寝付けずに金魚起こしてしまひけり 佐藤健成 金魚を飼って金魚と共に寝起きをしている、そんな普通の人々の普通の暮しの日々がやすらかにも立ち上がってくる。 金魚という小さな生き物をわが分身のごとく大事にしてあればこそ、ある夜苦しき思いに眠れぬときにふと金魚に救われるのである。 子供の頃は縁日で掬い上げた金魚をよく飼っていたものである。 ふとこの句から、戦後の悲惨な時代を、親はこのように静かにも耐えて、 いたいけな子供をのびのびと育ててくれていたのであったのかと思い出される。
老夫妻一つ日傘を差しにけり 菊竹典祥 静かにもしみじみと、こんなにも幸せな日傘があるであろうか。 作者が典祥さんと知って、さすがと感激するばかり。 こういうご夫妻であればこそのご長寿であろう。 やさしき奥様は、並んで歩いているとき、自分よりも夫の方へ日傘を傾けられたのであろう、その心遣いを見逃さない作者。 俳句的日常とはまさにこのことであろう。 俳句がここまで板につくには、俳句以外でも修行というものが要るのだと気付かされている。
甚平着て鶏一羽飼うてをり 山森小径 この句もまた、昔はこういう風情のあるものがありました、と言いたくなるものである。 もちろん今の時代であっても瀟洒なるものは変わらない。 甚平は肌に直接羽織る夏の家庭着であるが、ただ涼しいだけのものでなく、味わいを持って着こなしているさまが窺われる。 悠々自適というのはこういうものであろうか。 にわとりを一羽きり飼うのはちょっとした愛嬌のようなものかもしれない。
扇風機火照りし足の置きどころ 奥山きよ子 冷え性の私など生れてこのかた足が火照るということなど知らぬままであるが、 元気溌溂の方には夏の暑さのなかでさぞかし悩ましいものなのであろう。 なるほどクーラーならずして、扇風機というものはそういう活用のよろしさがあるのだということを詠いあげている。 「置きどころ」と言い切った余韻に、しばし風を感じるものである。 引く波や跣足に砂の蠢きて 松井あき子 跣足で夏の砂浜を歩いているのである。 波が寄せるときはちょっと逃げもするのだが、波が引くときには、 その波のさざめきを跣足の指の一つ一つに涼しさを喜びながらじっと見つめているのであろう。 「蠢きて」が作者ならではの捉え方であり、「引く波や」で一旦切るという呼吸のよろしさも、波の動きを逸らさない。 「跣足」でもって、時とところを得た夏の涼しさを詠いあげたものである。
ヨットの子みなみな口は一文字 川井さとみ ヨットの句は数々あれど、「ヨットの子」というのはまず新鮮である。 ヨットスクールの子どもたちであろうか。 ヨットは、大いなる帆をはらませて、ただ吹く風のまま、その自然の中を滑走するものである。 よき風を掴まえるのに緊張感をもっている子どもたちを詠いあげたことでヨットの爽快さも想像されるものである。 「みなみな」というナマな表現が臨場感たっぷりに際立っている。
向日葵の風に吹かれてメトロノーム 漆谷たから 向日葵が小刻みに揺れている風景はよく出会うものであるが、この句の向日葵はそんな小ぶりの揺れではないだろう。 メトロノームというからには右に左に振子の如く、相当乱れなく揺れているはず。 上五中七とごく普通に叙して、下五で「メトロノーム」とくると、嘘じゃないの?と思う。 そう思わせるところがこの句の魅力である。
蜻蛉の子狂ふがごとし午前五時 平野 翠 稲妻や水平線を真つ二つ 山崎とくしん 襁褓にもならで行李に古浴衣 伊藤欣次 半夏雨ボリューム一つあげて聞く 石野すみれ 白南風や縞目はっきり畑の瓜 二村結季 鬼百合や雨粒付けてなお撓る 河野きなこ 朝晩のトマトスープよ収穫期 大山 黎 白大蛇畳の上に落ちにけり 石本りょうこ 屋上に人のこゑある夏夕べ 中澤翔風 螳螂に玄関乗つとられてをり 米林ひろ 日傾く波打際を日傘かな 石堂光子 白百合のふくらみてゆく日数かな 加藤洋洋 金魚売るソフイアの町の魚屋は 松尾まつを 手のひらに欠伸を包む半夏生 澤井みなこ 汗ばみて息の続かぬハーモニカ 中原初雪 朝虹の君呼ぶうちに薄れゆく 芳賀秀弥 坐禅組み一山雨の桔梗かな 坂田金太郎 片陰やトラック並び昼餉時 濱松さくら 夏蝶の翅を閉づれば縦の線 長谷川美知江 出目金を愛して友の渾名かな 鈴木一父 新築の部屋はまっしろ姪の夏 永瀬なつき 黒黴や白き器の角に棲み 菊地後輪 堰行くや匍匐前進鰻の子 東小薗まさ一 後ろ背の母似と言はれ星涼し 渡邉清枝 問へばただ頷くばかり扇風機 日下しょう子 女ありけり雷を好きといふ 佐藤昌緒 梅雨滂沱ジャックダニエルジャズピアノ 間 草蛙 日傘閉づ木立のなかを風抜けて 市川わこ
by masakokusa
| 2020-08-08 15:25
| 「青草俳句会」選後に
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