角張ってをりし袋を掛けにけり   昌子
 
 この句も即物性によって成功している。果実にかけた真新しい紙が、四角がピンと張ったままで樹間に見えるところに、袋掛の初夏の季節感がいきいきと新鮮である。(大峯あきら)

 「角張ってをりし」が、まだ掛けたばかりの少しごわごわした袋を思わせる。率直な具象が効いている。(山本洋子)


  はたはたや峠に住みてものしづか   昌子

 峠路をのぼって行くと、思いがけないところに人家があったりして驚くことがよくあるが、この句の場合もそうである。縁側を借りて腰をおろし、その家の人と対話したり、あたりの畠や山々を眺めながら、いかにも静かなところだなと思う。「ものしづか」は自然の静けさだけでなく、住む人の生活の静けさを述べているのはもちろんである。
 この作者は季語の使い方がありきたりでないところがよい。この「はたはた」もとっさに出たのか、苦心した結果かはいずれにしても、秋空をキチキチと跳ぶはたはたの音が非常に鮮明で、一句のテーマを見事に受けとめている。(大峯あきら)

 峠にひっそり住んでいる人がいる。「はたはた」が草深いそのあたりの景をリアルなものにしている。小さくしなやかなきちきちばったが、しづかな佇まいを引き立たせる。(山本洋子)


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  薪小屋に薪のぎゃうさん花の昼   昌子

 花盛りの真昼の山家。薪棚があって、ぎっしりと薪がつまっている。さくらの花もいっぱいなら薪棚の薪もいっぱい。充実した花どきの、その感じを言おうとして、「ぎやうさん」という言葉が、どこからかやって来た。(大峯あきら)

 花も満ちた昼には、薪もまた小屋にきれいに積み上げられている。たくさんという甚だしい様子が「ぎゃうさん」、仰山という言葉であらわされている。花ざかりの真昼のこころ満ち足りた世界である。(山本洋子)


  江ノ電の飛ばしどころや白木槿   昌子

 ゆっくりと走る江ノ電にも速力をあげる場所がある。速く走るといっても江ノ電としてはの話である。木槿垣すれすれに飛ばしている江ノ電はどこかユーモアがあり、鎌倉の住宅街あたりの景が目に浮かんで来る。(大峯あきら)


 鎌倉を出て江ノ島へむかう電車。遠くかすんでいた江ノ島がだんだんはっきり見えてくる。電車は家々の裏をきしむ音をたてながら、愈々一直線にすすむところがあるのだろう。「飛ばしどころ」が江ノ島の近づく期待感が、電車自体の気負いにつながっているようにかんじられる。「白木槿」の鄙なる清々しさともかよう。(山本洋子)


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   うぐひすは上千本にひびくかな       昌子

 上千本の高みに立つと、下千本までの眺望は手にとるようである。その花景色の中に高音をひびかせている一匹のうぐいす。
 花どきの吉野のうぐいすに出会えた昂揚が伝わってくる作。(大峯あきら)


   金屏の金あたらしや花の雨        昌子

 花が咲いたのに、すこしはげしい雨降りである。雨は、花の色をどこか褪せたものにするが、お屋敷の玄関の金屏風の金のみが、よりあざやかに、あたらしく浮き立って見えるのは不思議である。(山本洋子)


 
  
by masakokusa | 2007-09-07 11:16 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
特別作品評       大久保和子

   花は葉に      草深昌子

  花冷えの水神さまにきはまりぬ
 
 
 今年の春は、異常気象のため桜の開花が一週間程遅れた。まだかまだかと気を揉んでみても、桜は咲き渋るのみであったことを思い出す。待ちかねて花見に出掛けたものの、花冷えは著しかった。〈水神さまにきはまりぬ〉という控えめな表現が、却って共感を呼ぶ。
  
  防風のおひたし花を惜しみけり

 「防風」とは浜防風のこと。芹科の多年草で海浜の砂地に自生し若葉は香気あるので食用にしたり刺身のつまに使う。掲句は花見膳の中に防風のお浸しを見付けて、即座に授かった一句であろう。季重なりではあるが、防風のウエイトが大であり、これこそ美味求真。現代に於ける最高の贅沢というべきもの。

  花は葉に柱時計は鳴りにけり 

 この特別作品の表題句である。〈 花は葉に〉 と〈柱時計は鳴りにけり〉 と、一見何の関係もない二つの事柄を呈示して、晩春の懶いひとときの抒情をユニークな一句に仕立て上げている。これは〈花は葉に〉 という時間の経過についての独特な感覚を具えた季語の斡旋による手柄というべきかもしれない。柱時計は、ぼんぼんとなる古風なものを想像するし、上五の視覚と、下五の聴覚の交叉が面白い。

  たんぽぽの紫をはなさぬ寒さかな  

 いまにも飛び立たんとするたんぽぽの絮がいつまでも飛び立たずにいる様を、寒さの所為だとする発見はユニークである。実際のたんぽぽは、風を待っているのだけれど・・・。

      (2005年9月号「晨」第129号所収)
by masakokusa | 2007-09-06 19:27 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
特別作品評             原田 暹

   徳富蘆花           草深昌子

  その人に会ふべくありし青野かな
 

 「花野」ではきれい過ぎ、「夏野」では見え方が不十分。ここはやはり「青野」であろう。運命的なものをも感じている作者である。

  蛇の首擾げて蒲の穂や高き 

 座五「穂や高き」の止め方が心憎い。一読飯島晴子の(寒晴やあはれ舞妓の背の高き)を想起した。ともに味も素っ気もない「高し」を避けることで余韻を誘う点がそう思わせたのであろう。もちろん句としてはまったく違う。蛇にとっても、その首にとっても、作者にとっても「蒲の穂」が高かったのであり、高いところで蒲の穂が揺れ作者も揺れて・・・・。蒲の穂は蛇の変身した姿にも見え、案外蛇好きの作者なのかもしれない。(責任はもてませんよ。)

  薔薇守と薔薇一輪の行方かな

 「行方かな」と止めてなんとも気になる一句である。薔薇守の行方、薔薇一輪の行方。そしてその一輪を探しての作者の行方。

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     (2004年11月号「晨」第124号所収)
by masakokusa | 2007-09-06 19:18 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
特別作品                  草深昌子
 
     花は葉に 

    見えてゐる人に電話を花の山
   
    米蔵といふは白壁春蚊飛ぶ
   
    花冷の水神さまにきはまりぬ
   
    防風のおひたし花を惜しみけり
   
    目借時百の木魚に一つ鉦
   
    散る花や金粉のごと塩のごと
   
    花は葉に柱時計は鳴りにけり
   
    立川に降りてみどりの日と思ふ
   
    たんぽぽの絮をはなさぬ寒さかな
   
    桐の花胸ポケットのふくらみぬ



 桜をピークに、なだれるように花々が咲き揃うと、五臓六腑はにわかに波たってくる。エネルギーを新たにする季節である。やがて立夏ともなると、満目の緑がそよぐ。そして代掻き。見渡す限り水を湛えた代田はしみじみとこころ落着く。あわただしかった時の流れに人心地がつくのである。
 
   夏はじめ五臓六腑を水平に  宇多喜代子
 
 五臓六腑とは即ち生き身のこと。水平にというのは即ち清々しいということ。まさに実感している。

     (2005年7月号「晨」第128号所収)
by masakokusa | 2007-09-06 19:12 | 昌子作品抄 | Comments(0)