原石鼎俳句鑑賞・平成29年3月

f0118324_20185621.jpg


   囀や杣衆が物の置所       原石鼎   大正2年


 木樵の人たちが、斧や鋸を置くところといえば、例えば切株の周辺であろうか。
 杉山であろうか檜山であろうか、山深きところの日向に寄せ固めたひとかたまりのものが、まるで宙に浮いたように感じられる。
 その宙に浮いたところ、ぽっかり透けたような虚空が、そのまま春の鳥どちの囀りどころである。
 逆に言えば、囀りどころが、そのまま杣衆の休みどころでもあるだろう。
 「囀」と「杣衆が物の置所」が見事に呼応している。
 この一体感が、しじまを破って鳴く鳥どちの音色を、美しい言の葉のように響かせてくれるのである。

 思えば、「ソマシュガモノノオキドコロ」という一続きの語感からすっきりとした気分をもらっているのかもしれない。
 囀のよろしさに唱和するようなフレーズである。
 まこと、一字一句が的確におさまって無駄と言うものがない。
 文字通り、抑えの効いた下五が、余韻を引いてやまない。

 石鼎と言えば吉野の句と決まっているのが不満で、「原石鼎全句集」を開くときは、いつも大正10年あたりからというのが私のささやかな抵抗であったが、久しぶりに素直に、虚子の言う「俳句の歴史、少なくとも私等の俳句の歴史に於て輝いた時代を形づくった」という吉野の句群を読み直して、今更に尋常ならざる明るさにことごとく唸らされたものである。
 石鼎はまだ27歳、28歳の若さである。
 俳人はその最も初期の作品において生涯の価値を持つということの典型であろう。

 吉野時代の句は当然のことながら、杣山、杣人が多く素材になっている。
 直接「杣」の一字を用いたものに限っても、秀吟は枚挙に遑が無い。

   樵人(そまびと)に夕日なほある芒かな
   杣が往来映りし池も氷りけり
   腰もとに斧照る杣の午睡かな
   杣が蒔きし種な損ねそ月の風
   粥すする杣が胃の腑や夜の秋
   杣が戸の日に影明き木の芽かな
   星天に干しつるる衣や杣が夏
   杣が幮の紐にな恋ひそ物の蔓
   苔の香や午睡むさぼる杣が眉
   老杣のあぐらにくらき蚊遣かな
   蚊帳つりてさみしき杣が竈かな
   杣が頬に触るる真葛や雲の峰
   杣が子の摘みあつめゐる曼珠沙華
   鉄砲を掛けて鴨居や杣が秋
   秋風や森に出合ひし杣が顔
   髭剃りて秋あかるさよ杣が顔
   諸道具や冬めく杣が土間の壁

 春夏秋冬にわたり、杣の老いも稚きも、杣の暮しとその周辺に及ぶ観察はいかにも行き届いている。
 石鼎は杣人に対して、ある種の憧れのような尊敬の念を持っていたのだろう、そうでなければ、「杣衆」とは言えないであろう。
 「杣」の句々を読むうちに、「杣衆が物の置所」には、作業道具もさることながら、大きな弁当などもあるのではなかろうかと、いっそう温もりを覚えてきた。

 そんな杣の諸道具を思うちに、鉞(まさかり)の名句が思い出される。

   鉞に裂く木ねばしや鵙の声

 「鵙の声」以外のなにものでもない「鉞に裂く木ねばしや」だと思う。

 あらためて、掲句に戻ると、この句もまた「囀」以外の何物でもないことに気付かされる。

 人の世にある諸相が、自然の諸相に映し出されることにほかならないことを、石鼎はばっちりとしかも言葉を惜しんでつかみ取るのである。
# by masakokusa | 2017-04-01 00:00 | 原石鼎俳句鑑賞 | Comments(0)
昌子365日(自平成29年3月1日~至3月31日)
 
      3月25日(土)      鳶去れば鴉来たるや巣がそこに

f0118324_17584045.jpg


      3月24日(金)      長閑さに富士の裾曳きやまぬなり

      3月23日(木)      鴉鳴くほどに遠足遠退ける
                     
      3月22日(水)      春禽の鳴き止みやすく鳴きやすく

      3月21日(火)      春風の鳶を大きく見せにけり 

      3月20日(月)      尼寺の奥のどこまで竹の秋

 
f0118324_19422927.jpg
   

      3月19日(日)      木を伐ってはたから春の焚火かな

      3月18日(土)      一杓を立子の墓にあたたかし   
      
      3月17日(金)      人来ては甕を覗ける彼岸かな

      3月16日(木)      じやがいもか石か転がる春の芝
      
      3月15日(水)      朝寝していすゞ生家に近くゐる

f0118324_1850586.jpg


      3月14日(火)      あたたかに眼の行くところみな白き 
    
      3月13日(月)      薔薇の芽をいたるところに山手かな 
        
      3月12日(日)      おしろいをはたきもしたり青き踏む

      3月11日(土)      卒業の港を丘に見てゐたり

      3月10日(金)      何鳥か貌をみどりにかげろへる


f0118324_22351958.jpg


      3月9日(木)      マリアの眼伏せて地虫の出でにけり

      3月8日(水)      霾や文士の消えて文士村

      3月7日(火)      啓蟄の古木は苔を噴きにけり

      3月6日(月)      梅に色だるまに色や市の立つ

      3月5日(日)      春寒く金のだるまを釣られ買ひ

f0118324_2195492.jpg
 

      3月4日(土)      大仏の猫背を雁の帰りけり

      3月3日(金)      外套を脱いで小川を遡る    

      3月2日(木)      朝寝して一つポパイのやうな雲

      3月1日(水)      茎立の硝子に透けて書斎かな
# by masakokusa | 2017-03-31 23:59 | 昌子365日 new! | Comments(1)
草深昌子句集『金剛』・新刊書評     
   

   斬新かつ柔軟       黛 執


f0118324_1365635.jpg


   金剛をいまし日は落つ花衣

 句集名の出自をなす一句である。
 〈あとがき〉によれば、大峯あきら氏など十名ほどの晨の仲間と吉野の桜吟行の折の作。
「皆さまと共に、ただ黙って、金剛山に沈んでゆく美事な夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう。」と書く。
 同時に、「晨」への全幅の信頼を示す言葉でもあろう。
 
 まず感嘆させられるのは、その作品の斬新さと把握の柔軟さである。
 
   やはらかになつてきたりし踊の手
   水澄んで流るる鯉となりにけり
   さも遠くあるかに秋の雲を見る
   水鳥は水の広きに睡りけり
   釣竿に東風の当たりのありにけり

 一句目「やはらかになつて」、二句目「流るる鯉」、三句目「さも遠くあるかに」、四句目「水の広き」、五句目「東風の当たり」など、平明に徹しながら、しかも誰もができるわけではない独自性に貫かれ、詩情も豊かである。
 風景、日常身辺、心境など、作品領域も広く多岐にわたっていて、この句集の間口、奥行きを広げているが、その基本をなしているのは、写生の確かさであろう。

   船降りてすぐの大樹や秋の風
   遠足の子に手を振ってゐる子かな
   男の手ひらくや一個青胡桃
   眼が合うて笑ふ三日の見知らぬ子

 など、景の核心をずばりと抉る鋭さは、写生鍛錬を積み重ねた成果を示していよう。

   水澄みて甲斐は夕日の沁みる国

 「国民文化祭やまなし俳句大会」の前書がある。
 作者は初学期の七年ほどを「雲母」で学んでいるから、一句は、

   水澄みて四方に関ある甲斐の国   飯田龍太

 に呼応する。
 師の国「やまなし」への国褒めと、鎮魂の思いも重ねられているようだ。
 ちなみに、この作者の風景詠になべて見られる“風景抒情”とでもいうべき透明感と外光性に富んだ詩情は、この「雲母」で培われたものにちがいない。

   鎌倉の路を知りたる薄ごろも

 鎌倉の入り組んだ小路で「薄ごろも」を纏った臈たけた夫人に出会った。俗にいう、鎌倉夫人であろう。
 いかにも鎌倉らしい景を肩の力を抜いた日常的な視点で捉えていて、却って新鮮である。

   夕月にはくれんひらきかかりたる

 幻想的な美しさに溢れた一句。中七以下がひらがな表記なのも効果をあげている。

   ランプ吊るところ木の実を置くところ
   赤い目の白い兎や南風

 のメルヘン。

   笑ふたび歯の抜けてゐる真菰売
   声はおろか顔も知らざる墓洗ふ
   赤ん坊に足袋はかせたる祭かな

 などの諧謔味も捨てがたい。


(「晨」平成29年3月号 第198号所収)

☆黛執(まゆずみ・しゅう)
     平成5年「春野」創刊主宰・創刊20周年を経て現在「春野」名誉主宰
     句集「野面積」により俳人協会賞受賞 
     俳人協会名誉会員  俳人黛まどかの父
# by masakokusa | 2017-03-31 23:32 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
草深昌子句集『金剛』を、「結社誌」「俳句雑誌」等にご掲載賜りました。
f0118324_11473713.jpg


☆ 『雲取』 2017年4月号№・235号(鈴木太郎主宰)
 百花風声・鈴木太郎

   子規思ふたびに草餅さくら餅     草深昌子

      子規の健啖ぶりは短い生涯を生きる衝動でもあった。
      子規のエネルギッシュを思い、草餅桜餅を身におさめる。

                             句集『金剛』


☆ 『俳句饗宴』 2017・3(第746号)(鈴木八洲彦主宰)
 俳誌燦燦
 句集『金剛』(ふらんす堂)

   雲は日の裏へまはりてあたたかし     草深昌子
                  (抄出・鈴木八洲彦)



☆ 『八千草』 平成29年如月(山元志津香主宰)
 受贈俳書紹介  (横川博行)

『金剛』 草深昌子 句集

「晨」同人・「青草」主宰の第三句集
金地に桜吹雪をあしらった装丁の美しい句集。
金剛は吉野のある奈良県と作者の故郷の大阪府の境にある金剛山とのこと。
骨格のしっかりした格調の高い句が収録されている。

   さへづりやたうとう落ちし蔵の壁
   綿虫に障子外してありしかな
   金剛をいまし日は落つ花衣
   夏座敷白無垢掛けてありにけり
   白南風や土蔵一つが生家跡



☆ 『都市』 2月号(中西夕紀主宰)
受贈句集より一句 中西夕紀抄出

   金剛をいまし日は落つ花衣   草深昌子「金剛」

f0118324_10381210.jpg


☆ 『燦』 12月号(山内利男主宰)
   赤子はやべつぴんさんや山桜


☆ 『雲の峰』 1月号(朝妻力主宰)
草深昌子著 句集 「金剛」
 著者は1943年大阪市生まれ。77年飯田龍太主宰「雲母」に入会。85年原裕主宰「鹿火屋」入会。2000年大峯あきら代表「晨」及び岩淵喜代子代表「ににん」に同人参加。
現在「晨」同人、俳人協会会員。「青草」主宰、カルチャーセンター講師。
「鹿火屋」新人賞、奨励賞など受賞多数。既刊の句集二篇がある。
あとがきに「『金剛』は私の第三句集になります・・第三句集をと心準備をはじめた矢先に、夫を亡くしました」とあり、その時の心情を〈人は死に竹は皮脱ぐまひるかな 大峯あきら〉に託して述べている。
また、集名について、「吉野桜吟行はかけがえのない濃密な句会でありました。美しい山桜の宿で・・「晨」の十名ほどの皆様と共に、ただ黙って金剛山に沈んでゆく夕日を眺めたことは、生涯忘れることはないでしょう」と記す。
 俳句に献身し俳句を享受する筆者の一つの到達点である。
以下、所収句より
   赤子はやべっぴんさんや山桜
   さへづりやたうたう落ちし蔵の壁
   踏青の二度まで柵を跨ぎたる
(西田洋)


☆ 『空』 1月号(柴田佐知子主宰)
現代の俳句(柴田佐知子 抽出)
   奥つ城のほかは春田でありにけり 句集『金剛』


☆ 『沖』 2月号(能村研三主宰)
沖の沖(能村研三 抽出)
   またたきをもつてこたふる梅の花 句集『金剛』


f0118324_10385024.jpg



☆ 『春嶺』 2月号(小倉英男主宰)
句集拝見
 『句集 金剛』草深昌子
 平成16年から平成28年までの340余句を収録。第三句集。
 句集名は大峯あきら氏の住む吉野と自身の住むふるさと大阪の境に立つ主峰金剛山を懐かしむことに拠る。
   うぐひすは上千本にひびくかな
   御正忌やをりをり通る吉野線
   大晴の報恩講に出くはしぬ
   赤子はやべっぴんさんや山桜
吉野の山なみと桜が自ずと迫る。骨格が大きく、焦点が明瞭であり、かつ平易な表現に力がある。
   涼しさの丸太ん棒に座りけり
   神の留守蘇鉄は高くなりにけり
   石蕗の花さかまく波をよそに咲く
   大綿の飛んでそこなる専立寺(吉野の寺)
思い切った気風の良い句。
   赤を着て黒を履きたる初山河
   寒晴やことに港区線路ぎは
   あめんぼう大きく四角張ってをり
抒情的な表現による自然詠
   水澄みて甲斐は夕日の沁みる国

草深昌子(くさふか・まさこ)大阪生れ。
昭和52年雲母入会、同60年「鹿火屋」入会、平成12年大峯あきら「晨」同人参加、
「青草」主宰、俳人協会会員。
(山中 綾)


☆ 『きたごち』 2月号(柏原眠雨主宰)
 草深昌子句集『金剛』
   無花果の見ゆる蕎麦屋の二階かな


f0118324_10394686.jpg



☆ 『氷室』 二月号(金久美智子主宰)
新著紹介『金剛』草深昌子
   風の鳴るやうに虫鳴くところかな
   沈むべくありたるものも浮いて来い


☆ 『雪天』 二月号(新谷ひろし主宰)
一書一誌観賞
   石蕗の花さかまく花をよそに咲く 草深昌子『金剛』  


☆ 『門』 二月号(鈴木節子主宰)
 風韻抄 鳥居真理子 抽出
   ぬかるんであれば梅散りかかりけり 草深昌子句集『金剛』


☆ 『阿夫利嶺』 2月号(山本つぼみ主宰)
受贈句集紹介
『金剛』草深昌子第三句集
   いつまでも沖を見てをり頬被
   梅を干し土器を干し貝を干し
   真間の井の蓋に木の実の数へられ
   伊勢道のここからけはし干大根

☆ 『大楠』 1月号(川崎慶子)
受贈句集 
 草深昌子句集『金剛』ふらんす堂
# by masakokusa | 2017-03-31 10:12 | 第3句集『金剛』NEW! | Comments(0)
「青草」創刊号

f0118324_228670.jpg


「青草」創刊号
    発行  2017年2月16日
    編集人 松尾まつを
    発行人 草深昌子
    発行所 青草俳句会
# by masakokusa | 2017-03-30 22:07 | 俳句結社『青草』 | Comments(0)
近ごろ気になる一句 ・ 「なんぢや」2017春36号
 
    句集『金剛』より
  星屑のやうなるこれも雛の菓子      草深昌子(晨・青草)


   さくら餅、菱餅、雛あられ。雛の菓子はどれも愛らしい。
   子供の頃は雛段に飾られた菓子を見るだけでわくわくしたものだ。
   「星屑のやう」で浮かんだのは雛あられ。
   だが「やうなるこれも」といいうのだから意外性のあるものなのだろう。
   小さく繊細で美しいもの。
   金平糖や砂糖菓子、食べたことのない珍しいお菓子なのかも。
   想像するも楽しい一句。
                         (遠藤千鶴羽)

f0118324_21523273.jpg


    句集『金剛』より
 薪小屋に薪のぎゃうさん花の昼      草深昌子(晨・青草)


   「薪の沢山」でも「薪のぎっしり」でもなく、「薪のぎゃうさん」だからこそ、
   下五の「花の昼」に、読み手がふんわり包まれるのだ。
   作者は深い呼吸で捉え、ゆったりと言葉に置き変える。
   詰め込まないのは勿論、削った努力の跡も見えない。
   最初から17文字で生れ出たような自然体。
   がんばらない俳句って魅力的。
   生き方も悠々自適なのだろう、きっと。
                            (榎本享)


(平成29年3月10日 榎本享発行人 なんぢや春36号所収)
# by masakokusa | 2017-03-30 21:37 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
第16回 長門・金子みすゞ顕彰全国俳句大会
とき   平成29年3月12日
ところ  湯本温泉 湯本観光ホテル「西京」
主催   金子みすゞ顕彰全国俳句大会実行委員会

f0118324_20592126.jpg


選者
  茨木和生・宇多喜代子・木割大雄・鈴木厚子・寺井谷子・小川軽舟


特別賞
  金子みすゞ大賞
   
      みすゞ忌の少女のやうなおばあさん     阿部友子

  NPO法人金子みすゞ顕彰会理事長賞

      寒禽の木から落ちたるやうに飛び     草深昌子

他、計12句


入選

      鴨を見て少しかなしきことを言ふ     草深昌子

他、計43句
が発表、表彰されました。


講演「鳥と俳句」
 講師 小川軽舟(「鷹」主宰)

# by masakokusa | 2017-03-30 20:48 | 昌子作品抄 new! | Comments(0)
私の先生        草深昌子

f0118324_20565640.jpg


 平成十四年十一月、米子空港で「ようこそ!昌子さん」と手作りのプラカードを掲げて待っていて下さったのは、栗木先生と令夫人、かつての大槻啓子先生でした。
「先生!」思わず、啓子先生に抱きつきました。
 冬晴のその日、実に五十年ぶりの邂逅でした。

 すでに還暦を迎えたおばあちゃんの私に、栗木先生の第一声は「大きなったなあ!」でした。
 それもそのはず、私は一メートルに満たないまま入学し、六年間ずっと学年一番のチビだったのです。
 まだ乳呑児の時に、父を戦争で亡くした私は、何もかも成長が遅れていたのでしょう。そんな、いたいけな私を、先生は兄のようにも父のようにも愛情いっぱいに導いて下さいました。 

 啓子先生は四年、栗木先生は五、六年の担任でした。
 啓子先生は、子供心にも上品で、うっとりするほど憧れました。
 栗木先生は、いつも颯爽と現れ、先生の行くところはどこも光りをまき散らすかのように輝くのです。まるでアラン・ドロンでした。
 「マーちゃん、マーちゃん」とおっとりと声をかけてくださる先生が好きでたまりませんでした。

 五十年ぶりのあの日も、私の胸はドキドキしていました。
 でも栗木先生は、ただ悠々として、少々のお酒に真っ赤になっておられました。
 当時、一緒に級長をしていた姫岡君と共に、語っても語りつくせないなつかしい時を過ごさせてもらったのは幸せな思い出です。

 「大きなったなあ」のお声は忘れることはできません。
 先生の激励に応えて、私はこれからも、少しでも大きくならねばなりません。
 栗木先生は私の先生として、今も私の中に生き続けてくださっているのですから。


(『闘病記録』栗木恭彦 2017年4月11日発行 編集者 姫岡和夫)
# by masakokusa | 2017-03-30 20:46 | エッセー3New! | Comments(0)
光芒7句・AIと真の言葉          佐保光俊
 

f0118324_18213129.jpg
   
 
    雨の日は雨のこと言ふうすごろも      草深昌子
                        (句集「金剛」より )

 薄衣を着た人が、雨の日に雨のことを話している。
 雨降りは鬱陶しくて嫌だとか、雨の日はしっとりしていて好きだ、などと言っているのではない。
 庭を濡らす雨のことを淡々と話しているのだ。
 置かれた状況を、自分のとっての良し悪しや好悪で判断するのではなく、あるがままに受け入れていく姿勢。
 それは人智を超えたものに自分をゆだね、積極的に生きていくことである。
 作者は、薄衣を着たその人の生き方にふれ、自分もそうでありたいと思ったのである。

(以下本文略、句のみ掲載)

   山一つ越ゆれば雪の白さかな     依田久代
   大利根のうねりて茅花流しかな    水野晶子
   雪解続き婿取りの漁夫の家      茨木和生
   ぼうたんの手前に風の止まりをり    小池康夫
   紅梅やゆっくりともの言ふはよき    山本洋子
   庭に来る鳥美しき更衣         浅井陽子



(「晨」平成29年3月号 第198号所収)
# by masakokusa | 2017-03-30 15:08 | 昌子作品の論評 | Comments(0)
『カルチャー』『青草』選後に・平成29年2月       草深昌子選
「青草」並びに「カルチャーセンター」の〈今月の感銘句〉をあげます。


   吊革に丸と三角風光る       古館千世

「吊革に丸と三角」言われてみればそうであったなと、思わずにっこり。何気ない日常に発見された面白さが、まさに光っている。
ガラス窓に反射する春の光景は晴れ渡っている。

f0118324_14553078.jpg


   寒晴や霞が関は坂の上       湯川桂香

 「草深昌子句集発刊祝賀会」に赴いてくださった作者の感懐が、「霞が関は坂の上」に言い尽くされている、しかも「寒晴」である。
 何一つさえぎるもののない、寒気の中の晴れやかさが高みにひらけていくのである。
 一句をもって何よりの祝賀をいただいた思いである。

 
   祝宴の竪琴の音の春めきぬ      河野きな子

 祝賀会では、ハープの音色が美しくすばらしく、出席者一同うっとりとしたのであった。
 祝賀会を「祝宴」、ハープを「竪琴」と言い表された、言語感覚のすばらしさに二度うっとりしてしまった。
 俳句が引締まって、祝賀会にある種の落ち着き、厳粛さをもたらしている。


   「青草」の創刊号や草青む      松尾まつを

 2017年2月16日に結社誌「青草」の創刊号が発刊された。
「青草」創刊の立役者は作者の松尾編集長であるが、結社「青草」を代表して記念の一句をのこしてくださったのである。
「俳句は挨拶」の精神に基づくものであろう。
 祝賀の気持ちは、「草青む」の大いなるかがやきに溢れんばかりである。

f0118324_22142037.jpg


   春一番二番三番猫の恋       まつを

 季重なりどころではない、季語の三連発、つまり季語を並べただけであるが、このすさまじさこそが猫の恋ではなかろうか、思はず唸らされた一句である。
 これでもか、これでもかという春の嵐を次から次へと乗り越えて、この恋は果たして成就するのであろうか。
 生きる命の切実が、どこか滑稽でもある。
 俳句の冒険が、即ち猫の恋の冒険になったものである。

f0118324_1511590.jpg


       
   春一番矢継ぎ早なる千切れ雲     潮雪乃

 俳句は、見たままを見た通りに作りなさい、というものの生易しいものではない。
 「矢継ぎ早」という言葉が、春の強風の見たままを見事に伝えている。

   連山は鋼色なり春寒し        佐藤昌緒
   靴下を二枚重ねて梅そぞろ      栗田白雲
   春寒や門くろぐろと極楽寺      中園子
   南欧の色に瓦や春の空        間草蛙
   ハンガーに白いブラウス春めきぬ   木下野風
   春夕焼水平線の沸き上がり      森川三花
   寒晴のサドルに遊ぶ雀かな      大本華女
   大げさに手を振る君やチューリップ  川井さとみ

f0118324_1521655.jpg


   煽られて羽毛逆立つ寒鴉       狗飼乾恵
   撫ぜられてまたつままれて猫柳    日下しょう子
   ストーブの音の静かに寒明くる    東小薗まさ一
   冴返る蕾の色の濃かりけり      神崎ひで子
   節分の大山靄ふ夜なりけり      石原虹子
   寒晴や鷹と鴉が一騎打ち       堀川一枝

f0118324_153241.jpg


   山いくつ越え来し雲や木五倍子咲く   森田ちとせ
   一万歩あるいて一個桜餅        小川河流
   戯れ合うて雀転ぶやあたたかし     藤田トミ
   この道は昔川なり猫柳         山森小径
   ケイタイを振り回しをり合格子     中原マー坊
   楤の芽を買うて夕べの緑かな      矢島静

# by masakokusa | 2017-03-30 14:52 | 『カルチャー』『青草』選後に | Comments(0)