カテゴリ:俳論・鑑賞(1)( 23 )
高山麋塒(たかやま・びじ)の一句鑑賞       草深昌子

   胡草垣穂に胡瓜もむ屋かな    麋塒
                  

 「深川の草庵急火にかこまれ、潮にひたり、苫をかづきて、煙のうちに生きのびけん、これぞ玉の緒のはかなき初めなり」、大火を逃れた芭蕉は三十九歳であった。翌年、高山麋塒のもとに逗留中に巻いた歌仙の発句である。
 「胡」は胡椒、胡麻等中国の周辺外地のものを意味するというから、胡(へぼち)草もまた胡瓜の葉をさしているのではないだろうか。増補「俳諧歳時記栞草」には「時珍日、胡瓜、張騫、西域に使ひして種を得。故に胡瓜と名づく」とある。インド原産の胡瓜が中国を経て渡来したのはいつ頃であったろうか、いずれにしても掲句の胡瓜は今のキュウリとは別格の夏ならではの緑色。 
 竹などの粗朶に苗をからませていたのが垣根そのものの如くワンサと成っているのであろう。次々と捥いでは塩で揉んで香気を放ちながらいただく、涼味満点の佇まいである。平穏な暮らしに大火の痛手を癒している芭蕉と麋塒の交流もまた清々しくしのばれるものである。


   (2007年7月5日発行・ににん夏号№27所収)
by masakokusa | 2007-08-22 11:32 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
特別作品評                  草深昌子
 
    待春・蔵田美喜子

  日あまねし寒の金柑枝の先


 「枝の先」には、作者の心情が乗り移って、読者もちよっと手を伸ばして頬張りたくなるような旨みに満ちている。太陽も金柑も赫奕たる金色を放って、その果肉ははちきれんばかり。
〈 水音は裏白叢の下に生れ〉 〈 寒靄や草にのりたる水の玉〉 などと共に、待春のこころが自然と一枚になっている。

  狐火が靴紐結ぶうちに消ゆ

 狐火は鬼火とも燐火ともいう。そんな怪々の狐火が、ここにリアルに現出した。彼方に山が聳えている田んぼのあたり、蛇行した豊かな水辺をさんざんに歩いた後のことであった。
ぎゅっと靴紐を結んだ体感の確かさに、直前の不確かさを際立てて、有るか無しの瞬時を見せるという、鮮やかな芸当である。
 
   待春やかたづけてをる机の辺

 ひやりとした机に日脚の伸びた光線が載っている。スナップに見えて実は芸術性の高い写真というものがある。そんな一葉にも似た一句である。落ち着いた日常がなければこのようにさりげない行動を客観視することは、できない。

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    旅鞄・佐治紀子
 
  声高に漕ぎよせてくる蜜柑売


 蜜柑のうずたかく積まれた船であろうか。上五のコ、中七のコ、頭韻の畳みかけにてらてらと蜜柑の迫ってくるような重量感、臨場感がある。この蜜柑は、炬燵で蜜柑という味わいより、立ち食いしたくなるような大味な感触がかもし出されている。

  綿虫の空となりけり舟着場
 
 舟繋りは一種独特の郷愁が惨み出るところである。はたして綿虫が暮色の色合いをいっそう濃くただよわせた。あたりの夾雑物を払って綿虫に焦点をしぼったのは、舟の発着によどみなきことを祈る気持のあらわれでもある。

  一万尺登り来たりて大霞

 一読、「アルプス一万尺… 」という手遊び唄が口を衝いて出て楽しい。一万尺は額面通りではおよそ三千メートルの高さ。広大なる霞を一望に収めるとは、何と壮観であろう。春の枕詞としての「霞立つ」とは別種の異国の趣がしのばれる。

  (2007年5月号「晨」第139号所収)
by masakokusa | 2007-06-20 20:04 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
特別作品評                 草深昌子

     山の神・本多佑子
 
  花冷えの竹を割るとき人の息

 
 〈花冷えの〉 で一瞬の小休止があるが、直ぐに〈竹を割るとき〉 に繋がる勢いがある。然るに、下五の措辞は、人の息である。真青に走る竹幹の冷たさは尋常ではない。その感覚の冴えを、一呼吸おいた気息でもって包み込んだ。
 桜時のときとして底冷えにも似た冷ややかさを、さすがに季節の情を逃さないで、余韻たっぷりに表出した。
 作者の志す、「強く美しい句」を見せていただいた。

  袖口に松葉匂へる朧かな
 
 松葉といえば、「海辺の戀」(佐藤春夫)を思い出す。

 こぼれ松葉をかきあつめ
 をとめのごとき君なりき
 こぼれ松葉に火をはなち
 わらべのごときわれなりき。
 
 一句の松葉は、こんなロマンでなく、もっと現実に即した背景があろう。だが、読者には、生活感を詩情に高めた朧の情緒がなつかしい。ほのかな芳香を漂わせながら、しんとした印象でとらえた朧は五感のすべてに通う。



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     潮騒・吉田玉恵

  蟹が家へ細き石段夏燕

 
 〈細き石段〉を上り行く、そのぎゅっと圧縮されたような空間がすでに旅人の心を高揚させる。折りしも、行き交う夏燕。天地一体となりゆくような心弾みを誘われたであろう。
 詠法は淡々としているが、そのシンプルな言葉の連係が、景のみならず情を伝えて心地よい。
 漱石の句に、〈 思ふ事只一筋に乙鳥かな〉 がある。まさに燕の飛びようを活写している。それにも増して、育雛期の燕はまめまめしい。そのいじらしさはわれわれ人間に似通っていっそう親しみ深い。掲句の夏燕も蟹の生計の健やかさを存分にうかがわせる。

  浜を掃く少女に夏の来たりけり

 一読、清涼感に魅了される。少女の竹箒でもって空の欝陶しさを一掃した趣がある。潮風は肌に馴染んでにおい立つばかり。浜を掃く少女の仕草は、こころもち乙女さびて、やがて主婦となり母親となりゆくであろう行く末が頼もしく想われる。それはまた、立夏の情でもある。
 「けり」の用法が、箒を遣う速度にかなうように、ゆったりと一句にゆきわたる。
  
  (2003年9月号「晨」第117号所収)
by masakokusa | 2007-06-20 19:39 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
特別作品評                 草深昌子

   史観・ 相山 一善

 相山一善氏の文章で忘れられないものがある。それは、『晨』平成十五年十一月号、村上鬼城の鑑賞である。読み手を得た俳句の凄みを考えさせられたことである。その鑑賞にこめられた氏の死生観が、「史観」のどの句にも投影されているように思われる。

   台風に折れし大樹や掌を置きぬ

 長い命を今、断絶させられた大樹ではあるが、蘇生しそうな気配が漂ってくる。傍観するだけでなく掌を置いたその温もりが、命を繋いでいこうとする意思のようである。

   この里は案山子なき田の実りかな
 
 「この里は」は、一度に視野いっぱいに陽光燦燦の里が見渡される。「この里の」、とした場合の単なるリアリズムを超えて、何もかもが有り難い慈愛に満ちた空間を凝縮して見せてくれる趣がある。

   門灯や馬追しかと身構へり 
 
 門灯や、という打ち出しがぱっと灯をつけた瞬時である。触覚の先の先まで小さな命がゆき渡っているたしかさに作者のまなざしが微笑んでいる。


    秋興・ 中西 夕紀

   ほほづきの束に風あり浄瑠璃寺

 「ほほづきの束に風あり」は、すっぽりそのまま浄瑠璃寺の印象を詠いあげている。秋桜子の〈馬酔木より低き門なり浄瑠璃寺〉にも寺の情景をうかがうことができるが、掲句はさらに寺の情感を彷彿とさせる。ほほづきは、秘仏に心を通わせている色合いであろう。

   秋興や藁屋の庭のもの食うべ
 
 ほおっ、と思わずくつろぎの伝わってくる風趣。何を召し上がったのかしら、その辺のものをちょっと摘んで乙な味?案外豪勢なしろもの?いずれにしても作者はたっぷり秋の眺めを楽しんでいる。「藁屋」の二文字が大きく据わっている。

   老人にへうたんの酒踊らむか

 瓢箪は腰に揺れているのであろう、いかにも飄逸である。美しいものを見ぬく目が老人を喜ばせる。風の盆にいれこんだ風狂のエッセイと合わせ鑑賞すると、いよよ老人は、怪しう踊りたくなるばかり。

 「秋興」の一句一句は、表現と内容がまこと密接に関わっていて、清々しい。
 

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by masakokusa | 2007-06-11 23:14 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
『俳壇』   師弟交歓・わが師の平成秀句

 ――実力作家15氏の近年4、5年の最新秀句を膝下に学ぶ中堅作家7名が抄出し、その妙味を解説―――


    花火爆ぜ天体繭のごときもの  原 裕 (草深昌子推薦)    
   
 地上から天上へ打ち上げられた花火は天蓋にあたって炸裂する。爆音の後の、無音のしたたりを五彩もろとも繭のうちに包み込んだ。鋭敏にして繊細な感性の充実が、〈繭〉という一語に結集される。(草深昌子)

 (1993年8月1日発行・俳句総合誌「俳壇」8月号・本阿弥書店発行所)
by masakokusa | 2007-06-11 23:09 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
Hanamori・はるもにあ集を読む・第5号より ⑤草深昌子 (晨・ににん)
 『はるもにあ』のアルファベヅトを並び替えたら『花守』になりました。毎回お客様をお招きして、前号を散策していただきます。

  岩間よリニ寸に満たぬ蓬かな    杉田朋子

 「岩間」「より」「二寸」「満たぬ」・と言葉の連携プレーは、蓬に焦点をしぼって確かな映像を結んでいる。どの言葉も揺るぎないが、ことに「満たぬ」は「足らぬ」とは別種の上品な香りが立ちのぼってくる。客観的な描写ながら清流のつめたさまで感じさせてくれるのは言葉の選択に作者の感性が働いているからである。

  亀鳴いて独座に雨の上がりけり   中島葱男

 「独座」というもったいぶった物言いがすばらしい。これぐらい芝居がからないと亀鳴くという季語はまさに嘘っぽくなる。もちろん一期一会に思いをめぐらす作者は大真面目である。だからこそ俳諧味がかもしだされる。

  影割れてふたりのごとし夜業人   牧タカシ

 「影割れて」が言えるようで言えない。「割れて」というところに、「働けど働けど楽にならざり」とも言うべきペーソスが滲むのである。夜業とか夜なべは時代を背負う季語であろうが、〈夜業人に調帯(ベルト)たわたわたわたわす 阿波野青畝〉を思い起こすとき、その心情は現代も案外変わらないもののようである。

  昔ならとうに老人秋刀魚焼く    大木明子
 
秋刀魚焼く煙はもくもくとして、浦島太郎の玉手箱のそれのようでどこか年寄りくさい。苦いか塩っぱいか、その味もまた孤愁の味わいのようである。だが、作者の秋刀魚は、俳句を楽しむエネルギーのみなもとになっているらしい。とびきり生きがよい。

  ななかまど一人飲む茶の冷めやすし 春田のりこ

一読してななかまどが見えてくる。紅葉でも桐の実でもなく、ななかまどであることに理屈はいらない。ナナカマドというぎこちない発音も一句の情感である。

  炊きたての飯結びをり霜柱      鬼野海渡

 霜柱のざっくりと立つ朝、てのひらを真っ赤にしていのちの糧を握っているのである。あつあつの湯気は背筋の通った生活感、厳冬の季節感そのものである。

  えき前はとてもさむいねいなかだね  菅野拓夢

都心などの出先から帰って駅前に降り立ったとき、思わずコートの襟を立ててしまう。丹沢山系の麓に住んで、何千回も感じたことを、そうよ、そうよと頷くばかり。拓夢ちゃんの、「いなかだね」っていう言い方はとてもやさしいね、いなかもうれしくなりました。
 
  人のこゑ海に吸はるる施餓鬼かな   満田春日

「人のこゑ海に吸はるる」は他の季語にもつきそうである。だが施餓鬼というありようを心にしたとき、このフレーズは絶対のものとして動かない。つまり「施餓鬼」という季題の実体をまるごと把握した、靜かにもダイナミックな佳品である。不滅の水を湛える海を前にして、生者死者の別無く、阿鼻叫喚の何としんかんたるものであろうか。

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 (2007年5月6日満田春日主宰「はるもにあ」第6号p11~12所収)
by masakokusa | 2007-04-27 16:43 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
飯田蛇笏の俳句・秋の音色             草深昌子

                                 
 本箱を整理していたら、古い俳句誌の特集に目が止まった。「私の推す秋の名句」である。錚錚たる有名俳人によるアンケートの結果は、だんトツ飯田蛇笏の俳句だった。

   くろがねの秋の風鈴鳴りにけり
   芋の露連山影を正しうす
   秋たつや川瀬にまじる風の音


 それらの秀句の他にも、忘れられない句がある。

   戦死報秋の日くれて来たりけり
   なまなまと白紙の遺髪秋の風


 蛇笏は、虚子に次ぐ俳壇の巨匠として大正時代を一世風靡した俳人である。だが、痛恨の生涯でもあった。長男はレイテ島にて玉砕、次男は病死、三男までもが戦地にて亡くなっている。「雲母」を継承し昭和俳壇をリードしていった龍太は、四男であった。
 二十余年前、私が初めて俳句を習った先生は、蛇笏の高弟で、当時は龍太主宰「雲母」の筆頭同人だった。
 初学の頃の私は、今思い出しても涙ぐましいほどひたむきで純粋だった。褒められると天にも昇る心地がし、貶されると地獄の底だった。実際、よく叱られた。机上で鉛筆トントンして、知恵を絞りに絞った一句を披露すると、「それがどうしたの!」の一言だった。反発すると議論は徹頭徹尾となって、遂には泣き出してしまうこともあった。それでいてある日、感動を素直に表現すると、「参った!私にはもうこういう句はできないわ。ああ、参った、参った!若さって凄いわねえ」と、しんから賛辞とも嘆息ともなく呟かれるのだった。
 「俳句は、事実でなく、真実を詠うものです」と、凛然と威儀を正された。真実という究極の難題にがむしゃらに立ち向かわせて下さったのは、蛇笏俳句の孤高の精神を骨の髄まで染み込ませた女流俳人の矜持にあった。
 その後、私は別の結社に属し、やがて主宰と永訣してしまった。この十年ほど、いつしか仲間褒めのなかで、容易く十七音に纏めてしまっていなかっただろうか。
 「それがどうしたの!」、あの一喝が、たまらなく恋しい。それに、「若さって、凄い」というセリフは、いまや私のほうが発する番になっている。

 蛇笏の秋の名句を思い返しているうちに、図らずも、わが俳句姿勢を懐旧することになってしまった。
 ふたたび、蛇笏俳句の数々に思いをはせていて、強烈に気付かされたことが一つある。

 俳句に人生を詠うのではない、
 人生が俳句を詠わせしめるのである。

 秋風の中で、くろがねの風鈴の音色を、瞑目して考えてみたい。

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   (2001年4月・芽の会50回記念文集・所収)
   
by masakokusa | 2007-02-08 00:09 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
電話でなんですが、この頃どんな俳句を作ってますか?  草深昌子
                                                          

M・ あなたは俳句の目指す方向を変えられたようですが、その視点から僕の句を考え直してみると、昔の〈友と漕ぐマリモの湖のかくも澄み〉なんていうのはちょっと甘くて魅力がないでしょうね。Hさんはすごく好きな句だと言ってくださるのですが。

K・ いやあ、引き締まっていい句ですね。何か濃くて深い色をすぐに感じました。ついこの間までの私だったら、「私」を詠うなんてことに非常に否定的で、マリモがどうだって言ってほしいと思ったでしょう。でもこの句、別に私という主情を濃く出していませんね、なのにどこかしら抒情的で、やはりこれぐらいのことは言ってもらわないとという気分です。
私は一体俳句に何を詠いたいのだろう、俳句にとって自分とは何だろうということを最近しきりに考えています。

M・ 僕はやっぱり人間の生きてきた感動、切実に生きた人生の過程を俳句にとどめておきたいという気持ちが強いのです。実はこの句、中学時代、まるで恋人のように仲がよかった男の友達と二人でボートに乗った忘れがたい光景ですが、友人は大学時代に私と同じ肋膜の病気で亡くなった。死に目にも会えなくて、それっきりになってしまったことが悔まれて、、そういう思い入れが強い。友情ということを意識していて、観念になっているのではないか、と思うんです。

K・ 私は、友情とはいささかも感じませんでした。「友と漕ぐ」は、船で出て行くという軽い導入部分ですね。一つの船の滑り出しを提示して、読者をマリモの湖へいざなって、あとへ繋げる。主題は、「マリモの湖のかくも澄み」それで充分言い尽くされている。マリモの湖の深さなんかを想像しました。その上でもう一度「友と漕ぐ」に気持がかえりますと、さらっとした提示が「かくも澄み」に作用していることは見逃せません。

M・ かくも澄み、の「かくも」ですが、こんなに強調しているのも、そういう思い入れのある友だからみたいな因果関係というか、かなり意味をもたせすぎている、そのことにこだわりがあったのです。せめて「人と漕ぐ」の方が言葉に意味をもたせない点においてはマシか等と思いましたが、、、、。

K・ 読み手にはその辺の事情は何もわからないのですが、「人と漕ぐ」では嘘っぽいですね。「かくも澄み」という強い表現は「友」だからこそ支えられる、味わいがあるように思います。さらっとしながらそこには純粋な友が思われるのです。心情のすべては「友」の一字に託されて、他にはなにも仰って無い。だからこそ、Hさんはよくわかってくださる。
つまり分かるということは俳句が作者はなれて読者のものになっているわけです。本当に俳句は鑑賞者があってこそのもので、人は慧眼で見ぬくわけです。作者にとって重大な思い入れのある、つまり偽りのない感動は紛れなく伝わるわけです。

M・ 私としては死への思いまでのしかかった友情のつもりでしたから、、、そこが抒情に流れるところだと一人で思い込んでいたのでしょう、でも読者は「友」の一語をさわやかな感慨に読み取ってくださる。作者を離れたら作品はもう別の顔を持って、作句の背景は問題で無くなる。

K・ 最近の私の句ですか、、、お恥ずかしいですが、「赤子はやべっぴんさんや山桜」でしょうか。この句、大峯あきら先生が、季語が不動であること、娘盛りとなったその「べっぴんさん」の花下の姿をも連想させる詩的空間の広やかさ等を評価してくださいました。

M・ べっぴんさんという俗っぽいことばに出会うと私なんかももうそれだけでイヤになってしまうところがあるんですが。

K・ べっぴんさん、というのは私にしては、非常にむしろ透明な思いがある訳です。周りの方々が「Kチャンはべっぴんさんやな、、」そう言って子供のころから不細工な私を力づけてくれた、そんな声に励まされて成長してきたようなところがあるんです。磨き上げられたような言葉。べっぴんさんという言葉には、もちろんひやかしの意味が無いわけではないのですが、心の温かみそのものとしての実感があるわけです。身に入みて懐かしいものです。

M・ 大峯あきら先生の俳句は、高雅だという印象が強いのですが、御自身の作る俳句とは別のものを見る目があるのですね。

K・ そう、それはいつも敬服します。
選句の態度として、やはり尺度を自作にあてて考えることが多いと思うのですが、私の尊敬する俳人は、人の作品を読み取ることにも実作と同様にすごい熱意があります。素直に作者の感動から出た言葉、同時に、その作者にとっての、のっぴきならない言葉であることを察する力です。

M・ 昔のことですが、〈なにもなき秋の畳に躓きぬ〉、〈ゆっくりと白山茶花に近づきぬ〉等は主宰が誉められても、僕は採れなかった。「何もなき」は要らないのではないか、「ゆっくりと」に一つのポーズがあるのではないかと思って。つまり、俳句は五七あるいは七五で出来てしまうもので、あとの五は付け足しの表現、ならばいかに付け足しが一句の邪魔をしないかという無意味さというものを考えたりしていたのです。
だけどその後、作者の思いの側に立ってみると「なにもなき」「ゆっくりと」は必須の表現に思えて一目置いているわけです。
こうして話していると、僕の「友と漕ぐ」もこれでいいのかなあ、、、

K・ うかがって初めて気付いたことですが、あまたある言葉の中からMさんの選択された「友」という言葉、私の選択した「べっぴんさん」という言葉、その言葉がその人にとって大事な背景を背負ったものであったのですね。大勢にわかってもらわなくても、わかってくださる方がいることの幸せを思いました。

M・ あなたは、句集の名前を『邂逅』とつけられた。これは非常に抒情的な言葉であるわけですよ。ところが、俳句ではさっきのべっぴんさんや、とか昔の〈啓蟄のフアックスより出て草深さん〉等と、大胆な冒険的なところがあるわけです。その二面性みたいなところが一つの魅力でしょう。

K・ その二面性で私は小さいときから悩んできたのです。「アカンタレ」(気の弱い駄目人間)と「ヤンチャ」(奔放)という二つの相反する体質は俳句が解消してくれました。つまり、ヤンチャな部分がおとなしい俳句を作り、おとなしい部分が俳句に思いの丈をぶつけて発散してきたのです。

M・ やはり、一見無意味のようであってもそこに何らかの哲学があってのことであれば通じるものが必ずある。

K・ たしかに。ただ見たまま、そんな写生なんて人に感じてもらえる何かを含まないのです。只事の中にこそ世の中の真理はあるわけですが、本物そっくりに写生することが只事ではなく、たとえ只事、小さな事であっても、見るという主体である私がなければならない。そこに私ならではの写生があって、その写生が本当に発見であり、感動を伴ったものであればわかる人にはわかるのですね。
ですから、なんとなく分かってもらえるのではないか、というあいまいな俳句表現は嫌いです、やはり明快に言いきる。明快とは全部を言うということではもちろんないけど。
「友と漕ぐ」「べっぴんさんや」も、思いの丈は「友」のなかに「べっぴんさん」のなかに無意識にも言い切っているわけですね。しかし俳句の中に意味をもたせたわけではない、全部を言ったわけではない。それにもかかわらず光景が読者に見える。
Mさんの抒情の濃い句も実は写生の句といえるものではないでしょうか。私がいま修練として試みている下手な写生句も、実は見たようにというよりは、感じたように書いているのかもしれない。
私があこがれてやまないMさんの抒情の世界と私の写生の世界は表裏一体のものだと実感されて安心しました。

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by masakokusa | 2007-02-06 12:19 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
晨集散策・俳句鑑賞         草深昌子
   いま三つ                       

                        
  冬晴や羊の群はいま三つ          大峯あきら

 「いま三つ」、なんて楽しい表現だろう。茶目っ気すら感じられる、少年のような純粋感動は、「羊の群は三つなり」と言い切らなかったことにあきらかだ。その感動をひきついで読者は連想する。
 まさか二つに減らないでしょう、五つ六つと増えてほしい、ほらほら日差しも濃くなって・・。作者と読者が共有できる冬晴の世界のなんとはるかで、透明感にあふれていることだろう。
〈みちのくのいづこで付きし草じらみ〉も同様、ほんの少しを提示して、その先の想像は読者にゆだねてくださった。

  ひるまへに終ってをりし松手入       山本 洋子

 庭師の手際に逡巡がなかったのだろう。松の姿が美しく立ち現われると同時に、読後にしんとした時空がひろがってくる。庭師ならぬ俳人の松手入によせる焦点の絞り方にも凡百の迷いがない。

  流木を歩く体育の日の鴉          中嶋 鬼谷

鴉といえども、足腰を鍛えるのであろうか。少しシニカルな視線は生きとし生けるものへの作者の愛情であろう。そして体育の日であることに気付かされた自虐がほんのりとゆかしい。

  赤い山青い山山鷹渡る           蔵田美喜子

 「青い山山」が晴れやかである。大らかな鷹の飛翔がリズムにのっている。色彩感とともに、感動が調子にのって奥行きが生れた。

  その真紅幻ならむ烏瓜           中田  剛

 烏瓜の真っ赤な色彩を、たとえ火の玉と言ったとしてもそれは事実の一端に過ぎないように思われる。「その真紅幻ならむ」という表現からは、にわかに発光してやまない烏瓜が典雅にゆらめく。

  受賞者はみな白髪や菊日和        東條 未英

 「みな白髪」という発見が見事である。思わず微笑んでしまったあとに、切なくも明るい菊の香気をしみじみ味わった。受賞者へ対する畏敬の念がなければこうは詠えないであろう。

 人は、生老病死という道筋を避けては通れない。悲しいことも苦しいことも、俳句の目で見れば、嬉しいこと美しいことに取って代わってくれる。ほのぼのと豊かな俳句の群れに幸せをいただいた。  

  吾亦紅大きな月に驚きぬ           宇佐美魚目
  花野なり名の無き花の美しく         藤 勢津子
  冬座敷末席といふあたたか味        角  光雄
  文机へ木犀の香のまたたき来        田島 和生
  コスモスを飾りどのジャムいただかう    西川 章夫
  蜂の子飯赤子めでたく名を貰ひ       本村  蠻
  道問へば稲架の終ひを右へ行け      堀江 爽青





 
(平成18年3月1日発行・「晨」第132号p63所収)
by masakokusa | 2007-01-03 22:17 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
晨集散策・俳句鑑賞                 草深昌子
                                 
   プラス思考

                
  餅花の餅にあばたのなかりけり       茨木 和生

 あばたと言えばたちどころに、痘痕も靨、というフレーズが思い浮かぶが、そんな痘痕すらない餅花である。正真正銘の餅肌である。
ごつごつの柱に飾ってあったりするといっそう初々しい。餅花に思い入れた視点のやさしさは、新年を寿ぐ心の現れである。

  春昼のおひとりさまと言はるる餉       岩城 久治

 「おひとりさま!」なんて呼ばわれると、あらら、侘びしや照れくさや、微苦笑がもれる。一人の昼餉に胡坐をかいた男の春愁でもあろうが、こんな一齣を詠い上げる余裕が、春昼の駘蕩たる情趣そのもの。春昼の把握こそが一句であろう。

  頸のべて頸をちからに鶴帰る         濱田 俊輔

 丁寧に分ち書きした、その一呼吸おいた間合いに祈りが込められている。細長い頸を引き絞るとき、鶴のいのちは生き延びる。切なくも美しい生の営みに、人は古来より長寿の夢を授けてもらった。

  幸せなこともいろいろ冬の虹          原田  暹

 激しい夕立のような雨が降ったあとに、冬の虹は現れる。季節はずれな虹の鮮烈さは、夏のそれ以上に人に感動をもたらしてくれる。
人は悲しみや怒りに敏感である。だが、幸せに対してはどうであろうか。いろいろは、虹の彩にもかよって、微笑みを誘われる。

  立雛や日和の黐に鳥のゐて          晏梛 みや子

 「立雛」と「日和の黐に鳥のゐて」の照応がすばらしい。座り雛でなく立雛がことに清か。たおやかで俊敏な感性がゆきわたっている。

  木蓮は叫び辛夷は騒ぐかな           黛   執

 叫ぶにしても、騒ぐにしても、生きる命を揺さぶっている木々の花に、作者は感動している。正鵠を得た擬人法は、花への思いを年年胸中に問いかけてこられた答えであろう。頭韻のそろった潔さは、早春の花に共通した清冽な印象を打ち出している。

  白鷺の翔つ北窓を開きけり           山本 洋子

 北窓を開けた瞬間のまばゆい瞬き。一つの小さな所作でもって、清浄無垢の世界を大きく展開して見せた感がある。
悴んだ冬の日々から、今解き放たれた感触がひやりと心地よい。

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(平成16年7月1日発行・「晨」第122号p62所収)
by masakokusa | 2007-01-03 21:57 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)