カテゴリ:昌子作品の論評( 73 )
草深昌子作品論評・現代俳句展望         

 現代俳句展望         太田かほり



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赤子はやべつぴんさんや山桜      草深昌子

あめんぼう大きく四角張つてをり      〃



句集『金剛』より。

一句目。

「ろうたし」「うつくし」「なまめかし」等など、女の美しさを表す古語は、多感な高校生の頃に『源氏物語』の「若紫」の巻などを通して知る。

だが、これは物語の話であって現実の普通の生活感覚ではあからさまな容貌の表現は口にするのは憚れる。

ただ、赤子に限ってはどんなに形容しても害はなく、赤子を理想的に育てるのにはかえって効果的に働くものである。

中でも「べっぴんさん」は文字通り別格の響きがある。

口にして阿るようなニュアンスはなく、普通名詞「べっぴん」に接尾語の「さん」をつけることで親しみの感情が加わり、同時に軽いユーモアを醸し出す。

「美人」よりも「美人さん」、それより断然「べっぴんさん」に真実がある。

たとえ並の顔かたちであったとしてもよもや反語に受け取られるということはない。

関西圏の言葉ではないが関西的な柔らかさを含んでいて耳に心地よい。

赤子とは、どの子も愛らしいものである。

この句は世俗的は語彙を用いているが「若紫」の巻をひもとくような雅さがあるのは季語「山桜」によるものか。

そういえばこの巻は「北山の春」に始まる。


二句目。

スケッチを見せられたように水馬の姿態が鮮やかに見えてくる。

簡潔明瞭にその習性が描かれた。

本当は足は六本であるのだが、中の二本は意識から欠落しているためか、六角形を描くことなく四角で納得していることに気づかされる。

だから、これはスケッチという写生によるのではなく全体を瞬時に見て把握した大まかな水馬ということになる。

省略という手法ともやや異なって、これが作者のものの把握の仕方なのだろう。

水の上で四角く踏ん張って静止し、流されそうになると跳躍してまた着水するあのよく見知っているつもりの水馬像にぴたりと重なる。

痛快な描写である。


(平成29年12月号『浮野』所収)


by masakokusa | 2017-12-31 17:57 | 昌子作品の論評 | Comments(2)
選後に ・ 大峯あきら   山本洋子
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   大峯あきら選

   巻頭

   夏鴨の鳴いて日中を飛びにけり    草深昌子

 春が来ても北へ帰らないで、そのまま残っている夏の鴨を通し鴨とも言う。
そんな夏の鴨を見かけるのは涼しい木蔭なのであるが、これは日中の空を鳴きながら飛んでいるところである。
鳴き声で捉えたところが面白く、どこか濃い季節感がある。
〈鮎食うて相模も西に住み古りぬ〉
関西から関東に嫁いで相模の国の西に住んでいる作者。
鮎の季節が来ると西国のことを思う。


   山本洋子選

   次席

   木斛の花散るまるで雨のやう     草深昌子

 木斛は椿科のごく小さな五弁の花が咲く。
その花の散りようが「まるで雨のやう」と感じた。
散りざまを素直にのべてあるだけだが、一瞬感じた言葉が美しい。
〈鮎食うて相模も西に住み古りぬ〉
ただ相模の西に住むのでなく〈住み古りぬ〉で〈鮎を食う〉人が根強く住みついている感をもたらしている。


(平成29年9月号第201号「晨」所収)
by masakokusa | 2017-09-30 13:43 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
近ごろ気になる一句・「なんぢや」2017夏37号
   草深昌子句集『金剛』より

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    峰雲や蠅の頭の臙脂色      草深昌子


 入道雲の白、夏空の青。
 「峰雲」という背景は書割のようだ。
 舞台に蠅がいて、暑い日ざしを受けている。その蠅の臙脂色の大きな眼に注目した。
 頭という表現は一瞬の印象を大事にしたのだろう。
 季重なりにこだわっていたらこうした句は生まれない。
 この時期、嫌われそうな蠅、虻、蜂、蚊など、夏は人と共に息づく虫でいっぱいだ。

(鈴木不意)

(平成29年6月1日 季刊 なんぢや「夏」37号 発行人榎本享 所収)
by masakokusa | 2017-06-30 23:52 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
課題詠 兼題=更衣           中杉隆世選

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   特選  
   その人に会はんと衣更へにけり      草深昌子


 特別な思いを抱く人への心情の濃さが伺える。
 「衣更へにけり」というさらりとした表現が余情を強くしている。



(「晨」平成29年5月号第199号所収)
by masakokusa | 2017-05-30 21:37 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
晨集散策          大槻一郎
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   よき人と知れたる日向ぼこりかな     草深昌子


 冬の昼、風のない時に日向でくつろいで居ると着衣はふくれ、身も心ものどかに暖まる。
 面識のないお互いが、最初はいぶかしみながらも話を交すうちに心を許し打ち解けてゆく。
 昔から日向ぼこりには、人間の善し悪しを判断するのに効果があるのであろう。
 この句、日向ぼこりの効用に焦点を当てた面白さがある。
 晨作品ではあまり見られない作品である。



(「晨」平成29年5月号第199号所収)
by masakokusa | 2017-05-30 21:34 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
『火星』(山尾玉藻主宰)・俳壇月評      大山文子
 
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   冬や実の草にまつくろ木にまつか     草深昌子
                               (『俳壇』3月号「毛衣」より)


 上五の「冬や実の」の出だしにまず惹かれた。
 見たままを詠むのが写生ではない、それを通して後ろにあるものを見よ。
 と、よく言われるが、見た儘を詠んでその真実をまっすぐついた作者の洞察力に驚いた。
 足元には黒々とした竜の玉、その上には千両や万両の実、頭上には南天の実が冬の無聊を慰めてくれる。
 つくづく見ていて見ていないことを気付かされた。


『火星』第928号所収
☆山尾玉藻主宰 句集『人の香』により第56回俳人協会賞を受賞

 
by masakokusa | 2017-04-30 20:20 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
『阿夫利嶺』・他誌燦燦        
 他誌燦燦   山本つぼみ主宰抄出

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   枯れにけりもののかたちをそこなはず    草深昌子(青草)




『阿夫利嶺』平成29年5月号所収
by masakokusa | 2017-04-30 18:15 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
近ごろ気になる一句 ・ 「なんぢや」2017春36号
 
    句集『金剛』より
  星屑のやうなるこれも雛の菓子      草深昌子(晨・青草)


   さくら餅、菱餅、雛あられ。雛の菓子はどれも愛らしい。
   子供の頃は雛段に飾られた菓子を見るだけでわくわくしたものだ。
   「星屑のやう」で浮かんだのは雛あられ。
   だが「やうなるこれも」といいうのだから意外性のあるものなのだろう。
   小さく繊細で美しいもの。
   金平糖や砂糖菓子、食べたことのない珍しいお菓子なのかも。
   想像するも楽しい一句。
                         (遠藤千鶴羽)

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    句集『金剛』より
 薪小屋に薪のぎゃうさん花の昼      草深昌子(晨・青草)


   「薪の沢山」でも「薪のぎっしり」でもなく、「薪のぎゃうさん」だからこそ、
   下五の「花の昼」に、読み手がふんわり包まれるのだ。
   作者は深い呼吸で捉え、ゆったりと言葉に置き変える。
   詰め込まないのは勿論、削った努力の跡も見えない。
   最初から17文字で生れ出たような自然体。
   がんばらない俳句って魅力的。
   生き方も悠々自適なのだろう、きっと。
                            (榎本享)


(平成29年3月10日 榎本享発行人 なんぢや春36号所収)
by masakokusa | 2017-04-02 21:37 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
光芒7句・AIと真の言葉          佐保光俊
 

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    雨の日は雨のこと言ふうすごろも      草深昌子
                        (句集「金剛」より )

 薄衣を着た人が、雨の日に雨のことを話している。
 雨降りは鬱陶しくて嫌だとか、雨の日はしっとりしていて好きだ、などと言っているのではない。
 庭を濡らす雨のことを淡々と話しているのだ。
 置かれた状況を、自分のとっての良し悪しや好悪で判断するのではなく、あるがままに受け入れていく姿勢。
 それは人智を超えたものに自分をゆだね、積極的に生きていくことである。
 作者は、薄衣を着たその人の生き方にふれ、自分もそうでありたいと思ったのである。

(以下本文略、句のみ掲載)

   山一つ越ゆれば雪の白さかな     依田久代
   大利根のうねりて茅花流しかな    水野晶子
   雪解続き婿取りの漁夫の家      茨木和生
   ぼうたんの手前に風の止まりをり    小池康夫
   紅梅やゆっくりともの言ふはよき    山本洋子
   庭に来る鳥美しき更衣         浅井陽子



(「晨」平成29年3月号 第198号所収)
by masakokusa | 2017-03-30 15:08 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
結社誌『海程』(金子兜太主宰)より
『海程』2017年2・3月号に、
「俳誌往来」として、藤田敦子氏により、
『晨』(平成28年11月号)が紹介されています。

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『晨』平成28年11月号 第196号
代表  大峯あきら
創刊  昭和59年
発行所 奈良県吉野郡大淀町増口
師系  高濱虚子

「晨」は茨木和生氏、岩城久治氏など多くがそれぞれの結社に属する人の集まりで、
超結社の同人誌である。
哲学者でもあり僧侶でもある俳人、大峯あきら氏の「俳句は自我の詩ではなく、存在の詩である」という信念のもと創刊された。
雑詠は三氏(筆者注釈・現在は大峯あきら氏、山本洋子氏の二氏)による共選である。
また同人相互の選句、鑑賞、批評、論評が行われ、
結社では主宰でもあっても、ここでは、みな同じフイールドで俳句を語る。純粋な「句座」が存在している。

「特別作品」より
日を掬ひ掬ひ一葉の落ちにけり     平田冬か
しろじろと顎ありけり穴まどひ       草深昌子
子が眠る母の夏セーター掴み       佐保光俊
戸も窓も開きたるまま秋灯         杉田菜穂

「晨集」より
今朝秋の机の位置を少し変へ      大峯あきら
火蛾払ひつつ密猟の打合せ       茨木和生
芋の葉の露や命毛噛みくだく      岩城久治
宇治川は黒髪となる夕野分       倉橋みどり

「光芒7句」雑誌等より7句、独自の鑑賞が光る。
「俗語を正す」 山内利男
涼しげに地獄を待てり被爆牛(俳壇8月) 高野ムツオ
麦秋の夕日成人映画館(俳句8月号)   夏井いつき
鯨面にして仏顔蝉生まる(俳句9月号)  宮坂静生 

(『海程』530号2017年2・3月号所収)
by masakokusa | 2017-02-28 23:49 | 昌子作品の論評 | Comments(0)