読売新聞   「四季」長谷川櫂選
 
  うれしさはひつくりかへる歌留多かな    草深昌子

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 歌留多取りの場面。
 あまりに勢いよく取ったので、隣の札がひっくり返ってしまった。
 しかしこの句を読めば、札がうれしがってひっくり返ったようではないか。
 命なきものにも命がやどる。
 これも言葉の力の一つ。
 句集『金剛』から。

# by masakokusa | 2017-01-15 22:32 | 昌子作品抄 | Comments(0)
昌子365日(自平成29年1月1日~至1月31日)
 
       1月18日(水)    カンテラに絡む枯蔓門口に
      
       1月17日(火)    尖塔を川の向うに冬萌ゆる

       1月16日(月)    乗初や富士が見えたり隠れたり

 
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       1月15日(日)    早梅の鳥に垂れては跳ね上がり

       1月14日(土)    枯芝のまるでバリカンかけたやう

       1月13日(金)    大き日の光るかぎりの氷かな

       1月12日(木)    猪鍋の芹の緑に尽きにけり

       1月11日(水)    ふと蝶の立ちしが如き枯葉かな
      
 
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       1月10日(火)    虚子茅舎たかし青畝と読みはじむ

       1月9日(月)     社とも寺ともつかぬ寒詣

       1月8日(日)     宝船敷いて灯火まだ消さぬ

       1月7日(土)     端つこに座つて冬日目の当たり 
     
       1月6日(金)     山茶花に透き通りたる硝子かな

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       1月5日(木)     熱燗や首相官邸見下ろしに

       1月4日(水)     断層のあからさまなる寒椿

       1月3日(火)     葉牡丹を活けて平安秘仏展

       1月2日(月)     二日はや大きな皿にモンブラン
     
       1月1日(日)     大いなるものに赤子の御慶かな

 明けましておめでとうございます。
 『草深昌子のページ』をお開きくださいまして有難うございます。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。  
 
               平成29年元旦                草深昌子 
 

      
# by masakokusa | 2017-01-14 18:47 | 昌子365日 new! | Comments(0)
詩歌句年鑑 2017      草深昌子(晨・青草主宰)
  
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   風の鳴るやうに虫鳴くところかな

   盤石を叩いて竹のばつたんこ

   蝌蚪の来て蝌蚪の隙間を埋めにけり

   門入ると襖外してゐるところ

   網戸より沖の一線濃く見たり


(ことばの翼 詩歌句 年鑑〔俳句〕2017 所収)
# by masakokusa | 2017-01-09 11:07 | 昌子作品抄 | Comments(0)
原石鼎俳句鑑賞・平成29年1月


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   福寿草今年は無くて寝正月       原石鼎   大正11年

   
 大正10年、石鼎は35歳。ちなみに35歳といえば子規の没年である。
 この年、石鼎は小野蕪子発行の「草汁」を譲り受け、5月「鹿火屋」と改題して、虚子の許しを得て主宰となった。
 「鹿火屋というのは山中で秋になると鹿や猪などが闇夜に田畑を荒しに来るのを防ぐため、山人が小高みに小さな番小屋を立て終夜火を焚き銅鑼を代わり合って叩く。それが山にひびいていとど秋の夜長の淋しさを増す。その淋しさを生涯忘れまいとして誌題とした。」
と「鹿火屋」に書きとどめている。

 石鼎の生涯は、この決心の通り、淋しさをひしと抱きしめて離さないものであった。
 「鹿火屋」主宰になることも決して手放しの喜びではなかったであろう、それは必然のように、石鼎の淋しさが引き受けさせたものに違いない。

 しかし、このことが病弱であった石鼎の命を、最期まで俳句の命としてまっとうされる原動力になっていった、そう思うと、やはり「鹿火屋」主宰原石鼎の誕生は運命的であった。

 その大正10年が明けた大正11年のお正月は、寝正月であった。
 寝正月と言えばそれで済むものを、枕上に見当たらない「福寿草」をあえて書き上げるところが、石鼎の旺盛なる俳諧精神をうかがわせる。
 では、次の年から数年間ほどは、どんなお正月であったのだろうか。

      正月2日感冒に臥して月の終り漸く床を払ふ
   元日の満月二月一日も        大正12年

   松上にしばし曇りし初日かな     大正13年
  
   草庵や屠蘇の盃一揃         大正14年
   竹馬の羽織かむつてかけりけり      〃

   萬歳の戸口を明けて這入りけり     大正15年
   遣羽子や下駄の歯高く夕べ出て       〃

       正月退院、二月湯河原に療養
    ほの赤き梢々や春の雪        昭和2年

 やはり、病気との縁は切れなったようである。それでも、
「竹馬」の句のおもしろさ、ことに「萬歳」の句の悠揚迫らぬ味わいにはめでたさがこみ上げてくる。

 お正月の句はともかく、それぞれの年の名句を掲げて、今年もまた石鼎の淋しさをわが淋しさとして寿ぎたいと思う。

   神の瞳とわが瞳あそべる鹿の子かな      大正11年
   白魚の小さき顔をもてりけり           大正12年
   音たてて落ちてみどりや落し文         大正13年
   ささなきのふと我を見し瞳かな         大正14年
   暁の蜩四方に起りけり              大正15年
   火星いたくもゆる宵なり蠅叩          昭和2年

# by masakokusa | 2017-01-07 12:15 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
特別作品評       山中多美子
 
       根岸             草深昌子

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    蝶々をそのてつぺんに鶏頭花     昌子

 根岸のこの鶏頭花の作品は、俳人正岡子規のオマージュかと。
十四五本ほどの鶏頭に蝶々が下りてきて止まった。それだけのことなのに、
子規の生涯の苦しさも喜びの何もかもが思われる。
省略の効いた叙法と、巧まざる技量ゆえに、ゆたかな詩情が漂う。
今という時を切り取る力を感じる。

   秋風の子供に道を問はれたり     昌子

 秋風ならではの作品。
何処からともなく吹いてくる風。
通りすがりの子供に思いがけなく道を問われたという。
澄んだ瞳にじっと見つめられ、まさに秋風が通り過ぎたという感覚が身を過る。
清々しい秋風の使いのような子供である。

   水澄んで団子に箸を使ひけり     昌子

お供えしたお彼岸の団子を頂く。添えられた白木の箸が水の秋にふさわしく清らか。

   たまに顔上げることある夜なべかな     昌子
   浮塵子来て媼の眠りこけてをり       昌子

浮塵子が湧いて困ったという話を聞いたことがある。
その嫌われものの浮塵子が来ても睡りこけている媼はよほど疲れているのだろう。
前句から察するにに、夕べは夜業に精を出し過ぎたのでは。
夜なべの間に少し顔をあげるだけの媼の、わずかな所作も見逃さずに詠むことができるのは、日頃の鍛錬と弛みない心の働きがあるからかと。
どんな時も、作句に対する姿勢を崩さない作者である。


(平成29年1月号「晨」所収)
# by masakokusa | 2017-01-06 19:50 | 昌子作品の論評NEW! | Comments(0)
同人誌「ににん」代表岩淵喜代子・受贈著書より

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  あめんぼう大きく四角張つてをり   草深昌子



(草深昌子第三句集 『金剛』 2016年 ふらんす堂)より

 ほかに、
( 七夕の傘を真つ赤にひらきけり)
(一束は七八本の苧殻かな)
(初蝶の如雨露を越えて来たりけり)
(豆飯に豆の潰れてあるが好き)
(蝌蚪の来て蝌蚪の隙間を埋めにけり)など、枚挙に遑が無い。

 掲出句、大きな足を四方に踏ん張っている姿は、生き物への愛おしみの視点が働いている。
 (四角張って)という捉え方とは裏腹に、あめんぼうは華奢な生き物である。

(「ににん」代表 岩淵喜代子 2016年12月24日)

# by masakokusa | 2017-01-04 18:23 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
月刊雑誌「雲の峰」  句集・著作紹介
 
 草深昌子著 句集『金剛』

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 著者は1943年大阪生れ。
 77年飯田龍太主宰「雲母」に入会。
 85年原裕主宰「鹿火屋」に入会。
 2000年大峯あきら代表「晨」及び岩淵喜代子代表「ににん」に同人参加。
 現在、「晨」同人、俳人協会会員
    「青草」主宰、カルチャーセンター講師
 「鹿火屋」新人賞、奨励賞など受賞多数。既刊の句集二編がある。

 あとがきに「『金剛』は私の第三句集になります・・第三句集をと心準備をはじめた矢先に、夫を亡くしました」とあり、
その時の心情を〈人は死に竹は皮脱ぐまひるかな 大峯あきら〉に託して述べている。
 また、集名について、「吉野桜吟行はかけがえのない濃密な句会でありました。美しい山桜の宿で・・・「晨」の十名ほどの皆様と共に、ただ黙って金剛山に沈んでゆく夕日を眺めたことは生涯忘れることはないでしょう」と記す。

 俳句に献身し俳句を享受する筆者のひとつの到達点である。
 以下、所収句より

   赤子はやべっぴんさんや山桜
   さへづりやたうたう落ちし蔵の壁
   踏青の二度まで柵を跨ぎたる

(2017年1月号 朝妻力主宰「雲の峰」 執筆・西田洋 所収)
# by masakokusa | 2017-01-03 23:39 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
自作の周辺         草深昌子
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   赤子はやべつぴんさんや山桜     草深昌子


 先日、NHKの朝ドラ「べっぴんさん」の話題になって、べっぴんさんってどういう意味かと東京人に問われた。
 思わず「私みたいなのがべっぴんさんよ」と答えて、首を傾げられてしまった。
 言葉が本来の意味を逸れて、まるで自分のもののように身に浸み入っていることに、我ながら驚かされた。

 子供の頃から、のほほんとして、何の取柄もなかった私。
 それなのに、近所のおっちゃんおばちゃんは、毎日のように、べっぴんさん、べっぴんさんと言って下さった。子供心に嬉しかった。
 「泣いたらべっぴんさんが台無しやんか」と言われるので、いつもにこにこ笑っていた。
 結婚しても、「ちょっと見んまにえらいべっぴんさんになったなあ」なんて、誰にでも真逆のことを言って笑いをとるのが大阪人のやさしさ。
 それでも、五十年ぶりに小学校の先生に邂逅した時、すでに私は還暦を過ぎていたが、先生の第一声は、「大きなったなあ、やっぱりべっぴんさんやなあ」であったのは、なつかしくも嬉しかった。
 至らぬ者への励ましの言葉は、生き続けていたのだった。

 『命ひとつ』(大峯あきら著)の「言葉の底には無意識の地平がある」の中の、「子供くさい子供というものはいません。子供にはくさみがなく、これが品というものです」という記述に、はたと気付かされた。
 無心に遊ぶ子供であったこと自体がべっぴんさんなのであった。
 思えば、まだ一歳の時に、父を戦争で亡くした、いたいけな私を、周囲の方々は真っ正直な言葉で、愛情たっぷりに育ててくださったのだった。

 さて、十数年前のあの日、吉野全山は満開の山桜でまさに匂い立っていた。
 乳母車の中で盛んに手足を動かしていた山家の赤ちゃんをのぞき込んで、「ほーっ、べっぴんさんやなあ」と先に声を上げられたのは、堀江爽青さんであった。
 私も「ほんま、ほんま」と褒め合って、心は遠い昔へ還っていった。
「赤子はやべっぴんさんや」と咄嗟に書き止めると、当り前のように「山桜」が降りてきてくれた。
 その夜の句会で大峯あきら先生が、中七のパンチが利いているとし、
「娘盛りになったそのべっぴんさんの花下の姿をも連想させる詩的空間の広やかさ」を指摘してくださった。
「山桜」のおかげである。
 
 かの赤ちゃんは、もう高校生であろうか。
 八十歳になっても、ぺっぴんさん真っ盛りに生きていかれるに違いない。
 年年歳歳人は変わるけれど、また春が来て吉野へ行けば、華やかにもゆったりとした、品のいい山桜に巡り合える。

(平成29年1月号「晨」所収)
# by masakokusa | 2017-01-03 17:00 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
大井恒行の日日彼是

草深昌子「金剛をいまし日は落つ花衣」(『金剛』)・・・

 草深昌子第三句集『金剛』(ふらんす堂)の集名については、

 「金剛」こと金剛山は、吉野のある奈良県と、私が生まれ育った大阪府の境に立つ主峰です。なつかしさが重なり、句集名としました。 と「あとがき」にあった。
 略歴に「雲母」「鹿火屋」「晨」「ににん」を経て、「青草」主宰とある。
 句はいずれも端整。
 いくつか句を以下に挙げておこう。

  富士山にそむきまむきや寒鴉      昌子
  赤子はやべっぴんさんや山桜
  冴返る鯉の鯰に似てゐたる
  廃校の時計の生きてさくら草
  水馬かまひにまたも水馬
  どこにでも日輪一つあたたかし
  壁蝨出るぞ山蛭出るぞ鉄砲打

草深昌子(くさふか・まさこ)1943年、大阪市生まれ。

(大井恒行の日日彼是 2016年12月13日)

大井 恒行(おおい つねゆき、1948年12月15日 - )は、山口県山口市出身の俳人。1967年、立命館大学俳句会に入会。赤尾兜子に師事し「渦」に投句、また「俳句評論」句会にも出席。1980年、攝津幸彦らとともに「豈」創刊に参加。1988年、総合誌『俳句空間』(弘栄堂書店)の編集長に就任、1993年まで務める。代表句に「針は今夜かがやくことがあるだろうか」等。
「豈」同人。現代俳句協会会員。
# by masakokusa | 2017-01-02 23:59 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』紹介結社誌

  『燦』2017年1、2月号  山内利男主宰(京都府福知山発行所)
      赤子はやべつぴんさんや山桜   草深昌子

  『大楠』2017年1月号   川崎慶子主宰(東京都調布市発行所)
# by masakokusa | 2017-01-02 13:26 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)