花の芯すでに苺のかたちなす 飴山 實 春も終わり頃、苺の可憐な花は野路一面に這うように咲いている。同じ晩春の花でも、藤の花には一抹のさびしさを覚えるけれど、苺の花は次に来る季節の明るさをもたらしてくれる。 それにしてもこの観察眼には驚かされる。「芯」の一字は、文字通り一句に結実している。作者は応用微生物学専攻の学者、加えて、家で畑も作っていたそうで、なるほどその眼力は鬼に金棒なのである。 春風の日本に源氏物語 京極杞陽 秋風の日本に平家物語 〃 二句並んで、昭和30年4月号「ホトトギス」巻頭を占めた。 春風と秋風、源氏と平家を対比して不動である。春風の豪華絢爛たる色彩感、秋風の無彩色なる無常感。 日本という風土、日本人という心象が、たった17字×2でもって歴然と表れるなんて俳句ってつくづく面白いと思う。 源氏物語に秋風もよく通い、平家物語に春風が通わないこともない、だからこその二句であろう。京極杞陽は、15歳で関東大震災に遭い、生家と家族のほとんどを失った。 春の水岸へ岸へと夕かな 原 石鼎 岸へ岸へと春の川波が畳まれてゆく。単なる観察ではとらえることのできない感覚。そして、「夕べかな」と、暮れなずむこころをさりげなく置きながら、余情はどこまでも引いている。 控えめな詠いぶりに読者の方がむしろ情緒を熱くして一句に没入してしまう。 昭和10年、石鼎49歳の作品。2月、母堂危篤の報を受けて、夫人コウ子と共に島根に帰郷。小康を得て一旦帰京。3月、母堂逝去。 原石鼎全句集には掲句のあと、<一枝の椿を見むと故郷に>、<桃椿なべて蕾は春深し>、<春宵や人の屋根さへみな恋し>、<ひとりでににじむ涙や峰の花>、等が続く。 春の水とは濡れてゐるみづのこと 長谷川 櫂 石鼎の<岸へ岸へと夕べかな>の春の水はたっぷりと、なみなみと湛えられている。いや、濡れているというべきか。海や湖沼の水のみならず、雨上がりの水であっても、打水であっても、蛇口の水であってもいい。水をもってして濡れないことはない。だまし絵のような何か不思議な世界にしっとりと紛れ込んだような気分が漂う。 「春」の情趣そのもが、「濡れているみず」であるという理知的にして、瑞々しい感性が、いかにもうるわしい。 今年また花散る四月十二日 正岡子規 子規の四歳下の従弟、藤野古白は明治28年のこの日ピストル自殺をして果てた。24歳であった。19歳で古白と号し、子規に学んで、子規を驚かせるほどの清新な句風であったという。子規は従軍中に訃報をうけ、秋には古白の墓前で、〈我死なで汝生きもせで秋の風〉と悼んでいる。 事実を抜きにしても、この4月12日という日付が動かしがたく、一句全体を支配している。何の因果関係もない私にとっても、4月12日は花を惜しむほかない日のように思われるものである。 鳥の巣に鳥が入ってゆくところ 波多野爽波 鳥の巣は卵を抱いて、巣立つまで育てあげる、それはそれは大事な家である。だが、ひなが育ったあとではもうほったらかし。その放置された巣の一つを、先日山家の方に見せていただいたが、空気のように軽くて、それでいて何とも頑丈なものであった。鳥の生命力そのものの知恵が張り巡らされている、といった風情には生きものの哀愁が感じられた。 さて掲句、鳥の巣を時間的にも空間的にも映像にして見せる。「ゆくところ」下五に読者はあわてず安心してその形態を見つめることができる。ただ提示しているだけで、作者の思い入れがないのも、清新な印象を与えてやまない。 学習院の学生であった爽波18歳の作品。26歳最年少でホトトギス同人に推挙され、名門の生れ爽波はまさに「ホトトギス」のプリンスだった。 人入って門のこりたる暮春かな 芝不器男 一読してすっと暮春、春も終わり頃の情感が乗り移ってくる。暮の春というものはこの情景をおいてほかにはない、と思わせるぐらいである。もとより夕暮れの感じでもある。 爽波の「鳥が入ってゆくところ」が清新ならば、この「人入って門のこりたる」も、その表現においていっそう清新である。凡手なら、「門入って」とやりそうなところ、「人入って」と突き放し、客観に徹したことで、むしろ虚しさの主情が匂ひ立つようである。 青天や白き五弁の梨の花 原石鼎 「脂が抜け過ぎて物足りなさを感じる」、「淡泊な上にも淡泊な句」と掲句を評したのは山本健吉だったろうか。まさに、脂が抜けて、いやがうえにも淡泊な花、それこそが梨の花である。花曇りの空を一掃するかのように、真っ青な空に真っ白にひらく梨の花。 <花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月 石鼎>、石鼎の桜の花はまた妖しいまでに艶やかである。 淡泊なる花は淡泊に、妖艶なる花は妖艶に、石鼎は季題そのものに焦点を絞りきっている。 入学の吾子人前に押し出だす 石川桂郎 ピカピカの一年生、小学校入学ほど親にも子にも眩しいものはない。「もじもじしてないで、さあ、もっと前へ」と、少しばかり不安げなわが子の背中を押している親もまた緊張している。男親ならではの愛情表現のようではあるが、30数年前の母親として私の気持ちもまた全くこの通りであった。 俳句は読者を代弁してくれるものだと知ったことでも忘れることはできない、思い出すたびになつかしい句である。 人はみななにかにはげみ初桜 深見けん二 ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな 村上鬼城 山又山山桜又山桜 阿波野青畝 したたかに水を打ちたる夕桜 久保田万太郎 花冷の闇にあらはれ篝守 高野素十 風に落つ楊貴妃桜房のまま 杉田久女 花と言えば桜をさす。桜は日本の国花、花の王である。 今年、侍ジャパンが野球世界一に輝いた日、桜の花も早々とほころびはじめた。サムライはともかく日本には、富士山と桜があってよかった、桜花があってこその日本だとつくづく思う。富士を仰ぐたび、桜を仰ぐたびに感動し、激励される。 桜の名句は数え切れないが、思いつくままに、初桜、万朶の桜、山桜、夕桜、夜桜、八重桜、と一連にながめてみると、どの句も、なぜか重量感たっぷりである。 楚々とした花でありながら、その背後には、人々に愛され、日本の国を象徴するにふさわしいかがやきがどこまでもかぶさってくるのであろう。
by masakokusa
| 2009-04-01 00:54
| 秀句月旦(2)
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