カテゴリ:第2句集『邂逅』( 7 )
草深昌子句集『邂逅』     
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   草深昌子句集・栞
          『邂逅』に寄せてーーーー   岸本尚毅



 <目次>

      一、蔵王堂

      二、恋文

      三、極楽寺一丁目

      四、深吉野

      五、あしたある方へ

      六、寂光

      七、子規居士

        あとがき


        

      一、蔵王堂

     棚糸瓜仰ぐは子規をあふぐなり

     たくさんの瓢のなかの糸瓜かな

     引つ張れば伸びる耳朶露けしや

     流燈のまつすぐゆける血筋かな

     さはさはと七夕竹の運ばるる

     鎌は地に突き刺し水は澄みにけり

     野分晴赤子あちこち指さして

     もの書くも食べるも一人さはやかに

     待宵の卓球台の平らかな

     秋の草象の鼻もて束ねらる

     黒板は数字ばかりや小鳥来る

     岩洗ふたびに澄みゆく水ならん

     水澄んで箒をつかふ杓つかふ

     蜻蛉の頭傀儡の頭かな

     赤梨に田舎の日差しとぞ思ふ

     数珠玉を水切るやうに振つてをり

     柿齧る風の音して風の来ぬ

     ひかがみにこむらにしかと蚊の名残

     身に入むや正岡子規の黒めがね

     おしなべて秋草あかきあはれかな

     かりがねや地球を巌とおもふとき

     乾きたることなき石や冬に入る

     ゲーテ座へ行くなら貘の毛皮着て

     群鳩の翔ちし埃や七五三

     冬麗や巫女の扇は紐垂らす

     五十年ぶりの羞ぢらひ枇杷の花

     つれづれに落葉銜へもして猫は

     セーターの黒の魔術にかかりけり

     枯芝の幼な引き摩る幼などち

     焼薯や港こよなく晴れわたり

     夢の世に林檎の蜜を満たしけり

     地蔵そば地蔵煎餅松過ぎぬ

     寒晴や白湯にさしたるうす緑

     寒鴉松の上ゆくときに啼き

     探梅の電波届かぬところかな

     にはたづみまたにはたづみ笹鳴ける

     二階から水を落せる二月かな

     としどしに雛の面輪白みたる

     針山に針なき雛の調度かな

     山笑ふ涎まみれによだれかけ

     風船の紐の絡みし赤子抱く

     鳥曇一歳にして耐ふること

     蟻穴を出づる出合ひの辞儀あまた

     竹秋や風来ては去る能舞台

     見覚えの葛城山の霞かな

     明日は武具飾るつもりの種物屋

     春風の人の背中へまはりたる

     うぐひすや球体となる吉野山

     風生も虚子もあきらも夜半の春

     花散つて大釣鐘を遺したる

     花散るや何遍見ても蔵王堂

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by masakokusa | 2006-12-10 21:46 | 第2句集『邂逅』 | Comments(0)
草深昌子句集『邂逅』    

      二、恋文

     お砂場の山高くある端午かな

     手にしたるものみな嘗めて初節句

     歯のなくて歯茎たしかや初幟

     鷺草の蜜を吸はせてもらひける

     はつなつや貝を洗ひて水の音

     ぼうたんに非のうちどころ無くはなし

     言ふなれば与謝野鉄幹卯月浪

     栃咲くやときに東大廃墟めき

     樹に花に御国がありてバードデー

     原子論誓子論など更衣

     仲良しのバナナの皮を重ね置く

     薫風や泣く子見てゐて泣き出す児

     如何しても蟻の力を借りぬ蟻

     白南風のよき友来る日なりけり

     サイダーの泡を顎門に弾きたる

     出目金に寝しなの声をあさあさと

     灯台へ行きて戻りし髪洗ふ

     青年と海女の語るは涼しかり

     母郷かな簡単服のひらひらす

     老いてなほ靨深しや金魚玉

     青田風とは絶えまなく入れ替はる

     落柿舎の円座に臀(いしき)あましたる

     一本の棹を頼りの蓮見かな

     ちぎらんとすれば蓮に力かな

     ピーマンもトマトも赤く星逢ふ夜

     そこばくを干して八月十五日

     鶏毟りくれたる人の墓洗ふ

     九月来る仏の斜め横顔に

     秋風の赤子に眉の出できたり

     ほそ道や水引草に水の音

     九月十一日地球けぶりたる

     木の卓に離れて露の木椅子かな

     水澄むや「いきもの係」「はな係」

     白木槿老いて大きくなりし声

     みどり児に宛てて文書く良夜かな

     一木か一人か後の月の影

     秋思とは耳を大きく飾りたる

     柿点るきのふもけふも沙汰なくて

     秋灯し暗しと頭寄せあへる

     万太郎の露こぼれたるやうな字よ

     障子貼つて一つ灯にゐる二人かな

     露時雨傘を刀に鞍馬の子

     霧雨や車掌の鳴らす空鋏

     火祭や爪の先まで白拍子

     大壺に大うめもどき火の支度

     祭待つ手よりこぼれて枳殻の実

     恋文を袂に時代祭かな

     衣擦れの音としもなく名の木散る

     色町の秋簾とはなりにけり

     文化の日人は疎らに鳥密に

     マフラーの遠心力に捲かれたる


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by masakokusa | 2006-12-10 21:41 | 第2句集『邂逅』 | Comments(0)
草深昌子句集『邂逅』

      三、極楽寺一丁目

     かりそめの人垣牡丹供養かな

     牡丹焚火人おびやかすときありし

     大勢を振り向かせたる熊手かな

     河馬は濡れ象は乾きし冬日向

     雪吊の待たるる鴨の往き来かな

     寒梅や知恵の一つに人見知り

     鮟鱇のだんだん平べつたくなりぬ

     大根は雨に一尺浮き出たる

     末黒野に出遭ひしよりの同志なる

     赤ん坊紙風船を鷲づかみ

     こんこんと水湧く春の水の中

     俎板も春の野菜も路に売る

     花嫁の列に遍路の交はりぬ

     真昼間を真夜のおもひに亀鳴ける

     はうぼうに人の像ある巣箱かな

     春愁の紙の四隅を揃へけり

     くろぐろと睫毛のあれば春眠し

     山羊鳴きしあとに鈴鳴る日永かな

     案内図に餅やだんごや八重桜

     摘み了はりたる茶畑の端にをり

     もう少し長からんかな和布刈竿

     惜春の若布も強(こは)くなりにけり

     巣立ちたるあとのすみかの乏しさよ

     竹の皮脱ぎ惜しみしが二三本

     ゆかしさは夏の灯しの暗きこと

     茅屋を緊緊鳴らす更衣

     火祭りの如し溢れて花菖蒲

     清少納言に白花菖蒲ほどな恋

     音の雨音なしの雨梅は実に

     赤ん坊は実梅ころぶと笑ひけり

     日当たりてさもはかなげや萩若葉

     でんで虫手のひらにして泣き止みぬ

     魚河岸の午前六時の暑きこと

     魚河岸や肥やし袋に茄子咲いて

     ぶちぶちと言ふや虎魚に声あらば

     やや急きて酸漿市を僧のゆく

     涼亭といふべく襖外しけり

     子規居士も掬ばれにける清水かな

     涼しさは橋のかからぬ向ふ岸

     極楽寺一丁目金魚提げて来る

     泳ぐ子の波を縦にも横にもす

     十一人塚より十歩梅筵

     逝く夏や壁にかかりし金盥


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by masakokusa | 2006-12-10 21:40 | 第2句集『邂逅』 | Comments(0)
草深昌子句集『邂逅』

      四、深吉野

     あけたての音あたたかに石鼎居

     和紙延べしごとき空より初つばめ

     正座して吉野の少女霞むかな

     てのひらに意中の椿載せにけり

     夢の淵蓬を摘みて摘みきれぬ

     切株に背中合はせや蓬餅

     種袋鳴らしてバスの待ち遠し

     石垣の石ひきしまる夜の桜

     立てかけて寝かせて丸太暮れかぬる

     巣乙鳥に水分の峯はるかかな

     段畑の三段ほどや四月寒む

     春深し板に張り付く吉野和紙
  
     対岸へまはりて春を惜しみけり

     時刻表見ては桑の実数へては

     家中の昼を灯して帰省子に

     サッカーの話燕の子のはなし

     息災の袖とほしけり衣紋竹

     食欲の鹿の子無欲の鹿の子かな

     蟻に尾のありやなしやと問はれても

     大空は大穴なりし雲の峰

     敲くべく推すべく真清水の一句

     ひとり子にある夜二匹の兜虫

     うしろ見るための鏡も夏の宵

     校門の前は小走り浴衣の子

     山に山迫りて夏の闌けにけり

     杉に吊る空き缶二個を猪威し

     山霧や一夜泊りの反古の嵩

     往診の医師に道問ふ桐一葉

     蟷螂のいのち張るとき目玉張る

     死にどきのやうな小春の真昼時

     行き暮れて綿虫ふらふらふらふらす

     寒禽の日暮れはじつとしてをれぬ

     猪喰うてさつさと別れゆきにける

     掌から掌へ椿のわたる石鼎忌


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by masakokusa | 2006-12-10 21:38 | 第2句集『邂逅』 | Comments(0)
草深昌子句集『邂逅』      

      五、あしたある方へ

     まんさくにちよつと老醜ありにけり

     風光る転びたがる子転ばせて

     遠景のかくも恋しきカーニバル

     こころよりこゑよりことばあたたかし

     涅槃図に海光とどきゐたりけり

     沖へ出てなほ沖見たし西行忌

     風神に眉目似て春の男ぶり

     白梅のほかは夜空となりにけり

     あしたある方へ向きたる紅椿

     菅公は神となりけりさへづれる

     みどり児に鼻ちよぼとあるあたたかさ

     雛壇の裏まで新居明るかり

     初つばめ一度光に消えしより

     花衣脱ぐといふより辷りたる

     ランドマークタワーの裾の苜蓿

     永き日や猫に聞こえて猫の声

     ものを言ふ身をのり出して春の潮

     一頭の馬に葉桜揺れどほし

     からつぽの舟ゆく卯の花腐しかな

     若葉して庭師に酒のまはりける

     あやめ吹く風の中より牛匂ふ

     対岸に原色の花行々子

     ときに地図さかしまにして夏野かな

     邂逅のハンカチーフをかがやかす

     思ひきり闇を熱くし鵜飼舟

     篝火の衰ふ鵜縄はづしつつ

     鵜の声の清し鵜匠の手を離れ

     秋風やうらもおもても五平餅

     ひぐらしの貌は皺苦茶かもしれぬ

     人の世や萩に蝶々萩に雨

     湧く力雲にありける子規忌かな

     人たれも背中忘れてゐる良夜

     雲を手にちぎりたき日や小鳥来る

     鈴蟲や夫の背広の持ち重り

     姑に謝す白百合白菊白桔梗

     水が水砕くところの野紺菊

     柿熟るる人しのばれてならぬ空

     雁がねや水の切り口あをあをと

     鮭番屋寒暖計の大きこと

     鮭打つや一棒にして一撃に

     十三夜船のかたちに船灯し

     一連の真珠を首にして寒し

     人間をやめたくはなし日記購ふ

     覗き窓あれば覗きて年つまる

     たたら踏むこともいとしや恵方道

     初薬師まむし屋を過ぎ豆腐屋も

     嬉しさは書かず語らず実南天

     田遊びのごたごた言ふが唄らしき

     一介の船頭ですと頬被

     摩周湖を雪の奈落として覗く

     福音といふべし鶴の一声は

     裸婦像の羞ぢらふ方里枯れきりし

     如月の夕べとなるやずんだもち


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by masakokusa | 2006-12-10 21:36 | 第2句集『邂逅』 | Comments(0)
草深昌子句集『邂逅』     


      六、寂光

     寒晴の野に受け光ることばかな

     寒晴や鳥かごに鳥天に鳥

     生き死にのこと言ふマスク純白に

     雪積むや日陰は白をきはやかに

     二人子に一つ四温の乳母車

     ときめくといふこといまもふきのたう

     燕来るおほき空気の玉ころび

     鐘一打一打のはざま沈丁花

     初蝶を追うて一回転したる

     電話鳴る音待ってゐるシクラメン

     行く先の見えざる径をあたたかに

     木の芽和子規に無口の母在りし

     遍路杖矮鶏ちよこちよこと蹤ききしが

     花冷えや船艦の碑も子規の碑も

     桜咲くふしぎ男のゐる不思議

     たれよりも靴を汚してあたたかき

     二人ゐて二羽ゐて二頭ゐて麗ら

     手を髪にいくたび触れて春惜しむ

     燭のごと踊子草をかかげつつ

     つめたくてならぬ爪先桐の花

     ぼうたんの影ぼうたんの中にかな

     日の色のかすかながらに夜の牡丹

     ぼうたんや羽根あるやうに夜の風

     応援歌泰山木は咲かむとす

     卯の花や器に水のかたち見て

     惚けるかもしれぬと言ふは涼しかり

     鬼灯市日暮なかなか下りて来ず

     貝塚に枇杷の一粒啜りたる

     こころざしありとせば立葵ほど

     峰雲やくちびる厚き鯛の口

     帰省子に階段一つづつ鳴りぬ

     木漏れ日が鹿の斑となる夏ゆふべ

     香水にふと寂光のありにけり

     口少し開けて笑ふや曼珠沙華

     秋風や馬に安楽死がありぬ

     後退りまた後退り待宵は

     鈴蟲の躬をゆさぶって更けにける

     ひそかにも薮蚊の責むる子規忌かな

     さはやかや色を違へし紙二枚

     全きはかすみがうらの秋がすみ

     対ひ合ふ神と仏や路地の秋

     柿を噛む我に目の玉ありにけり

     うしろよりもう誰も来ぬ秋の水

     空港に青空勤労感謝の日

     着いてすぐ炭継ぐ深山泊りかな

     橡の実ともち米合はせ二升なる

     貼紙に一つ苦情や花八ツ手

     肩に日がのりて重たし一葉忌

     手鞠麩を買ふや時雨のはなやぎに

     蓮枯るる人間自由鳥自由

     一書置くやうに枯野に兵眠る

     実千両きりきりと空ひきしまる


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by masakokusa | 2006-12-10 21:34 | 第2句集『邂逅』 | Comments(0)
草深昌子句集『邂逅』
         
      七、子規居士 
    
     淡雪や白珠となる浮鴎         
     
     湖を出でゆかぬ波比良八荒    
     
     あたたかや丸太一つに二人座し   
     
     大数珠の総が真つ白涅槃光 
     
     げぢげぢの身の毛立ちたる涅槃変 
     
     親牛は日陰に子牛春日向
     
     春雪の野や愛あらば踊れよと
     
     別れ雪おしらさまには紺の衣
  
     蝌蚪の頭の重し重しと尾の急ぐ
     
     時差惚けの眼に薄氷の光かな
     
     恋猫の嘆くを膝に乗せゐたり
     
     天つ日の藤房したるところまで
     
     方丈の奥の絢爛走り梅雨
     
     ひたひたと茅花流しを足袋の町

     たまらなく眠くて実梅太るかな

     當麻寺明日のお練りの水打って

     二十五菩薩人の歩幅に来たりける

     白道の行き着くところ夏霞

     川に沿ふ自転車の荷の真菰かな

     八重葎をどる埴輪の手の短か

     茶山より茶山へ夏の雲移る

     女らをとどめて定家葛かな

     人の名を思い出したる四十雀

     どぜう屋に放歌を禁じられゐたり

     山頂の四囲も山頂ほととぎす
     
     朝涼やかたぶき揃ふ磯馴松

     笑まふとき全円となる海月かな

     空蝉を拾ふ青天白日に

     無縁坂柿の落花のおびただし

     猫の口開いて声なき震災忌

     震災忌美女撫子の種もらふ

     転坂(ころびざか)転ばぬやうにつくつくし

     けふすでに思い出めきぬ白木槿

     羽織りたるものの重みも月夜かな

     十五夜や問はれて何も答へ得ず

     曼珠沙華挿して家族の箸洗ふ

     小鳥来る身のはうばうに貼薬

     とりどりの柿見て径の細りゆく

     兀然と日は鶏頭に当たりける

     明日の忌へ曲りくねつて糸瓜かな

     子規の忌の雨号泣す大笑す



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          あとがき

 何気なく、十年前の古い日記を捲っていて、はっとしました。平成五年の二月に、「十年後には自分らしい第二句集を出したい」と、密かな志がこと細かに書かれていたからです。俄かに思い立ったつもりの句集の編集にあたふたしていた時だけに、そうであったのかと、しみじみ自身に問い直しました。この意識と無意識の不思議な符合を考えていますと、これまで多大の恩恵を賜りました、今は亡き原裕先生が偲ばれてなりません。

 平成十一年に主宰と永訣し、ただ茫然と過ごしていました折に、「晨」の大峯あきら先生、山本洋子先生と共に吉野山に同行させていただくという幸運に恵まれました。以来、両先生からは多くの示唆を与えられてまいりました。俳句の写生について考えることは、自分について考えることに他ならないと気付かされています。吉野山中の峠は、まさに私の俳句の分水嶺でありました。
 また、岸本尚毅氏を中心とする超結社の句会はかけがえのないものです。この句座の窓辺には、稲村ガ崎の沖つ白波が刻々表情を変えて押し寄せます。私の俳句のいのちは波の揺籃にある心地がしてなりません。白波のやすけさと畏れと、座の文学の醍醐味をたっぷり味わっています。このたび、岸本尚毅氏の栞文をいただけましたのは、望外の喜びです。

  手にふるる野花は/それを摘み/
    花とみづからをささへつつ/歩みを運べ

 母校の国語教師でもあった詩人、伊東静雄の詩の一節です。若き日に掌に押し当てた詩碑のことばは、俳句の道のおりふしにひびいてひそかに励まされました。

 『邂逅』には、平成三年から平成十四年まで、十二年間の作品をほぼ逆年順に収めました。出版に際し、「ににん」の岩淵喜代子氏はじめ連衆の方々にお力添えをいただきました。装画は、イラストレーターとして活躍中の私の姪、山口古穂のものです。
 今は、俳句という詩型がいかに自分を鍛えてくれる文芸であることか、めぐり合った先生方、諸先輩方にただただ感謝の気持ちでいっぱいです。ここにあらためて篤くお礼申し上げます。
  
平成十五年二月                     草深昌子


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*草深昌子句集・栞


           『邂逅』によせて            岸本尚毅



 ありがたいことに、私の句仲間には俳句の上手な人が多い。草深さんもその一人だ。上手なうえに、俳句とはどうあるべきかという問題意識が確かで、俳句が沈黙の文芸であることを理解している。もともとは叙情的な作家と思われるが、辛抱しながら俳句に忠実ならんとしている。その結果、表現に抑えの効いた佳句が生まれる。

  赤梨に田舎の日差しとぞ思ふ
 
 「田舎」という、むずかしい言葉をよく使いこなしている。

  数珠玉を水切るやうに振ってをり

も好い。
 この句集は、総じて言葉に対する制御が行き届いている。極言すれば、俳句に必要なのは、感動でも叙情でもない。一つ一つの言葉がその一句に対してどのような影響を与えるのか、言葉と言葉がどのような相互作用を持つか、といったあたりの微妙な匙加減が、じつは句作りの本質なのではないだろうか。

  おしなべて秋草あかきあはれかな

などは、簡単な言葉を並べながら、秋草の風景の醸しだすニュアンスを掬いあげた。

 「写生句」の汲めども尽きぬ面白さは、言葉を微妙に繰りながら、風景を手繰り寄せるように描き取るところにある。

  ぼうたんに非のうちどころ無くはなし

を写生というか否かは別としても、見事に咲ききった牡丹の花にも、どこか花びらの乱れたところや、色の整わぬところがあるものである。そのあたりを突き放したような、やや遠回りの言い方で言いとめている。この「遠回り」というところが、俳句における言葉の冒険の一つなのだ。

  青田風とは絶えまなく入れ替はる

 「青田風」とは案外むずかしい季題の一つ。この句は、感覚を抑えることによって、青田風の洞察に成功した。
 私自身よくわからないのだが、俳句とは本来、感動や叙情や、詩情というようなものを詠うものなのだろうか。もちろんそういった佳句は多々ある。しかし、本当に俳句らしい俳句はちょっと違うんじゃないかと、私は次のような句を見ながら思うのである。

  露時雨傘を刀に鞍馬の子
  大勢を振り向かせたる熊手かな
  大根は雨に一尺浮き出たる
  寒禽の日暮はじっとしてをれぬ
  貼紙に一つ苦情や花八ツ手

 このほか、この句集には

  かりがねや地球を巌とおもふとき
  セーターの黒の魔術にかかりけり

のように、観念に遊んだ好句や、

  蟻穴に出づる出合ひの辞儀あまた
  如何しても蟻の力を借りぬ蟻

のように、滑稽味を湛えた好句があることを付言して置こう。
 いずれにせよ、捨てるべき句をよく捨てた一巻であり、お世辞でなく、一読をお薦めし得るものと考えている。


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 (2003年6月6日発行・発行所ふらんす堂)          
by masakokusa | 2006-12-09 22:17 | 第2句集『邂逅』 | Comments(0)