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川上弘美『真鶴』を詠む               草深昌子

     春塵のいきなり面に当たりけり
   
    白菜の一個にゆがむ市場かご
   
    冴返る紫蘇も生姜も微塵切り
   
    岸壁に波の当たれる余寒かな
   
    匂ひして夫の日記や菜種梅雨
   
    竹の皮脱ぎ散らかして嵐かな
   
    霞とも霧とも土用曇りとも
   
    居るほどに夏の灯しの濃くなりぬ
   
    三叉路や落葉だまりに落葉降り
   
    蛙子を数へて迷子になりぬ
   
    蓬生や人の住まねば家傷み
   
    生垣と石垣の間の暮れかぬる
   
    鹿尾菜掻くところ岬のくびれたる
   
    逃水に間に合ふこともあらんかな
   
    をさな子のまつくらといふ木下闇
   
    ことばからうまるることばすべりひゆ
   
    一艘の炎ゆる禊となりにけり
   
    小説のなかの小説宵花火
   
    炎天のまうら落葉の踏みごたへ
   
    唇に髪のもつるる野分かな
   
    擦れ合うて蘆をゆく風かへる風
   
    真鶴は雲湧きながら秋深む
   
    鳶なるや鷲なるや風光りける
   
    蝌蚪の来て蝌蚪の隙間を埋めにけり


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      (2007年7月5日発行・「ににん」夏号所収)
by masakokusa | 2007-07-25 21:16 | 昌子作品抄 | Comments(0)
『朴の花』特別招待作品             草深昌子

      はたはた

    ぼうたんに非のうちどころ無くはなし
   
    角張つてをりし袋を掛けにけり
   
    青田風とは絶えまなく入れ替はる
   
    大空は大穴なりし雲の峰
   
    男の手ひらくや一個青胡桃
   
    帰省子に階段一つづつ鳴りぬ
   
    七夕の傘を真つ赤に開きけり
   
    はたはたや峠に住みてものしづか


   (2007年6月20日発行・俳句と随想「朴の花」・65号所収)
by masakokusa | 2007-07-25 21:09 | 昌子作品抄 | Comments(0)
特別作品                  草深昌子
  
     徳冨蘆花

    その人に会ふべくありし青野かな
   
    蛇の首擡げて蒲の穂や高き
   
    蛇逃げて胸幅広くなりにけり
   
    黄あやめは蛇に擽られてゐしか
   
    蚊を打つてみても暗くて蘆花旧居
   
    井戸あらば覗く麦藁帽子かな
   
    一僧の太鼓むしやくしやして涼し
   
    花の臀ふくらみてきし石榴かな
   
    薔薇守や体若くて眼の老けて
   
    薔薇守と薔薇一輪の行方かな



 『真珠の耳飾りの少女』に魅せられた。フエルメールがモデルの少女に問いかけるくだりには、はっとする。

「あの雲は何色だろう?」
「まあ白でございます」
「そうかね?同じ野菜でも別々にしていたじゃないか。蕪と玉葱、あれは同じ白かね?」突然、閃いた。
「いえ、ちがいます。蕪には緑が混じっていて、玉葱には黄色が」
じっくり雲を見た少女は、青いところも、黄色も、緑もあると興奮する。雲なら生まれたときからずっと見てきたはずなのに、そのとき初めて雲を見たような気がした。

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  (2004年9月号・「晨」第123号所収)
by masakokusa | 2007-07-25 21:03 | 昌子作品抄 | Comments(0)
秀句月旦・平成19年7月        草深昌子

   羅やいのちのながき山の木々    加藤喜代子
 
〈羅〉と〈いのちのながき山の木々〉と、この関係のない二つの付き具合がすばらしい。一陣の風が吹き渡ってくるような清々しさと、日差しの透き通った感覚が浮かび上がってくる。どこか切なくなるような陰影を覚えるのも詩情というものであろう。


   一生の疲れのどっと籐椅子に   富安風生

 自解によれば、旅先の宿の籐椅子に寛いだ時拾った、そうである。これが長旅の疲れのどっと籐椅子に、では事実に過ぎない。その事実を、「一生」という象徴的な一語に転換し得えたとき、ぐっと詩情が湧き上がる。疲れていながらもこの光景にはしっとりとして、なおどっしりとしたゆとりが伺われる。「籐椅子に」という助詞「に」のとどめ方は籐椅子の存在感、休息感の余韻を引いている。


   滝落ちて群青世界とどろけり   水原秋櫻子

 〈群青世界〉、その言葉、それだけで仕立てた一句である。群青からは、かの宝石ラピスラズリの深い色彩をイメージさせながら、堅固この上ない大きなかたまりの世界を突出して見せる。この群青世界をあぶりだすのには、「滝落ちて」しかなく、「とどろけり」しかない。つまり群青世界そのものが剛直の一条の滝となって切り落とされて、かつ、とどろくのである。

   明日ありと思ふ夜濯ぎはじめけり   橋本榮治

 そう言われてみると全くこの通り。いそいそと夜濯ぎをするのはそいういうことであったのか、、、迂闊であった日々がかえりみられる。哲学的でありながら少しも理屈がなく観念がなくむしろ微笑のこぼれるような清涼感を覚えるのは、夜濯ぎという季題のもたらす身に添う涼味が生きているからであろう。一瞬にして「俳句っていいなあ」と思う一句である。

   まっすぐに飛び出す水を滝といふ     岩田由美

 これほど素直に、明るく楽しく美しく詠いあげることができたらどんなに幸せだろう。
まこと一期一会の水の滝、その清々しさ躍動感がいのちそのもの。水が噴出し、笑顔がふきだす、飛沫のかかりそうな一句。

   落ちてくる水の力や百合の花     大木あまり

 〈落ちてくる水の力〉は感動に端を発した作者の想像力の力である。その力はおのづから深山の百合の花を香らせ真っ白な姿を浮き立たせる。あたり一面の風景が百合の花に集約されて、かくも一筆にぴしっと決まることこそ美しい立ち姿である。

   なかぞらに滝の背骨の顕ちにけり    鈴木貞雄

 〈滝の背骨〉というメタフアーが滝の激流がまっすぐ垂直落ちるさまを見せて文字通り背筋がひやっとする。〈なかぞら〉もまた宙吊りを思わせて一切の邪念を払拭している。勇壮にして雄雄しい滝のさまである。

   滴りのとめどもなきが透きとほる    馬場龍吉

 富安風生の名吟、〈滴りの迭の音の明らかに〉、と唱和して、これまた見事な滴りである。韻律の口開く一粒一粒がそのまま滴りのイメージにつながって、平明な言葉がいよいよ滴りの滴りたることを証している。深呼吸して涼味を味わいたい。

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by masakokusa | 2007-07-25 20:29 | 秀句月旦(1) | Comments(0)
草深昌子のプロフィール
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1943年     大阪市生れ
1977年     飯田龍太主宰「雲母」入会
1985年     原裕主宰「鹿火屋」入会
1988年     鹿火屋新人賞受賞
1989年     近松顕彰全国俳句大会文部大臣賞受賞
1993年     第一句集『青葡萄』刊行
           『平成俳人大全集』共著
1995年     鹿火屋奨励賞受賞
1998年     深吉野賞佳作受賞
2000年     大峯あきら代表「晨」同人参加 
           岩淵喜代子代表「ににん」同人参加
2003年     第二句集『邂逅』刊行
2016年     第三句集『金剛』刊行
2017年     結社誌『青草』創刊


現在  『青草』主宰   『晨』同人
     カルチャーセンター講師  俳人協会会員  
   
  

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by masakokusa | 2007-07-08 18:35 | プロフィール | Comments(0)
師系燦燦 八                  草深昌子
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  飯田蛇笏「雲母」の系譜
    ―――飯田龍太を師として(二)



   ――戦後の俳壇をリードした俳人で、日本芸術院会員の飯田龍太さんが二十五日午後八時三十五分、肺炎のため甲府市内の病院で死去した。八十六歳だった。(中略)代表句に「紺絣春月重く出でしかな」「一月の川一月の谷の中」「大寒の一戸もかくれなき故郷」など――(二月二十八日付朝日新聞朝刊)

 前回、冒頭に飯田蛇笏の訃報記事を掲げたが、今回その(二)も、龍太の訃報記事から始めることになるとは、痛恨の極みである。

  一月の川一月の谷の中  龍太

 龍太の四十九歳の作品である。「なんとそっけない」が第一印象であった。地球を真二つに割って見せられたような光景に、あっと息を飲むしかなかった。人間の無力を思い知らされたようなつめたさも覚えた。だが、その韻律は、老師一喝の如く、屈みそうになる背骨を真直ぐに通してくれたのである。 
 さかのぼること二十年、龍太二十九歳の句に、〈春蝉にわが身をしたふものを擁き〉がある。戦死した長兄の遺児を抱きしめている。人間の温もりを詠うことから出発した俳人は、見たものを感じたものにするために、即ち、人間と自然の調和を図るために、この世の無常と必死の格闘を続けてきたことであろう。ついに、見るべきものを見てしまったとでもいう世界が〈一月の川一月の谷の中〉にはあるように思われる。龍太の一途の思念があきらかにここに現われている。
 虚子に〈去年今年貫く捧の如きもの〉があるように、龍太もまた悠久のありようを瞬時に捕まえて十七音に焼き付けたのである。喜びも悲しみも呑み込んでゆく残酷な時間というものに立ち返るとき「一月」は荘厳である。
 「この世はそっけない。そっけないからこそ、一度だけ生きる人生は、情熱を燃やしつづけなければならない。大自然の形相は悠久にして、その輝きを日々新たにするのだから」と力強くメッセージを発信している。

 平成元年、龍太七十歳近くの頃であろうか、赤茶けた朝日新聞の切り抜き「余白を語る」からは、物柔らかな語り口に、覚悟の坐った龍太が偲ばれてならない。――半世紀近く俳句をやっていながらいまだに一度として才能に自信をもったことがない、そういうものとして今思うのは本物の二流になれたらいいなあ、ということです。これは謙遜と受けとめられるかもしれないが、私はむしろ自負と思っている。本物の二流というのは、一流がきちんと見えることなんですから。俳句は作ること自体楽しみだが、本物の俳句を探し出すのがまた非常な楽しみなんです。この詩型の特殊性で、どこで無名のだれかが一流というか本当の上等の句を作っているか、分らないところがありますからねえーー 

  いきいきと三月生る雲の奧  龍太

 私の愛唱句であった。奇しくも訃音の翌朝に三月はやってきた。その空の奥に龍太の顔が覗かれた。先の龍太の語りを裏返せば、死後にこそおのれの評価を求めたいと思い定めていた顔である。龍太が一流の俳人としてよみがえるのは必然の結果に思われる。

     ☆
 
  
瀧澤和治の『衍』(平成十八年九月刊行)は、氏の第三句集。昭和四十五年、高等学校在学中に「雲母」入会。「白露」編集同人。
 
 五年間の作品、二千二百五句を入集する、平均的な句集なら五冊から六冊分はある。
読破する時間は、モーツアルトのオペラを観劇するにも似た趣向であった。悠々迫らずして引き締まったリズム、綾なす調べは一糸乱れず、最後まで貫通していて飽きさせない。
幕間にワインの小休止をとって、ムードは昂揚してやまなかった。

  花辛夷さなきだに水逸りつつ
  闘牛や然れど古りにし椨の幹
  たとふれば利休が肩ぞ柳の芽
  何ぞさやげる七月の竹ばかり
  しばし休まむ駒草に雨ほとび


 切れ味のよい、硬質な表現、いわゆる雲母調を徹底させながら、こんな古典的な表現を折々にちりばめる、和治調とでもいおうか。独自の文体の美しさにこそ、絵巻はくりひろげられる。だが、いざ抄出するとなると、あれもいいこれもいいと迷ってしまう。
 作者が意図した絵巻物のような体裁は、立ち止まり方を少なくして、一幅一幅を真正面にじっくり鑑賞することをおのづから拒むからである。もとより「衍」とは水がゆったりと流れてゆくさまをイメージしたものというから、いちいち解題するより、典雅な流れを堪能することこそが絵巻の醍醐味であろう。

  初湯より呪文のごときこゑすなり
  冬の川笛吹の名に黝くゆく
  なまよみの甲斐巨摩郡良夜かな
  十月の檻何もゐず誰も来ず
  石をもて土に字を書く小春かな

 
 これらは甲州在住の作家ならではの静謐な顔立ちに思われ、見落せない。
 一句目、蛇笏の〈わらんべの溺るるばかり初湯かな〉に寄り添う。呪文は赤子の声にならないこゑであろうか。朦朦のめでたさ。
 二句目、笛吹川という名の象形や語感が季節感そのものに把握された。
 三句目、万葉集に「なまよみの甲斐の国、うち寄する駿河の国と・・」に始まる富士を称える長歌がある。「なまよみ」は「半黄泉」と書き、黄泉の国への境界という。枕言葉だけで充分にもたせた一句である。他界と現世を交叉する峻峰にかかる名月はいかばかり。 
 四、五句目、「十月」「小春」といった時候の季題を決定的なものにして、鮮明である。

  むかし蛇笏が懐中時計春逝かす
  夏の雲手紙古きは括られし


 一句目、芭蕉の〈行春を近江の人とをしみける〉が、近江でなければならないのと同様、蛇笏ならばこその温もりと艶なるものをしのばせて、春の名残たっぷりである。
 二句目、捨てきれない類いの大切な手紙であろう。夏雲がいっそう純白に立ち上がる。

  碑にレリーフの顔流氷期
  観音の顔十一や氷解く
  親鸞の子のころのこと桐の花
  人形が坐る子の膝天の川
  色鳥や泉の底に踊り砂


 数学の難問を答一発で解き明かすような即時性が決まっている。摩訶不思議な感性。

  鹿の子より返る眼差大和なり

 私の初学時代、二十代の和治はすでに、神尾久美子、丸山哲郎、庄司圭吾と共に時評を担当するなど「雲母」誌の花形であった。
 龍太をかなたに、和治の眼差は深い。

        ☆


 神尾久美子の『山の花』(平成十八年十月刊行)は、氏の第四句集。昭和二十六年、野見山朱鳥に師事。昭和四十六年、飯田龍太に師事。現代俳句女流賞、雲母選賞受賞。「白露」同人。「椎の実」主宰。
   
  葛切や川の千鳥は川に昏れ
  人日の灯ともしてすぐ夕ごころ
  わが影とゐる白玉の冷ゆるまで
  目をやすめ耳をやすめて夜の秋
  火とともに消ゆる火の音秋の暮
  人住むを大地といへり石蕗の花
  煮凝てふ日暮たのしむにも似たり
     雲母終刊
  水澄むや初心問はるること粛と


 昭和五十七年から雲母終刊までの句群には、すでに評価の定まったものをふくめて秀句がひしめいている。第三句集『中啓』以後実に二十六年分という驚きの厳選である。 

  飛魚に嬉々と鰭ありつばさあり
  竹編んで竹籠となる半夏生
  斑猫や人は高嶺をふり返り
  竹筒に山の花挿す立夏かな
  紙魚走りたる一瞬も今日のこと


 夏季の作品より、一句目、飛魚の海面を滑空するさまを「つばさあり」と言いきった。文字通り水を得た飛魚が活写されている。
 二句目、凡手は〈竹編んで竹篭作る〉、とやってしまいそうであるが、〈竹籠となる〉ところが妙である。仕上がった様を見せてこその梅雨さなかの半夏生をこざっぱりと過ごす佇まいが引き立ってくるのである。
 三句目、斑猫が人をふり返れば、人は高嶺をふり返る、その連動するしぐさがいじらしい。高嶺は見張り番のように動かない。
 四句目、龍太の〈春暁の竹筒にある筆二本〉を思う。山の花は師へ心を馳せ参ずる証のようである。この一句から『山の花』とタイトルをつけられた心境はしのびやかにも勁い。まさに立夏のこころばえである。
 五句目、〈尉となる刻がうつくし夏点前〉〈置柄杓切柄杓とて春惜しむ〉等、茶道をたしなまれる繊細な日々の感性は、今日という手触りをかけがえのないものにしている。

  家々に柱の力山眠る
  はるかまで波はよき音室の花
  着ぶくれてわがさみしさに気付きたる
  傘寿こそ華やぐによし寒の蘭
  生涯に恋しき師あり切山椒

 
 冬季の作品より、一句目、暮しを支えるゆるぎない柱。冬山もまた柱に力を貸しているような自然と人々の融合された世界が美しい。
 二句目、何と気持のよい空間であろう。あたたかくて明るくて静けさの室の花。
 三句目、わがさみしさに着脹れているのではない。〈気付きたる〉瞬時の詩情。平俗を俳句でもってぬけきるところが志の高さである。
 四句目、寒の蘭のせつなきまでの香気。
 五句目、「恋しき」というゆたかな表現は新年にいただく切山椒のほのかな色香がもたらした。朱鳥は紅色、龍太は白色であろうか。龍太は句作に迷った時は、「先師に聞きなさい」という懐の深い師であった。
 ところで、久美子五十歳に〈雪催ふ琴になる木となれぬ木と〉がある。この代表句は龍太に師事して二年後に生まれた。作品の焦点は桐の木そのもの、桐の木の気品が際立っていると評した龍太の鑑賞眼は忘れられない。桐の木の気品は、今も作家その人のものとして『山の花』のすみずみにゆきわたっている。
 季題あるところに愛情あり、愛情あるところに人生あり、控えめに表出されたどの句にも作者の泣きたいほどの思いが滲んでいる。

  亡きひとと別れきれざる髪洗ふ

 神尾季羊没後を主宰して十年、「椎の実」は平成十九年三月号で第六百号を迎えた。

        ☆


 丸山哲郎の『羞明』(平成十八年一月刊行)は氏の第五句集。野村泊月に師事ののち、昭和二十六年から蛇笏に師事。「白露」同人。
 
  蛇笏忌の不易の空の蒼さかな
  生涯を蛇笏に執す松の花
  おほけなく師の齢越ゆ蛇笏の忌
  生涯の切所うべなふ梅一輪
  韻文は気合の所産ほととぎす

 
 哲郎は往年の「雲母」の重鎮である。俳句はもとより論評、エッセイ等から後進は教えられた。わけても、昭和五十七年、〈蛇笏はや秋の思ひの中にあり〉等、秀句の数多をのこして逝った松村蒼石追悼の名文は忘れがたい。
 蒼石が、第一句集を刊行したのは七十三歳、九十五歳の天寿を全うするまでにさらに三句集を出したことを、こう締め括っている。
「何という息の長さであろう。確かに人生は短い。しかし一つ一つの石を積むような克明な長命が、人生のウエイトを拡げてくれることを蒼石さんは身を以って示してくれた。私はこの事実を一つの貴重な教訓として厳粛に受け止めたいと思っている」
言葉どおり、哲郎は蒼石に優るとも劣らず先師への純粋を貫ぬいてやまない。平成十四年には『飯田蛇笏秀句鑑賞』を刊行した。
   
 「雲母」終刊をうけて創刊した「白露」は平成十九年四月号で第百七十号を迎えた。
龍太逝去に臨んでの廣瀬直人主宰の悲しみには誰よりも深いものがあるであろう。悲愴なる覚悟のもとに、先達のたどった如く、息の長い道のりをひた進まれるに違いない。
ご加餐をお祈りするばかりである。

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  (2007年7月5日発行「ににん」夏号№27所収)
by masakokusa | 2007-07-03 17:26 | 師系燦燦 | Comments(0)
窓 総合誌俳句鑑賞           古谷空色

 「俳句」5月号/「俳句研究」5月号


     寒晴や鼈甲飴は立てて売る    草深昌子

 なるほど鼈甲飴は立てて売られている。林檎飴も立てて売るのではなどと意地悪に読んでみたりもしたのだが、氷の上に寝かされていることもある。「常に」立っているのは鼈甲飴だ。寒晴と鼈甲飴と、k音の透明感が響き合う。

  (平成19年7月号「澤」所収)
                          
by masakokusa | 2007-07-03 17:14 | 昌子作品の論評 | Comments(0)