晨集散策・俳句鑑賞                 草深昌子
                                 
   プラス思考

                
  餅花の餅にあばたのなかりけり       茨木 和生

 あばたと言えばたちどころに、痘痕も靨、というフレーズが思い浮かぶが、そんな痘痕すらない餅花である。正真正銘の餅肌である。
ごつごつの柱に飾ってあったりするといっそう初々しい。餅花に思い入れた視点のやさしさは、新年を寿ぐ心の現れである。

  春昼のおひとりさまと言はるる餉       岩城 久治

 「おひとりさま!」なんて呼ばわれると、あらら、侘びしや照れくさや、微苦笑がもれる。一人の昼餉に胡坐をかいた男の春愁でもあろうが、こんな一齣を詠い上げる余裕が、春昼の駘蕩たる情趣そのもの。春昼の把握こそが一句であろう。

  頸のべて頸をちからに鶴帰る         濱田 俊輔

 丁寧に分ち書きした、その一呼吸おいた間合いに祈りが込められている。細長い頸を引き絞るとき、鶴のいのちは生き延びる。切なくも美しい生の営みに、人は古来より長寿の夢を授けてもらった。

  幸せなこともいろいろ冬の虹          原田  暹

 激しい夕立のような雨が降ったあとに、冬の虹は現れる。季節はずれな虹の鮮烈さは、夏のそれ以上に人に感動をもたらしてくれる。
人は悲しみや怒りに敏感である。だが、幸せに対してはどうであろうか。いろいろは、虹の彩にもかよって、微笑みを誘われる。

  立雛や日和の黐に鳥のゐて          晏梛 みや子

 「立雛」と「日和の黐に鳥のゐて」の照応がすばらしい。座り雛でなく立雛がことに清か。たおやかで俊敏な感性がゆきわたっている。

  木蓮は叫び辛夷は騒ぐかな           黛   執

 叫ぶにしても、騒ぐにしても、生きる命を揺さぶっている木々の花に、作者は感動している。正鵠を得た擬人法は、花への思いを年年胸中に問いかけてこられた答えであろう。頭韻のそろった潔さは、早春の花に共通した清冽な印象を打ち出している。

  白鷺の翔つ北窓を開きけり           山本 洋子

 北窓を開けた瞬間のまばゆい瞬き。一つの小さな所作でもって、清浄無垢の世界を大きく展開して見せた感がある。
悴んだ冬の日々から、今解き放たれた感触がひやりと心地よい。

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(平成16年7月1日発行・「晨」第122号p62所収)
by masakokusa | 2007-01-03 21:57 | 俳論・鑑賞(1) | Comments(0)
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