草深昌子氏(晨・ににん)の第二句集『邂逅』(平成15年6月、ふらんす堂刊)を取り上げます。 お砂場の山高くある端午かな 子供たちが作る砂の山。掲句、当り前のよく見かける景でありながち、時は「端午」なのである。気のせいかこの砂山は、五月の節句の意気を示す高さであるばかりか、出来栄えもなかなか。作った子も何時ものように、帰りがけに壊して仕舞うことはしなかったらしい。 手にしたるものみな舐めて初節句 成長心理学では口唇期とも言うらしいが、一歳に満たない赤ん坊には何でも舐めてみる時期がある。「初節句」とあって、何かと玩具などの祝儀ものが手の届く、身の回りにあり、それらをせっせと確認的に舐めまくる幼子。その子の成長を見守る周囲を含めての目出度さの句。 橡咲くやときに東大廃墟めき 大学研究室を象牙の塔とも言うが、一般社会から見れば非生産的で後ろ向き、一種異端・高踏の世界であろう。橡の枝の先に、円錐状の白っぽい花が、三四郎池のほとりに盛大に咲くのは、五月頃であろうか。キャンパスは流石に広いが、概ね人通り閑散で、人気の全く感じられないブロックも多い。そのくせ、殊に近年安田講堂を埋め尽くすように無闇と威圧的な高層ビルが、密に建ち並んでいる。掲句の「廃墟」が、外観だけを指すものであって欲しいものだ。 薫風や泣く子見てゐて泣き出す子 青葉の風薫る中、さわやかなエールの交換。「泣き出す子」の情緒の絶対評価は難しいが、公園デヴューならぬ幼児期の学習行動の一つでもあろうか。 九月十一日地球けぶりたる 二年前のニューヨーク。全世界が見守る中、パクスアメリカーナの象徴とも言うべき巨大なツインビルが崩壊した。世界史観から見て、いろいろの分析がなされているようだが、その殆どは事後的な物言いである。あのリアルタイムでの凄絶な衝撃は、「地球けぶりたる」のフレーズによって、見事にかつ辛うじて現出・表現された。 一木か一人か後の月の影 十五夜とは違い、十三夜の月見はより風流かつ閑寂なもの。見ると、動かぬシルエットがひとつ。木なのか、同病の風流人なのか、もしや物の怪そのものなのか。 マフラーの遠心力に捲かれたる 婦人用の長めの「マフラー」が、細い首を締めている。それ自体一幅の絵だが、やや放心の危さすら見て取れる。それにしても、「遠心力」が働いているとは。 寒梅や知恵の一つに人見知り 余り社交的でない日本人には、「人見知り」は多いのかと思うが、それは「知恵の一つ」と仰る。日本人に最も欠けている危機管理意識を補う、知恵であるのか。「寒梅」の、自己抑制の利いた姿勢を、下敷きにしている句。 赤ん坊紙風船を鷲づかみ 冒頭に鑑賞した「お砂場の」や、「手にしたる」の句と同様、成長の通過点としての、ハイライトを謳う。それにしても掲句、可愛い景を捉えたものではある。 涼しさは橋のかからぬ向う岸 句集では掲句の少し後に、類想ではないにしろ同巧異曲と思われる「対岸へまはりて春を惜しみけり」が登場するのだが、掲句の方が想像の世界に遊ぶ分、面白くよりポエジーを湛えているようだ。 ときに地図さかしまにして夏野かな 心理学者の説を鵜呑みする訳ではないが、女性は地理感覚に乏しいようだ。まして掲句のように、余りランドマーク的な目標物のない地形では、誰しものこと。あちこちを見回すだけでは足りず、「地図」をさかさまに見る羽目になって仕舞った。地図より、勘の方が良さそう。 鮭打つや一棒にして一撃に 北海道の千歳川や、十勝川の漁場で見聞したことであるが、これは捕獲された「鮭」それも雄鮭であろう。揚句のように、棍棒で「一撃」して即死させる。一方、雌鮭の方は抱卵・孵化の関係から、生簀へ丁重に放り込むのだ。鮭の遡上というロマンの裏にある現実を、漁師の手練に即して謳ったもの。 人間を辞めたくはなし日記購ふ 人が、日記を購う動機をずばり言い当てたもの。尤もこれでは、買っても殆ど書き込まないことの説明は、どう付けたら良いのものか。日記が、護符になるのかも。 桜咲くふしぎ男のゐる不思議 桜が、年々爛漫と花を結ぶ「ふしぎ」。さて掲句の言うように、女にとって「男のゐる」ことは、もっと「不思議」なことか。生物学的には、「男」が半端な余計者であるらしいのだが。ところで、<女のゐる>ことは、不思議でも何でも無いのだろうか。 二人ゐて二羽ゐて二頭ゐて麗ら 創造主の思惑が奈辺にあろうと、生きとし生きるものにとっては、カップルが相応しい。間柄の具合は兎も角、二人・二羽・二頭で、やっと一人前なのだから。 手を髪にいくたび触れて春惜しむ 男の立場からは、あのしょっちゅう髪に手をやる女の仕草に、常々欝陶しい違和感を抱くもの。掲句はそれを惜春の情のなせるものと弁護するが、果たしてどんなものか。<髪フェチ>的な要素は措いて、髪に手を添えることが一種癒しに当たるものとして、掲句を納得しよう。 こころざしありとせば立葵ほど 一寸の虫にもの誓えのとおり、誰しも何らかの「こころざし」を持って、生きている。しかし、それがその人の全人格・生命を賭けたものであることは、滅多とない。掲句は、その辺の事情を汲んで、立葵と仰る。「立葵ほど」のぼんやりさ・優さに加え、若干の健気さがあれば、必要かつ十分だとするらしい。 鈴蟲の躬をゆさぶって更けにける 鈴虫(雄)は飼われた箱の中でも、まるで使命に殉ずるように、羽を震わせて懸命に鳴く。秋の夜長を鳴き通す鈴虫には、それなりの相応しい所作=パフォーマンスが、用意されているのだ。 以上総じて作者が、控え目な表現ながら言うべきことを尽くすことに長けていることに、注目したい。その辺、作句手法の一つの模範答案になっていそうである。かと言って、類型=ステロタイプに陥らず、断然たる個性=プロトタイプを発信しているのは何故か。ここでは立ち入った分析までは出来なかったが、端正な句姿に濃厚な情念を見せる上掲作品から、是非感得して頂きたい。 (2003年9月5日・山本一歩編集発行・「谺」通巻第125号p16~18所収) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 『谺』・受贈句集御礼 山本一歩 『邂逅』 草深昌子(晨・ににん) セーターの黒の魔術にかかりけり 探梅の電波届かぬところかな ぼうたんに非のうちどころ無くはなし 音の雨音なしの雨梅は実に 一連の真珠を首にして寒し (平成15年12月5日発行 山本一歩主宰「谺」平成15年12月号 p13所収)
by masakokusa
| 2007-06-14 17:01
| 『邂逅』書評抄録1
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