<   2007年 03月 ( 2 )   > この月の画像一覧
『篠』(岡田史乃主宰)  辻村麻乃

  草深昌子氏句集『邂逅』を読んで
 
 『邂逅』は草深氏の第二句集であり、平成一二年から平成十四年迄の十二年間の作品を逆年順に収めている。岸本尚毅氏が栞文を書く。

 「蔵王堂」
  流灯のまつすぐゆける血筋とは
  もの書くも食べるも一人さはやかに
  かりがねや地球を巖とおもふとき
  探海の電波届かぬところかな
  花散るや何遍見ても蔵王堂


 対象を鋭い観察眼で自分の中に詠み込んでいく。そのためには「平静な心」が必要であり、そこには虚偽や虚飾は一斉存在しない。

 「恋文」
  はつなつや貝を洗ひて水の音
  出目金に寝しなの声をあさあさと
  ちぎらんとすれば蓮に力かな
  水澄むや「いきもの係」「はな係」
  障子貼つて一つ灯にゐる二人かな


 配合の手法での季語が充分に生かされている。独白の視点から見る、その句の客観性には生活を楽しむ様子が窺える。

 「極楽寺一丁目」「深吉野」
  河馬は濡れ象は乾きし冬日向
  鮫麟のだんだん平べつたくなりぬ
  極楽寺一丁目金魚提げて来る

  大空は大穴なりし雲の峰
  ひとり子にある夜二匹の兜虫
  うしろ見るための鏡も夏の宵
  家禽の日暮はじっとしてをれぬ


 寂光とは静寂な涅槃の境地から発する知慧の光である。、光を瞬時に捉えて句にしている。  

 「あしたある方へ」
  風光る転びたがる子転ばせて
  白梅のほかは夜空となりにけり
  あしたある方へ向きたる紅椿
  邂逅のハンカチーフをかがやかす
  人たれも背中忘れてみる良夜
  柿熟るる人しのばれてならぬ空


 「寂光」「子規居士」
  生き死にのこと言ふマスク純白に
  香水にふと寂光のありにけり
  羽織りたるものの重みも月夜かな
  兀然と日は鶏頭に当たりける
  子規の忌の雨号泣す大笑す


 「邂逅」とは、思いがけなく出会い、巡り合う事である。師である母の紹介で、岩淵喜代子氏主宰の「ににん」に入会した。そこで出会ったのが草深氏である。このような句集との出会いに感謝して、これからも勉強を続けていきたいと改めて思った。
 (住所 〒351-0014 朝霞市膝折町5-8-59-407 辻村麻乃)

 (2004年1月20日「篠の会」発行、岡田史乃主宰「篠(すず)」2004年1月号 Vol.116 p35 所収)
by masakokusa | 2007-03-27 14:16 | 『邂逅』書評抄録1 | Comments(0)
400字エッセー

     新年の祈り

 いつだつたか、テレビで、「ほめことばの使い方講座」というのがあった。
ためしに女優が脚本家を褒めた。流暢に、「心のあたたかな方ですね」と言ったとき、抽象語は使わないようにと注意された。今度は大阪のお笑いタレントが女優を褒めた。ぶつきら棒だったが、「あなたに会うと元気が出てくるのですよ」と、しめくくった。講師はそのほめ方を、それこそベタボメだった。
 言葉が、関東は伝達だが、関西は表現なのですねえと、しぎりに感心されるので、大阪生れの私は嬉しくなると同時に、あらためて言葉について考えさせられたのだった。
俳句も、十七音が単なる伝達に終わってしまっては残念だ。人に伝えたいと思う一番大事なことが表現されているものでありたい。
 「あなたの俳句に会って、元気が出ましたよ」、そう言っていただけるような、私の言葉が、私の内側から引き出せますように。
 ――ちょっぴり欲張って、新年の祈り。

 (1999年1月号「鹿火屋」 p6 所収)

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 

     与謝野昌子

 古い話だが、結婚したばかりの頃、夫は一度ならず私を晶子(あきこ)と呼んだ。「昌子」の字面から、つい与謝野晶子の「晶子」をイメージしてしまうのだと夫は平謝りだった。思えばそれほどまでに、淡いおつきあいだったのだ。
 ところで先夜、私家版「みだれ髪」(与謝野馨編)を読んでいて、はっとした。
 <初版本「みだれ髪」の奥付に著者 鳳昌子 とあるのは晶子の誤まりにつき、訂正する>とあるではないか。晶子は激しい恋愛の陶酔を「みだれ髪」に官能的に詠いあげている。昌子と誤植された晶子の落胆が目に見えるようである。
 それにしても、「日」が一つ足りないばかりに昌子は、才能は言わずもがな、その燃ゆる情熱において、晶子と何たる違いであう。
 だが、晶子が束の間でも昌子であった事実を知って、私の胸はほんのり赤く染まった。今さらあやかるべくもないのだけれど・・・・

  ああ皐月仏蘭西の野は火の色す
   君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟   晶子

 (1997年5月号「鹿火屋」 p7 所収)

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


     長寿のおすそわけ

 八十八歳の母から、「長寿のおすそわけ」と書かれたポチ袋が届いた。開けると、五千円が入っていて、敬老の日に大和高田市からいただいた「お祝金」の半分だという。ビールをお飲みくださいと、書き添えてあった。
 過日、私は一週間ほど入院した。にわかに老いを覚えてしょげていると、母から、「早く処置してよかったね。あなたの人生はこれからですよ」と手紙が来た。これからだなんて…と、一瞬疑った。でも母の齢からみれば本当に先は長いのだと、素直に励まされた。
 二十年前、「夫の給料を無駄遣いせんように、広告の紙の裏と鉛筆があればできる趣味やから」と、俳句を勧めたのも、母である。
 あかんたれでやんちゃでと、幼い頃よく言われた私の本性が、今も俳句に隠しようもなく浮かびあがってくる。俳句を通して、自分を見つける喜びを与えられているのである。
 「長寿のおすそわけ」は、まだビールに換えないで、雛を抱くようにあたためている。

 (1997年9・10月号「鹿火屋」 p7 所収)

f0118324_16262885.jpg
     
by masakokusa | 2007-03-27 13:35 | エッセー2 | Comments(0)