昌子365日(自平成29年8月1日~至8月31日)
      
      8月21日(月)      早稲の香や戸塚もここは舞岡の
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      8月20日(日)      みづうみの縁は並木の榠樝かな

      8月19日(土)      秋風の海を見てゐる喇叭飲み

      8月18日(金)      君待てど君来ぬかなかなかなかな

      8月17日(木)      盆過ぎの雨の寒さとなりにけり
     
      8月16日(水)      新涼や船の出を待つ小半時
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      8月15日(火)      魂送り鳥の百羽のこゑそろふ

      8月14日(月)      星流れ波止場の壁に波止場の絵 

      8月13日(日)      ことのはのみな哲学や生身魂

      8月12日(土)      秋風の薔薇のやうなる匂ひかな

      8月11日(金)      秋の虹スーパーあずさ号に即く

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       8月10日(木)      床にして市松模様秋めきぬ   

       8月9日(水)      秋蝉の木蔭に入ればすぐに風

       8月8日(火)      ふっと日の林に落ちて涼新た

       8月7日(月)      髪刈つて襟足青く秋立ちぬ

       8月6日(日)      逝く夏の港に拍手起りけり

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       8月5日(土)      芭蕉布の男心に行きちがふ

       8月4日(金)      蝉の声たまに蓮の風に乗り

       8月3日(木)      なれ鮓や白提灯に風の吹く

       8月2日(水)      ピラミッド校舎は何処蝉しぐれ

       8月1日(火)      蟻塚の傍に蟻塚もう一つ

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# by masakokusa | 2017-09-01 20:35 | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』・書評抄録(その3)
 
 ☆ 『耕』 2017年9月号 (加藤耕子主宰)

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   句集紹介

   草深昌子句集『金剛』(2016年11月21日 ふらんす堂)

  
「晨」(大峯あきら代表)同人。「青草」主宰。
  句集『青葡萄』及び『邂逅』に続く第三句集。平成15年以降の句を収録。
  句集名は金剛山から名付けた。著者はあとがきで「美しい山桜の宿で、庭下駄に下り立って、
  晨の皆さまと共に、ただ黙って金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは
  生涯忘れることはないでしょう」と述べる。

    どこにでも日輪一つあたたかし
    耕して大日寺の裏に住む
    あめんぼう大きく四角張つてをり

                                 和出 昇



 ☆ 『泉』 平成29年8月号 (藤本美和子主宰)
   
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  俳句の扉     藤本美和子抄出

    船赤く四万六千日を行く    草深昌子『金剛』




☆ 『松の花』 平成29年8月号 (松尾隆信主宰)

  現代俳句管見       
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『金剛』草深昌子(晨同人)第三句集

   赤子はやべっぴんさんや山桜

 句集名は大阪・奈良府県境の金剛山に拠る。
 恒例の吉野の桜吟行の宿で連衆と金剛山に沈んでゆく美事な夕日の眺めたことは生涯忘れないという。
 〈遠く来て日高に着きぬ花の宿〉
 〈うぐひすは上千本にひびくかな〉
 〈金剛をいまし日は落つ花衣〉
 筆者は桜の吉野山を下から上千本迄歩いたが、山桜の幻想的な美しさに魅了された。
 満開の桜のもとで赤子は殊の外愛らしい品のあるべっぴんさんだったのだろう。

   真間の井の蓋に木の実に数へられ

 
下総国葛飾郡真間にいたという万葉集に詠まれた伝説上の美女手児奈。
 多くの男子に言い寄られ、煩悶の末、井戸に投身したという。
 所縁の井戸の蓋に木の実が幾つか落ちている。昔を偲べは、今も自然の営みは連綿と続いている。
 箱根の早雲寺の〈松蝉や宗祇法師の墓どころ〉の句も然り。
 〈きらめくは秋暑の蠅の背中かな〉
 〈石蕗の花さかまく花をよそに咲く〉
 などは句材をうまく詠みこんでいる。
                                   松田知子



☆俳句雑誌 『澤』 平成29年7月号   創刊17周年記念号(小澤 實主宰)

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窓 俳書を読む      冬魚

   
草深昌子さんは1943年大阪府生まれ。
   現在「晨」同人、「青草」主宰。
   鹿火屋新人賞・同奨励賞受賞。第三句集。

    秋の蟻手のおもてから手のうらへ
    硝子戸と障子のはざまあたたかし
    あめんぼう大きく四角張つてをり

 一句目。
 じっと見る、見続ける。飽くことなき観察によってリアルな景が立ち上がる。
 手のひらに居る「秋の蟻」の鈍い動き。もぞもぞした感触がたまらなく思い出される。
 二句目。
 「硝子」を透過した春の光が「障子」の木枠と紙と「はざま」の空気をあたためる。
 家の隙間に溜る温みこそが家のぬくもりとなるのかも。
 ふと、親の家を思い出す。

  2016年 ふらんす堂 2700円(税別)

# by masakokusa | 2017-08-31 23:59 | Comments(0)
『青草』・『カルチャー』選後に・平成29年7月    草深昌子選
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   子育てを終へて世に出る白日傘        佐藤健成
 
 子育て中には外出もままならなかった女性が、様々の難儀を乗り越え、今や颯爽と働きにでかける白日傘である。
 昨今、女性は出産後であってもすぐに世に出られる時代であるが、少し古い世代は、とにもかくにも子育てが大事であった。
 この句の白日傘は、女性進出がままならなかった時代の、ある種の憧れを象徴するものとして描かれていることに感銘を覚えた。
 この頃は黒日傘も多いが、素直にも屹然たる女性の日傘は、何といっても真っ白がいい、見るからに涼しげである。

   我が先へ先へと日傘嬉しさう    健成

 こちらは女学生であろうか、いかにも若々しくダイナミックである。
 二句とも、日傘を通して、女性へのやさしい眼差しがうかがい知れるものである。



   軒下に合羽吊して鮎の宿      坂田金太郎

 鮎釣りは、鮎の縄張りを持つ習性を利用して囮鮎を使ったり、またエサ釣りやドブ釣りなどなかなかに楽しそうだが、腰深くまで川に浸かって、体力の消耗も激しいのではないだろうか。
 掲句は、鮎宿の軒下の一面を叙しただけであるが、その内側に繰り広げられているであろう釣人の声々や佇まいまでもが想像されてくる。
 香魚と言われる鮎の香気が、濡れしきった雰囲気の中にただよってもいるだろう。
 何も言わない俳句の強みをあらためて気付かされるものである。
 同じ作者の、

   焦げあとの穴ともならず渋団扇      金太郎

も、渋団扇の質感というか、しぶとさを言い得て妙である。

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   夏の日の松は静かに吉田邸      宮本ちづる

 吉田邸は、戦後の混乱期に長く首相を務めた吉田茂首相邸である。
 邸宅は富士山を臨める大磯にあって、8年前に原因不明の火事で焼失したが今年再建された。
 松の木が高々とその涼し気な枝ぶりを見せているが、これらの木々は、吉田首相の艱難辛苦をことごとく見守ってきたものであろう。
「夏の日の松は静かに」は、「吉田邸」に集約されて、まこと、どっしりと落ち着いている。
 それは、そうとしか言いようのなかった、作者のもの思いの静けさでもある。
 吉田茂の時代をしみじみと回顧されたのであろう。

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   郭公の声のみ響く桟敷跡      神崎ひで子

 桟敷は祭を見るためのものであったのか、あるいは芝居か相撲か何かの見物席であったろうか、ともかく今は無き桟敷の跡の光景が、なにがなし残像のようにしのばれて、さびしげにも広やかな明るさをまのあたりにするようである。
 それはカッコウ、カッコウという誰しもがよく聞きわけている牧歌的な鳴き声が一句全体に染みわたっているからであろう。
 〈郭公や何処までゆかば人に逢はむ〉という臼田亜浪の句が思われもするものである。



   野良仕事大夕立の追ひかくる      新井芙美

 上五にドンと置かれた「野良仕事」が大きく効いている夕立である。
 夕立というものの野趣が、土の匂いとともにいよいよ大きくうち広げられたような臨場感が頼もしい。



   目覚むれば夏満月を浴びてをり      平野翠

 何という贅沢な目覚めであろうか。
 秋の満月ではない、「夏満月」であればこその月明りの情趣が、静かに伝わってくる。
 睡るという人体の輪郭も又清らかに感じられるものである。

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   雲仰ぎ通る翡翠の小枝かな        栗田白雲
   雀来て蛍袋を揺らしけり          中澤翔風
   立錐の余地なき夜の団扇かな      鈴木一父
   色かたちどれも違うてみな四葩      藤田トミ
   日傘さす君の手白し無人駅        米林ひろ
   白桃の水しなやかに浮きにけり      二村結季
   月光やわらし居さうな夏座敷       古舘千世
   虎尾草や雫の切れず揺れ通し      森田ちとせ
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   八木節の聞へて赤城雲の峰        間草蛙
   ちかぢかと花柄見ゆる水眼鏡       熊倉和茶
   初蝉や風よく通る並木道          佐藤昌緒
   蜩や大雄山の和合下駄           石堂光子
   天の川麺にオクラの星散らし        奥山きよ子
   遠雷やラジオのノイズひとしきり      中原マー坊


# by masakokusa | 2017-08-31 23:59 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
昌子365日(自平成29年7月1日~至7月31日)
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      7月31日(月)      土用芽のどれも海桐の潮傷み

      7月30日(日)      住職に枇杷葉湯をすすめらる

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      7月29日(土)      日傘さし小町通りも来慣れたる

      7月28日(金)      そこいらにアロエの咲ける土用干し

      7月27日(木)      単線の行き着くところ夏休み

      7月26日(水)      晩涼や八幡さまに池二つ

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      7月25日(火)      江の島の遠ざかりたる土用かな

      7月24日(月)      髭伸びて土用太郎でありにけり

      7月23日(日)      亀の子の羽根あるやうなその泳ぎ

      7月22日(土)      寿福寺の柵に吹かるる蛇の衣

      7月21日(金)      見極めのつかぬ山女と岩魚食ふ

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      7月20日(木)      蟻の塔その出這入りに磨かるる

      7月19日(水)      ひからかさ石階をゆくためらはず

      7月18日(火)      炎帝の蝗をつかみそこねたる
  
      7月17日(月)      蟻の列見てゐて息のととのふる 
     
      7月16日(日)      木の影のほかに影なき涼気かな

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      7月15日(土)      炎昼や一つしとめて団子虫

      7月14日(金)      緑蔭や木の葉のみどり実の緑

      7月13日(木)      青蘆に丈越されたる暑さかな

      7月12日(水)      橋架けて人の渡らぬ油照

      7月11日(火)      石垣を這うてなめくぢ隙に蟹

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      7月10日(月)      桟橋に行かずじまひの暑さかな

      7月9日(日)       歯を見せて笑ふ鴎外忌の木蔭

      7月8日(土)       手のひらにのせて豆食ふビール飲む

      7月7日(金)       どこよりもだいどこが好き日日草 
     
      7月6日(木)       たてがみといふも馬刺の焼酎酌む 

       
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      7月5日(水)       梅雨のもの老眼鏡に見定むる

      7月4日(火)       梅雨の人猿に対つてをりにけり

      7月3日(月)       鮎食うて相模も西に住み古りぬ

      7月2日(日)       その下にあまた椅子ある大夏木
       
      7月1日(土)       明易き熊本城の崩れやう   

      
# by masakokusa | 2017-08-02 23:59 | 昌子365日 new! | Comments(0)
『青草』・『カルチャーセンター』選後に・平成29年6月    草深昌子選
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   香水の匂ひの席を譲らるる       中澤翔風

 
香水というと、〈香水の香ぞ鉄壁をなせりける 中村草田男〉が、真っ先に浮かび上がる。
俳句を始めたころ、男性にとって「香水」とはこんなものなのかという驚きがグサッと胸に突き刺さったものであったが、その後は読むほどに、女性も男性もなく香水という季題そのものの一断面を見事に詠いあげたものとして唸らされている。
 そこで翔風さんの句に、なつかしくも惚れ惚れと感応してしまったわけである。
 今や、女の最高のおしゃれという観念が崩れて、ただ身だしなみとして、男も用いるものになってしまった「香水」であってすれば、掲句の席を譲ったのは女とは限らないが、譲ってもらった席を作者はどう感じたであろうか、また読者はどう感じるであろうか。
 一句の世界に読者が入っていって、その場のその時の心のありようをたしかめようとする。
 そのことが、そのまま香水の残り香であり、一句の余情になるのである。

 

   凌霄花潜りて朝のランドセル       栗田白雲
 
 凌霄の花は、日常の家並の中によく見かける花である。
 真っ青な空から垂れ下った凌霄の花の下をかいくぐるようにしてランドセルを背負った子が通学する。
「朝のランドセル」、この端的に言い切ったところがすばらしい。
 梅雨のころから、塀や垣根に、ただ静かにも咲いている凌霄であるが、毎朝ランドセルの子らが潜るたびに、はっとするような美しい色彩を見せてくれるのである。

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   海鳴りや花魁草は沖を向き       坂田金太郎

 花魁草は草夾竹桃とも言い、五裂の小さな花が紫陽花のように沢山集まって咲く花である。
 そんな、かんざしのように愛らしい花が、海鳴りのする沖の方を向いているという。
 ただそれだけのことだが、晴れやかな美しさと同時に一抹のあわれを感じるのは私だけだろうか。
 花の名にある「花魁」から、遊女の印象をかさねてしまうからかもしれない。
 ちなみに花魁草と言えば、即座に、
   揚羽蝶おいらん草にぶら下る   高野素十
 が思い出される。
 素十の句は、季重なりを厭わず、揚羽蝶の命を花魁草にかぶせたものであるが、金太郎さんの句は近景からはるかなる遠景をも見せてくれるものである。



   ナイターの選手に影のなかりけり       中原マー坊

 つい先日もナイターを観に行ったばかりであるが、「選手に影のなかりけり」とは気が付かなかった。
 まさにマー坊ならではの発見の句であると驚かされた。
というと皆さんにそれぐらいのこと知ってましたよ、と言われそうであるが、それを俳句にしてこそ知ってますよと言えるのではないだろうか。
 ナイターと言えば、もう60年も昔のことで、記憶違いかもしれないが、高校野球で、魚津と徳島商の延長戦でナイターになったことが昨日の事のように思い出される。
 かにかく、ナイターの照明は、あまりにも明るすぎるのである。

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   昼顔や工事車輌の通り道       山森小径

 昼顔は、道端の草むらなど、いたるところに見かける淡い紅色の花である。
 近辺に大がかりな工事現場があるのであろうか、昼顔の咲いている道に、ひっきりなしにダンプなどの大型車が埃を巻き上げて往来するのである。
 昼顔の可憐なる佇まいにあって、あまりにも対照的な現場である。
 だが、作者は、昼顔が、その蔓を伸ばしながら、地上をどんどん這ってゆくという、見かけによらぬ生命力の強さをもっていることに、感嘆しているのである。



   古書店のワゴンセールや片陰り       佐藤昌緒

 「片陰り」が、ふとした都会の陰翳をあまさず伝えてくれる句である。
 例えば神保町であろうか、つい先日もこのような光景に出会ったばかり。
 イベントとしての大大的なワゴンセールではなく、歴史ある店舗のささやかなワゴンセールと解したい。
 そこには廉価にして、なかなかの掘り出し物が並んでいるのではないだろうか。
 太陽が西に傾きかけた午後になって、古書店街の片陰に立つと、噴き出してくるような汗がいつの間にか引いていくのである。

 

   パナマ帽少し抓んで会釈され       小幡月子
 
 ちょっとした軽いスケッチだが、その軽さが「パナマ帽」ならではの涼しさを詠っている。
 トップの部分が凹んでいるあたりがさりげなく感じられ、この紳士への郷愁が味わいにもなっている。

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   黄金比水羊羹にありにけり       川井さとみ

 黄金比とは縦と横のもっとも美しい比率であろうか。
 理論的なことは知らなくとも黄金という色彩のきらめき、オウゴンヒという大らかな語感は、手元の清涼感溢れる水羊羹を演出してあまりある。
 ちなみに、さとみさんは、「輝き厚木塾」の松尾数学塾で黄金比なるものを学ばれたという。
 松尾先生は、わが結社「青草」の松尾まつを編集長である。
 学ぶという積極的姿勢が、こんな楽しい一句を生み出した。

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   驟雨去り三保清見潟富士の峰      松尾まつを
   小魚の群の過ぎゆく蛇苺         石堂光子
   清流の里に謡へば南風          菊竹典祥
   蛍火や椿山荘の薄明り          佐藤健成
   音もなく夏の曙ひとすじに         平野翠

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   くちなはの門扉を渡る真昼かな      二村結季
   大広間一つ置かるる夏火鉢        伊藤波
   背広着て代田見てゐる日暮かな     河野きな子
   尻振つて横横歩き鴉の子         石原虹子
   亡骸は昼顔の墓ハムスター        狗飼乾恵

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   青年の流行の頭梅雨寒し         上野春香
   老鶯と鳶と掛け合ふ杉木立        田淵ゆり
   道すがら花と見まがふ蛾の白き     中野はつえ
   鈴蘭を添へて山菜届きけり        末澤みわ
   飛び方を習ふ子燕高架下         藤田トミ
   若竹を過ぎて広がる畑かな        日下しょう子


# by masakokusa | 2017-08-02 20:55 | 『青草』・『カルチャー』選後に | Comments(0)
私の一句
 
  花散るや何遍見ても蔵王堂       草深昌子


 「
晨」に入って初めて吉野吟行に参加させていただいた折の句。
 「俳句は自我を出したらアカンよ」と大峯あきら先生に教えていただいたのもこの日。
 ふと不思議を覚えた、その穏やかな物言いは、今もはっきり耳に残っている。

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(「晨」創刊200号記念特集・所収)
# by masakokusa | 2017-08-01 23:59 | 昌子作品抄 | Comments(0)
課題詠   兼題=夕顔・蝉      草深昌子選
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 特選 

  蝉の木の絵本にありしごとくあり     山内利男
 
   
誰にも思い当たる光景が、懐かしくも美しい。
   一句の余白には蝉の声が童心そのものに響き渡っている。


  夕顔の空ひとひらと覚えけり       池原富子
   
   夕顔の色はすっかり空に溶け込んでいるのであろう。
   ひそやかな空気感が思われる。「ひとひら」が愛惜。


  夕顔のかたはらの子に名をききし     涼野海音
 
   日常の一端のようではあるが、ふと源氏物語の「夕顔」の情動がかぶさってくる。
   そこはかゆかしい。 

   秀逸 

  夕顔にしんかんとある二階かな      山内利男
  夕顔のほのと明るき帰宅かな       東條和子
  朝八時日は熊蝉を囃しをり         和田哲子
  水遣れば夕顔ぬつと咲いてをり     久下萬眞郎
  夕顔や祖母は母より長く生き       杉本和夫

   入選 

  夜も伸ぶる夕顔の蔓月に雲       二宮英子   
  蝉の鳴く赤松多き寺領かな       大槻一郎
   
   他70句略

(平成29年7月号「晨」所収)
# by masakokusa | 2017-07-31 11:09 | 俳論・鑑賞(2) | Comments(0)
「俳句四季」2017年7月号 ・ 忙中閑談
 
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   生きている子規               草深昌子


 
横浜に初桜の咲いた日、「生誕百五十年正岡子規展―病牀六尺の宇宙」を観た。
 会場入口のビデオには子規庵の二十坪の庭が映し出されていた。
 亡くなる五日前のこと、「余は病気になって以来今朝ほど安らかな頭を持て静かにこの庭を眺めた事はない」というくだりに早くも涙ぐんでしまった。
 そうかと思えば、「ごてごてと草花植ゑし小庭かな  子規」に、たまたま居合わせた女性と顔を見合わせて笑ってしまった。
 「ごてごてと」こそが子規の本領である。
 私は大好きな子規にまたここに会えたことを喜んだ。

   初桜一字一句に子規は生き       昌子

 私が俳句を始めたのは四十年昔、同時にこの頃のギックリ腰がきっかけで、私の俳句の日々はいつも腰痛をひっさげている。
 子規はこう言う。
 「ガラス玉に金魚を十ばかり入れて机の上に置いてある。余は痛みをこらへながら病床からつくづくと見て居る。痛い事も痛いが綺麗な事も綺麗ぢや」、この声にどれだけ叱咤激励されたかしれい。
 子規の凄惨なる痛みを思えば我が痛みなど、何ほどのことがあろうかと、子規をおろがむような気持ちで、俳句にはまっていったものである。

   名月やどちらを見ても松ばかり       子規
   名月や小磯は砂のよい処

 明治二十二年、子規は大磯に保養中の大谷是空を訪ね、滞在先の旅館・松林館で大尽扱いをされ、大いにもてなされたという。
 早速、この所在を知りたく、大磯に出向いた。
 郷土資料館に訊ねると、松林館は、文字通り松林の中にあったものの、その後に建った長生館も消失して、今は跡形も無いことがわかった。
 それでも、東海道線「大磯駅」に近く、大磯丘陵が線路に迫ってくるあたりは古びに古びながらも頑丈そうな石垣が残っていて、旅館はここだろうと直感した。
 沿線には古木の桜が、ひときわ美しく満開であった。
 子規は、月光の松林を抜けて、海水浴場として名高い照ケ崎あたりを歩いたのであろう。

 もう十年も前になるが、松山市を再訪したときも、
 子規の「故郷はいとこの多し桃の花」、「鳩麦や昔通ひし叔父が家」などの出処を尋ねて歩いた。
 たどり着いたのは余戸中四丁目、昔町長をしていたという家の前に立つと、「森」の表札がかかっているではないか。
 思い切ってインターホンを押すと、「森円月は遠縁にあたると聞いていますが、今は父も亡くなりまして」という物静かな婦人の声が返ってきた。
 この時も、子規の幼なじみ森円月の生家はここだと独り合点したのだった。
 「ともかく紙に何かを書くのが好きな子でした。一日中でも書いてなさった。子供の頃から半紙はたくさんいる子でした」と母八重は語っている。
 そんな幼い子規が仲良しの森円月と往き来したであろう土を踏みしめているなんて、懐かしくてならなかった。 
 今ここ大磯では、青春真っ盛りの二十二歳の子規が、湘南の風に吹かれている。
 そう思うだけで、春の日差しがいよいよあたたかくなってくるのだった。

 子規は、いつの時も、すぐそこに居て、親しくも明晰なる眼を向けてくれる存在であった。
 子規がいなかったら、三日坊主の私が、俳句を続けることは出来なかったであろう。 
 正岡子規は、今もって静かにも力強く生きているのである。


(2017年7月号「俳句四季」所収)
# by masakokusa | 2017-07-30 23:58 | 俳論・鑑賞(2) | Comments(0)
昌子365日(自平成29年6月1日~至6月30日)
 
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      6月30日(金)       南風の山手の坂をのぼりきる 

      6月29日(木)       雨だれのはたして蟻地獄だまり

      6月28日(水)       でで虫をろくに知らずに老いにけり

      6月27日(火)       人の立つやうに木の立つ安居かな
  
      6月26日(月)       鎌倉の梅雨の鴉は笑ひけり

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      6月25日(日)       真間の井に遠からずして真菰刈

      6月24日(土)       松をまへ楓をよこの花あやめ

      6月23日(金)       ひもすがら現の証拠に釣つてをり

      6月22日(木)       単衣着て遠きものほどよく見ゆる 

      6月21日(水)       夏至の日の山羊に小さく鳴かれたり

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      6月20日(火)       枇杷の実の少し酸つぱき峠口

      6月19日(月)       涼しさの松の高さとなりにけり

      6月18日(日)       薔薇園を飛んで蝶々の白くなる

      6月17日(土)       滝見えて聞こえて柵の向かうかな

      6月16日(金)       いふほどもなけれど坂や枇杷熟るる
 
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      6月15日(木)       梅雨茸の脂のやうなるもの吐ける

      6月14日(水)       粗壁に当たるは雨の小判草

      6月13日(火)       風去つてなほ捲れたる花菖蒲

      6月12日(月)       南風のビルの立て込む港かな

      6月11日(日)       スカーフを巻きなほしたり花菖蒲

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      6月10日(土)       羽抜鶏昼を大きく鳴きにけり

       6月9日(金)       紙魚となく黴となくある一書かな

       6月8日(木)       サングラスどこにどう眼を合はさんか
    
       6月7日(水)       税関の裏手に浮きて海月かな

       6月6日(火)       額咲ける小高きところなつかしく

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       6月5日(月)       朝日より西日が好きで黴にけり

       6月4日(日)       よこはまは風に涼しく日に暑く  

       6月3日(土)       白秋を浜昼顔に淋しめり    

       6月2日(金)       水底を見せて水行く海芋かな

       6月1日(木)       緑蔭や人のはだへのやうな幹 
# by masakokusa | 2017-07-30 23:57 | 昌子365日 new! | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』・書評抄録(その2)
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☆『玉梓』 平成29年7・8月号 (名村早智子主宰)
  句集の窓

 『金剛』 草深昌子

  赤子はやべつぴんさんや山桜

美しい山桜の宿で、庭下駄に下り立って、先生はじめ「晨」の皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう」と、帯紙に記されている。
 金剛山は草深氏の故郷の山でもある。
『金剛』は『青葡萄』『邂逅』に次ぐ第三句集。

  消えなんとしてなほ左大文字

筆者は左大文字を毎日見上げる。まるで仏前に手を合わせるように。

  初時雨駆けて鞍馬の子どもかな
  菅浦の子供に出づる地虫かな

 歴史ある村の子供たち。共に幸あれ。

  冬暖か地図のどこにも寺があり
  奥つ城のほかは春田でありにけり
  風の鳴るやうに虫鳴くところかな
  門入ると襖外してゐるところ

昭和18年大阪市生まれ。52年飯田龍太主宰「雲母」入会
60年原裕主宰「鹿火屋」入会 平成10年深吉野佳作賞受賞
12年大峯あきら代表「晨」同人参加 岩淵喜代子代表「ににん」同人参加
「青草」主宰 俳人協会会員。 神奈川県在住。


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☆ 『伊吹嶺』 2017年6月号 通巻228号(栗田やすし主宰)
    俳書紹介

   
 草深昌子句集『金剛』(2016年11月ふらんす堂 2700円)
   「「金剛」こと金剛山は、吉野のある奈良県と、私が生まれ育った大阪府の境に立つ主峰です。なつかしさが重なり、句集名といたしました。」(「あとがき」より)

    赤子はやべつぴんさんや山桜
    奥つ城のほかは春田でありにけり
    耕して大日寺の裏に住む
    あめんぼう大きく四角張つてをり
    網戸より沖の一線濃く見たり

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☆『きたごち』 2017年6月号 第339号(柏原眠雨主宰)
   句集紹介    石川千代子

   草深昌子『金剛』
    
句集『金剛』は著者の第三句集である。
    342句を収録。ふらんす堂刊。
    美しい山桜の宿で、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは生涯忘れることはない。
    金剛山は、奈良県と大阪府の境に立つ主峰である。
    なつかしさが重なり句集名としたと、あとがきに記す。

   稲は穂に人は半袖半ズボン
   赤子はやべつぴんさんや山桜
   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   どこにでも日輪一つあたたかし
   耕して大日寺の裏に住む
   あめんぼう大きく四角張つてをり

   など、感性豊かな写生句が並び、ていねいに物に向き合った表現が明快で、俳味もあり
   深い味わいが伝わってくる一集である。

   1943年大阪市生まれ。
   1989年近松顕彰全国俳句大会文部大臣賞受賞。
   「晨」同人、俳人協会会員。


 ☆『栴檀』 2017年6月号第176号(辻惠美子主宰)
   句集紹介

   『金剛』    草深昌子

   金剛をいまし日は落つ花衣
   椋鳥にうち交じりては青き踏む
   耕して大日寺の裏に住む

    
師や句友と眺めた金剛山、その沈みゆく夕日は生涯忘れないと作者。
    静謐なる世界。

    第三句集、ふらんす堂。
    1943年生、神奈川県在住。
   「晨」同人、『青草』主宰。


 
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 ☆『谺』 平成29年5月号 (山本一歩主宰)
  受贈句集御礼   山本一歩

     『金剛』  草深昌子(青草・晨)

   七夕の傘を真っ赤にひらきけり
   木は朽ちて鉄は錆びたる薄かな
   電球に笠あることの露けしや
   寒晴や鼈甲飴は立てて売る
   着ぶくれて一騎当千とはいかぬ

    
 (平成28年11月21日・ふらんす堂・2700円+税)




 ☆『雪天』 2017年5月号 (新谷ひろし主宰)
   現代の俳句       岡部文子

   赤子はやべっぴんさんや山桜     草深昌子

 
句集『金剛』から。
 あとがきには「美しい山桜の宿で、庭下駄に下り立って、先生はじめ「晨」の皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう」とある。
 掲句は山桜の宿での出来事かもしれない。赤子はどんな子でも愛らしいもの。
 だが、この子は早くもすでに別嬪さんだという。単に「美人」と言わず、「別嬪さん」としたことで「山桜」という季語と調和している。



 
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 ☆ 『雲取』 平成29年5月号No・236 (鈴木太郎主宰)
   百花風声 ・  鈴木太郎

   松蝉や宗祇法師の墓どころ     草深昌子
 
 
連歌師宗祇法師の墓は、箱根・早雲寺にあるが、その傍の森に松蝉(春蝉)が鳴くという。
初夏の木々の気配が思われる挨拶句。
                     句集『金剛』



 ☆ 『大楠』 平成29年4月号 (川崎慶子主宰)
 『句集 金剛』 草深昌子

1943年大阪市生れ。1977年飯田龍太主宰「雲母」入会。1985年原裕主宰「鹿火屋」入会。
2000年大峯あきら代表「晨」同人参加。岩淵喜代子「ににん」同人参加。
「青草」主宰。俳人協会会員。

   どきにでも日輪一つあたたかし
   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   踏青の二度まで柵を跨ぎたる
   耕して大日寺の裏に住む
   奥つ城のほかは春田でありにけり
   門入ると襖外してゐるところ
   あめんぼう大きく四角張つてをり
   網戸より沖の一線濃く見たり
   子規の顔生きて一つや望の月
   風の鳴るやうに虫鳴くところかな
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   大晴の報恩講に出くはしぬ

  「金剛」は、「青葡萄」「邂逅」につづく第三句集。
                     発行所 ふらんす堂
                         (森 弘子)


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  ☆ 『たかんな』 平成29年4月号 (藤木倶子主宰)

  俳書紹介
  草深昌子句集『金剛』

 『青葡萄』『邂逅』に次ぐ第三句集。
 句集名とされた『金剛』は、著者の生まれ育った大阪府と奈良県境に立つ主峰、金剛山から名付けたとあとががきに。
 雄大な山塊に抱かれ、育まれ、磨き上げた詩心は、豊かに美しい旋律を持つ抒情句となり、読者を引きつける。ますますのご清吟を!

   声はおろか顔も知らざる墓洗ふ
   さかしまに絵本見る子や枯野星
   風光る廃校にして掃かれあり
   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   金剛をいまし日は落つ花衣
   どこにでも日輪一つあたたかし
   大いなる亭午の鐘や花の山

 1943年大阪市生まれ。77年「雲母」入会。85年「鹿火屋」入会。
 93年第一句集『青葡萄』刊行。2000年「晨」「ににん」いずれも同人参加。
 03年第二句集『邂逅』刊行。現在「晨」同人。俳人協会会員。
 「青草」主宰。カルチャーセンター講師。鹿火屋新人賞外受賞。
  神奈川県在住。
                                 (小野寺和子)

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 ☆ 『篠』 2017 Vol・180 (岡田史乃主宰)
  草深昌子句集『金剛』を読んで

 作者は「青草」主宰。本書は平成5年『青葡萄』、平成15年『邂逅』に続く第三句集である。
   金剛をいまし日は落つ花衣
 句集名『金剛』は大阪、奈良の境、金剛山、作者のふるさとの山から名付けた。
   江ノ電の飛ばしどころや白木槿
 巻頭の句、秋のただ中、鮮やかな水彩スケッチの様である。
   かりそめに寝たるやうなる寝釈迦かな
   傾がざる杭なかりけり涅槃西風
   奥つ城のほかは春田でありにけり
   波際にほどなき若布干場かな

 時節柄、拙稿では主に作者の春の句を鑑賞させていただいた。
 本書を持つと春景をすばやく鉛筆スケッチし、水彩絵の具をうすく乗せたA4ほどの画帳を開くよ うな気がする。
 遠景と近景がマッチし春の風物が溶け込んでおり、写生句として秀逸と思う。

   銀蠅を風にはなさぬ若葉かな
   蝶々の飛んでその辺みどりなる
   雲は日の裏へまはりてあたたかし
   寒禽の空にはづみをつけてをり
   大鳥の遠くをよぎる暮春かな

 自然の中の風物、動植物、気象と季語との取り合せ、俳句の考え方を教えられる。
 意表をつく物事の見方が絶妙であると思う。
 銀蠅と若葉、蝶々とみどり、雲と日、寒禽と空、大鳥と暮春、俳句の中における関係性、
 作者の様に写生から俳句にするには年月長い努力と真摯な気持ちが要るだろう。

   赤ん坊を下ろして梅の咲くところ
   赤子はやべつぴんさんや山桜
   赤ん坊も犬も引っ掻く網戸かな
   ちゃんちゃんこ何かにつけて笑ひけり
   入園の子や靴脱いで靴置いて

 小さな子供へのやさしい眼差しが感じられる。
 あとがきに書名の『金剛』について書かれている。
「恒例の吉野の桜吟行はかけがえのない濃密な句会でありました。美しい山桜の宿で、庭下駄に下り 立って、先生はじめ「晨」の十名ほどの皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕 日を眺めたことは生涯忘れることはないでしょう。」
 赤子はや、の句もその折に生まれた。

   早春やニコライ堂のうすみどり

 今句集の出版記念会において「これが私の初めての俳句」と紹介されていた。
 この頃から今に至るまで、みずみずしい写生の魅力は更に増しながら続いている。

                                     (関島敦司)
# by masakokusa | 2017-07-30 22:54 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)